第7話 喪失

一つ年上、僕にはもったいない美人の彼女(雑誌のモデルをしている)が出来て二ヶ月が経った。ただ、まだお互いキスもしていない。特に進展はなかったが、それでも僕は日々の生活に満足していた。


学校の成績、小説の新人コンクールの選考など、最近はとにかくすべてが上手くいっていた。



「今度の日曜、デートしない?」


一瞬、驚いた顔をした彼女は猫のようにすり寄ってきた。


「嬉しい………。初めてだよね。ハクちゃんから誘ってくるなんて」


「うん。今までごめん。あまり、デートとか出来なくて」


「じゃあさ、デートの後で家に来ない? パパやママね、ハクちゃんのこと大好きだから、早く連れて来いってしつこいの」


「分かった。行くよ」


「ありがとう。みんな喜ぶよ。あのね、あのね、見たい映画があるの」


「うん」



日曜日。


映画を観た後、二人で手を繋ぎ、しばらく夜道を歩いた。竹林を抜け、高台から夜景を見た。夜景と言っても都会のような派手さはなく、それでも家や町工場の小さな明かりは、僕の気持ちを穏やかにしてくれた。



「っ!?」


「どうしたのぉ?」


突然、空が弾けた。今夜は、隣町で花火大会をやっているらしい。


音だけは立派な、小さな花火を見ていると、なんだか…急に……胸の奥が苦しくなった。体の一部を無くしたような喪失感に襲われた。


この感覚を知っている。『孤独』と『絶望』だ。


「大丈夫? さっきから震えてるよ?」


僕を心配してくれる優しい彼女の方をどうしても見ることが出来なかった。


「大丈夫………。大丈夫だよ」


何が大丈夫なのか、自分でも分からない。

…………………………。

……………………。

………………。


テレビでしか見たことのない豪邸。

今晩、約束通り彼女の家に来た。両親にこれから会うという緊張よりも、先ほど襲われたワケの分からない悲しみに今も精神を支配されている。


「……………」


「ハクちゃん?」


リアルなメイドに家の中を案内される。場違い感に苛まれながら、しばらく広間で待機していると着替えを済ませた彼女に呼ばれた。バスケが出来るほど広いリビング。三十人は座れそうなテーブルの上には、すでに良い香りを放つ料理が並べられていた。きちんと正装し着席した彼女の両親が、満面の笑みで僕を見ている。


「あっ、あ……。遊木ハクシと申します。カンナさんと、その……。今、お付き合いさせていただいてます」


「ハハハ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。君のことはカンナから聞いている。確か………。小説家を目指してるんだろ? 夢を追いかけ、努力するのは素晴らしいことだよ。ささっ、座りなさい。ご飯にしよう」


威厳のある父親に座るように促され、迷った挙げ句、彼女の隣にちょこんと座った。


「そんなにくっついちゃって……。仲良いのねぇ。素敵よ。パパもそう思うでしょ?」


「あぁ、そうだな」


なぜか、上機嫌の両親。

恥ずかしいのか。頬を染めた彼女が、潤んだ瞳で僕を見ていた。


一瞬。


本当に一瞬。


その顔が違う女に見えた。それが誰なのか、分からないけど……。

そんな女に、身震いするほどの情愛を感じた。


髪をかき、この動揺を隠す為、目の前の料理を機械的に口に放り込み続けた。

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