叛逆の意思 その2

 オミカゲ様が急制動を掛け、虚実入り交じった動きで翻弄しては、円盤の横をすり抜けて行く。

 その度にミレイユも左右上下へ揺られる事になり、天地も逆転して自分が何処にいるのかすら分からなくなった。


 乱暴になる、とは聞いていたが、仮にシェイカーの中へ放り込まれたとしても、こうはなるまい。

 意識が失いそうになるのを懸命に堪えつつ、『地均し』まで肉薄するのを待つしかなかった。


 そうしながらも、ミレイユの視線は円盤へ食らい付こうと必死だ。

 狙いが『地均し』へ移ったからには、円盤の抵抗も苛烈を極めるだろう事は目に見えていた。

 そして、見えない攻撃だろうと、明滅してから行うものでもあるので、そこで判断できる部分もある。


 だが実際には、余りに乱暴な乱下降や上昇で、目で追うどころではなかった。

 そうして、遂には円盤を振り切ると、一気呵成に突っ込んで『爆炎球』の一撃を放つと同時、ミレイユもそれに合わせて魔術を放つ。


 咄嗟のタイミングで上級魔術を行使するのは、今のミレイユに荷が重く、ランクを下げて中級魔術となってしまった。

 だが、二つの魔術は『地均し』の腹部で接触すると、より大きな爆発を轟かせた。


 一撃だけ食らわせると、腹の横を通り過ぎ、背後に回って同じく魔術を放つ。

 これにミレイユは対応できず、仕方なく見送る事になってしまったが、オミカゲ様の魔術だけでも十分な威力で地肌を抉った。


 腹部の周囲を飛んでいれば、流石に『地均し』も腕を動かし、妨害しようとする。

 オミカゲ様やミレイユの動きを阻害しようと、そして魔術を受け止めようと動かすのだが、鈍重な『地均し』で、二人の妨害はままならない。


 オミカゲ様の魔術が何度となく『地均し』の腹部に命中し、そして地肌を削り取っていく。

 爆散する度、鉱物とも金属ともいえない物質が地面へ落下していったが、未だその中に隠れているものは見つけられなかった。


 攻撃している間にも、円盤は二人を追って攻撃して来る。

 不可視の『手』は確かに厄介だったが、オミカゲ様にとって、その気配を読み取って躱すのは難しくないようだ。


 ミレイユには見えないのに、頻繁に急制動を掛けて回避しているのは、つまりそういう事だからだろう。

 ここに至って、ミレイユは完全にお荷物で、言葉どおり手に持って運ばれてるのに、身を任せるしかない状態だ。


 頻繁に視点がブレ、円盤もまた裏を取ろうと動くので、標的が全く合わない。

 牽制程度の魔術を撃てれば、それはそれで援護になったかもしれないが、常に揺さぶられていては、それも難しい状況だ。


 素直に『地均し』へ攻撃を加えるか、と目まぐるしく動く視界の中で思っていると、迫りくる巨腕が目前に迫って来る。

 それを真横へ引っ張られて躱すと、オミカゲ様は大きく周囲を飛んで距離を離した。


 一定距離まで離れれば、円盤は無理して追ってこない。

 やはり円盤は、『地均し』の防衛装置として役割を担っているのだ。


 『地均し』本体の腹部へ目を向けると、幾つも魔術を撃ち込まれた事で穴が空き、地肌の下にある機構も目に付き始めた。

 中には歯車がぎっしりと詰め込まれており、大小様々の形が見え、クランクピストンで動いている部分も見える。

 遺物を製作しただけあって、この『地均し』もまた設計思想というか、基礎設計が同じであるらしい。


 だがこの時、何より注目したのは歯車の奥、複雑に組み合わさった歯車の中にある空洞だった。

 そこには明らかに機械とは別種の、異質な何かが見えていた。


 液体らしきものに見え、むしろ粘液に近いものに思え、それから、より近い物が脳裏に浮かぶ。

 ――泥だ。


 あれは天界で見た泥と良く似ている。

 色合いが全く異なっていたが、それでも良く似たものに思えた。

