71 手紙 ーセスの行方

「リンデルト小隊に無期限の謹慎を申し付ける」


 白の領地ブランカの中央に広がる領主の直轄地アベリシア。

 そのほぼ中央に領都ウィルライトがあり、領主の居城がある。

 【四聖しせいの和合】 が結ばれる以前からこの地にあるクラカライン家の居城ウィルライト城は広大で、騎士団の隊舎、及び宿舎もその一画にある。


 数日前、赤の領地ロホから戻ってきたばかりのアーガンだが、小隊を預かる身としてするべき仕事は常にある。

 おかげでゆっくりすることも出来ないまま数日を過ごし、この日は朝から団長の呼び出しを受け、副長のガーゼルとともに執務机を挟んで団長と向き合っていた。

 書類が積まれた執務机の向こう側、執務椅子に掛ける団長はいつも以上に渋面を作って二人を見る。

 処分を告げる声もいつも以上に低い。


「但しこの処分はセス・ショーンが無事帰投した時点で解除とするが、その時点で新たに別の処分が下ることを覚悟しておくように。

 それと、謹慎中も訓練には参加すること。

 非常召集には必ず応じること。

 以上だ」


 数日前のあの日、ウィルライト城を遠くに眺める小高い丘の上から姿を消したセス。

 突然現われたのが領主とその護衛騎士と気づかず剣を向けてしまった彼だが、行方をくらました理由はわからない。

 気づかず同輩に剣を向けてしまったことを恥じたのか、あるいは護衛騎士たちの態度に腹を立てたのか。

 いずれにせよ……いや、他にどんな理由があったとしても無断で所在をくらますことは許されない。


 アーガンたちに同行したセスの任務はセルジュ・アスウェルの護衛である。

 ウィルライト城まで無事送り届けることが任務である以上、城を目前にしていたとはいえ途中で離脱することは許されない。

 まして無断など言語道断。

 逃亡による任務放棄は騎士の勲位を剥奪されてもおかしくはない重罪である。

 あるいはもっと重い処分が科されるかもしれない。

 そう考えるとアーガンも気分が暗澹としてくる。


 だがリンデルト小隊はセスだけではない。

 他にも部下を抱えており落ち込んでばかりもいられない。

 それに力強く支えてくれようとする者もいる。


「セスの奴、どこに行ったんだ。

 ったく、隊長に迷惑ばっかり掛けやがって。

 だが……このままでは隊長もただでは済まないぞ。

 だいたいあんな半人前に叙位した騎士団にだって責任があるはずだ。

 隊長次第じゃ、団長と徹底抗戦してやる」


 城に帰投後、騎士団宿舎に戻ったアーガンからセスのことを聞いた副長のガーゼルは、鼻息荒くそんなことを言っていたのだが、彼は有言実行である。


「貴族の一部に軍備削減を唱える連中がいることは知っています。

 手始めに騎士の数を減らせと言っていることも聞いています。

 ですが現実的ではありません。

 白の領地ブランカは、ただでさえ他の領地と違って国境が開けている。

 交易の要所として国の発展を支えるためにも、国境警備をはじめとする軍備は削れない。

 不安定な領地境りょうちざかいの魔物討伐も……団長のお考えは、同じ騎士として理解出来ます。

 理解は出来ますが、だからといって無理矢理に数を維持しようとしてあんな半人前に叙位をするのは……むしろ騎士の質を下げ、連中に付け入らせる隙を作るだけではありませんか。

 セスのこと一つとっても、不適格者への叙位として領主ランデスヘルへの不信を募らせるだけです。

 ただでさえあの御方は先代様のせいでご苦労なさっているのに……」


 セスの行方がわからないことを報告するアーガンに同行したガーゼルは、そんな力説をして団長を説き伏せようとした。

 この時団長には下がるようにとだけ言われたが、どうやら奮闘した甲斐はあったらしい。


「但しこの処分はセス・ショーンが無事帰投した時点で解除とするが、その時点で新たに別の処分が下ることを覚悟しておくように」


 おそらくは彼の奮闘が団長のこの言葉を引き出したに違いない。

 もちろん手放しに喜ぶことは出来ない。

 新たに下る別の処分がセスだけに下されるのか、あるいは小隊全員に下されるのか?

