叛逆の意思 その4

 円盤を撒いて上昇し、矛先よりも上の位置へ到着したとはいえ、何をすれば止められるか、それが問題だった。

 あの光は、純粋なエネルギーに見える。

 それも権能を使う時の様な、マナや魔力とは違う、また別のエネルギー塊だ。


 権能について――もっというなら神力について、ミレイユが知っている事は少ない。

 ただ、魔力と性質は似ているもので、それなくして権能も使えない、という部分は似通っている。


 だが、関係性は良く似ていても、その性質まで似ているのか、そこまでは分からなかった。

 インギェムから聞いた話だと、信仰を向けられる事で蓄えられるエネルギーでもあるらしい。


 信徒の祈りの力――願力によって使用できる力だから、今の大神には乱発できない力の筈だ。

 何しろ、新たに創造神――あるいは破壊神――と人間から認知されない限り、自らに祈りを向けられる事はない。


 信仰か、あるいは慈悲や赦しを求められて、初めて補充できるエネルギーだから、それを獲得する前に使う事がリスクになる。

 残存エネルギー全てを使用した訳でもないのだろうが、大神にとっても後が無い。


 あの光が大神の有す、創造改変の力そのものというなら、切り札を使ったという事に間違いないだろう。

 それはつまり、追い詰められ、使わざるを得なくなったという事実でもあった。


 ――あれを止められれば、勝利に近付く!


 それはミレイユとオミカゲ様の、共通する見解だった。

 だが、同時にどうやれば止められるか、という問題もある。


「――フッ!」


 今もオミカゲ様が中級魔術を立て続けに二発、矛先と球体それぞれにぶつけたが、何か影響を与えた形跡は見られない。

 球体はともかく、矛先にも影響が見られないのは、不思議なエネルギーを注いでいるからこそなのか。

 そして、その力を注がれ、激しく光を発しながら、青黒い光はゆっくりと確実に上昇していく。


 吸収されたり、衝撃で誘爆めいたものが起こるリスクはあったろうが、完成よりも前に暴発するなら、それも意味ある事だった。

 様子見だからこそ、敢えて控えめな威力の魔術を使ったのだろうが、これが単なる威力不足によるものか、そもそも外から影響を受けないからなのかの判別が付かない。


「チィ……ッ!」


 オミカゲ様の口からも舌打ちが漏れる。

 ミレイユも何か撃ち込むべきか、と思うのだが、今の反応を見ても生半可な威力では、魔力の無駄にしかならない。

 無駄に出来る魔力など、今のミレイユには念動力一回分とて無かった。


 しかし、直接斬り掛かる様な真似も、危険すぎて出来ない。

 ――何が出来る。今の自分に、何が……!


 タイムリミットは、そう長くは残されていない。

 矛先の形は、まるで竜のアギトの様に開かれたようにも見える。

 その口からあの力が射出されてしまえば、もう止められないだろう。

 それまでの間に無力化ないし、破壊する必要がある。


 ミレイユに打つ手が見えないが、同じ神として神力を扱うオミカゲ様なら、違うものが見えているかもしれない。

 本来は目に見えない『手』でさえ的確に躱していたオミカゲ様だから、あの創造改変の力に対しても、何か違って見えているのではないか――。


 そこに一縷の望みを賭け、オミカゲ様に向かって声を張り上げた。


「どうだ、何か見えたか! どうすれば止められる……!?」

「そうさな……!」


 円盤からの追撃は、未だ止まない。

 だが、攻撃自体は控えめで、妨害しようという意思は感じるものの、その手数は少なくなっていた。


 そこからも、やはり大神もまた追い詰められていると感じられる。

 オミカゲ様は攻撃を回避し、また『地均し』から距離を離して逃げながら続けた。


「まず、あの力は純粋な力の塊であるのは事実だが、権能の力である事も分かった。これまで使われていなかった権能の最後の枠、それがあれだったのであろうな」

「いや、むしろあれは大神が本来持っている権能の力だろう。借り物の力ではなく。どの権能を使っても片手落ちの様に感じていたのは、むしろ裏であの力を練っていた所為じゃないのか」

