あの日のこと
「さようなら、また来週!」
と言って子供達を送り出し軽く掃除を済ませたら、しばしの休憩タイム。ああだこうだと雑談的に一日を振り返りながらひと息つくのが日課だった。
あの日は何故かみんなが集まることなく、電気ポットの沸騰を知らせる電子音とともに、ひとりインスタントのコーヒーを作って、アツアツのマグカップを机の端に置いた。
やれやれ…と椅子に腰を下ろそうとした瞬間に、ザワザワと感じるものがやってきた。「地震・雷・火事・親父」元々この中でも防ぎようのない地震が私は一番嫌いだった。さすがにあの般若のような鬼畜のような実母でさえも地震よりはマシだと思えるほど、この世で地震が一番怖い。
ザワザワからグラグラという揺れがくるまであっという間のことだった。まだ一口も飲んでいない黒々としたインスタントのコーヒーが、チャッポンチャッポンと波打ったかと思ったらマグカップが転がり割れた。広げていた日報にコーヒーが染み込んで、棚の荷物が次々に床に落ちていった。
「地震だね!!!」
慌てて同僚のひとりが教室に入って来たので、とりあえずふたりで机の下に潜り頭を守ることしばし。揺れは強まり教室という箱ごと揺らされているようだった。
たぶん、一瞬のことだったに違いないのに、長い間そこにいたように思えた。
「校庭に避難します!」
と、ぼんやりと聞こえた呼び掛けに、私と同僚は恥も外聞もなく手を繋いで上履きのまま走った。
余震が止まずチラチラと小雪舞う校庭。
寒かったし、何より怖かった。
どうなっちゃうの?
うちの子供達は今どこ?
電話つながらない…
このまま死ぬの?
いやだ!子供の顔を見るまで死にたくない!
児童生徒が全員下校を済ませていたのが不幸中の幸いだったと言うのは建前。私は自分の子供のことで頭がいっぱいだった。
…そんな忘れもしないあの日のこと。
そして…それだけじゃない、信じられないことまで起きて私達は被災者になった。
健康ファイルが届き、首から線量計をぶら下げ、甲状腺やホールボディカウンタなる検査も受けた。コロナなんてことを知るずっと前からマスク生活も続いた。
あれから12年。
今日この言葉を何度聞いたことか。
息子が結婚し、父が死に、私は嫌々実家に入り、孫が産まれ、娘が一人暮らしをはじめた。そして私は転職しなんとなく惰性で生きている。
もしもあの日がなかったとしても、どうせ私の人生たいして変化などなかっただろう。
【エピソードタイトル解説】
あの日によって、帰らぬ人となってしまった方々がたくさんいるという事実。
あの日によって、住む場所を失ってしまった方々が今もいるという現実。
無事に生きているくせに、つまんねぇ人生だと嘆いてばかりの私でごめんなさい。でもあの日を忘れません。
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