65 修錬場の活
騎士団の中でも熟練騎士たちで編制される教練師団。
年長でも特に癖の強い騎士たちで構成されるが、もちろん全員がまだまだ現役で、普段は若い騎士や見習い騎士の稽古をつけたり鼓舞したり。
時に説教をしたり範を示したりすることもある彼らだが、魔物の討伐にも参戦するし、有事には団長の補佐をして中隊長や大隊長として戦場に赴く。
そしてそんな教練師団を率いるのがアーガンの父である特別顧問リンデルト卿フラスグアである。
現在そのフラスグアは領都ウィルライトがあるアベリシアの遙か南、
アーガンたちの報せを受け、荒野を徘徊して村々を襲う獣たちを狩るべく派遣されたのが最初だったが、思いもかけず魔物を発見。
獣狩りと並行して魔物の討伐も行なうため、当初の予定より大幅に帰城が遅れている。
最初はただの獣狩りということで、教練師団のお歴々もたいして興味を示すことなくおとなしくフラスグアの意向に従い、経験の少ない若い騎士たちに実践を積ませるためあえて選んで引き連れていったのだが、魔物の出現で事態は一転。
格段に上がった難度と危険度に対応すべく、装備だけでなく大幅な増員も行なわれ、中堅騎士たちも駆り出されている。
もちろん居残りをしていた教練師団からも追加派兵が行なわれたのだが、訓練などの都合上、全員が派遣されることはないが、おそらく当人たちは魔物討伐と聞いて全員が行きたがったに違いない。
だがいつ何が起るともしれず、迂闊に全員を派遣することは出来ない。
その人選がどうやって行なわれたか、当時不在だったアーガンにはわからないが、一癖も二癖もある教練師団のメンバーを足止めするために団長が苦労したことは想像がつく。
それが団長の務めと言ってしまえばそれまでだが、多勢に無勢。
鍛え抜かれた筋肉に囲まれて逆に説得され、一筋縄ではいかなかったに違いない。
おかげで暇を持て余した最後な居残り組、つまりマリル・ハウェルとジェガ・リュドラルの二人に捕まったアーガンと彼の副長ガーゼルが最終的な貧乏くじを引くこととなったのである。
八つ当たりという名の……
「なんでよりによってハウェル卿とリュドラル卿なんですか?」
「なにがだ?」
高い壁に囲まれた広大な修錬場の片隅で、木の板を渡しただけのベンチにすわって訓練用の防具を身につけながら話すガーゼルとアーガン。
隊舎で二人の大先輩騎士に捕まって引き摺られるようにここまで連れてこられると、有無を言わせず 「早く用意しろや」 と放り出されたのである。
周囲には同じように訓練用の防具を身につけて支度を整えたり、すでに身支度を整え、やはり訓練用に刃を潰した剣を手に修錬場に出ようとしていたりと、多くの騎士や見習い騎士がいる。
そして二人と少し離れたところではマリルとジェガの二人が仲間たちと陽気に騒ぎながら、やはり訓練用の防具を着けるなどの身支度をしている。
「あの二人こそシルラスに行くべきだったんじゃ……」
マリルたちには聞こえないようにこっそりとアーガンに話し掛けるガーゼルは、時折マリルたちのほうを窺い見る。
するとアーガンは意味を理解したらしく、諦めた様子で 「ああ」 と答える。
「どなたが行かれても同じだ、教練師団は。
みな親父殿と同類だからな」
本来ならばフラスグアの同輩と言うべきところだが、アーガンはあえて 「同類」 という言葉を使う。
もちろん向こうに聞こえていない前提で、である。
聞かれでもしたらまた大事になってしまうことは考えるまでもない。
「まぁ
「今更俺たちを相手に、お歴々が手加減なんてしてくれると思うな」
「他の人はともかく、あの二人には加減して欲しい」
「無理を言うな。
人数が少ない分、親父殿もあの二人を居残り組にご指名されたのだろう」
それだけフラスグアの信頼も厚いと言えば聞こえもいいが、不満をぶつけられる身にとってはたまったものではない。
そこがガーゼルの不満なのだが、納得出来る人選であることも事実である。
そのことでガーゼルが、アーガンの不在中のことを思い出したように話し出す。
「そういや若いの連れて
もちろん魔術師団所属の魔術師だが、連絡係なんて下っ端の役目である。
その日も経験の浅い魔術師は団長室で、遥かシルラスから送られてきた
