叛逆の意思 その3

「下らん……。感情に左右され、冷静に物事を見られぬというのは、明らかな欠陥だ。そして……復活だったか。願望機を使った再創造でもしたか? そうであったら、やはり徒労でしかない」

「世界とそこに生きる、生きとし生きるもの全て、お前にとって無価値だろうと……! 生まれたものには、これからも生きる権利がある! 世界はお前の為の砂場じゃない!」

「いいえ、まさに砂場であるのです。そして、その砂場へと、お前が変えたも同然」


 また女性の声と変わって、冷淡に断じる。

 言ってる内容の不穏、そして責任の一旦さえ押し付けられて、ミレイユの顔が険しく歪んだ。


「世界は神の為にあるものです。そうであるものと、我らが定めた。泥をこねる様に、空と海と大地を整え、そして数多の新しい生命体を創り上げた……」

「まさに、神の御業だな……」

「創ったからには、それ以上のものを返して貰わねば。神力を使って創ったのなら、使った以上に得ようとするのが道理」


 当然の理の様に言ってのけたが、ミレイユには同意できない。

 確かに消費に対して供給というバランスは、必要になるのかもしれない。

 失うばかりで得るものがなければ、神とて消滅してしまうというなら、返して貰う部分があるのも致し方ないだろう。


 それこそ、創ったものに神力を注がなければ維持できない、というのなら、供給を望む事は決して悪ではない。

 だから信仰を望む、というなら、正しく世に降臨し、そして崇め奉れていれば良い話だ。


 だが、今の口ぶりだと、最初から得ることを目的として世界を創ったかのように聞こえる。

 果実を食べる為に育てたような、最初から苦労に見合う以上の見返りを求めて、行った事に思えるのだ。


 そしてどうやら、それは事実だったらしい。

 老齢の声が、ミレイユの推測を肯定した。


「得ようと考え、先に与えた。そして、実った後に吸い上げた。結果として世にマナが溢れたが……、つまりあれは、神力を搾り取った後に生まれた不純物に過ぎぬ」

「不純……、絞り滓……? まさか……?」

「神の奇跡に似た力を発揮できるのも、それを利用する故であるからだ。それはそれで面白いと、体系付け、少し形にしてやったりもしたが……、余計な事であったと反省しておる。次の世では必要ない」


 傲慢不遜……、どこまでも神らしい発言と言えるが、それよりミレイユが気になったのは、大神の口から出た絞り滓という言葉だった。


 創造神が、その神力で持って世界に手を加えた。

 かつてはデイアートに、マナは存在しなかったという。

 それがある時から、少しずつマナの含有する物体が増えていき、最終的には世に溢れるようになった。


 これはエルフも知る、古い古い創世の記録だ。

 デイアート古代の歴史と言い換えても良いかもしれない。


 そのマナの発生と増殖が自然発生的なものではなく、神が世界に溢れていた神力を吸い出した反応結果であるのなら、マナが溢れた世界とは即ち――破滅に向かう世界を意味しないか。


