中身が男でも百合は成立するのだろうか

三毛猫みゃー

それは愛でも恋でも無く、運命と結びつくような不思議な感覚だった。

 俺はどうやら目覚めてしまったようだ。


 5月の連休も終わり6月なのに学院の立地のせいかまだ肌寒い日、昨年の入学式当日に知り合った中等部2年の少女に呼び出され、学生寮から10分ほど歩いた所にある鏡池、そのほとりにある四阿で告げられた「私のお姉さまになってください」という言葉を聞いた瞬間そう思ってしまった。


 両手を祈るように組み上目遣いに少し潤んだ瞳で見つめてくる可愛らしい少女。彼女の名前は南美羽みなみみう、俺の1つ下の後輩になる。

 肩口までの長さのふわふわウェーブヘアで、亜麻色の髪と容姿が相まってかなりかわいい、そしてその身を包むのは純白のワンピースとボレロ、我が学院の制服である。

 身長は140cmくらいだろうか、160をちょっと超えている俺と比較すると首の高さに顔が来る感じだ。


 一方俺の見た目は、可愛いとは程遠い自分で言うのも何だが美人系とでも言えばいいのだろうか、中等部3年の女子にしては身長が高く目つきが鋭いとたまに言われるが凛々しいと言われることもしばしば。


 あの日から急激の伸びた髪は肩口を超え背中の中頃で切り揃えられている、手入れに手間が掛かるし何度か切りたいと周りに相談する度に「もったいない」とか「ダメです許しません」とか「そんな事言わないでください」と泣かれた事もあった。


 中等部2年に進級し最初の実力テストが終わった日、学院敷地内にある美容院へこっそりカットをしに行ったら、美容師もグルだったようで洗髪と頭皮マッサージをしてもらったいる間に、先輩やら後輩に連絡されていて、集まってきた皆に何故か縋り付いて泣かれたり説教されたのは今でも意味がわからない。

 せめての抵抗としてこれ以上伸ばさないように、今の長さをキープするよう努めている、たまに恨みがましい目で見られたりもするが、これに関しては妥協するつもりはない。


 少し話がずれた、何に「目覚めてしまった」かだった、結論から言うと百合にである、今はこんな姿だが中身は男……のつもりなんだ。

 だがこの胸のときめきというのだろうか、胸がキュンと締め付けられる感覚と眼の前の美羽に対する愛おしさは、なんとなくだが男が女性に感じるものとは違うように思う。


 愛情とも友情とも違う不思議な感覚、これがいわゆる百合と呼ばれるものなのだろう、だが中身は俺である中身が男でも百合は成立するのだろうか?

 

 今まで頑なに守ってきた男の部分がそろそろ潮時なのだと、そしてそろそろ身も心も女になっちゃいなよと女性部分が語りかけてくる、そんな心のせめぎ合い……全然せめぎ合ってないし、俺の男部分もっと頑張れよまだ諦めるな。


 そんな心の葛藤をしながら、眼の前の少女の言葉に対しあたかも真剣に考えている風を装い、頭では現実逃避気味に約2年前に突然女となってしまった当時から今に至るまでを思い出していた。


 ◆


 小学校の卒業を迎え、中学入学までの少ない春休みを満喫しているそんな日曜の朝だった。いつも通り母に起こされ顔を洗い食卓についた時、前に座ってる8歳違いの姉が「れいちゃんもとうとう来ちゃったのね」とこちらを見ながら言ってきた。なんの事と首を傾げつつ訪ねても笑みを深めるだけで答えてくれない。


 しばらくモヤモヤしていると母と父も食卓に座りこちらを見て「あらあら」やら「怜もそんな時期か」とか姉と同じ様な感じでこちらを見てくる。

 いやほんとなんなの?と大量の?を浮かべていると姉から「玲ちゃん一回洗面所で鏡見てきなさい」の言葉、顔に何か付いているのかなと、手でペタペタ触ってみても特に何かついているような感じではない。

 

 洗面所へ行き鏡を見てみる、まず目に入ってきたのは自分で言うのは何だが美少女であった、姉と一緒にいれば姉妹と言われるくらい元々女顔だったが、日で焼けていた顔は白くなり短めだった髪が、肩下まで伸び艶やかな烏の濡れ羽色のような黒いサラサラヘアーになっている。


 鏡に向かって笑った顔、怒った顔、情けない顔など色々してみても、俺の作った表情に変わる美少女が映るだけだった。


 ああ、やっぱりここに映っているのは俺なんだと思うと同時に、なんとなく胸に手をやっていた……うんぺったんこだ男の時と変わらない。次に寝間着のズボンを下着と一緒にずりさげる……見慣れた物が見当たらない。