立ち会った団長もフラスグアの副長も、当の歳若い魔術師もいつもの定時連絡だと思っていた。
だが蓋を開けてみれば魔物出現の報である。
慌てた魔術師は思わず魔術を中断してしまい、
フラスグアからの報告を最後まで聞くことが出来ないという失策をやからしてしまったのである。
内容が長くなればなるほど聞き手は慎重にならざるを得ないが、媒介である魔宝石にしたためられている段階では長さなどわからないという困りもの。
だが今回送り手側は屋外活動中で、指示を出しているのはフラスグアである。
面倒な長文を送ってくることはないだろうと高を括っていた可能性も十分にあるが、その内容に驚いたとはいえ、
直接的なやり取りはあとあと軋轢を生むため、騎士団団長は事の次第を領主に報告。
その領主から魔術師団団長が呼び出され、騎士団団長同席の許で領主に謝罪させらた。
もちろんこれは形式的な事後処理である。
若い魔術師は魔物出現の報に驚き、続いて魔術を中断してしまうという取り返しのつかないミスに慌てふためき、さらには
はっきり言って使い物にならない状態だった。
そのフォローは魔術師団に任せることにし、団長は居合わせた顔ぶれに対処を相談。
すると後方支援を任された……といえば聞こえもいいが、実際はうるさいので置いていかれただけのフラスグアの副官が、居残り組に報せるべきと提言した。
熟練の騎士たちで編制される教練師団の平均年齢は高いのだが、その中で一人、平均年齢を下げているのがこの副官の男。
もちろん騎士なのだが、その事務能力の高さを買われての副官就任である。
武技はもちろん、経験においても教練師団の中では圧倒的に劣る自分の役目をよく理解する男で、この時も、自分の経験では判断出来ない事態ととっさに理解すると、フラスグアと付き合いの長い教練師団のお歴々ならば、あるいは消失してしまった
正直、団長としては避けたい提案だったと思われる。
実際魔物出現の報を受け、彼らは我先にと増援部隊に入ろうとしたのだから。
だが副長の判断は正しく、団長としても他に選択肢はなかった。
そこで副長に居残り組を呼びに行かせたのだが、この日も修錬場で大暴れの真っ最中。
副長自身も急いで訓練用の防具や剣を装備し、激しい剣戟や喚声の中を探し回る。
なにしろどこから剣が振られるかわからない状態である。
筋骨隆々の巨体が勢いよくぶつかっても来る。
その中、ぶつかってくる筋肉を除け、打ち付けてくる剣を振り払いながら居残り組を探す。
いや、探す必要はない。
居残り組のだいたいの居場所は、そのうるさいほどの声でわかる。
わかるのだが行き着くまでが大変なのである。
だが副官も日頃、騎士団内でも経験豊富で高い武技を持つ教練師団で揉まれているのは伊達ではない。
ただの一人にもぶつかられることなく、飛んできた剣先がわずかに数度掠っただけで居残り組の一人の許に辿り着くことが出来た。
ここまではまだよかったのだが、ここからも彼の試練は続く。
なにしろ修錬場内は酷い喧噪である。
不確定な情報で騎士団内を動揺させたくなかった副官だったが、普通に話しただけでは声が通らず、マリル・ハウェルにも 「聞こえねぇよ!」 と怒鳴られてしまい、やむなく怒鳴り返す勢いでシルラスの魔物出現を報告。
すると潮が引くように修錬場が静まりかえる。
皆が魔物という言葉に反応したのである。
「魔物ぉ? どぉこでぇ~?」
「ですからシルラスの荒野です」
「フラスグアは獣狩りに行ったんじゃなかったのか?」
「そうですが、魔物が出現したそうです」
「なんだ、そりゃ~?」
「どういうことだ?」
訓練もそこそこにヒソヒソと話し始める騎士や見習騎士を掻き分け、ジェガ・リュドラルや他の居残り組も次々に集まってくる。
そして口々に副官を責め立てるように尋ねてくる。
「それが詳細は不明で……」
周囲の視線や反応に困惑しきりの副官だが、居残り組の面々は容赦しない。
「あ~?」
「お~いお~い」
「なんだ、そりゃ?」
「とにかくご説明しますので、団長室に来ていただけますか?」
「来いってんなら行くが……」
先に歩き出す副官に、他の居残り組と一緒に続こうとしてマリルは周囲の様子に気づく。
「あ~? なにやってんだ、お前らぁ~?