「……かもしれん。どちらにしろ、まず魔術を少し撃ち込んでみて分かった事であるが……恐らく、より強い力をぶつける事で止められる」


 オミカゲ様は思案顔でそう言ったが、その口調には確信めいた色を感じられた。

 外から見ていたミレイユには、単に無効化、あるいは無駄な一撃に見えたものだが、撃ち込んだ当の本人からすると違うらしい。


「全く効果がないように見えたのは、まさしくそのとおりであろうな。だが、全く無意味でもない。先の一撃で削ってやれた部分は、微細なれど確かにあった」

「撃ち込んだのは中級魔術、それが全くの無駄でなかったとしても、上級魔術で何発撃ち込めば良い? 十発では足りないだろう、だったら百発か? どちらにしても、削り切るより撃ち出される方が早い」


 『地均し』のヘソ辺りから上昇を始めた改変の力は、矛先までの距離が残り二割を切っている。

 上昇する程に速度を落としているようだが、最後まで到達すれば、大砲の様に撃ち出されるだろう事は想像に難くない。


 それまでに掛かる時間はどれ程だろう。

 一分か、三分か……上昇するほど速度は低下しているとはいえ、五分は有り得ない。


 その僅かな時間で、一体どれほどの魔術を撃てるというのか。

 ミレイユは足元にいる隊士たち、エルフ達魔術士部隊へ目を移す。


 今になって魔物の猛威は増え、より強力な魔物の出現も始まり出したようだ。

 それが何より、歯噛みするほど苛立たしい。

 今になって、と思ってしまうが、大神からすれば今を狙ってやった事でもあるのだろう。


 あそこから後方支援、法撃部隊となっている彼らを引き抜くことは、前衛の崩壊を意味してしまう。

 ほんの三分、こちらに手を貸せ、と命じたとして……。

 果たして持ち堪えるものだろうか。


 だが、こちらを止められなくては、戦士達を見捨てるどころの話ではない。

 ミレイユとオミカゲ様の敗北は、世界の改変を許す事になり、引いては全生命の敗北にまで繋がる。


 ――心を鬼にして命じる他ない。

 ミレイユがそう決意した時、オミカゲ様から射抜くような視線を感じて、そちらへ目を向けた。


 オミカゲ様の視線に余裕はなく、切羽詰まったものに見える。

 そして、自分が思い付いた事を、言うか言うまいか、迷っているようにも見えた。


 その様な表情を見せられれば、オミカゲ様が何を言うつもりか想像できてしまう。

 自爆に近い事を求めようとしているのだ。


 残り少ない時間、その中で上級魔術以上の威力……そうして考えていくと、合致する条件など限られてくる。

 そして、今ミレイユが思い付いた事と同じ考えが浮かんでいるのなら、それは死ねと言っているに等しい行為だ。


 今も魔物と対峙する魔術士、理術士をこちら側に参加させたとして、止まるかどうかは賭けになる。

 だが、ミレイユが予想するならば、彼らを参戦させるより、更に高い確率で阻止できるだろう。

 ならば、やる事など決まっていた。


「そんな目で見るな。私も、やるなら以外ないと思う」

「……すまぬ。そなたの献身あって、この状況まで持ち込めたというのに……」

「謝るな。互いに全力を尽くした。――だから、今がある。奴に好き勝手させたくない、という気持ちは同じだろう。憎む気持ちは……、お前の方が上かもしれないが」


 実際に踏み荒らされているのは、自分の庭だ。

 そして自分の子に等しい隊士達が、その命を削って戦っている。


 ミレイユが茶目っ気を見せて笑うと、オミカゲ様はすまなそうに目を伏せて、泣き笑いのような表情を見せた。

 ミレイユがやる事、それ自体は構わない。

 やるべき事は、――大規模魔術の行使。


 それも、単に広範囲殲滅が可能というだけでなく、一発の威力に秀でる魔術を選ばなくてはならない。

 権能の力を打ち消すだけでなく突き破り、更に大神まで消し飛ばせるかもしれない大魔術だ。


 魔術に対して強い抵抗を持つとしても、その許容範囲に限界はある筈だった。

 そして、その許容限界を超えるだけの威力を、これから放つ魔術は持ち得ている。


 だが、高威力の大規模魔術は、本体とそれ以外にも被害が出るだろう。

 その対策が出来なければ、結局、敵味方諸共吹き飛ばす事にしかならない。


「大丈夫なのか。アレを使うとなると、市街や無辜の民に被害が出る。半径十キロは跡形もなく消し飛ぶぞ」

「我が持つ『守護』の権能で、『地均し』を綺麗に囲む事で防ごうと思うとおる。完全に閉じ込める形だと、術の威力で破られる事になろうから、上空へ威力を逃す形が望ましかろう」

「いつだったか、似た話を聞かせてやった気がするな」

「似た事をやろうと言うのだ、そうもなろうさ」

「……そうだな」


 ミレイユ達が何をするつもりか。

 それは、かつてエルフと共に戦争に参加した時、敵兵十万を一発で壊滅させた魔術、それを使おうとしているのだ。


 今のミレイユの身体状況は、正しくオミカゲ様も分かっている。

 高威力、高難度、高精度を要求される魔術は、この状態で使おうものなら不安が大きい。


 残った魔力を根こそぎ持っていかれる事になるだろうし、その上でも成功するかは五分の賭けになる。

 だが、使い手を逆にする訳にはいかなかった。


 ミレイユには、この魔術を受け止め切るだけの力がない。

 自分一人を守る事は可能でも、他に被害を出さない形で受け止めるのは不可能だった。

 だから、この攻防役を逆にする事は出来ない。


 ミレイユは一つ息を吸い、大きく胸を上下させ、痛みで思わず顔が引き攣った。

 ――正念場。

 ――命の使い道。

 ――大事な者の命。


 アヴェリン、ユミル、ルチア。

 大事に思う人の顔が、次々と現れては消えていく。


 そして何も、その三人ばかりではない。

 アキラや御由緒家、帰還してから出会った人々、神宮で世話になった女官や巫女たち。

 それからデイアートで知った顔、新たに出会った人たち、それからルヴァイル達の事を思った。


 大事と思えるものが増えた。

 我が身の命を天秤に掛けても、守りたいと思える人々だった。

 決して失いたくない、この先の悲喜こもごもを当たり前に享受するべき、愛す者たちだ。


 ミレイユは痛みを外へ逃がす様に、細く息を吐く。

 その、たった一つの深呼吸を終えた時、覚悟は既に決まっていた。


「――やるぞ」

「あぁ、やってやろうぞ。そなたの制御が終わったと同時、我の念動力も解除する。片手で抑えきれるものではない故にな。後の事は、すまぬが自力で対処しておくれ」

「……訊いておきたいんだが、お前の権能で護るのは良い。だが問題なく被害を外に出さない程、そんなに強固なものなのか?」

「今も戦う隊士達にも使っておるからな……、だから全てを使えぬのが歯痒いところではある……。まぁ、足りぬ分は我の身体で受け止めねばならぬだろうな。決して無事では済まぬだろうよ」

