72 手紙 ー兄妹の再会
イエル・エデエは騎士団でも有名な美人である。
騎士団のみならず城でも有名で、貴族の独身令嬢のあいだでは密かに奪い合いが繰り広げられているという噂さえある。
彼が所属するリンデルト小隊は隊長であるアーガン・リンデルトを筆頭に美形揃いで、顔で揃えたのではないかと陰口をたたかれるほどである。
イエルは、その中でもアーガンと並ぶ人気を誇る美人である。
しかも見た目だけでなく性格も気さくで話し掛けやすく、騎士団の中でも顔が広い。
だからだろう。
城を訪ねてきた男の口からイエルの名前をきき、カッセラ・ドロテアとジョスティス・バーロールは驚く。
「イエル?」
「え? お前、イエルの知り合い?」
思わず訊き返してしまう二人に男……といっても背丈は肩幅などから、せいぜい十五を過ぎたくらいの若さだろう。
わざと声を落としている節がある上、羽織ったマントのフードを目深に被って顔を隠している。
そんな仕草を不審に思う二人だが、今はイエルのことである。
「そ……ですが……」
思わず身を乗り出してくる二人に、男は声を喉に詰まらせる。
「なに? あいつ男にも?」
「あのイエルだからな、わからんぞ」
「考えるのも恐ろしいが、ありか」
「ありだと思う」
確かにイエルの人気は若い騎士のあいだでも高い。
顔もよければ性格もよく、腕も立つとなれば当然と言えば当然だが、平民というところにも親しみが持てるのだろう。
だがその人気が城の外にまで……いや、元々城の外でも人気はある。
城下の町を歩いていても、よく顔見知りに声を掛けられている。
そんなことを考えた二人は、この男も……と考えて少し呆れてしまう。
イエルはどこまで人気があるのだろう? と……。
すぐそこで話を聞いていた門番二人も、口を噤んでいたが困惑顔を見合わせている。
だが約束は約束である。
二人はこれから飲みに町へ降りるところだったのだが、戻ってイエルに知らせなければ……と思ったところで、背後から二人に呼びかける声がある。
「ジョスティス、カッセラ、どうした?
そんなところに突っ立って……」
名前を呼ばれた二人はほぼ同時に振り返りながら声を上げる。
二人と同じように馬を引いて現われたのは、リンデルト小隊の副長ガーゼル・シアーズである。
「副長!」
「いいところに!」
「なんだ、なんだ?
また面倒ごとじゃないだろう……」
最後の 「な?」 を発音する前に、フードを目深に被って顔を隠した男に気がついたガーゼルは、すぐに怪訝な表情をして 「誰だ?」 と声を潜める。
そこでジョスティスとカッセラはさっき聞いたばかりのことを話して聞かせる。
「イエルの知り合い?」
二人の説明は簡潔すぎるほど簡潔だったが、肝心なところはそこだけ。
呟いたガーゼルは、カッセラやジョスティスがなにか言うよりも早く脳裏に閃くものがある。
そのままの勢いで 「あ!」 と声を上げてしまう。
「ひょっとしてお前、イエルの妹かっ?!
そういやこのあいだ……あー……」
そこまでは閃きとともに思い出せたのだが、曖昧な記憶が判然としないのは脳筋だからである。
それでも可愛い部下のため、額に手を当てて懸命に記憶を手繰る。
「いつだったか……二日? いや、三日か?
もっと前だったような気もするんだが……」
「なんすか、副長?」
「日にちなんてどうでもいいですから、肝心なところを思い出してくださいよ」
二人の部下に急かされ、焦るガーゼルは 「うるさい、黙れ」 と言葉を荒らげる。
「何日か前、イエルに書信が届いて奴の妹のことを相談されたんだ。
領都に呼ぶってことにはなったんだが、そのあとのことを隊長に相談するって話で……」
「じゃあ本当にイエルの妹?」
「ってか妹?」
思いがけないガーゼルの話にカッセラやジョスティスは半信半疑だが、三人……いや、門番の二人を合わせて五人の視線を受け、男は観念したようにフードをとる。
その下から現われた顔に五人は嘆息を漏らす。
「ニーナ・エデエです」
「こりゃまた……」
「さすがイエルの妹だ」
同じ平民とはいえ騎士の妹ということで門番の二人は黙っていたが、おそらくカッセラやジョスティスと同じことを思ったに違いない。
それと同時に、顔を隠していたことやわざと声を低くしていたこと、それに男装をしていたことにも合点がいく。
「なかなか考えたもんだ」
そう言ったガーゼルは一度言葉を切り、少し口調を改めてニーナに話し掛ける。
「領都ウィルライトにようこそ。
俺はガーゼル・シアーズ。
イエルと同じリンデルト小隊で副長をしている」
「副長さんっ?」
騎士団のことに詳しくなくても、副長と聞いてイエルの上司だということはニーナにもわかったのだろう。
少し驚いた顔をする彼女にガーゼルは二人の部下を紹介する。
「こちらはイエルの同輩で、カッセラ・ドロテアとジョスティス・バーロール」
紹介に合わせて二人が笑顔で軽く会釈をすると、ニーナも少し慌てた様子で会釈を返す。
それを待ってガーゼルは話を続ける。
「無事到着してよかった。
奴もずいぶん心配していたからな」
「ありがとうございます」
「今日の宿は決まってるのか?」
「いえ、さっき着いたばかりなので……」
思っていた以上に時間を取ってしまい、やはり先に宿をとっておくべきだったと改めて焦るニーナだが、ガーゼルは 「そうか」 となんでもないことのように答える。
「それなら知り合いの宿を紹介してやってもいいが、どうする?