だぁ~れがサボっていいって言ったよ?」
「もう十分すぎるほど休憩したよなぁ~?
このあとは休憩なしだ!」
続くジェガに、近くにいた騎士が勇気を出して尋ねる。
「ですがリュドラル卿、魔物が出現したというのは一体……?」
「聞いたろぉ~?
まだはっきりしたことはわかんねぇって」
「ですが……」
領地境での魔物の出現は常のことであり、監視と討伐が続けられている。
だが他の領地でのことはわからないが、少なくとも
この点については、思い出しながらアーガンと話すガーゼルも 「滅多にないことだしな。正直、俺も驚いた」 と言う。
領地境の魔物討伐はリンデルト小隊も何度も参戦しているが、内地での魔物討伐はまだ経験が無い。
話に聞いたのも数回程度である。
だからこの時の、特に若い騎士や見習騎士たちの動揺も無理はないが、こういう時のための教練師団でもある。
「わっかんねぇもんはわっかんねぇんだよ!
あんだぁっ?
魔物が出たとしたらなんだってんだっ?」
「魔物が出りゃ
それが俺たち騎士の仕事だ!」
小馬鹿にするように煽るマリルの問いに対してジェガが、答えられない騎士に代わって、さも当然のように答える。
「そうだ、そのとぉ~りだっ!
騎士俺たちは剣を振る以外に能がねぇんだ!
出番に備えてしっかり鍛えてやがれ!」
「
止めやしねぇ~」
「そんな奴ぁいらねぇ~」
「どうすんだ、おらぁ~?」
いつもの調子で言葉汚く煽る彼らに、言いたいだけ言わせてからようやく副官があいだに入り状況を説明する。
まだ詳細は不明だが、わかり次第団長から正式な説明があるはずだと。
その上で、必要があれば領主よりさらなる派兵要請が出るだろうと。
それまでは騎士として鍛錬を怠ることなく平常心を維持するようにと言われ、騎士たちはようやく訓練に戻ったという。
「あそこで副官殿が大きな声を出したのは不可抗力ですが、あの動揺をたった数人で鎮めるっていうか、抑え込むっていうか。
やり方はあれですが、やるべきことはちゃんとやるっていうか」
「根は悪い方々ではないのだがな。
「その点は納得しますが……」
今……いや、これから自分たちが遭う理不尽には納得していないとガーゼルは言う。
「なんで突然捕まえに来るんすか?」
「俺にわかると思うか?」
それこそアーガンなどは偶然通りかかっただけ。
ガーゼル以上にわけがわからないまま連れてこられたのである。
「いや、だってですよ、意外に若い連中とか、稽古つけてもらいたがってるじゃないですか。
そういうのの相手じゃ駄目なんですか?」
日頃の彼らは教練師団という名の通り、訓練中の修錬場内をウロウロして気になった騎士の体の動きや剣筋を指導。
時に相手を務め、実際に打ち合って教えることもある。
むしろ先程のように、わざわざ相手を見繕って訓練に付き合わせることのほうがあまりあることではない。
「そろそろ物足りなくなってきたんだと思う」
それで強い相手を探してウロウロしていたのではないか……とアーガンに言われ、ガーゼルはうんざりする。
運悪くその相手に選ばれた身としては迷惑以外なにものでもない。
「マジそういうの勘弁してください。
気持ちはわかるんですけど……リュドラル卿の本気相手とか、滅多斬りにされるじゃないすか。
クソ!
イエルの野郎、一人だけさっさと逃げやがって」
「へ~い坊主ども、まだかぁ~?」
「手伝ってやろぉ~かぁ~?」
いつのまにかアーガンとガーゼルの背後を取った二人は、ヘラヘラと笑いながらも再びがっつりと筋肉で捕獲してくるから質が悪い。
しかもどこから二人の話を聞いていたのか。
顔を引き攣らせるガーゼルをからかってくる。
「クソがなんだって?
垂れそうってか?」
「あ~ん?
