螺旋の果て その5
ミレイユがフラットロに思念を飛ばし、接近する事なく攻撃するよう指示を出す。
精霊は魔術を使う事はないが、火球を作り出して飛ばしたり、炎を爪などに纏って攻撃するなど、それと近しい事は出来る。
その中で、フラットロは自分の身体そのものを火球にして、敵陣に突っ込むというような、直接的な戦法を好む。
死の概念を持たない、精霊らしい攻撃方法なのだが、今回の様な敵には、用心して用心し過ぎるという事がなかった。
喰らう事しか頭にない強欲の塊、という推測が合っているなら、精霊すら喰らい取り込む可能性がある。
だから縦横無尽な移動砲台として動いて貰い、それで敵の体を少しずつでも削ってくれるように頼んだ。
そしてそれは、八房と協力する事で、実際に少しずつ着実にダメージを与える事が出来ていた。
おそらく、フラットロだけでも、八房だけでも威力に不足があったろう。
だが、元は同じ精霊だから息の合った連携と、同じ箇所を寸分違わぬ精度で攻撃する事で、肉を抉る攻撃が出来ている。
敢えて威力を抑えている訳でもないのだろうが、それで抉れた肉塊は、ミレイユがやったものより随分小振りだった。
そして、それはこの場において正解でもあった。
何しろ、その体から落ちた肉塊の大きさによって、生まれてくる怪物もまた違う。
小型故に動きの素早い個体が生まれたが、強靭な牙や爪、外皮すらも持たない敵だ。
処理する方としては、こちらの方がやり易いに違いなかった。
「次々に削れ! そして奴を、こちらに近付けさせるな!」
細い手足を振り回し、時に骨格を無視して伸ばされる手だが、フラットロ達は捕まる様な愚を犯さない。
常に飛び回り、だから捕まえる事も難しいとなれば、次の目標をミレイユ達に据えるのは必然だった。
四対八個の目は、それぞれが別の動きをさせて敵を見定めているようだが、攻撃手段そのものを持たないように見える。
牛を丸呑み出来るほど大きい口は、歯は生え揃っていても牙は無く、手足に爪は勿論、身体に針や棘の様なものさえない。
直接的な攻撃手段を持たないのは、その外観から見て取れた。
魔術を行使する様子を見せないのは、果たして使えないだけなのかどうか――。
『ぎぃぃぃああああああ!!』
一際大きく、四重奏の不協和音で大神が叫ぶ。
大きく開かれた口からは、唾だけでなく泥も混じっている様だ。
色が近しい所為で、まるで血を吐くかのようだが、地面に付着するより前に姿を与えられ、より醜悪な怪物となって襲いかかって来る。
フラットロ達が削る肉片より遥かに巨大な怪物で、最初に腕から生み出されたものより、更に大きく醜悪だ。
牙や爪、至る所に生やした棘は、全身が凶器みたいなものだった。
一直線にミレイユ達へ突き進み、防壁をものともせずに突進し、僅かな拮抗を見せた後、突破する。
その突破力は大したものだが、防壁よりも巨大な壁が、ミレイユの前には控えているのだ。
「――フンッ!」
アヴェリンが怪物の前に躍り出て、左の盾で容易に動きを食い止める。
鼻面に押し当てた盾一つで、その突進を完璧に受け止め、左へいなすと同時に横面を殴り付けた。
それ一つで凄まじい衝撃音が鳴り響き、一点突破の打撃と共に首が落ちる。
怪物の身体が弛緩して崩れ落ちそうになり、それより前に体躯へ追撃し殴り付けると、その身体が二つに割れた。
剣も使わず一刀両断にするのは、流石だと思った瞬間――怪物の身体に異変が起きた。
割れた二つの身体は、それぞれが新たな怪物として生まれ変わり、アヴェリンを避けて左右からミレイユ目掛けて疾駆して来る。
「お任せをッ!」
アキラが右から来る一体の前に、刀を構えて受け持ち、その攻撃を捌いて止めた。
予想外の方向から伸びてくる棘も、アキラの刻印の前に無力化される。
大口を開けて牙で喰らいつこうとしても、やはり刻印を貫く事が出来ず、その隙に刀を振るって両断した。
そこから更に怪物が生まれるか、とアキラは警戒も顕に崩れ落ちた体躯へ刀を振るうと、どうやら杞憂であったらしく、そのまま土に溶けるように消えていく。