 地肌が抉れ、その機構――あるいは弱点が露出した事で見えた物……。


 あの泥の向こうに、大神が居るのだろうか。それとも、あれも動力として使うものなのだろうか。

 そう考えていた時、目の前で起こり始めた事に舌打ちした。


「そうか、『再生』……。使っていなんじゃない、使う場所を選んでいただけか」


 ミレイユが今更、悔恨するように顔を歪め、呻くように独白する。

 大きく抉れた箇所は、時間を巻き戻すかのように元に戻り、地肌も再生して元に戻ってしまった。

 ただし、あくまでも深層部分を隠す程度に留まり、その全てを再生した訳ではない。

 大きく抉れた他部分は依然残されていて、深層部分さえ隠せればそれで良い、という杜撰な工事に見えた。


「歯車を保護したいから……それも分かるが、あの深層部分の奥に大神がいると仮定しておこう。抉り出して、その姿を晒してやりたいが……、決め手に欠ける」

「上級魔術を連発して、突破できないか」

「やってみても良いが、『再生』を見せたからには、爆破した端から使ってこような。となれば、単に連発すれば解決する、という単純なものではなかろう」

「厄介な……」


 どこまでも面倒事を用意してる奴らだ、と唾吐く思いで睨み付ける。

 だが、弱点が露呈したにしては、大神の動きに変化はなかった。

 こちらが距離を取っている限り、積極的な攻撃は仕掛けて来ない。


 足元へ視線を向けても、孔が連結するような兆候は、未だ見られなかった。

 まだしばらくは大丈夫そうだが、大神が待ちの姿勢を見せているなら、そこを期待してない筈がないだろう。悠長にしていられる時間は少ない。


 だが同時に、待ちの姿勢を取るだけで勝てるとは、大神も思っていない筈だ。

 オミカゲ様の動きは捉えられていなかったが、『分析』の権能を甘く見るのも怖い。

 戦闘の長期化は、いずれ追い詰められる事にも繋がるだろう。


 しかし――。

 ミレイユは我知らず、胸の辺りを握りしめる。

 魔術の使用は最低限だった筈だが、それでも痛みは増し始めていた。再び激痛が襲って来るより前に、決着を付けてしまいたい。


 しばらく魔術の使用を控えられていた事と、水薬のお陰もあり、今は魔力にも多少の余裕が出来ている。

 大きな一撃をぶつける事が出来たら、と思うのだが、果たしてそれは可能だろうか。

 

「感触として聞きたいんだが、あの深層部分に魔術は有効だと思うか?」

「地肌は脆いが、その奥の歯車には傷を付けられなんだ……。つまり、材質は円盤と同じであろうと予想する。であるならば、物理攻撃こそ有効かもしれぬが……」

「少ない手傷では、『再生』を使って治すのも容易、か……」


 ミレイユは忌々しく息を吐きながら、円盤と『地均し』の下腹部を見ながら呟く。


「残りエネルギーは多くないだろう、という推測に賭けて、攻撃を繰り返すという手もあるが……」

「互いの根比べか? 悠長にやれる事ではなかろう」

「大規模魔術を使うのは?」

「可能ではある。だがそれも、片手だけでは……、そう大胆な事は出来ぬでな……」

「そうだな……。大規模魔術を、片手でやるのは狂気の沙汰だ」


 魔術の制御は片手でやるより、両手でやる方が安定する。

 制御が完了する速度や正確さ、そして威力にも関わるので、中級魔術でも両手を使って行使する方が一般的なのだ。


 ミレイユが使う分にはまだしも、オミカゲ様の魔術を封じる形になってしまっている現状も、非常に都合が悪かった。

 それに、他にも問題はある。


「大規模魔術は威力もそうだが、範囲も広いものが多い。周囲の市街地は割りを食うだろうな」

「こんな所で『雷霆召喚』などするものではなかろうな。限られた範囲にのみ攻撃を加えられるものなど無いし、威力を絞れば本末転倒……。結界内に押し入れる事なくば、使えるものではない」