 可能性としてはセスに下される処分と他の隊員に下される処分は違うと思われるが、それもおそらく行方をくらましているあいだのセスの行動次第だろう。

 一日でも早く戻ってくることが望まれるが、行方がわからない以上連絡も出来ず、説得することも出来ない。

 アーガンたちは、ただただじっと待ち続けるしかなかった。


 謹慎ということで城から出ることは出来ないが、日々の訓練は強制参加である。

 他にすることがないとあって訓練に参加することは気分転換にもなった。

 むしろ脳筋の彼らは、ただひたすらに剣を振り続けているのが一番楽なのである。

 だがそれでも教練師団の中でも屈指の乱暴者、マリル・ハウェルとジェガ・リュドラルのしごきを受けたのは団長も予想していなかったに違いない。

 イエルだけはうまく逃げたが……


 さらにこの数日後、一通の手紙がガーゼル宛てに届けられた。


「なんだ、こりゃ?」


 送り主の名前はベラ。

 城の中には入れないため門番にその手紙を預けたのは、娼館が集まる花街の男衆だという。

 騎士団には直接城外に出るための門があるのだが、普段は閉じられている。

 有事や討伐など大々的に騎士団が出動する時にのみ開かれるため、騎士たちも普段は通常門を使って出入りしており、門番とも顔見知りが多い。


「シアーズ卿」


 手紙を預かってきた門番は、朝の訓練を終えた騎士たちの中にガーゼルを見つけると、声を掛けながらまっすぐに近づいてきた。

 そして訊かれるまま花街からの手紙であることを答えると、そそくさと持ち場に戻ってゆく。

 残されたガーゼルは手紙を見て怪訝そうな顔をしていた。


「どうした?

 花街からって、お前、今は……」


 謹慎中の身で花街に遊びに行くことはもちろん、手紙のやり取りも不謹慎とみなされる。

 こんなことが団長の耳に入ったら……と考えて呆れるアーガンだが、なぜかガーゼルはしきりに首を傾げている。

 どうしたのかと訊いてみると……


「名前に聞き覚えのある女ですが、俺の馴染みじゃないんです。

 確か……」


 記憶を手繰ろうとするガーゼルだが、その邪魔をするようにアーガンが大きな手でガーゼルの額を叩く。


「思い出さなくていい。

 馴染みでもない女がどうしてお前に手紙なんて送ってきたんだ?」


 問題は誰の馴染みか? ではないと言われ、ガーゼルも 「確かに」 と疑問を新たにする。

 決して大きな声では言えないが、騎士団では花街の女を巡ってよくいさかいが起る。

 それは時に女のほうが馴染みの客を蔑ろにして、なじみ客の身近にいる男に声を掛けることでも起る。

 ガーゼルが受け取った手紙はその可能性が十分すぎるほどあったから、怪訝な顔をしながらものんびりしているガーゼルを見てアーガンは呆れたのである。


「モテる男は辛い」

「誰も聞いてませんよ、そんなこと」


 近くにいたカッセラに、冗談交じりに言われたガーゼルは 「うるせぇ」 と乱暴に返す。

 そして改めてアーガンを見る。


「どうしたらいいですかね?」

「俺に訊くな」

「じゃあこうしませんか?

 すぐにこの女の馴染みを思い出しますんで、隊長からそいつに話してくれませんか?」

「どうして俺が仲裁なんて……」

「隊長だから」


 なんとも無責任な理由に閉口するアーガンを助けたのはイエルである。


「副長、とりあえず封を切ったらどうですか?