分裂する事は可能であっても、何度も繰り返せる訳ではないらしい。
もう一体の方へ目を向ければ、ユミルが四肢を削ぐ様にレイピアを煌めかせたところだった。
四つの足すべて斬り落とされ、身動きできず蠢いている頭に魔術を撃ち込む。
『炎の槍』と呼ばれる中級魔術だった。
貫通した魔術が体を十二分に蹂躙すると、焦げ臭い煙を上げながら溶けて消えていった。
一定以上の威力があれば、魔術も十分有効であるのは分かっていた事だ。
だから、どの程度の威力が必要かを見ていたのだろう。そして、ユミルからすれば十分満足できる結果を得られたようだ。
「……ふぅん?」
口角を上げて、満足気に消えていった怪物を見つめている。
泥の塊であった時とは違い、まるで別物の存在である事は間違いなく、その時と比べれば、実にやり易い手合と感じるだろう。
しかし、注意も必要だ。
斬り伏せられ、容易に叩き潰せる脆弱な怪物だが、そこには喰らいつこうとする強い意志を感じる。
時に魔物や魔獣は、攻撃のいち動作として咬撃して来る事は珍しくない。
しかし、この怪物が見せるものは、その意図が異なるように感じるのだ。
大神の体から切り離された肉塊、そこから生まれて来た存在だ。
その怪物が喰らう事に強い執着を見せているからには、それには最大限、警戒すべきだった。
そうしている間にも、八房とフラットロの攻勢は容赦がなく、次々とその体躯を削っていく。
直接言葉として伝えた事でなくとも、この醜悪な怪物が、ミレイユ達を苦しませた仇敵――そして忌むべき敵と理解しているからだろう。
直前に、死の淵まで追い詰められた事実もある。
倒れ伏したミレイユ、力なく横たわるオミカゲ様の姿は、彼らにとっても許せぬものだったに違いない。
それが苛烈な攻撃の原因だろう。
次々と泥の鎧が肉塊となって、大神から零れ落ちるのは良いのだが、そこから変じた怪物の数が多くなり過ぎるのも拙い。
オミカゲ様や隊士達が設ける防壁によって、ある程度向かう先を分散させる事が出来ているものの、捌ける数にも限りがある。
戦士と隊士の前衛部へ突き進むには、まず距離があり蛇行するよう壁を設けられているので、そこに撃ち込まれる理術で数を減らされていた。
だがやはり、小物ばかりといえど、疲れも見える彼らには難なく捌ける、というほど容易くはいってなかった。
攻勢を少し抑えて欲しいと思うのだが、その苛烈な攻撃があってこそ、大神の行動を大きく削ぐ事も出来ている。
体躯の体積が減れば減るほど、出来る事も少なくなるだろう。
体積の減少は、勝利を知らせるパロメーターでもあった。
しかし、勝利への渇望、仇敵への執念が、足元を救う原因になると、ミレイユは良く知っていた。
今は受け持つ事が出来ていても、崩れるとなれば一気だ。
実際に
長期戦は奴に有利というならば、そこからが崩れる原因となるだろう。
ミレイユは思念を飛ばして控えめな攻撃をするよう、指示を出す。
隣を見れば、オミカゲ様も同じように指示を出したところだったようだ。
「攻勢が上手くいっている事は好ましい。……が、この勢いに付いてこれる者ばかりではない。慎重に事を進めて行ければ、それで良かろう」
「そうだな。勢いのまま走って、転んで痛い目を見る必要もない。……が、それだと奴に攻撃を許す隙が出来るな」
ミレイユが見た先には、泥の身体の胸元で、見覚えるのある光が四つ明滅していた。
既に体積の半分は失って、どこもかしこも穴が空き、歪な体型を晒している。
だが、血が流れたりなどしない、泥の
どれほど歪で、枯れ枝が風に吹かれるような虚弱な姿を晒していても、奴にはまだ奥の手が残されている。
手足に武器を持たずとも、神の権能はそれ一つで、必殺の武器たり得る。
円盤を動かしていた時も、ここぞとばかりに使っていたのだ。
ここに来て使わない、もう使えない、という線は考えていなかった。
しかし――。