クソしてくる時間くらいなら待ってやるぞ?
逃がさんけどなぁ~」
「いま参ります」
「お待たせいたしました」
アーガンとガーゼルが観念して腰を上げると、壮絶な打ち合いが始まる。
周りで訓練していた他の騎士たちが、その気迫に呑まれて我を忘れるほどの激しい打ち合いである。
「どうしたどうした
「その呼び方、やめていただけませんか?
出来ましたらアーガンと、名前でお呼びください」
「俺にそういう注文してくるのは倅くらいなもんだ、いいねぇ。
俺を追い込めたら呼んでやらぁ~」
「ご冗談を」
「本気、本気ぃ~。
名前で呼べって、追い詰めてみろよぉ~」
「出来れば苦労しません」
「なんだったらお得意の大剣使ってもいいぜぇ~。
持ってこさせるかぁ~?」
決してアーガンも遠慮はしていない。
話しながらも本気で打ち込んでいるが、ヘラヘラ笑いながら剣を振るマリルに掠りもしないのである。
いつも使っている大剣と間合いが違うのは百も承知だが、どうにも踏み込みにくい。
もちろんアーガンもわかっている、マリルがわざとアーガンの不得手を狙っているということは。
頭ではわかっているのだが、あまりにも見事に不得手を衝かれていて対応が間に合っていないのである。
「訓練用がありませんので」
「実剣でもいいぞぉ~当たんねぇからなぁ~」
「そういうわけには……」
「俺がいいって言ってんだ、遠慮すんなって」
「遠慮では……」
腕力勝負では決して負けないつもりだが、どうしても踏み込みにくく、そのため思うように打ち込めない。
そしてそれは、隣でジェガ・リュドラルと打ち合っているガーゼルも同じらしい。
「年寄りの冷や水って言葉、知ってますか!」
「うるせぇよ、クソガキィ~!
悔しけりゃ一本取って見ぃ~ろぉ~」
「舌噛みますよ!」
「掠りもしねぇんじゃ話にならねぇ。
ほぉ~れ、当てて見ろやぁ~」
「ちょっとうるさいっす!」
「お前もなぁ~」
遠慮がちなアーガンとは違いガツガツ言い返すガーゼルだが、ジェガの挑発が止むことはない。
まさに 「ひゃっはー!」 状態の年長騎士を相手に、口でも剣でもやられ放題のリンデルト小隊の隊長とその副長。
その姿を見て 「情けない」 とか 「弱い」 と思った見習い騎士もいたが、大半の騎士はアーガンとガーゼルの技量うでを知っているし、マリルとジェガの
だから決して 「情けない」 とも 「弱い」 とも思わない。
むしろマリルとジェガを相手に、そこまで打ち合えることを改めて驚いている。
どうやらこの日、マリルとジェガが、アーガンとガーゼルを指名して修錬場で暴れたのには目的があったらしい。
シルラスから届いた魔物出現の報を聞き浮き足立った騎士たち。
特に若い騎士や見習騎士たちの動揺は激しく、増援として派遣されなかったことに安堵する姿も見られた。
だが実際は増援に選ばれなくてよかったわけではない。
むしろ城の守りが薄くなった分、気合いを入れなければならないところである。
それこそ城になにかあれば、シルラスの魔物を一旦放置してフラスグアたちを呼び戻すことになるが、初動は在留兵力で行なうことになる。
そのために活を入れることがこれの目的だったらしい。
しかも騎士は基本的に脳筋である。
あまりにも単純で、あっけないほど簡単に二組の激しい打ち合いに感化され、この日の訓練はいつも以上に激しいものとなった。
おかげで若い騎士や見習い騎士を中心に怪我人が続出。
騎士団隊舎にある医務室は大繁盛し、専属医師クリストフ・ロートナーは忙しい一日を送ることになった。
彼が赴任するより前、先代の専属医師の頃から働いているベテラン助手のグリエルも、水を飲む暇も無いと嘆きながら働いていたが、新しく入ったもう一人の助手エリーダは騎士たちと楽しそうに話してばかり。
何度もグリエルに怒られていたが、その時は肩をすくめて仕事に戻るのだが、すぐにまた別の騎士と話し始めてしまい仕事の手を止める。
この日は夕方近くになっても怪我人が来るほど医務室は忙しく、用意してあった湿布や塗り薬などが底を尽きそうになったため、クリストフは残業をして明日の準備をすることにした。