 はっとして寝間着を戻し顔を上げるとそこには、頬を真っ赤に染め泣きそうな顔の少女が映っていた。


 ダイニングに駆け込み呑気に朝ごはんを食べている姉と両親に「何これ、俺どうなったの?なんで皆普通に食事してるの、鏡の中に美少女がいるんだけど!それにあれもないし、胸ぺったんこだし……」と何を言っているんだと突っ込まれそうなほど混乱していたのを覚えている。


「はいはい、玲ちゃんとりあえず座って朝ごはん食べてね、話は食事が終わってからね」

「え、あ、う、うんわかった」


 普段通りの母さんの言葉に混乱していた心が少し落ち着いて席に付き食事を始めた、だけど体の変化で胃が小さくなったのか、いつもなら足りないと思える量なのに少し残すことになった。食後食器を片付けそれぞれお茶やらコーヒーを手に持ちリビングへ。


「で、そろそろ話してくれる?俺どうなっちまったの?もとに戻るの?」

「怜ちゃんへの説明は私がしておくから、父さんと母さんはまず本家に行く用意でもしててよ」

「あーそうだな、本家に電話して車をまわしてもらうか」

「そうね、説明は経験者としてのぞみちゃんに任せようかしら、電話は私がするから隆行さんは着替えて家の戸締まりお願いします」


 俺をそっちのけで姉と両親は何か通じ合ってるように話が進んだ。本家というのは昔の大きめの武家屋敷を5軒ほど合わせたくらいの敷地があって、祖父母が暮らしている、と言っても二人だけではなく何人も使用人さんがいたりする。


 敷地内には使用人さんの寝泊まりする離れもある。小学校に上る前は姉ちゃん……あれ?兄ちゃん?まあいいか、姉ちゃんとかくれんぼをして迷子になったりもした。


「さてと、玲ちゃんも落ち着いてるようだしちょっとお話しよっか」


 そう切り出した姉から聞かされた話は当時小学校卒業したばかりの俺には、あまりにも荒唐無稽過ぎてすぐには理解できなかった。

 それでも自分に起きたことだし理解する他無かったけど、まあ一番衝撃を受けたのは身近にと言うか、母さんも姉さんも俺と一緒で元は男だったと言うことなんだけどね。


 母さんは大学生の途中で女性になったそうだ、そんな母さんと(男の時から)幼なじみで親友だった父さんが、男から女になった母さんを受け入れて結婚したってのもびっくりすぎてしばらく呆然としてしまった。

 今で言う精神的BLとか色々葛藤もあったんだと思う、未だにその辺りは聞く気が起きないので考えないようにはしている。


 話が微妙にずれたけど、姉から聞いた話を要約するとこうなる。

 我が比売神ひめがみ家は遥昔からそれも神話の時代から続く家柄らしい、と言っても口伝が伝わってるだけで本当かどうかは分からない。


 ただ必ず直系の男子は10歳から20歳の間に女性になってしまうとのこと、俺の苗字が姫上なので分家かと思っていたが実は直系で、祖母が隠居する時に両親は本家に入ることになるらしい。

 

 ちなみに直系以外の家からは女の子しか生まれないので、男の子が生まれた場合どうなるかは分かっていないのが本当の所だとか、逆に直系は男の子しか生まれないとの事、でも結局女性になるなら最初から女性でいいんじゃって思ってしまうが、そこに何かがあるんだろうとは漠然と思う。


 直系以外は4代ほど離れれば普通に男の子も生まれるとかホントうちの家系のこれって呪いじゃないのと勘ぐってしまう

 。まあそう言う体質の家系なので昔から権力者に囲われ表舞台から隠されて来たみたい、なので比売神家の秘密を知っているのは極わずかだとか。


 流石に近代になり色々価値観が変わってきて、TS女子と結婚するのはちょっとという意見が出始めたのはなんと言っていいのかわからないよマジで、よっぽど性癖を拗らせないとまっとうに育った人ほどそうなるよねとしか言いようがない。


 そういうわけで母の代では囲いもなくなって結構自由に過ごせている、でも祖母が隠居するか亡くなれば本家住みになってしまうのだけは避けられないみたいだけどね。それでも昔と違い敷地から出てはいけないとかそう言うものもなくなっているようだ。