「随分と出し渋るな。……これは、やはりエネルギー不足と考えて良いんだろうか」
「うむ、良かろうと思う。あの肉体の生成、『生命』の権能を使った事も、起死回生のつもりであったのは間違いなかろう。……醜悪に見える形である事も含めて」
「強欲の権化、その様にお前が定義したからじゃないのか」
さて、とオミカゲ様は軽い調子で首を傾けた。
オミカゲ様もまた、大神として十全な力を振るう為に作られた素体だ。
そしてこの世界に根差す神でもあり、一つ先んじた神として、その口から出る言葉は重いのだと思っていた。
だから、その口から出た言の葉で、その様に定義されたからと思ったのだが、オミカゲ様の考えでは違うようだった。
「そうであれば、もっと弱体化させる言の葉でもぶつけてやりたいが……、違うであろうな。あの姿は畏怖を呼び出す為にある。おぞましく、恐ろしい、嫌悪を露わにする形だが……それによって畏怖されれば、それとて一つの強い思いを向けられる事には変わりない」
「つまり、願力を欲した、と見てるんだな。純粋な信仰に比べたら劣るものでも、それを欲し、縋りたくなる程には、奴らは底が見えている……」
何も思いを向けられないより、向けられた方が良い。
そして強制的に向けさせるには、畏怖が最も手っ取り早い、という訳だ。
デイアートの神々が、とにかく信仰を欲して取った行動と同じ理屈だ。
うむ、とオミカゲ様は頷いて見せた。
そうして、顎を上げ、蔑むような視線を大神に向ける。
「追い詰められておっても、まるで権能を使わぬ理由がそれだろう。我らと刺し違える事など考えておらぬなら、その後の事を考えて、エネルギーは温存せねばならん」
「強引に改変できる力も残されておらず、『地均し』も失い、全くの一から始めなければならない状況……。だが、まだその希望を残しているという訳だな」
「されど、我の愛しい隊士達は、あれを見た程度で竦んだりせぬ。強い敵意と、我と共に戦う強い意志でもって、必ず滅すると強く思う事だろう。畏怖が入り込む隙間は無い」
オミカゲ様の言葉が只の願望でない事は、隊士達の顔付きを見てみれば、一目瞭然だった。
そしてオミカゲ様が言うとおり、誰の顔にも戦意が漲っている。
それと同様の事が、森の民にも起こっていた。
ミレイユを神と崇められる喜びと、その神と戦列を共にできる栄誉を噛み締めている。
そのどちらでもない冒険者からは、そうした強い熱意は感じ取れないが、魔物と戦う事が常である彼らかしても、そうした畏怖は感じ取れない。
――いや、と考え直す。
魔物は見慣れていても、見るもおぞましい、嫌悪の塊みたいな生物には免疫がない様だ。
イルヴィやスメラータなどは、変わらぬ戦意を維持しているが、そうした者ばかりでもなかった。
実力的に彼女らに追い付いていない様な者には、その傾向が確かにあった。
表情から見て取れる範囲では、一人か二人……五人にも届かない。
それだけ少なくとも願力には変わりなく、微々たるものでも全くのゼロでもない。
その僅かな畏怖で、大神の力としている可能性はあった。
そのように頭の片隅で計算していた時、大神の方から動きが見えた。
胸元の光球が激しく点滅し始める。
それまで淡く明滅していた四つの光は、泥に遮られていた所為もあって、淡い光の点に過ぎなかった。
それが今や、明らかにそれと分かる程、激しい光を発している。
「……使うつもりか」
「大それた事は出来ぬだろうし、盤を引っくり返すには遅すぎるという気もするが……」
それでも、後が無いというなら、使うしかないのだろう。
このままでは詰みの状況まで一直線だ。全てを削り取られる前に行動しなければならない局面だった。
溜め込む事の出来たエネルギーがどれ程だろうと、挽回には必要というなら使うしかないのだ。
だが、奴が権能に頼って攻撃する限り、我々の敗北は絶対に無い、という確信をミレイユは胸に秘めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます