舞いあがれ!(66)父の背中
「おとうちゃん…」
関西のほうの出身ではないが、わが家は父母のことを「おとうちゃん」「おかあちゃん」と呼んでいた。そして私に子供が出来てからは「じいちゃん」「ばあちゃん」に呼び方は変わっていった。そんなことは割りと普通のことではあるけれど「じいちゃん」はもういないのだと、高橋克典が演じる主人公の父の死によって改めて今は亡き「じいちゃん」の記憶が蘇る。
さすが戌年生まれで嗅覚が優れた人だったなと、武勇伝どころかたいした想い出とかもないのだけれど、背が低かろうが頭の毛が薄かろうが身体が弱くて手術や入退院を繰り返していても私にとってはやっぱり「おとうちゃん」なのである。尋常小学校を卒業したかどうかも定かではなかった私の父。
〈死〉の知らせを受け、風呂上がりの濡れた髪のまま向かった病院の裏口。担架に横たわった父と対面した私は薄暗い廊下で泣いた。廊下の奥で無表情に突っ立っていた実母に向かって何かを叫びながら泣いた。
泣いても死んだ者が生き返るわけではないのに「静かにしてください」と守衛に注意をされても涙が止まらなかった。
人は、死んだら善人になれるのか?
生前、例えろくでもないことばかりをしてきた人間であっても「惜しい人を亡くした」と言われるのだろうか?
恨まれることはなくなるのか?
確かに私の父はバカがつくほどの「いい人」だった。間違いなく泣くに値するのであった。ああ、こうしている今も泣きたくなっている私。でもまだ呼ばれても父のいる世界には行きたくはないのだよ。
【エピソードタイトル解説】
家族と会社を守り誠実に生きてきた男。
夢を持ち続け優しさに溢れていた男。
突然の死だからこそ余計に悲しい。あの時どうして傍にいなかったのかと、残され者は悲しみとともに後悔し苦しみまた悲しむ。
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