 用件もわからないんじゃ話になりませんよ」

「じゃあお前が読め」


 イエルの提案を素直に受け入れたガーゼルは、提案者として責任をとれとばかりに手紙をイエルに押しつける。

 だが気のいいイエルは騎士団でも特に顔が広く、普段から女がらみの相談を受けることも少なくない。

 ガーゼルに押しつけられた手紙も断ることなく封を切り、なんでもないことのように広げた便箋に目を通す。

 だが数秒後には目を見張って驚く。

 そして声を上げる。


「隊長、セスが……」


 なんと手紙にはセスが花街にいると書かれていたのである。

 しかも酒代が払えずに下働きをさせられているとも書かれている。

 そしてベラという娼婦は、セスの扱いに困った娼館を代表して手紙をくれたらしい。


「あいつ、とうとう童貞捨てたんですね」


 イエルはそんなことを言って呆れていたが、アーガンやガーゼルにとっては頭の痛い話である。

 それこそセスが無事に童貞を捨てられたかなんてことはどうでもよく、手紙を持って急いで隊舎に団長を訪ねる。

 最初こそ呆れて言葉も出なかった団長だが、一時間以上も二人を説教した。

 こればかりは二人もおとなしく頭を垂れて聞くことになったが、手紙のことを正直に申告した甲斐あってか、無事にリンデルト小隊の謹慎処分は解かれることになった。


 但し条件付きである。

 翌日からセス抜きで通常任務に就くことになったが、あくまでセスは自主的に帰投することが騎士団復帰の条件である。

 そのため手紙はもちろん他の隊の騎士を使ってセスと接触することはおろか、リンデルト小隊が花街に近づくことを禁じたのである。


「セスの奴……」

「どんだけ迷惑掛けたら気が済むんだよ、あいつは」


 花街に行きたいわけではないが……と言うのはもちろん本人たちの言い分だが、それでも謹慎が解けて久々に酒が飲みたいと町に繰り出すことにしたカッセラ・ドロテアとジョスティス・バーロールは、馬を引いて門に向かいながら愚痴を言い合う。

 イエルやアーガンも誘ったが、二人は用があるからと訓練道具の片付けを代わってくれた。

 ファウスとガーゼルも声を掛ける前に姿が見えなくなっており、結局二人で出掛けることにしたのだが、遠くに門が見えてきた……と思ったら、門番が話している様子が見えてきた。

 さらに近づいてみると、二人の門番の他にもう一人。

 どうやらその人物と話しているらしい。


 顔まで隠すように全身をマントで覆っているが、背はあまり高くない。

 肩幅も細めで、成人男子としてはずいぶんと小柄である。

 手に大きなトランクを持っていたから、マントも合わせて旅装なのだろう。

 ほぼ同時に足を止めたカッセラとジョスティスは顔を見合わせ、どちらともなく再び足を動かす。

 この時カッセラは関わるつもりはなかったが、ジョスティスは違ったらしい。


「トラブルか?」

「おい、ジョスティス」


 開かれた門扉の側で話す三人の横を素通りするつもりだったカッセラは、わざわざ門番に話し掛けるジョスティスを慌てて止める。

 謹慎が解けたばかりでトラブルは御法度である。

 だからカッセラは素通りしようとしたのだが、それをわかっているジョスティスは苦笑を浮かべる。


「大丈夫だ、なにも暴れようってわけじゃない。

 ちょっと話を聞くだけだ」

「だが……」


 カッセラは強引にジョスティスを連れて行こうとしたが、門番がジョスティスの問いに答えてそれが出来なくなってしまう。


「その、こいつが人に会いたいと言ってきまして……」


 困惑混じりに話す門番に、二人は思ったほど深刻なトラブルではなさそうだと考えつつ、男がフードを被ったままでいることに不信を抱く。

 見たところ帯剣はしていないようだが、武器は剣だけではないから油断は出来ない。

 さらに話していて気づくのだが、どうもこの訪問者は警戒しているらしい。


 なにに?


 そんなことを思いつつも話を進めてみる。


「その会いたいって相手は城に勤めてるのか?」

「勤めてるというか……」


 城には多くの平民が下働きとして勤めている。

 それこそ仕事の内容は多岐にわたるのだが、男の訪問の仕方からそういった下働きに会いに来たのかと考えた二人だが、深く被ったフードの下からは困惑の様子が伝わってくる。

 これはどういうことだろう?

