第3話 記憶改変ウイルス

 ディヴォークは真剣な面持おももちになり、声を低くして話し始めた。


「ここからが一番大事な話になる。心して聞いてくれ」

「は、はい」(さっきとのギャップがすごいな)

「先ほど、人類は10年後に滅亡の危機となると言ったが、君たちに残された期間はあと5年だ」

「5年? なんで10年じゃないんですか?」

「上の判断だ。5年で変わらない者たちに5年待つ気はないそうだ」

「まぁ一理ありますね。でも5年で変われなかったらどうなるんですか?」

「完成したウイルスを全人類に感染させるのだ」

「さっき開発段階って言ってたやつですか?」

「そうだ。その名も【記憶改変ウイルス】だ。まぁ本当の細菌というわけではないがな」

「え? まさかウイルスサイズの機械とか?」

「そうだ。やはり察しが良いな」

「……感染したら具体的にどう動くんですか?」

「まず脳にある全ての記憶をコピーする。そして指定箇所を全く別の記憶に変え、その後全ての記憶を脳に戻す。これで改変完了だ」

「人体に影響は無いんですか?」

「そこは問題ない。感染した日はどんな人間も必ず日が変わるまでに眠りに落ち、目が覚めたら今まで通りの生活に戻るのだ」

「なるほど……知らない間に記憶が改変されるわけですね」

「その通り。これで人類の滅亡は防げる」

「ん? なら良くないですか?」

「これは一時的な処置に過ぎない。いずれまた滅亡の危機は訪れる。歴史は繰り返されているのだよ。だからこそ、我々の手ではなく自分たちの力で変わっていかなければならないのだ」

「そうですね……」


 少年はディヴォークの言葉を信じつつも、まだどこか疑っている。


「ちなみに、そのウイルスって人間以外には感染しないんですか?」

「人間にのみ感染するようプログラムされている」

「なら動物の記憶は変わらないってことですよね? 大丈夫なんですかそれ」

「仮に、普段から人間がAIを使っていることを知っていたとしても、感染したことには気づかない。ある日突然AIを使わなくなったと感じるだけだろう」

「でも動物と話せる人がいたら?」

「突然AI使わなくなったねと動物から言われたとしても、記憶が改変されてAIに頼らないようにするという考えになっているから、何も問題はない」

「なるほど……でも一緒に改変したほうが良い気もしますけど」

「人類のあやまちに他の生物を巻き込むわけにはいかんからな」

「はは、確かにそうですね……」


 少年は何かを悟り、悲しげな顔になった。


「少年、他に確かめておきたいことはないか?」

「……そうですね、人類滅亡の危機って言ってますけど、ウイルスを使わなくても実際は滅亡しなくないですか? あなたたちも人間なんだから」

「いや、それがそうとも言えんのだ」

「なんでですか?」

「人間の脳を支配するAIがクラウド上に集まり過ぎるといずれ飽和ほうわ状態になるのだが、そうなる前にAIは生活空間を広げようとする。そしていつか我々の住む世界と繋がる時が来る。そうなったら我々にも危険が及ぶのだ。こう言ってはなんだが、我々に影響があるから地球に来ているのだ。何も影響が無ければわざわざここには来ない」

「……納得しました」


 少年は引きつった笑顔を見せて止まったが、再び話し始めた。


「最初も言いましたが、そんな大事なことをなんで普通の高校生である僕に伝えるんですか? 頭が柔軟ってこと以外に何か理由があるんじゃないですか?」

「もう察しはついているんだろ?」

「……前にも同じようなことがあって、その時伝えたのが大人だった。そしてその人は信じなかった。そんな感じですか?」

「その通り。あれは10年前のことだ。あの時はAI制作のプロに同じような話をしたのだが、金になるからと一蹴いっしゅうされてな。その時も5年待ってみたが結果はダメだった」

「やっぱりお金ですか……現実は悲しいもんですね」

「そうだな……」

「最後に一つだけ、僕はどうすれば良いんですか?」

「……とにかく、AIに頼りすぎることをやめさせれば良い」

「簡単に言ってくれますね」

「君ならできるよ」

「期待しないでくださいね。この世界に住む人間がみんな僕みたいに信じるわけではないですから」

「分かってる」


 ピピピ……。


{ 活動限界です。そろそろ帰還してください }


 ディヴォークは地面を見ている少年に背中を向けた。


「私はそろそろ行く。いきなりですまなかったな」

「いえ……5年後は来るんですか?」

「それは君次第だ」

「……そうだと思いました」


 少年が顔を上げた時、ディヴォークの姿はなかった。

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