 そこまで話を聞いたタイミングでお迎えが来て本家へ移動、当主である祖母

から色々話を聞いた、この辺りは長くなるので要点だけ。


 まずは男には戻れない、次に通う予定だった中学校から中高一貫の学院への転校、学院を卒業したら家業の修行をする、こんな感じの話だった。男に戻れないのは母さんと姉が女性のままの時点で分かっていたのでそれほどショックでもなかった。


 転校に関しても仕方がないかなと性別が変わりましたとか言えないしね、それに入る学院は俺と同じ感じで訳ありの子や、旧家や財閥などの女の子が入る所みたい、つまりは女子校だ。


 詳しく聞いてみると昔は男の子も入っていたけど時代の流れと共に入る男の子の数が減り、校舎を建て替えるタイミングで完全女子校にしたようだ、ちなみに姉もここを卒業したとの事。


 最後に家業について、比売神家は神話の時代から続いているという話をしたと思う、それくらい昔から神子の役割を担ってきたらしい。

 簡単に言うと舞を奉納し神楽を舞ったり、神事や祓い清めを行ったりといった事をしている、何度か祖母と母さんが舞っているところを見たがかなり神秘的だったのは覚えている。姉は既に祖母の下で修行を終えており今年から家業に参加するようだ。


 一通り話を聞いた後はお祝いということで結構豪華な食事を食べ、姉が巫女装束に着替え奉納の舞いを舞ってるのを見て綺麗だなと思うと共に、俺もそのうちこれやらなきゃいけないのかと憂鬱になったりしたものの、その日は家に帰ることとなった。


 既に濃い1日な上に色々聞かされていっぱいいっぱいだった俺には、家についた後にお風呂やらトイレやらで色々と心を削るイベントが待っている事に全く気づくことはなかった。


 翌日からは母さんと姉による女の子としての所作や言葉遣いなどの調きょ……矯正の日々が始まった。それ以外にも転校の手続きやら急激に身体の変化が始まったりと、結局学院に行けたのは5月の連休が明けてからになってしまった。


 学院に入ってすぐに1歳年上の分家の子と姉妹の関係になったり、それが原因で嫉妬やらを受けたりと色々イベント目白押しな日々を過ごすことになった、まだ学院に入ってから2年と少ししか立ってないのに濃い日々だったなと自然と目頭が熱くなる。



 そして現在である、そろそろ現実逃避を辞めて今に向き合うことにする。少し考え事に時間を取ってしまったのか、先程まで期待に満ちていた眼差しが今は不安に揺れている。

 

 何か答えなければと口を開こうとした時、四阿から少し離れた植え込みの方から「ちょっと押さないで、見つかっちゃうでしょ」なんて声が聞こえてきた。


 まあ、どこかに隠れて見ているんだろうなとは思っていた、俺が「お姉さま」と呼ぶ対象の1歳年上の分家の彼女である。


 こういう楽しいイベントは絶対に見逃さないを信条にしている、俺からすれば迷惑な人ではあるが入学から世話になっているのであまり強く出れない存在でもある。


 美羽ちゃんの耳元に口を寄せ少し待つようにお願いすると、美羽ちゃんは顔を真赤にして頷いてくれた。

 ひとつ息を吐きあたかも怒っていますよという感じの声色で「お姉さまそこで何をしているのですか」と声をかける。


 少し待つと諦めたのか「あははははは」と苦笑いをしながら出てきた後「ちょっとあなた達も出てきなさいよ、怜ちゃん怒ると怖いんだからね」と一度戻り他の隠れていた人を引っ張り出てくる。ちなみにお姉さまの制服は後期生のため俺たちの白に対して黒のワンピースタイプに白のボレロになっている。


 みんな何をやっているのだか、お姉さまを筆頭に高等部2年の生徒会長までいた、他には中等部生徒会の役員一同がそこにはいた。はぁーと大きくため息を吐き「お姉さまだけでなく皆さまも何をして「怜ちゃん話は聞かせてもらったわ」」とお姉さまに言葉を遮られた。


 小さい胸を持ち上げる様に腕を組みこちらを見つめる女性こそお姉さまの平野ひらのかすみである、外見を一言で表すならボーイッシュが服を着て歩いているとでも言えばわかるだろうか。

 見た目に反さず行動的でトラブルメーカーで、それは高等部に上がっても変わる事無く今も健在のようだ。


「怜ちゃんにはそろそろ妹が必要だと思っていたのよ、あの時の事を理由にして今まで妹を持たなかったのは知っているわ」


 うんうんとお姉さまの言葉に同調するように周りの皆も頷いている、えっと美羽ちゃんあなたいつの間にそちらに混ざっているのかな?