 カッセラは馬の機嫌をとる振りをしてたてがみをゆっくり撫でながら男の様子を伺い、ジョスティスが話を続ける。


「気を悪くしたら申し訳ない。

 俺たちも怪しい人間を城に入れたら怒られるんでな。

 その……会いたいっていう人間はなんの仕事をしているのか、訊いてもいいか?」

「……騎士です」


 その答えが出るまでに少し間があった。

 躊躇う様子に不審を抱いていたが、出てきた言葉もまた不信である。

 ジョスティはチラリとカッセラを見て視線を交わすと、言葉を選ぶようにゆっくりと話を続ける。


「騎士に会いたいって……会ってどうする?」

「先に言っておくが、騎士は個人的な頼み事は受けられない。

 領主様ランデスヘルに忠誠を誓っているからな」


 騎士の力を借りたくて直訴のようなことでもしに来たのかと、立場を自覚する二人は慎重に話を進める。

 もしシルラスのようなことが他でも起っていたとして、この男が騎士団の動員を直訴に来たとしても騎士団は動かない。

 あくまで騎士団を動かせるのは領主だけ。

 シルラスの件で騎士団が迅速に動いたのだって、上申したのがセルジュ・アスウェルだからである。

 名門貴族アスウェル卿家の公子にして上席執政官である彼は、領主の従兄弟でもある。

 だからこそ領主は信用し、迅速に判断したのである。

 だが一平民に過ぎない男の言葉では、まず領主の耳には届かないだろう。


「そうではなくて、知り合いがいるんです」


 少し慌てたように言葉を返す男は、知り合いの騎士を頼って領都に来たこと。

 だが連絡の取り方がわからず直接城まで会いに来たが、どうしたらいいかわからず困っていることを簡潔に話す。

 すぐになるほど……と頷く四人だが、門番の二人は及びではないと察して口を噤む。

 ジョスティスとカッセラは改めて顔を見合わせて相談すると、先にジョスティスが口を開く。


「……知り合いねぇ」

「言い遅れたが、俺たちも騎士だ。

 そういうことなら取り次いでもいいが、すぐに見つけられるかわからない。

 なにしろ城内は広いし、この時間はどこにいるかわからん奴が多いからな。

 先日、急に決まった討伐で出払っている奴もいるし」

「討伐?」


 怪訝そうに訊き返してくる男に、ジョスティスは少し早口に 「おい、カッセラ」 制止する。

 つい今し方、知り合いの騎士を頼って領都に来たと聞いたばかりである。

 その騎士が不在となれば他に頼るあてのない男が困ることはわかる。

 しかもその不在理由が討伐となれば不安になるのも当然だろう。

 ただでさえ困っている相手を悪戯に不安がらせるなというジョスティスに、カッセラも 「そういうつもりじゃないんだが……」 と申し訳なさそうな顔をする。


「なんなら今日は一度、宿にでも引き取ってもらって、明日、時間を決めて出直してはどうだ?

 取り次ぎは今日中にしておいてやるから、待ち合わせておけばすぐに会える。

 どうだろう?」

「そう……ですね。

 わかりました、そうします」


 あくまでも部外者を城に入れることは出来ない。

 そこで無難な提案をしてみるジョスティスに、男は、最初こそ考える様子を見せたが、ジョスティスやカッセラが思った以上にあっさりと承諾した。

 それじゃあ早速……と思ったところで、ジョスティスは重要なことを思い出す。


「そうと決まれば肝心の騎士の名前を訊いてもいいか?」


 うっかりするところだったと少し恥ずかしそうに声を上げて笑うジョスティスに、男は意外な人物の名前を口にする。


「イエル・エデエです」

「イエル?」

「え? お前、イエルの知り合い?」

「そ……ですが……」


 二人があまりにも驚いたため男は酷く困惑し、言葉を詰まらせていた。



【リンデルト卿家令嬢ミラーカの呟き】


「お母様から手紙ですって?

 お父様の不在が長引いてさぞ退屈なさっていると思ったら、ずいぶん面白いことをなさっていること。


 でも……いいことを思いついたわ。

 閣下の承諾が必要だけれど、でも騎士の妹というのは閣下にも都合がいいはず。

 きっとうまくいくわ」

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