 八神は世界の滅亡を止められず、少しずつ削れていく世界を忸怩たる思いで縫い止めていた。

 最終的に、世界の一部を箱庭世界に隔離し、その中でさえ維持できていなかった。


 櫛の歯が欠けるように欠けていく世界だったが、神力で作られた世界で神力を抜かれたのならば……、小神の力では維持する事すら困難だったに違いない。


 そして神として生まれた彼らは、元の世界に帰る事もできず、だから強引な手段を取ってでもその維持と、起死回生の手段として神人計画を再開させた。

 やり方に多くの問題があったから逆襲される事になったが、どうしようもない流砂から抜け出そうと、必死に藻掻いた結果でもあった。


 そして、その根本原因を創ったのが、この大神であるという。

 ミレイユの腸は煮えくり返り、胸の奥から怒りが湧き上がる。


 育てた果実を食べる事は、生産者の権利だ。

 苦労した分の見返りを得る事も、当然の権利だろう。


 だが、大神はその全てを根こそぎ持っていった。

 果実だけでなく、実らせる樹も、土も、水も……何もかも。

 得られる当然のもの以上を、全て持ち去ったから、あのデイアートがあった。


 泥から創ったように、と神は言った――。

 だからだろう、世界とそこで生きる生命に、砂粒程度の価値しか感じていない。


 この大神は己の為に――己が得られる最大幸福の為に存在している。

 その為なら、全てを踏み台どころか、踏みにじって当然と思っている。


 ――そして、今。

 大神は地球に降り立ち、ここを新たに創り直すと言った。

 与えた以上の見返りを得る為、地球を創り変え、そして奪い――また別の世界へ旅立つのだろう。


 ミレイユは胸の内で爆発した怒りを、声に出してぶつけた。


「どこまで身勝手なんだッ! 食い散らかしては去るだけの、獣にも劣る下劣な存在だ! ここで終わらせる。地球の為、デイアートの為……そして、この先に生まれる悲劇を防ぐ為にも!」

「自分勝手で功利主義の神か……。救いがないとは、この事よな」


 そう言って、オミカゲ様は蔑む視線を隠さずに続けた。


「創造神、か……。全てを創り変えてきたからこそ、そう名乗っておるのか? 馬鹿を申すな、我がお前を定義し直してやろう。――強欲の権化。それがお前、お前達の本質だ。そして、そういう輩はいつだって嫌われるのよ」

「悪びれもないのが始末に終えない。ただ腹を満たす為だけに全てを奪う輩に、身の程ってものを教えてやる……!」


 ミレイユは痛む胸から手を離し、裂帛の気合と共に構えを取る。

 オミカゲ様も、それに続いて険しい顔をさせつつ構えを取り直した。


 今は胸の痛みも寿命の事も、頭の隅に追いやる。

 この神は――この悪しき俗物は、必ず、この場で滅してやらねばならない。


 その為には、身体の痛みや寿命さえ、些事に過ぎなかった。

 ミレイユが怒りを力に変えようとしたところで、老齢の声が無感動なまま投げ付けられる。


「悪びれぬとは良く言えたものよ。お前も世界を作り直したつもりでいて、何一つ救えてないと気付いておらぬ。それが何より救えぬわな」

「いったでしょ、かんがえがあさいの」


 幼齢の声音に決して感情は乗っていないのだが、嘲るような雰囲気は感じられた。

 だからこそ、それが挑発だと分かる。


 聞く耳を持たず攻撃を仕掛けるのが一番だと、頭では理解しているのに、どうしても身動きが取れなかった。

 聞かずにいると後悔する、ミレイユの勘がそう囁いた所為かもしれない。

 円盤の声は、そこで男性のものに切り替わる。


「聞いていた筈ではないか? 泥で出来ていたものを、お前は砂で作り直したようなものだ。酷く脆く、いつ崩れ去ってもおかしくない。留める為には、世界に神力を注いでやらねばならぬ……。例えるならそれは、砂漠の砂全てが泥になるまで、水を注ぐが如しの難事だぞ?」