「ですがお姉さま、私が美羽ちゃんを妹にしてしまうとまたあの時のような事が……」

「聞きなさい怜」


 自然と居住まいを正していた、お姉さまが俺を「怜」と呼ぶ時は真剣に話す時だけだ。周りの皆もお姉さまの纏っている空気を察してか、先程までと違い緊張しているようにみえる、さすがは元生徒会長だなと感心をしてしまう。


「あなたが何を迷っているのか分かっているわ、それはここにいる皆にもそして美羽ちゃんにもね。それでも美羽ちゃんはあなたに『お姉さまになって下さい』と勇気を出して伝えた、なら後はあなたがどうしたいかだけよ、迷う必要はないわ今のあなたなら美羽ちゃんを守れるでしょ?」


 2年前お姉さまの妹になった事で、俺に向けられた悪意が全てさわりとなりお姉さまを苦しめた、その時の事が今まで忘れられないでいた。


 美羽ちゃんの事はそれこそ出会ってからずっと惹かれていたのだと思う、冒頭で言ったように愛情とも友情とも違う不思議な感覚だったけど、うん覚悟は決まった。


 お姉さまに背中を押され迷いが晴れた気がする、今の俺は2年前より成長していると自信を持って言える、なら俺が美羽ちゃんを守ってあげればいいだけの事だ、その手段も持ち合わせている。


 俺は美羽ちゃんに顔を向け「美羽ちゃんおいで」と呼びかける。美羽ちゃんは少し緊張気味に俺に近寄り目の前で立ち止まる、俺は自分の右手の薬指に付けている指輪に口づけをしてから外し美羽ちゃんの左手を取り目を見つめ「1年も待たせてごめんね、美羽ちゃん迷ってばかりの私だけど妹になってくれるかしら?」とささく様に言った。


 美羽ちゃんの潤んだ瞳から一筋涙が頬を伝う「はい……はい、私は怜さまが…怜お姉さまがいいです」それを聞いて俺は頷き「ありがとう、あなたの事は何があっても私が守るから」と返事を返しながら手に持っていた指輪を美羽ちゃんの左手の薬指に付けてあげた、少し大きいようだ。


「あっ」言った後美羽ちゃんはいそいそと右手の薬指につけている指輪に口づけをし、俺の右手の薬指に指輪を付けてくれた、こちらは少し小さかったようで奥まで入らなかった。


 指輪の交換エンゲージそれは誓いと契約である、別々だった二人の心の歯車が噛み合いお互いに無くてはならない存在になった証である。自然と俺は左手で美羽ちゃんの右手を掴み持ち上げお互いの手を合わせるように指輪を触れ合わせていた。


 そして俺と美羽ちゃんは流れるように交換した指輪に唇を寄せ口づけていた、直接唇同士が触れているわけではない指と指輪越しの口づけ。

 唇を離すまでの1秒にも満たない時間の中で、感じられないはずなのに確かに分かる美羽ちゃんの唇の温もりと吐息。

 指輪から唇を離すと目の前には美羽ちゃんの上気したように赤くなった頬と潤んだ瞳が見えた……それを見て俺は確信した。


 俺が持つこの感情は男女が異性に対して感じる愛や恋とは違う物だと、それは愛でも恋でも無く、運命と結びつくような不思議な感覚。

 それを自覚した時俺の中で、ただただ美羽ちゃんが愛おしいという感情が溢れた。その感情のまま俺は美羽ちゃんに口づけをしていた……おでこに。


 いや、ほら、その恥ずかしいし、いきなりお口に接吻とか難易度高いと思うんだよ、ここまでやっておいてそれはないだろとか言わないでくれ、今の俺にはこれで精一杯なんだ。


 身体を離すと美羽ちゃんは一瞬残念そうな表情を浮かべた後笑顔になり「今日はこれで……仕方がないですね」という呟きが聞こえたような気がしたがきっと気のせいだろう、副音声で「ヘタレ」と言われた気がするがこれ以上俺の精神を削るのは辞めてほしい。


「えっと……二人共おめでとう?」


 唐突に聞こえて来た声にびっくりして周りを見回すと、ちょっと困り顔のお姉さまと良い物見たわという顔をしている上級生と同級生、それと顔を真っ赤に染めてもじもじしている下級生が目に入ってきた、途中から皆がいたの完全に忘れていたわ。