 だが、周囲の影響が少ない魔術は、やはり威力もそれ相応になる。

 オミカゲ様からすれば、市民を――無辜の民を守る為の戦いでもあるので、それを蔑ろにする戦法を取る訳にはいかないだろう。


 だからミレイユからも、言ってる場合か構わずやれ、と言えなかった。

 オミカゲ様は民に対して強い慈しみを持っている。自らの目的の為なら、幾らでも蔑ろにできるデイアートの神々とは根本的に違う。


 それ自体は好ましい事だが、現状において求められるのは力業だ。

 建物の損壊程度、人命に被害が出ない程度なら、已むを得ない犠牲と割り切るべきだった。

 ミレイユがオミカゲ様に顔を向けると、苦い顔をしながら彼女の方から口を開く。

 

「可能性は一つあるが、賭けになる。挙げ句、我らもタダでは済むまい。試して駄目なら、相当に追い込まれよう」

「このままジリジリと追い込まれる位なら、試してみる価値もあると思うがな」


 ミレイユは、荒くなり始めた呼吸を、必死に抑えながら答えた。

 大神は、果たしてミレイユの様子や寿命を理解しているのだろうか。


 待ちの姿勢は不自然だ、と思っていたが、ミレイユの寿命を見抜いていたとしたら、待つことの意味も十分あるのだ。

 ラウアイクスの時と同じだ。見抜かれたなら……そして、厄介な相手と認めているなら、待つ意味は大きい。


 元より神人計画は大神の発案で、素体造りの原案も大神にあったという。

 ミレイユを見た直後、素体であると見抜いた事と言い、更に詳しく深い部分まで、見抜かれていたという事もあるかもしれない。


 そしてミレイユ自身、自分が相当無茶をやって来た、という自覚がある。

 元より一年を切っていた寿命が、激しい戦闘を潜り抜けてきた事で、相当擦り減った事も理解しているのだ。

 健全からかけ離れた姿は、見る者が見れば分かってしまうものかもしれない。


 ミレイユの命の蝋燭は、まさに風前の灯火だった。

 本来なら悠長に睨み合いなどしている場合などではなく、すぐにでも昇神すべく段取りを決めるべき状況まで追い込まれている。


 ミレイユは胸を握った手を、更にきつく握り込んだ。

 ――まだ保ってくれ。

 ――もう少しだけ、保ってくれ。


 身体に言い聞かせるよう握り込んでも……。それでも、胸の奥から来る痛みは、静かに忍び寄ってくるのを止めてくれない。

 呼吸を細くさせ、下唇を噛んで耐えていると、これまで沈黙を保っていた円盤から、男性の声が発せられた。


「随分と好き勝手暴れてくれたものだが、いい加減……もう良いのではないか」

「なんだ、飽きずに降伏勧告か。そんな安い脅しに屈すると思うか……!」

「するべきだろうな」

 

 その一声の次に、音は女性のものへと切り替わる。


「何をそこまで抵抗させるのでしょう。痛みを押し殺し、苦しみを飲み込み、そこまで抵抗する意味はありますか」

「そもそも、お前らが侵攻して来たからだろう……! 大人しくデイアートの再生でもしていれば、こんな事にはなってない!」


 ミレイユが吐き捨てて言うと、声は老齢のものに替わった。


「再生とはまた異な事を言う。出来ることなら、とうにしておるわ。だが、あの星は絞り滓、直すほどの価値がない」

「大神には馬鹿しかいないのか? 可能な手段なら自ら造ってあったろう。実際、私が世界を復活させている。お前らにだって同じ事が出来た。逃げ出す計画を立てる前に、神なら神らしく、世界を保護しておけば良かったんだ……ッ!」

「ほんしつが、みえてないのね。それって、みせかけだわ。ほんとうはなおってなんか、いないのよ」


 幼齢の声が無感情に言い放った。

 もしも感情が乗っているなら、小馬鹿に嘲笑しているだろうような台詞だ。


 欺瞞、揺さぶり……幾つもの猜疑が、ミレイユの頭を駆け巡る。

 『遺物』は万能で、そして注がれたエネルギーに応じた願いを叶えてくれる機構だ。


 どこまでか可能か、それは『遺物』を作った大神の方が良く理解している事だろう。

 そして実際、ミレイユはドーワの背の上で、世界のあるべき姿を取り戻した光景を、この目で見てきた。


 侮るというなら、大神の浅慮をこそ侮ろうとしたところで、男性の声がそれを遮った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る