「繰り返し使えるものならば、我々も安易に捨てたりしないのだと、分かりそうなものでしょう。だから、浅はかだと言うのです」


 ミレイユの怒りは決して沈静化したりしなかったが、それでも血の気が引くような思いはした。

 それが事実であるのなら、つまりそれは砂上の楼閣……。

 今のデイアート世界を客観的に例えるなら、そういう事になるだろう。


 世界は姿を取り戻したと思った。

 問題は山程あるし、これから幾つでも生まれる問題だろうが、それも生きている者がいるなら、無くならない問題だ。


 それは神の問題ではなく、人の問題で、世を良くしていけるかは人の気概に掛かっている。

 ――そう、思っていた。


 神の手から離れた世界の方が、むしろ健全で、人が自由に生きて行けば良い。

 そうも、思っていた。


 だが、今にも崩れ去る世界の上に立っているというなら……。

 それをミレイユが作り直した世界だというなら、これを座視して見ている訳にもいかなくなった。


 この場で、ミレイユを混乱させるか、動揺させる為に放った虚言ではないか――。

 そう思いたくもなる。

 動揺を誘う為、戦闘を有利に運ぶ為のブラフなど、戦術の中では基礎中の基礎だ。


 それを仕掛けられただけではないか。

 言ったことの説得力はあっても、確証など無い内容だ。


 そう思いたいのは、とにかく自分にとって不都合だからだ。

 そうであって欲しくない、という気持ちが先行するから否定したくなる。

 ミレイユが身動き取れず固まっていると、離れた場所のオミカゲ様から声が飛んだ。


「聞くな、今は捨て置け。事実であろうと、今はどうにもならぬ。後の事は、倒した後で考えれば良い」

「そうだな……。どのみち、それ以外、道もない……!」


 ミレイユが気を取り直して構え直すと、女性の声音が平坦に言い放つ。

 感情はそこに乗っていないのに、困惑とも哀れみとも取れない雰囲気を、ミレイユは感じ取った。


「痛みも苦しみも、これから増すばかりだというのに……。意味がないと分かっていても、苦しむと分かっていても尚、正しい判断が取れぬのは、神ならぬ者では致し方ない事。……では、無駄と知りつつ足掻きなさい」


 そう言い切った時だった。

 『地均し』の身体、ヘソより上部分が直上に向かって割れ、パズルを組み合わせるように開かれていく。


 それは円盤が出て来た時と同じ状況で、また何か――もしかすると本体が出て来るのかと思ったが……、それは全くの別物だった。

 それは青黒く、光の反射によって紫にも見える光球で、ヘソ部分から上昇していく程に、『地均し』の身体が大きく割れていく。


 身体が組み替えられ、直上へ向けた二股の矛にも似た姿は、まるで発射砲台の様に見えた。

 そして青黒い球体は、その矛の間を通りながら、矛からエネルギーを受け取って巨大に成長しながら上昇していく。


 上昇速度その物は、目で追える程ゆっくりしたものだ。

 あれが何かは分からないし、矛の先に達した時、何が起きるかも分からない。

 だが、あれを自由にしてはならない事だけは理解できた。


「オミカゲッ!」

「分かっておる!」


 弾かれるように動き出し、即座に『地均し』より上の位置を取ろうと宙を飛ぶ。

 だがそこに、円盤が割って入って妨害し、権能を用いてその場に縫い止めようとして来た。


「時間稼ぎは十分、叶うた。何故、あの状況で話しかけると思う。何故、防戦に徹していたと思う。準備する時間が欲しかったからだわい」

「く……っ! どけ!」


 オミカゲ様も緩急や虚実を入れ混じった動きで通り過ぎようとするのだが、一度見せた動きには対応して、簡単には行かせてくれない。

 『分析』を使って様子見していたかも、という考えは、決して間違いではなかったようだ。

 そして、この時の為に、決定的な勝敗を付ける為の防戦だったと思えば、歯軋りしたくなるような焦燥感にかられる。


「この状況で使う事は無駄が多い。全てを破壊し、過去を洗い流し、その上で創り変えるべきと思うが……やむを得まいな。再創造が成った暁には、真っ先に貴様らを滅してくれよう」


 その言葉を聞き終わるかどうか、というタイミングだった。

 オミカゲ様が横をすり抜け、追いすがろうとする円盤に、ミレイユが魔術を放って円盤を弾く。

 体勢を少し崩した程度だが、置き去りにして飛び去るには、それで十分だった。


 青黒い光は、既に矛の中腹まで上昇している。

 それの上昇に伴い放電するかの様に、異質な光が四方へ伸びた。


 再創造する――創造神としての力、その本質そのものが解き放たれ様としている。

 権能装置から発せられる、借り物の力ではない、彼ら四柱が持つ力だ。

 大神はこれを準備していたからこそ動きが鈍かったし、権能の使用にも粗が出ていたのかもしれない。


 片手で準備、もう片方で権能に寄る牽制、そういう事なら、呆れる程の稚拙さにも納得できる部分がある。

 だがどうであれ、あれを許してしまったら、この世界がどうなってしまうか想像も付かない。


 ミレイユが目配せすると、オミカゲ様は持てる力を振り絞り、矛先に向かって急上昇を開始した。

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