「なるほど、痛み分けか……」


 ミレイユは小さく笑う。いっそ自棄に思える笑みだった。

 それにオミカゲ様も笑みを見せ、鏡移しのような表情になった。

 オミカゲ様が大きく旋回して、再び『地均し』へ接近すると、円盤の妨害を掻い潜りながら上昇する。


「さぁ、始めよ!」


 ミレイユは返事の代わりに制御を始めた。

 それは『禁忌の太陽』と呼ばれる大規模魔術で、これまで一度しか使った事がない。


 その一度も成功したと言えず、危うく自爆しかけた。

 威力が高すぎ、リスクばかりが先立つから、それ以降使った事がない。

 だが、今はそのぶっつけ本番で成功させてやらなければならなかった。

 加減も制限も分からぬ中で、ミレイユは必死で暴れ狂おうとする魔力を制御する。


 只でさえ困難な、最高等魔術。

 痛む身体、自由の利かない制御、ごっそりと消費する魔力――。

 一つ魔力を練り込む度に、意識が遠退こうとするのを、必死で堪える。


「ぐ、ぐぅぅぅ……ッ!」


 額に脂汗を浮かせ、吐く息そのものに血が混じるかのようだった。

 喉奥から血の臭いがして、鼻梁にも血の匂いが乗る。

 ついには鼻からも口の端からも血が流れ、目も血走り、両手の中で形を成そうとする魔術が、複雑な形となって暴れた。


 今ここで、暴発させようものなら全てが消し炭になる。

 それが分かっていて、自らを奮起させるのだが、現実はいつだって上手くいってくれない。

 ――無理かッ。


 両手の間に生まれた赤い燐光を発する魔術は、完全な形を成す前に開放されようとしている。

 暴れ出す魔力は、次々と色を変え、形を変え、制御から外れようと暴れていた。


 ミレイユはそれを必死で押し留める。

 呼吸をする余裕すらなく、とにかく暴発だけは食い止めようと両手を動かす。


 魔力が十全な状態なら、制御力がもっとスムーズなら、寿命が尽きそうでなければ――。

 言い訳なら幾らでも浮かんでくる。

 失敗の要因なら幾らでもあった。命と引換えにする賭けだった。


 それは最初から分かっていた事だ。

 その賭けに、いま敗れようとしている。


「ぐ、ぎ、ぐぐ……ッ!!」


 暴れる魔力は制御をより困難にし、身体の内側から破壊しようとするかのようだ。

 『禁忌の太陽』には、それだけの莫大な威力が秘められている。

 所詮、手負いの身体でやる事ではなかったのだ。


 そう、諦めが脳裏を掠めたその時、暗くなり始めた視界に、円盤が映り込んできた。

 大神が操る、大神が力を振るう円盤だった。


 その姿を認めた瞬間、ミレイユ視界が一気に明るくなり、力が籠もる。

 暴れて言う事を利かない制御が、この瞬間だけスムーズに流れた。


 ――抗え!

 ――大神を挫け!


 内なる声が、諦めかけたミレイユの心を叱咤する。

 それと同時に、消えかけていた心の炎が再熱した。


 ロウソクは燃え尽きる前こそ、最も輝くと言う。

 一気に振り絞った力で、魔術の制御が完了する。

 手の中で暴れていた魔力の塊も、安定した形と色を取り戻していた。


 その瞬間、ミレイユはオミカゲ様の念動力から開放され、投げ飛ばされる。

 円盤を飛び越え、創造改変の青黒い光が、矛先の出口まで到達しているのが見えた。


「お前が要らぬと切り捨てた……、魔術の極致を思い知れッ!」


 それを矛の奥まで押し返すように、人の頭程に膨れ上がった魔力を投球フォームに似た形で投げ飛ばす。

 腕を振り切り、ギリギリの制御で完成させた魔術が高速で飛んで行く。


 ――やり切った……。

 腕を投げ出し、全身から力を抜けていくのを感じる。そして、重力に流されるまま落ちていった。


 最早、身体に感覚はなく、視界には何も映らず、耳まで何も聞こえなかった。

 その筈なのに、次の瞬間、大爆光と爆発音を確かに捉えた。

 爆発の余波を全身に受けた筈だが、その衝撃を知覚するより前に、ミレイユは完全に意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る