螺旋の果て その2
ミレイユが喝采の中心へ降り立つと、アキラを始めとした戦士達が輪を作って集う。
そこへ一際早く駆け付けたフレンが、荒い息を弾ませて晴れやかな顔を向けた。
「ミレイユ様! 御覧いただけましたかっ!」
汗と返り血で汚れたフレンの顔には、隠し切れない歓喜と優越が浮かんでいる。
それを見せられては、果たして最後の一撃も、見るに見かねてというより、狙ってやったように思えてしまう。
とはいえ、勝利への貢献は、ここにいる全員が共有するものだ。
この場全員の努力と献身なくして、あり得ない勝利だった。
「うん、見事だった。お前たち森の民――、そして冒険者達の助力に感謝する。……心から、感謝する」
「勿体ないお言葉!」
そう言って、フレンはその場に膝を付き、頭を垂れる。
彼女がそういう仕草を見せると、同じ森の民全員が同じ様に膝を付いた。
隊士達も一拍遅れて続くのだが、取り残された三十名程の冒険者は困惑した様子で見守っていた。
冒険者は己の腕一本で生きている、という誇りが強い為、基本的に恭順の意を示したがらない。
だが、アキラが率先して膝を付いた事で、イルヴィはスメラータなどは、とりあえず形の上だけでもそれに倣う。
あくまでアキラの顔を立てただけ、というのは挑戦的な視線からも見受けられた。
だが、それに従わぬ者もいる。
己の誇りを大事に思う者、単に権力者に媚びたくない者、その気持ちは様々だ。
彼らとしては克己心を現しただけなのだろうが、それに我慢できない者達もいた。
その筆頭がアヴェリンであり、フレンであり、そしてエルフの一族だった。
「頭が高いぞ、貴様ら! どなたの御前だと思ってる! 神の一柱を前にして、敬意というものも見せられんのか!」
「そうだ、我ら森の民の神となられる御方だ! 我らの頭上に戴く、偉大な御方だぞ!」
彼らの熱の種類、その向け方には様々ある。
エルフを始めとした森の民が、気遣う台詞よりも歓迎する台詞を口にしたのは、ミレイユが死ぬ光景など、最初から全く想定してなかった為だろう。
「ミレイ様! まず何よりも、ご無事で何よりでした!」
アヴェリンもまた真っ先に膝を付いた一人で、感極まった表情で無事を言祝いだ。
森の民は既に偶像を抱いていて、自らが戴く神と疑わない心中を吐露し、信仰心を爆発させているが、アヴェリンはその熱気に付き合うつもりはないようだ。
だがそれは、これまで抑圧されていた信仰心が溢れた所為でもあり、そして空を飛んで現れたミレイユを認めた瞬間、全てを悟った所為でもあるのだ。
その中にテオの姿も認めて、彼は周囲に合わせてしっかりと膝を付いている。
良く来てくれた、良くやってくれた、という視線を向けると、それに気づいたテオが小さく笑って肩を竦めた。
そうしている間にも、エルフ達は冒険者へと圧を高める。
どう対応するのが正解か、ミレイユが思い悩んでいると、それを向けられた凶相の冒険者は、弱った様な顔を向けた。
それでも、彼らなりの矜持故か、素直に従うのを良しとしなかったようだ。
「いや、そりゃあ……飛んでんだし、多分神だろうと思うけどよ……。でも、別に信仰してねぇ神だしな……」
「大体、ミレイなんて名前の神、これまでいたか?」
胡乱げに顔を見せ合う冒険者達だったが、ミレイユとしてはむしろ彼らの対応は好ましい。
とはいえ、これからはそうも言っていられなくなるのだろう。
これからは、神の権威というものが嫌でも付随してくる。
彼らが言うとおり、無名の神なのは事実なのだから、そういう態度も当然だろうと思う。
だが放置すれば、それを快く思わない者の暴走を招く事態も有り得る。
単に強いだけで偉そうだった魔術士時代と、同じ対応は許されないだろう。
そこまで考え、無礼な、とエルフが吐き捨てる声で我に返る。
今はこの場を取り直すのが先決だ。
「まず、皆の者、ご苦労だった。森の民も、今は一戦友として彼らを遇せ。つまらない諍いなど、この場で起こすものじゃない」