城からそれほど遠くないが安宿で、飯は旨い」
「副長、持ち上げるか落とすか、どっちかにしませんか?」
カッセラに突っ込まれて 「うるさい」 とガーゼルが返すやり取りを見たニーナが、ぎこちなくだが初めて笑みを見せる。
「あの、お願いしてもいいですか?」
「やっぱりイエルの妹だな、笑い方が奴と似てる」
そう言ったガーゼルは二人の部下を向き直る。
「ジョスティスはイエルを呼んでこい。
まだ修錬場近くにいるだろう。
カッセラはダラスの宿に行って部屋が空いてないか訊いてこい」
この時期では満室かもしれないと少し不安そうな顔をするガーゼルに、ジョスティスが尋ねる。
「副長は?」
「こんなべっぴんさんを一人にするわけにはいかないだろう」
だからといって城に入れるわけにはいかない。
「ほら、さっさと行って来い。
花のかんばせを拝ませて頂いたんだ、礼を尽くせ」
二人が行ってしまうと、ガーゼルに言われて門番も定位置に戻る。
そうしてニーナと二人きりになったガーゼルは、なんでもない世間話をして時間を潰す。
この時にはイエルから聞いたニーナの事情を思い出していたが、門番だけでなく誰が聞いていてもおかしくはない場所である。
ニーナにとってはあまり知られたくない話だろうと思い話題にはしない。
そうすると 「道中はまだ暑かっただろう」 とか 「領都は初めてかい?」 などといった無難な話題ばかりになってしまうのだが、そこはイエルの妹である。
ニーナもガーゼルの話を合わせる。
幸いにしてジョスティスはすぐに見つけられたらしく、走って来たイエルは酷く息を切らせていた。
「ニーナ!」
やっと張り上げた声が届く距離で声を上げるイエルに、ニーナの表情にパッと花が咲く。
「兄さん!」
「よう、来たな」
ガーゼルが感動の再会に水を差す。
修錬場の片付けをジョスティスに代わってもらったというイエルは二人の側まで来ると、息が整うのも待たずに話し出す。
「副長も、すいません」
「俺じゃない、カッセラとジョスティスが偶然通りかかったらしい」
「カッセラ?
ジョスティスから話は聞きましたが……」
「今日の宿がまだ決まってないっていうんで、カッセラにダラスの宿に行かせた」
するとイエルは 「ああ」 と声を漏らし、深く息を吸って整えようとする。
「……すいません、なにからなにまで」
「俺はいいが、あとで二人に礼を言っておけよ。
あと、そこの門番にもな」
元の立ち位置に戻った門番の二人だが、やはり気になったのだろう。
三人の話に耳を傾けていたらしく、自分たちのことが出て来てギョッとした表情を三人に向ける。
「助かったよ」
門番の二人にイエルが声を掛けると、兄に合わせてニーナも頭を下げる。
それを見て門番の二人は少し慌てたように両手を振って答える。
「とんでもございません」
「自分たちの仕事ですから」
口々にそんなことを言うのを、イエルは 「この礼はまたいずれ」 と言って切り上げる。
そして改めてガーゼルを見る。
「副長にもお手数をお掛けいたしました」
「だから俺はいいんだってば。
そんなことより、いつまでこんなところで立ち話してるんだ。
着いたばかりだって話だ、疲れてるだろうよ。
ダラスの宿まで荷物を運んでやれ」
「はい、すいません」
「但し、飯食ったらお前は戻ってこいよ。
こんな時間じゃ外泊許可は出ないからな」
城下ならなにかあってもすぐに駆け付けられるとはいえ、やはり初めての場所でニーナを一人にするのはイエルも心配だろう。
けれど騎士である以上規律は絶対である。
ましてリンデルト小隊はセスの件で謹慎処分が解けたばかりで、今は絶対に問題を起こすわけにはいかない。
それこそ小さない規律違反でも今は御法度である。
「わかってます。
ですが隊長にも妹が到着したことをお話ししないと……」
「隊長さん?」
何気なく会話に割って入るニーナに、イエルは少し慌てたように答える。
「あ、ああ、そうなんだ。
実はお前に、明日あたり行ってもらいたいところがあって……」
「行ってもらいたい場所?」
話が全然見えないニーナが問い掛けると、なぜか少し焦っているイエルは 「そうなんだ、それで隊長に……」 と言い掛けたところで今度はガーゼルに割って入られる。
「だから! いつまで立ち話してるんだよ?
飯食いながらすわってゆっくり話せばいいだろう!
隊長には俺から話しておく。
それでいいだろう」
ガーゼルに追い立てられてエデエ兄妹が向かった宿は、なんの偶然か、少し前にニーナを城の近くまで馬車で送ってくれた初老の男が営む店だった。
【リンデルト卿フラスグアの呟き】
「どれ、少し甥の真似事をしてみるか。
わたしは神官でもないし、ここは白の領域だ。
どれほどの加護があるかはわからぬが……。
alu…… 気高く強き焔よ、熱よ。
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