64 手紙 ーエデエ兄妹

「……クソ!」


 騎士団隊舎の廊下を足取り荒く歩いていたガーゼル・シアーズは、たまりかねたように悪態を吐きつつ壁を殴りつける。

 その背中に呼びかける声がある。


「副長……どうかされましたか?」


 勢いよく振り返って睨みつけてみれば、騎士団でも有数の優男イエル・エデエが、丁度階段を上ってきたところだった。

 手すりに手を掛けた彼は最後の一段に足を乗せたまま、ガーゼルの気迫に呆気にとられている。


「どうってお前……」


 なにもないのに壁を殴ったりはしないだろう……と、そのままを返し掛け、思い留まる。

 それではただの八つ当たりである。

 だからといっていつものように、気晴らしに 「今夜付き合え!」 とも言えない。

 言えない事情があるのだが、結局いまはなにを言っても八つ当たりになってしまうような気がしてぐっと言葉を飲み込む。

 するとイエルは、整った顔立ちに苦笑を浮かべる。


「……セスのことですか?」

「まぁその……そうだな」


 本当はもっと騎士団全体的なことを団長に抗議したのだが、遅れて現われたアーガンに団長が逃げ込み、あとはアーガンと話すとかなんとかいって団長室を追い出されたのがつい先程のことである。

 今も、来たばかりの廊下の向こうにある団長室では、アーガンと団長がなにかしら話している。


「えっと、騎士団的にはどうなんですか?」

「どうとは?」

「その、ですから、セスのことです。

 脱走……ということになるんでしょうか?」


 小隊長であるアーガンの不在を預かっていたガーゼルだが、実は彼らの行き先を知らされていない。

 知らされないということは知らないほうがいいということ。

 ガーゼルはそう理解して、決して聞き出そうとせず一行を見送ったのだが、やはり同行していたイエルとしてはばつが悪いのだろう。

 セスが戻らない理由を知っていても言えず、ひどく申し訳なさそうな顔をしながら階段を上りきる。


「あー……いや、それはこれから隊長と話されると思うが……」

「つまりリンデルト小隊われわれはこのまま謹慎継続、ということでしょうか?」

「そうなるだろうな。

 セスの居場所すらわからねぇし」

「そうですか」


 溜息混じりに応えたイエルの声にはなにかを諦めたようなものがある。

 そこでようやくガーゼルも気がつく。


「お前……なにか用でもあったのか?」


 今更ながらに気付いたのだが、こんなところになんの用だと尋ねるガーゼルに、イエルは 「それが……」 とまで言って続きを言い淀む。


「俺には言い辛いことか?