「はっ……!」
「……今は休めと言ってやりたいが、どうもそう言ってやる訳にはいかないようだ。結界が解かれるまで、警戒を怠るな」
「あれ程の爆発を受け、未だ倒し切れていないとお考えですか」
アヴェリンはミレイユの懸念を、大袈裟と切り捨てるつもりがない事は分かる。
そして、彼女の疑念も理解できるのだ。
『禁忌の太陽』は、神であろうと滅すると思える程には、他に類を見ないほど強大で超大な爆発だった。
アヴェリンの言葉で、他の者も『地均し』へと顔を向ける。
上半身を消失して倒れ伏した姿は、誰の目にも打倒したと思えた事だろう。
人型をしている所為もあり、身体の大半を喪失して倒していない筈がない、という常識的部分もその判断に加わる。
あれが命のないゴーレムであると考えても、どちらにしろ質量の大半を失えば稼働しない。
その観点で言うなら、確かに過剰な不安と映るのは当然だった。
だが、『地均し』は大神の容れ物であり、鎧であり、乗り物でしかない。
腹の底に隠れた本体を打倒した、間違いなく滅したと確認できるまでは、安心する事など出来ないのだ。
そしてミレイユは、大神と呼ばれた創造神が、この程度で終わると考えていない。
もしも、本当に滅びているというなら、それで良い。
『禁忌の太陽』の爆発と衝撃力を、上空へ逃がしつつもぶつけられたのだ。
無事である筈がない、あれで死なぬ筈がない、と思える。
調べた結果、消滅を確認できたというだけなら、ただ不安に踊らされただけ、と笑って済ませられる。
だがこの油断で負ける事になれば、笑えない話では済まされない。
だからミレイユは、念の為以上の心構えで対処するつもりだった。
「まだ大神を倒せたという実感が、私に無い。実感を得られるまでは、死んでいないと見做す。……だが、孔への対処と奮戦は、壮絶なものだった。力の全てを使い切った者は、素直に退避し、休め」
そう言ってから、念の為と思い、口添えしておく。
隊士達は特に、理力が底をついていても、生身の盾として動こうとするから、釘刺しも兼ねて言い渡した。
「言っておくが、ここで離脱する者を詰る事は、私が決して許さない。そして、己の引き際を弁えない者を、私は軽蔑する。申告は素直にし、そして部隊を再編成しろ」
「――ハッ! 直ちに確認し、選別します!」
代表して答えた結希乃に、ミレイユは顔を向けて頷く。
「急げよ。他の者は結界の外へ逃がせ。ここまで奮戦した勇士達を、無駄に死なせるな」
「御恩情、有り難く存じます! 即座に取り掛かります!」
見事な姿勢で一礼した後、結希乃は隊士達を中心に、テキパキと何かを言い渡し始めた。
それを横目で見ながら、ミレイユは次にアヴェリンへ向き直る。
「お前にも、随分と無理を言い渡したが……、良くやってくれた」
「ミレイ様の望む事を成すのが我が務め! 何程の事もございません」
「……うん。真に、大儀だった」
アヴェリンが好む形で労ってやると、身体を震わせ頭を下げる。
だが、言ったとおり、大神はまだ生きているという前提で、その対処に動かなければならない。
今もこうして沈黙を保っているのは、そこに何か理由があると考えている。
そして、こちらが勝手に死んだと判断して、このまま息を潜め、身を隠している可能性も考慮していた。
神だけあってプライドは高いが、同時に生き汚くあるのは、既に証明済みだ。
最終的に勝てれば良く、その為に『地均し』の中で何千年も隠れ続けるぐらいの事は平気でする。
ならば、今この状況も、一時の危機から逃げ出す為に沈黙しているだけ、と考える事も出来るのだ。
だが、鎧を失い露出している状態で、それを続ける事は難しいだろう。
神には信仰が必要で、そして願力を受けられない神は脆い。
その存続も危ぶまれると聞いている。
最初は『地均し』の中で引き篭もり、蓄えていたエネルギーで活動するつもりだったろうし、地均しが完了した後、新たに神と立つつもりだったに違いない。
