4 来訪者 (2)

 その朝、村を訪れた彼らは全部で五騎。

 だが荷物と馬番に二人と馬を村はずれに残し、三人で村の、広がる畑のあいだを縫うように続く道を歩く。


 薄汚れた旅装のマントで頭から全身をすっぽりと覆っていながらも、高身長であることはもちろん、その体格の良さのわかる二人と、長旅に薄汚れながらも仕立てのいいマントを着た、高身長で細身の一人。

 身長はもちろん、歩き方や裾から見えるズボン、ブーツから三人とも男とわかる。

 おまけに一番背の高い大男は背に大剣を背負っていたから、ここがそこそこ大きな町ならば、商用に赴いた若旦那とその用心棒だが、生憎と領地境ざかいに近い辺境の小さな村である。


 まだ畑仕事をするには早い時間だったが、広がる畑にはぽつりぽつりと村人の姿も見える。

 彼らの目に、連れだって歩くそんな三人の姿はさぞ奇妙に映ったに違いない。

 しかし三人のほうも、さっさと用を済ませて立ち去るつもりでいたから、向けられる奇異の視線を気にすることなく目的地を目指す。


 三人が村に着いて一番最初にしたのは、一行の中から留守番役を決めること。

 一人は一番歳若いセス。

 これは最初から決まっている。

 もう一人をどうするか……となった時、イエルが挙手で立候補。

 ファウスとセスの仲があまり良くないこともあり、彼らの隊長であるアーガンはこれを了承。

 ファウスを連れてセルジュと共に村に立ち入ることにした。


 次にしたことは、一番最初に出会った村人に話を聞くことである。

 用が済めばすぐに立ち去るつもりでいたが、警戒をされて聞き出すべきことを聞き出せなくては困る。

 だから多少不躾ではあったけれど、最低限の礼儀として被っていたマントのフードを脱ぐ。

 そして可能な限り愛想のいい笑みを浮かべて話し掛ける。

 それでも最初は、少し離れて立つ、フードを深く被り、全身をマントで覆ったままのファウスとセルジュに視線をやって警戒する様子を見せた村人だったが、マントの下にあったアーガンの赤毛を見ると、意外なほどあっさりと警戒心を解いてくれた。


 赤の領地ロホだけでみれば、加護が強い者ほどその象徴たる赤が強くなる。

 アーガンの燃えるような赤毛然り、明るい朱の瞳然り。

 だがその多くの民は、他の領地と同じく茶の髪に茶の瞳をしている。

 アーガンが話し掛けた第一村人然り。

 昼の強い日差しを遮るために被った帽子の下に見える村人の髪は、広い唾の下からのぞくはありふれた茶色をしている。

 だが実際は、四つの領地それぞれで少しずつ違うのである。


 ありふれた茶の髪に茶の

 赤の領地ロホ内で、赤の領地ロホの領民だけを見れば 「ありふれた茶」 なのだが、実際は他領の民と比べると赤味を帯びている。

 同じく白の領地ブランカでは黄味を帯びた茶だが、それは他領と比べて初めてわかること。

 領内にいては 「ありふれた茶」 なのである。

 過程の都合なのか、緑の領地ベルデも黄味を帯びた茶ではあるが、こちらは白の領地ブランカに比べてやや暗めという特徴がある。

 そして青の領地アスールは、他領と比べてやや色が濃いという特徴があった。


 そしてアーガンが、一目見て焔と熱の加護を受けているとわかるように、少し離れて待つ二人もまた、帯びる魔力量で髪が影響を受けている。

 すぐに立ち去るつもりだったから向けられる好奇の視線は無視して良かったが、その特徴を覚えられるのはよろしくない。

 そのため二人はもちろん、村はずれで待たせている二人にも、「ありふれた茶」 の髪に 「ありふれた茶」 のをしているけれど、決してフードを取らないよう厳しく言い聞かせてある。