 だったら隊長かファウスにでも……」

「その、隊長にちょっとご相談したいことがあったのですが、セスのことでそれどころではないかと……」

「お前も間が悪いな」

「俺も、まさかそんなこと・・・・・になっているとは思っていなくて……」


 本当に困っている様子のイエル。

 その言葉を怪訝に思ったガーゼルは、ここではあえて口を挟まずイエルに続きを喋らせる。


「だからといって俺一人じゃ、その、ちょっとどうしたらいいか……いや、もちろん考えますけど、考えたんですけど、結局どうしたらいいか……」

「わかった、ちょっと来い」


 よほど困っているのか、あるいは迷っているのか。

 それとも焦っているのか。

 どうにもイエルの話は要領を得ない。

 そこでガーゼルはイエルの肩に腕を回すと強引にその体を反転させ、イエルが上ってきたばかりの階段を並んで下りる。

 そして一階まで下りると半ば引き摺るように廊下を歩き、隊舎の外まで連れ出す。


「で、なにがあった?」


 隊舎を少し離れた雑木林の中……と言ってももちろん城内である。

 色づいた木々のあいだから隊舎が覗き見える場所で二人になると、ガーゼルは一本の木の根元に腰を下ろしてイエルに尋ねる。

 わけもわからずここまで連れてこられたイエルは最初困惑していたが、やがてガーゼルの横に、少し離れて腰を下ろす。

 そして話し出す。


「実は、不在中に手紙が来てまして……」


 ここまでを聞いたガーゼルは、てっきり貴族のご令嬢や城内で働く女性たちから届くいつもの手紙だと思った。

 お慕いしていますとか、自分だけの騎士になって欲しいとか、そんなことがツラツラと熱烈に綴られた手紙である。


 騎士団には毎日のようにそんな手紙が届いており、受け取るのはイエルだけではない。

 見目のよい騎士宛てに届く手紙は、ガーゼル自身も受け取っているから珍しいともなんとも思わない。

 だが性格的なところで、やはりアーガンやイエルの人気はダントツである。

 そして結婚相手を親によって決められることがほとんどの貴族の令嬢たちが、せめて見目よいお気に入りを護衛にしたいと考えた時、平民出身のイエルは丁度よかった。

 下級とはいえ貴族であるアーガンをアクセサリーのように扱うことは出来ないからである。


 そのアーガンはまだ十九歳という若さで小隊長に選ばれただけでなく、父リンデルト卿フラスグアの教えに従い、決して顔で隊員を選ばなかった。

 セスは例外だが、剣の腕や他の隊員との相性などを見て選んでいる。

 それでもリンデルト小隊は女性に好まれる顔つきが多いらしく、他の小隊に比べて届く手紙も多い。

 だから他の隊から妬まれることはあるが、隊の中でトラブルにならないのは、やはりアーガンが選んだ人間性だろう。

 そんな調和も最近はセスが乱しているのだが……。


 ではイエルの心を乱しているのはなんなのか?