そして、信仰を得るまで十分な余力と時間がある、という計算を元に考えていた筈だ。
しかし、今やその計算は狂い、誤算に誤算を重ねた状況だ。
信仰の獲得が成されなければ、大神とて消滅するしかなくなる。
ただ逃げ延び、隠伏しているだけでは、いずれ本当の消滅を招くだろう。
だから、ここでオミカゲ様やミレイユを排除し、新たな神として君臨しなければ、大神としても後がない。
ここが勝負所だと、大神も理解している筈だ。
ミレイユは『地均し』へと顔を向け、表情を険しくさせる。
どこに居るか、隠れているか、と考えれば、やはりあの下腹部としか思えない。
元より怪しいと思える部分を発見していたし、何より『禁忌の太陽』による威力が、そこで止まってしまっている。
本来なら足の爪先まで全て、その爆発に飲み込まれて消滅していても可笑しくないのだ。
下腹部が残った、というよりは、そこで受け止められたから残った、と考えるべきだった。
ならば、直後に逃げ出していたり、引き籠もるのを止めていない限り、未だにそこにいる可能性は高かった。
――何故、ここまで無反応を貫くのかは分からないが……。
勝負所と理解しているなら、起死回生の何かを仕掛けて来る為の準備をしている……そう考えるべきだろう。
ミレイユ達が近付くまで……つまり、奇襲を仕掛ける最適なタイミングまで、ただ待ち構えているという可能性も拭えない。
接近は慎重であるべきだった。
ならばこそ、確認しておきたい事がある。
ミレイユは再び、アヴェリンへと向き直り、右手を翳す。そして権能を使ってみた。
「アヴェリン、魔力制御をしてみろ」
「は……? ハッ、畏まりました!」
一瞬の疑問も、ミレイユの命令なら否やはない。
即座に見事な制御を繰り出し、周りの戦士達が感嘆とも、畏怖とも取れない溜め息を零す。
大きく損耗しているアヴェリンだが、それでも周りの戦士達を唸らせる程の力は残っていた。
ミレイユは手を翳したまま権能を振るい、そしてアヴェリンは次の指示を険しい顔をして待っている。
自分に戦う力が残っているのか、それを見定められている、と思ったのかもしれない。
だが、ミレイユが確認したい事は別だし、そしてそれは既に終わっていた。
ミレイユは権能を確かに使い、そしてアヴェリンには、全く何の効果も発揮しなかった。
期待していた結果と違ったが、自分の権能に対する理解は深められた。
暫しの沈黙がおり、近くにいたアキラも、その行動に疑問符を顔に貼り付けていた。
丁度良いと思い、アキラにも手を翳しつつ尋ねる。
「お前は今も刻印の影響下にあるか?」
「え、……あ、はい! 『年輪』は今も効果を発揮しています!」
その返答に満足気な顔で頷くと、同じ要領で権能を使う。
だが、やはり何の効果も発揮せず、アキラも自分が何をされたのかと、肩や腹部へ目を向けた。
ミレイユの権能が、彼らに一切の影響を与えない――。
それを確認し、そして納得して手を下ろす。
自分の権能がどういうものか、それは殆ど本能的に理解していたが、それが事実としてどう働くのか、その確認を済ませておきたかった。
そして、思い描いていたものと多少違いつつ、その効果の確信を得られた。
――ならば、ミレイユは大神に勝てる。
「アヴェリン、私の一振りの武器よ。お前も共に来い。大神の鼻っ面を殴り飛ばせ」
「ハッ! 必ずや、お望みの結果を献上致します!」
アヴェリンの興奮と熱意、そして戦意に溢れる返答を受け取る。
また別の場所からは、アヴェリンと良く似た熱意が向けられていて、そちらへもチラリと視線を向けて命じる。
「――アキラ、お前は別にいらないが……」
「え、えぇ……? そんな、最後まで盾として役目を果たさせて下さい!」
「私の予想じゃ、もう……。いや、そうだな――お前は盾だった。いいだろう、ついて来い」
「は、はいっ! 勿論です!」
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