包帯なども倉庫から出して来なければならず、整理整頓にうるさいグリエルにも手伝ってもらうことにしたが、仕事をしないならいても仕方がないからとエリーダは定時で帰らせることにした。
ただでさえいつもより忙しくて疲れているのに、エリーダのせいでグリエルの機嫌が悪くなるのも面倒臭かったからである。
ついでに掃除も……などとしていたら思っていた以上に時間がかかってしまったため、途中で一度、休憩代わりに夕食を摂ることにして宿舎へ戻った。
宿舎の食堂は使える時間が決まっているためである。
騎士団の宿舎には専属医師用に個室が用意されており、食事の用意はもちろん、部屋の掃除や洗濯などもやってもらえて独り身のクリストフにはありがたかったが、食事の時間を逃して食いっぱぐれても、特に夜は城門が閉まっているため城外に食べに行くことも出来ず、朝まで空腹を抱えることになる。
騎士には女性がおらず宿舎にも住めないが、食事の支度や掃除洗濯をする下働きの女性たちが住む使用人棟があり、助手のグリエルやエリーダもそこに部屋をもらって住み込んでいる。
だが仕事上、彼女たちは特別に宿舎で食事をする許可を得ていたから、グリエルもクリストフと一緒に夕食を摂り、早々に作業に戻る。
だがあまりにも時間が遅くなってしまったため、続きは明日に……という話をしているところに珍しい来客があった。
二十代半ばくらいの痩身の男で、用件は急病人が出たので診て欲しいというものだが、実は同じようなことは以前にもあった。
城で急病人が出たが、時間が時間なのですでに城門が閉まっており、町から医者を呼ぶことが出来ない。
そこで城内にいる医者としてクリストフに診て欲しいと言われたのである。
グリエルの話では、先代の専属医師の頃にも同じようなことがあったという。
だから特に深く考えることもせず、熱冷ましや腹痛の薬など一般的によく使われる薬を診療鞄に詰め込み、最初は一人で行くつもりだったのだが 「先生は時々うっかりなさいますから」 と言ってグリエルも一緒に行くことになった。
外出用の外套を着た男は言葉少なく必要最小限の話をすると、支度を整えたクリストフとグリエルを、騎士団隊舎とは少し離れたところに停めた馬車に案内する。
貴族が使うような豪華な馬車でもなければ家紋などもなく、おそらく広い城内を移動するために用いられているものだろう。
実に質素な造りの馬車である。
だがこの時に気づくべき……いや、もう遅かったかもしれない。
馬車に乗る前にグリエルがあることに気づき、小声で 「先生、ちょっと……」 と小声で呼びかけながら服を引いて報せたのだが、クリストフとグリエルが足を止めたことに気づいた男が、馬車のそばに立って呼びかけてくる。
「どうかなさいましたか?」
物腰は穏やかだが、どこか有無を言わせない強さで病人が待っていると急かされ、やむなく二人とも馬車に乗り込む。
続いて男が乗り込むと扉が閉められ、馬車が走り出す。
車内は大人が三人乗るには少し窮屈で、両側に窓はあるがカーテンが閉められて外の様子はわからない。
夜だからカーテンが開いていても外の景色は見えないし、城内の移動ならそれほど時間もかからない。
それこそ昼間でもカーテンが閉まっていてもさほど問題ないように思えるが、隣にすわるグリエルの緊張のようなものが移ったのか。
馬車が走り出してすぐにクリストフも漠然とした不安を覚える。
気まずい沈黙は、馬車が目的地に到着して止まるまで続いた。
御者が外から扉を開くと、まずは向かい合ってすわっていた男が降り、続いてクリストフ、グリエルが降りる。
そして目の前に建つ屋敷を見て驚愕する。
「先生、ここは……」
「まさか、
【リンデルト卿家公子アーガンの呟き】
「あれはクリストフ医師?
こんな時間にどこへ行かれるんだ?
一緒におられるのはグリエル女史と……筆頭殿っ?!
……いや、筆頭殿ではない。
筆頭殿ではないが他の四人の誰かだ。
だが……なぜ閣下の側仕えがクリストフ医師を……?」
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