 この時点でガーゼルは、「手紙が来てまして……」 と聞いて返事を書く時間でも足りないのかと思った。

 ガーゼルなどは面倒臭くて返事など滅多に書かないのだが、イエルはほぼ全ての手紙に返事を書くマメさ。

 そのおかげで騎士団でもトップクラスの人気者なわけだが、以前には返事を書く時間を業務扱いして欲しいとアーガンに訴えたこともある。

 今回はひと月近く不在にしていたこともあり、いつも以上に手紙も溜まっていたはずだ。

 その時間のことで困っているのかと思ったが、どうも違うらしい。

 この期におよんでも言うか言うまいかを迷っている様子のイエルに、ガーゼルは少し苛立ったように言う。


「そりゃ俺じゃあ隊長ほど信用はないだろうけどな」

「あ、いえ、そういうんじゃなくて、その……極めて個人的なことでして……」

「個人的なこと?」


 珍しい……と思いながら問い返すガーゼルに、イエルは 「はぁ……」 と、やはり煮え切らない様子。


「まぁ話すだけ話してみろ。

 俺じゃ力になれるかわからないが」

「それではお言葉に甘えて……実は、妹から手紙が来ていたんです」

「妹? ああ、そういやいるって言ってたな。

 村だったか町だったかに……そうそう、もう両親がいなくて、家族はその妹だけって……」


 口に出しながら知っているイエルの個人情報を思い出すガーゼルに、イエルは浮かない様子で応える。


「はぁ、そうなんです。

 その妹から手紙が来てまして……」

「なんて書いてあったんだ?」


 一瞬 「男でも出来たのか?」 といつもの調子で茶化しそうになったガーゼルだが、快活なイエルらしくない様子にぐっと堪えて返事を待つ。


「……その、仕事を解雇クビになったというか、辞めたというか……」

「なにがあった?」


 ただ仕事を辞めたのなら問題ない。

 だがイエルの歯切れの悪さは、彼自身、妹から来た手紙の内容に戸惑っている様子。

 おそらくなにかしらトラブルがあったのだろう。

 心配になって思わず語気を強めて問うガーゼルに、イエルは少し長い話を始める。


 その長い話を要約すると、イエルの妹は郷里の村に一番近い町で、大店のご隠居夫婦の側仕えをして働いていたという。

 だがその老夫婦が相次いで亡くなり暇を出された。


 ここまではいい


 もちろん紹介状も書いてもらえたし、職業紹介所で次の仕事も紹介してもらえた。

 新しい勤め先はやはり商家で、仕事は若奥様の側仕えだったという。

 前の仕事と同じく中流階級の家で住み込みの仕事である。


 ここまでもいい


 だがここからが問題だった。

 その新しい勤め先で若旦那に気に入られてしまったというのである。

 イエルの妹にその気はなかったけれど、若奥様の悋気に触れ、なんと、解雇も同然に追い出されてしまったのだという。

 さすがに若旦那も悪かったと思ったのか、あるいは悪い噂が立つと商売に支障が出ると思ったのか。

 職業紹介所の仲介もありなんとか紹介状は書いてもらえたものの、その一件でイエルの妹は町で仕事を探すのが難しくなってしまったというのである。


「まぁお前の妹だからな、美人なんだろ?」

「兄の俺が言うのもなんですが、美人です」


 イエルがたった一人の家族である妹を可愛がっていることはガーゼルも知っていたが、躊躇いもなく美人だと言い切るイエルに苦笑を返す。


「しかし、そりゃ困ったな」

「村に叔母夫婦がいるのですが、以前、妹の成人の儀でもめてしまって」


 それ以来縁を切っているという。

 頭を下げるのは簡単だが、明らかに向こうに非のあること。

 イエルが頭を下げると、妹の面倒をみてもらうどころでは済まなくなってしまうという。

 問題がなければ話してみろというガーゼルに促されてイエルが、やはり簡潔にした話によると、妹の成人の儀に着る衣装を仕立ててもらうためにイエルが叔母夫婦に預けていたお金を、彼女たちは、よりによって自分たちの息子が成人の儀で着るための衣装を仕立てるために使ったというのである。