 白の季節に入り、いくぶん朝晩は涼しくなったとはいえ、赤の領地ロホはまだまだ気温が高い。

 そんな中でマントのフードを目深に被ったままの、いかにも怪しい三人組だ。

 不審がられることは先刻承知だったとはいえ、アーガンの赤毛が功を奏したのかもしれないし、奏さなかったのかもしれない。

 これもその村人が話してくれたことだが、領地境りょうちざかいに近い辺境の村とあって流れ者が立ち寄ることがしばしばあるという。

 そのため警戒心はあるけれど、珍しいことでもない。

 中にはそのまま住み着く流れ者もあり、アーガンたちが訪ねてきたクラウス・ハウゼンもまた、はじめは流れ者だったという。


「ただいつもの流れ者と違って身なりが綺麗で。

 それでノージが目をつけたんだよ」


 流れ者にも色々あって、仕事を探して季節ごとに流れて行く者もあれば、あてどなく彷徨う流れ者もいる。

 どちらも長く彷徨えば身なりもひどくなって行くものだが、クラウス・ハウゼンは小綺麗な身なりで髪も整えられていたという。

 ただここでさりげなく聞き出した彼の髪色は、アーガンたちが聞いていたクラウス・ハウゼンのものとは違っていた。


「おそらく草木の汁でも使って染めていたのだろう」


 そうやって特徴的な髪色を誤魔化していたのだろうと、宿に戻ってからセルジュが推測していた。

 クラウスがこの村に流れ着いた頃はまだ顔役ではなかったノージ・マイエルだが、一晩の宿を探すクラウスを自分の家に泊め、積極的に世話をしたという。

 さらには特に行く宛てのないというクラウスに、空き家になっていた家を修繕して住めるようにしてやるなどの世話を焼き、クラウスが村に住み着くと、妹のエビラが押しかけ女房のように一緒に暮らし始めたという。

 そしてミゲーラ、ノワール、マーテルという三人のこどもをもうけた。


「けどクラウスは白の領地ブランカのお貴族様らしくて……なんていったかな?」

「帰属?」

「それかな?

 俺にはよくわからんが、まぁとにかく、クラウスは赤の領地ロホの人間じゃなかったらしい」


 つまりクラウス・ハウゼン・・・・とエビラ・マイエル・・・・の結婚は正式なものではない。

 だから娘の名前がノワール・マイエル・・・・なのかと納得するアーガンだったが、続く話に驚愕する。


「流れ者にも籍があるのかよくわからんが、とにかくそれで神官様が来て下さらなかったらしくて、結局葬儀は神官様なしで執り行うことになったんだ」

「葬儀……誰の?」

「もちろんクラウスのだよ」


 なにを言ってるんだ? ……という顔をする村人だが、驚きも露わなアーガンを見て、すぐに 「知らなかったのかい?」 と、今度は村人が驚いた顔をして尋ねる。

 どうやら第一村人はアーガンのことを、葬儀に間に合わなかったクラウスの知人とでも思って話していたらしい。

 それこそ最初は流れ者と思われたクラウスだが、その姓を聞き、最初に誰が言い出したかは定かではないが、すぐに白の領地ブランカの貴族ハウゼン家の子息と村中に身バレしている。

 ただクラウス自身は肯定も否定もしていなかったらしい。


「俺はただ、人に頼まれて……」


 思わぬ事態に動揺したアーガンは、うっかり言い掛けた言葉を、口を押さえて留める。

 だが幸いにして第一村人はアーガンに頼んだ 「人」 を、すぐうしろにいるセルジュと勘違いしてくれたらしい。

 その視線がチラリと動いたことに気づいたアーガンは、あえて否定せず。

 第一村人はアーガンの訳あり感を察してくれたらしくそれ以上は追及しなかったから、アーガンも動揺を抑えて話を続ける。


「いつ亡くなったんだ?」

「亡くなったのは二、三日……いや、四日前だったか?

 神官様の件で葬儀まで時間が掛かっちまったみたいだな。

 報せを白の領地ブランカまで遣ったらしいが、結局来てもらえないってことでさ」

白の領地ブランカ……ハウゼン家に?」

「ああ、そうさ」

「死因は?」

「死因? さぁ……病気じゃないか?」


 第一村人は、薬売りを生業にしていたクラウスの許には近隣の町や村から人が出入りしており、そのうちの誰かから悪い病気をもらったのではないかと話す。

 だがあとで聞いた別の村人は、年々厳しくなる赤の季節の暑さは、赤の領地ロホで生まれ育った村人たちですら耐えがたく体調を崩すほどだった。

 その暑さに、赤の領地ロホで生まれ育ったわけではないクラウスは耐えられなかったのではないか……と話していた。

 つまりはっきりした死因はわからなかったらしい。

 だが寝付いてすぐ、あっけないほどすぐに亡くなったという。


(このタイミングで……?