「怜ちゃんってたまに暴走して周りが見えなくなるよね、私の事ほったらかしにするなんて悲しいわ」とお姉さま。


「怜に美羽おめでとう、そのなんだ他人のエンゲージをこうも間近で見ると色々くるものがあるな」これは高等部の生徒会長。


「美羽ー良かったね」となぜか泣きながら抱きあう中等部の生徒会役員で姉妹関係の同級生と下級生。


「怜さんにまた先を越されてしまったわ、どこかにかわいい下級生は落ちてないかしら」これは同級生、周りを見回しても下級生は落ちてないからね。


 うん、カオスだどうするのこれ、周りに皆がいるの忘れていた俺が悪いんだけどさ、あの流れで答えは後日でなんて出来るわけのないし、その後の事は自業自得だけど見てたなら止めてほしかった。

 と思っているとお姉さまが「ここは私がなんとかするから、門限になる前に二人は事務所に指輪のサイズ直しをお願いしに行ってきなさい、今なら夏季休暇前には出来てくるでしょ」と言ってくれたので、お姉さまに抱きつきお礼を述べた「はいはい、次の休みには三姉妹でお茶会でもしましょうね」と背中をトントンと優しく叩いてくれた。続けてお姉さまは美羽ちゃんとも抱き合い何か言っているようだった。


 お姉様のお節介、煩わしいと思うこともあるけれど今回はそれに助けられたと思う、きっとあのタイミングで出てきたのもわざとだろう。そしてあのほんの少しだけ背中を押してくれた言葉、あれが無ければ最後の一歩が踏み出せず断っていたとも思う。


 一通り交流を終えた俺と美羽ちゃんは、お姉さまの好意に甘える形でこっそりあの場を抜け出し、無事に門限前に指輪のサイズ直しをお願いすることが出来た、指輪が戻って来るのが今から楽しみだ。



 女性になって早2年と少し、今まで元男として色々抵抗してきたが美羽との事で踏ん切りがついた。

 恐らく私はもう男として女性を愛することは出来ない、女性になった時に男に戻ることは無いと聞かされていたし、俺の根っこの部分はとっくに女性として生きることを受け入れている。だからと言って男が好きとかそういう事ではないのだけど。


 万が一いや億が一母と父のような関係が築ける相手が現れたとしても、そんなの未来の自分に丸投げでいいだろう、未来の私頑張れとエールだけは送っておこう。


 私と美羽の関係は良好だと思う、今まで見えていなかった黒い部分も見せてくれるのは信頼の証だろう……きっと。


 あとは意外とグイグイ来るのでそちらのほうが困る、お風呂に一緒に入りましょうとか、今日は一緒に寝ていいですかとか、最後には泣きそうな顔で『私のこと嫌いになりましたか?』なんて言ってくるのは反則だと思う。

 

今ではその度に「そんなことないよ」と抱きしめておでこにキスをするまでがワンセットになっている、今のところそれで引き下がってくれているがいつまで持つか不安で仕方がない。


 お姉さまに相談したらしたで『なら私が先の貰ってあげようか?』なんて言われて、貞操の危機が倍になったのは勘弁してほしい。


 流石にお姉さまも美羽も無理やりそう言う関係になる気は無いようで、私がその気になるのを待っているようだけど私を間に挟んで牽制し合うのはどうか辞めてほしい。

 今のところ私はまだそちらの趣味には目覚めていないので当分はこのままの関係でお願いしたい。


 心身共に女性になっていている今の私にとって、女性であるお姉さまと美羽を愛おしく思う感情を百合と言うのだと思う。


 中身が男でも百合が成立するかは今はもうわからないとしか言えない、でもまだ男性の部分が残っていたあの時感じた《愛でも恋でも無く、運命と結びつくような不思議な感覚》は今私が抱いている感覚と何ら変わらないと言える。


 つまりは中身が男でも恐らく百合は成立するんじゃないかな、今となってはどうでもいい事ではあるけど。


 後ろの方から「お姉さまー」と私を呼ぶ美羽の声が聞こえる、振り返ると競争するようにお姉さまと美羽が駆けてくる。


 もうすぐ学院に入ってから三度目の夏季休暇が始まる今年も私は本家で修練に明け暮れることになるだろうけど、なんとか時間を作ってお姉さまと美羽と一緒に遊びに行きたいものだ。


 歩きながら二人は私の両腕に抱きつきじゃれ合っている、よく毎日同じことして飽きなと思いながら、愛おしくて大好きな二人がいるこんな日々がいつまでも続けばいいなと心の底から思うのであった。

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