 しかも妹にはお金を預かっていたことを内緒にして、彼女の衣装は知らん振り。


 だがイエルが手紙で、お金を叔母夫婦に預けていることや、どんな衣装を仕立ててもらったのか、などと尋ねたために叔母夫婦の横領が発覚した。

 妹のことを気に掛けてくれていた大店の老夫婦が話を聞きつけ、慌てて衣装を用意してくれたおかげで妹は無事に成人の儀を迎えられたのである。


 その後、イエルは休暇を取って里帰りをし、老夫婦にお礼と仕立て代金を支払いに行った経緯がある。

 だがこの時、老夫婦はお金を受け取ってくれなかったという。


 さらにこの話には後日譚がある。

 イエルの叔母夫婦には妹と同じ歳の息子の他にもう一人、息子がいる。

 この話の翌年、そのもう一人の息子が成人の儀を迎えるにあたって衣装を仕立てる代金を、なんとイエルに払ってくれるよう手紙を寄越したのである。


「兄にしてやったことは弟にもしてやらないと不公平だとかなんとか言ってきたんですよ。

 なんで俺が従兄弟あいつらにそんなことをしてやらなきゃならないんですかね?」

「お前、結構な苦労人なんだな。

 そんな顔してるのに」

「顔は余計です、副長。

 ほんともう、我が叔母ながらみっともないやら情けないやらですよ。

 まぁそんなわけで叔母夫婦に頼るわけにもいかなくて」


 それでほとほと困り果てているという。


「なるほどなぁ……話はわかったが、困ってるってだけじゃどうにもならねぇだろう。

 隊長に相談するにしたって、それじゃあ隊長が困る」

「もちろんわかってます。

 それで実は、妹を領都に呼ぼうと思って」

「なら呼べばいい」


 そこまで考えていて何を困っているのか? ……と尋ねるガーゼルに、イエルは、ここからが本当に言いにくいところらしい。


「それで、その、妹が領都に慣れるまで、騎士団の宿舎とかで働かせてもらえないかと思いまして……」


 特別顧問を父に持つアーガンに口利きをしてもらえないか……ということらしい。

 これまでの経緯が経緯である。

 たった一人の家族である妹を、自分の目の届くところに置いておきたいというイエルの兄心もわからないでもない。

 だがガーゼルはすぐさま 「そりゃ駄目だ」 と返す。


「そうですよね、やっぱり……」


 申し訳なさそうに肩を落とすイエルを見て、ガーゼルは少し早口に言葉を継ぐ。


「そういう意味じゃねぇ。

 お前の気持ちはわかるし、隊長だって出来るならそうしてやりたいだろうよ。

 でもな、お前の妹だろ?」

「妹ですが……」

「美人なんだろ?」

「はい、美人で、す……あ!」


 妹が美人であることは譲らないイエルだが、改めてガーゼルに言われてようやく気づいたらしい。

 ガーゼルも誤解が解けて小さく息を吐く。


「……たく、騎士団なんて野郎しかいねぇんだから。

 その若旦那どころの騒ぎじゃねぇよ」

「すいません、そうでした」

「お前の気持ちはよくわかる。

 わかるから騎士団はやめとけ」

「はい」

「ついでに魔術師団もやめとけよ」

「いえ、魔術師団は伝手がないので……」

「なに言ってやがる。

 隊長の姉君とか……そうだ、代わりに隊長に仕事を探してもらえ」

「探してもらうって、そんな……」

「いや、紹介してもらえだ、間違えた。

 側仕えとかやってたんだろ?

 どっかのお貴族様のお屋敷とか、紹介してもらえないか訊いてみろ」


 それならば騎士団とは関係がなくアーガンも手を貸しやすいだろうし、父のリンデルト卿にも相談しやすいはず。

 それこそ貴族の屋敷でなく、伝手のある商家でも全然かまわない。

 とにかくイエルはなにかしら仕事に就け、妹の生活を安定させてやりたかったのである。

 アーガンに相談してみなければわからない話ではあるけれど、ガーゼルの助言で少しだけ気が晴れたイエルは、なぜガーゼルがすぐさま 「騎士団はやめておけ」 と言ったのか、その理由に思い当たる。


「そういえば、ロートナー先生のところに新しい助手が来たんですね」

「ああ、お前らが発ってすぐにな」

「なんて名前でしたっけ?」


 なぜか急に機嫌を悪くしたガーゼルは、ややぶっきらぼうに 「エリーダ」 と答える。

 騎士団専属医師のクリストフ・ロートナーには、先代医師の頃から勤めるグリエルという年配の女性助手がいるのだが、丁度イエルがセルジュ・アスウェルの護衛としてアーガンたちと出立するのと入れ替わるようなタイミングで、若い女性が新たな助手として雇われていた。