 だがハウゼン家は亡くなられてから報せを受けたのか。

 いや、死因には関わらないと考えるのは早計か)


 自分たちとは別口で誰かが動いているのではないか? ……という漠然とした危機感と疑惑を覚えるアーガンだが、すぐさま第一村人の視線に気づき思考を中断する。

 そして当たり障りのない質問をいくつかと家族の様子、それに肝心のクラウス・ハウゼンの家を聞いて第一村人と別れる。


「セルジュ……」


 畑のあいだをうねる道を、別れたばかりの第一村人に教えられたとおりに進むアーガンだったが、途中でその歩速を緩めてうしろから来る二人と合流。

 一人だけ、仕立てのいいマントに身を包んだセルジュに耳打ちする。


「人を呼びつけておいて勝手にくたばるとは、どこまでも身勝手な方だな。

 さすがユリウス様のご兄弟だ」


 わずかに顔を上げ、フードの下から緑色の瞳を覗かせるセルジュは忌々しげに低く呟く。

 死者にすら容赦ない毒舌に、思わず 「お前もな」 と突っ込んでしまうアーガンだったが、セルジュはこれを無視。

 小さく息を吐いたかと思ったら、口調を改めて 「それにしても暑い」 と言葉を継ぐ。


「とても白の季節とは思えん」


 するとアーガンは、少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮かべる。


「この季節に来たことはなかったか。

 白の領地ブランカと違って、赤の領地ロホのこの頃は赤の季節の終わりとさして変わらん。

 日中はもっと暑くなる」

「うんざりする。

 さっさと用を済ませて白の領地ブランカに戻る」


 その祖を赤の領地ロホに持つアーガンはもちろん、三人の部下はそれなりに訓練を積んで暑さにも耐えられる。

 だが慣れない暑さにセルジュが倒れでもすれば色々面倒だったから、アーガンとしてもその意見には大賛成である。

 ではどうするか? ……という相談に、セルジュはあっさりと答える。


「娘だけ連れ帰る。

 元々そういう話だ」

「……そうだったな」


 そうして第一村人に教えられたクラウス・ハウゼンの家に向かった三人は、まず長女のミゲーラ・マイエルとまみえる。


「こちらはクラウス・ハウゼン殿の家と聞いたのだが」


 朝から豪快なアーガンのノックに、扉を開いて顔を覗かせたのはふっくらとした体型の村娘。

 年齢は二十歳前といった感じだろうか?

 器用に束ねた髪も、大男のアーガンを驚いたように見上げる目も 「ありふれた茶」 だったから、目的の次女ノワール・マイエルではない。

 アーガンとセルジュが聞かされたノワール・マイエルの情報は、もうすぐ十歳……つまり、クラウス・ハウゼンがあの奇妙な書信をしたためた時点では、少なくとも九歳のこどもであること。

 そして極めて珍しい黒い髪に黒い瞳をしているということである。

 今アーガンの前に立ち、彼を見上げる少女は年齢にしろ、髪色にしろ、瞳の色にしろ情報とは明らかに異なっている。


 他にある事前情報としては、クラウスにはノワールを入れて三人の子があること。

 これは先程の第一村人から聞いた話とも一致しているから間違いないだろう。

 ミゲーラ・マイエルという名前も。


「そうですけど……父は亡くなりましたが……」


 突然の客にミゲーラは戸惑いがちに答える。


「ああ、用があるのはノワール・マイエル殿だ」

「ノワール……?」


 一瞬誰のことかわからずポカンとした表情をするミゲーラだったが、すぐに気を取り直し、奥にいる母親を振り返る。


「母さん、知らない人がノエルはいるかって……」


 ミゲーラが背を向けるのを見て、アーガンは 「失礼」 と断わりを入れると、その背を押すように押し入る。

 玄関口で話している姿が人目に付くからだ。

 当然のようにアーガンに続いてセルジュ、ファウスと続き、ファウスは後ろ手に扉を閉める。


「なんだい、あんたたちはっ?」


 朝食の支度に忙しくしていたエビラは、呼びかけてきたミゲーラに 「うるさいね」 などと小言を言っていたけれど、慌ただしい足音に気がついて振り返り、押し入ってきた男たちを見て驚きに似た声を上げる。

 そこに、裏手で顔を洗ってきたらしいユマーズが、首にかけた手ぬぐいで顔を拭きながら現われる。


「なんだぁ? 朝っぱらからデカい声出しやがっ……と、客かい?」


 呑気な声を上げていたユマーズだったが、戸口に立ち塞がる三人の男たちを見て驚き、足を止めた。



【エビラ・マイエルの呟き】

「誰も知らないんだよ、あいつの本当の気味悪さを。

 髪の色とかの色とか、そんなもんじゃない。

 だってあいつは……」

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