 だが先程ガーゼルが言ったとおり騎士団は男所帯である。

 宿舎の掃除などをする下働きに女性はいるが、年配ばかり。

 そんなところに若い女性が雇われたものだから、特に若い騎士は大はしゃぎ。

 しかも浮かれているのは騎士だけでなく、当のエリーダまで。

 雇用されてまだひと月も経っていないというのに、大勢の騎士たちにちやほやされてずいぶんと浮かれまくっているという。


「さっさと誰かとくっついて出てってくれりゃいいがな」

「でもその手の女性って、あえて一人に絞らず居続けるんですよね。

 で、気がつくともらい手がいないっていうオチです」

「そこまで居続けられたらいいがな。

 ありゃ次の新緑節しんりょくせつまで保たないだろうよ」


 すでに彼女が原因でもめ事が多発しているらしい。

 このままではそう遠くない日に綱紀粛正だろうとガーゼルはほとほと呆れる。


「グリエル女史は辞められるんですか?」

「いんや、現役現役。

 それでもいつ何が起るかわからないからってことらしいが、だったら助手じゃなくて医師雇えってんだ、クソが」


 今度はイエルがガーゼルの状況を理解する。


「それで朝から団長と遣り合ったんですか」

「あのクソったれの狸親父め」


 思い出して悪態をつき始めるガーゼルは、とりあえず話は終わったとばかりにゆっくり立ち上がると、これまたゆっくりと足を隊舎に向ける。

 イエルもそれに続く。


「俺たちはセスが見つかるまで謹慎だが、とりあえずお前は妹を領都に呼べ。

 三日だっけ? 四日か?」

「町から四日ほどかかりますね。

 今日手紙を書いて、受け取ってから出立となれば、十日はかからないでしょうけれど……」


 領都まで四日ほどの旅程といえば近いほうだが、きっと妹はイエルからの返事を心細い思いで待ちわびているに違いない。

 それを思い遣り、とりあえず返事を出してやれとガーゼルは言う。


「道中は用心するよう言うんだぞ。

 今の時期は収穫の手伝いで流れ者も多いからな」

「ありがとうございます。

 それまでにセスが見つかればいいんですが……」

「もういっそ永久に帰って来んな、あのクソガキ」

「このクソガキはどこのガキだっけ?」


 ガーゼルが吐いたクソガキはもちろんセスのこと。

 だが突然どこからともなく現われた男が、無理矢理にガーゼルと肩を組んでくる。

 歳はガーゼルやイエルよりずっと上だが、背丈は変わらず、おまけに鍛えた筋肉でがっつりと捕獲してガーゼルを逃がそうとしない。

 そして肩越しに並べた顔を近づけてくる。


「お前、誰だっけ?」

「おいマリル、俺はこの顔に見覚えがあるぞ」


 別の男の声に、首だけを回して振り返ってみれば、イエルもまた筋骨隆々の男に捕まっている。

 ガーゼルと同じように、マリスと呼ばれた男も振り返る。


「おーおー、その顔はあいつだ。

 ほら、女どもにやたらと人気の!」

「思い出した。

 フラスグアのせがれの部下じゃねぇか!」


 それを聞き、マリルと呼ばれた男は再びガーゼルに顔を近づけてくる。


「ってぇとお前も倅の部下だな」

「……ガーゼル・シアーズです。

 とりあえず手を放していただけませんか、ハウェス卿」


 ただの腕力勝負なら勝てなくもないが相手が悪い。

 さすがにガーゼルも実力行使はせず、なんとか穏便に解放してもらえるよう頼んでみる。

 だが機嫌が悪いのか、あるいは間が悪いのか。

 いや、やはり相手が悪い。


「やーだねー。

 お前、倅の副長だな。

 俺はこいつをもらうぞ、ジェガ」

「じゃあ俺はこいつか……」


 ジェガと呼ばれた男はイエルにやや不満そうである。


 だが相手の悪さはイエルもわかっていて、ガーゼル同様に実力行使は封印し、なんとか穏便に解放してもらえるよう頼んでみる。


「リュドラル卿、俺ではご不満のようなので他の者を……」

つえぇ奴連れてきたら許してやる。

 ってかお前、名前は?」

「イエル・エデエです」

「よぉ~し、覚えた」


 この二人に名前を覚えられていいことなんてなにもない。

 むしろよくないことばかりである。

 このあとだってろくな目に遭わないことがわかってる。

 けれど拒否出来る相手ではない。

 そんな二人に捕まってガーゼルとイエルが嘆いていると、不幸にも団長との話を終えたらしいアーガンが通りかかる。


「ガーゼル、こんなところでなにをしているんだ?

 イエルまで?

 ハウェス卿にリュドラル卿、自分の部下がなにか失礼でも働きましたか?」


 声を掛けられた瞬間にガーゼルは (しめた!) と思ったもののそうは問屋が卸さない。

 一瞬早くジェガ・リュドラルが声を上げたのである。


「倅はもらったぁ!」


 そう言ってイエルを放り出すと、マリルに取られまいと、今度はアーガンをがっつり筋肉で捕獲したのである。

 アーガンをマリル・ハウェスに差し出して自分が逃げるつもりだったガーゼルはまんまと思惑が外れ、がっくりと肩を落とし、その影でイエルがポツリと呟く。


「じゃあ俺は用済みということで」


 本来なら喜ぶべきところだが、あまりにもあっさりと捨てられたため情けなくもあり、淋しくもある。

 そんな複雑な心境のイエルであった。



【騎士ガーゼル・シアーズの呟き】


「ちょ、イエル! 待てや、ごらぁぁぁぁ!

 そんな悲しい顔するなら俺と代われ!!

 逃げるな、お前ーっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る