叛逆の意思 その1

 更に刀が三本折れ、魔術も粗方撃ち終わっても、結果は然程変わらなかった。

 ミレイユ達は一度大きく距離を取り、再び大神の周囲を警戒しながら飛ぶ。

 オミカゲ様が念動力で掴んでいるのも相変わらずで、そして円盤には、一定以上の距離を離して決して近付かない。


 大神の円盤も、ただ黙って待ち受けるだけではなく、それに合わせて動きを変え、ミレイユ達同様に警戒を強くしている事が窺える。


 オミカゲ様が見せる大神への警戒は強く、決して油断や慢心は見せなかった。

 一つ一つを堅実に、そして確実に魔術を撃ち込んでいたのだが、その全ては徒労に終わっていた。


 ミレイユの剣撃についても似たようなものだ。

 表面に薄く傷は付ける事は出来ても、それと引き換えに刀が折れていた。


 最初の様に、一度で折ってしまうような愚は犯していないが、とはいえ結果は散々なものだ。

 刀の種類も付与も変えて、より攻撃的なもの、斬撃が増えるものなど試していたのだが、やはり効果的ではなかった。


 魔術に対しても同様で、いずれも効果が見られない。

 だが、完全耐性を持っていると思われるのに、刀傷が増えていくにつれ、魔術を嫌がる素振りを見せる回数が増えてきた。


 最初はミレイユかオミカゲ様にのみ向けられていた『神の見えざる手』だが、今では魔術を撃ち落とす為にも使われている。

 本当に無意味なら、無視しても良い筈だった。


 だがとりわけ、爆炎に対して『手』を動かすのは、その煙を嫌っての事かもしれない。

 少しでも傷を避けたいなら、確かに煙は邪魔でしかないのだ。


 ――とはいえ。

 ミレイユの中には一つ、浮かび上がった疑問があった。


「奴らは何故、逃げようとしないんだ?」

「……逃げる?」

「刀傷は付けられる。だが実際、それは表面上の傷でしかない。深く斬り込もうにも刀身が先に折れるし、悠長に乗っかって攻撃しようものなら『不動』に掴まる。だから今まで、決定的な隙を縫っては、一撃離脱を繰り返してきた」

「そうさな。……そして、それを散々、良いようにやられておった。有効な反撃は無かった様に思う。……であれば、決め手を隠しておるのか? 手傷程度は捨て置いて、防戦一方であろうと、今は我慢の時だと?」


 ミレイユは訝しげな視線を円盤に向けつつ、小さく頷く。


「再び『地均し』の中に引き籠もるでも良いだろう。今は忍耐の時? 狙いがあるならそれも分かるが……姿を晒し続ける事に、意味はあるのか?」

「出し惜しみしている場合でもなかろうにな……。それに、権能の一つは防御に回すだろう、という推論も今や怪しく思えてきた。それらしい動作が確認できない」


 ミレイユは基本的に攻撃役で、直接斬り込まなくてはならない関係上、そこまで詳しく判別できなかった。

 だから、ミレイユの攻撃に対し、何らかの権能で防御していたとばかり思っていたし、対抗する何かをしていたと思い込んでいた。

 しかし、外から見ていたオミカゲ様が言うには、そういう事でもないらしい。


 そして、オミカゲ様の魔術攻撃にも、その多くを『手』で対応していた。

 それもまた防御性能を発揮する権能ではあるが、片手の存在しか確認できてないのだ。


 いつかシオルアンに使用された時のように、片手ずつ攻撃と防御を分けていた訳でもなかった。

 単に権能慣れしていないだけで、元々の神と同じ水準で扱う事が出来ないだけなのか。

 それとも、片手だけしか使えないと思わせる事が目的なのか、判断に迷う。


 仮に『磨滅』を防御の為に使う余裕がないだけならば、別の権能で補っていると考える方が妥当だった。

 だが、その防御に権能を使っているように見えない、というのなら……。

 それこそが、起死回生の一手――反撃の一手の為に、今も隠しているだけなのだろうか。


 そして、それは近距離でなければ効果が薄く、あるいは必中を狙って中遠距離で使いたがらない……。

 そう考える事も出来るのだが、ミレイユとしては疑問に思えた。


 確かに、伏せ札は隠している事に意味がある。

 一度でも見られれば、次からはもう有効に使えない。

 そう考えるのも当然で、必中と確信できるタイミングで使うのが最適だ。


 しかし、攻撃を仕掛けていたミレイユからすると、そのタイミングは幾度かあったように思えた。

 出し惜しみ、戦勘がない、それで片付く問題という気もするが……それだけとも思えなかった。


 とはいえ、警戒して、し過ぎるという事はない。

 大神にしても、留まっているからには理由があり、だから逃げ出していないのだ。

 逃げないという事は、勝ち筋を残しているという意味でもある。


 では、それは一体、何なのか――。

 それを暫し考えてみたが、やはり答えは見つからない。

 ミレイユは横目で、オミカゲ様を伺いながら問い掛けた。


「何か隠し種があると思うか?」

「うむ、……何かを隠しておる。それは間違いあるまい。消極的過ぎる所をみると、或いは攻撃でないのやもしれぬな」

「大神から積極的な動きが無い、というなら……援軍待ちか? ……複数用意した孔が、連なるのを待ってるとか?」


 ミレイユは、ちらりと足元を見ながら呟いた。

 強大な魔物の登場は、隊士と冒険者、そしてエルフの混合部隊による封殺を打破し得る。


 それこそ、エルクセスの様な災害に例えられる魔物の登場は、現状をひっくり返すだろう。

 その登場を待っているのだ、という仮説には一定の説得力があった。


 円盤が非常に頑丈で、かつ攻撃性に乏しい、というところを考えても、それを狙っての事に思えてしまう。

 円盤の頑丈さを頼みにしての事というなら、ある種、籠城作戦と言い換える事も出来るかもしれない。


 待ち続ける事が勝利へ繋がる、という理屈も分からぬではなかった。

 だが、その考えには、オミカゲ様から否定の言葉で返って来た。


「そなた……あれだけの啖呵を切られて、あの程度かと思わなんだか? 大神たるものが、本当に、あの程度で終わると思うか」

「それを言われると、……そうだな。何かあると思ってしまうが……」


 だが現状、膠着状態に陥っている。

 大神から一定距離外にいる限り、攻撃は来ない。最初こそはあったが、距離があれば躱されると分かってからは、その攻撃も止めた。


 そして頑丈な円盤は、魔術攻撃は勿論、物理攻撃であってさえ有効ではなかった。

 あるいは刀という鋭利な刃物が悪いのかもしれない。

 防刃性能が高いだけで、他の武器――例えば鈍器などは有効かもしれないのだが、試してみようにも、その為の武器がなかった。


 膠着状態が続いてしまっているが、そこに持って行くのが目的ではない。それがオミカゲ様の考えだ。

 時間稼ぎで孔の拡大を待つのは、有効そうでも、本命ではないという。

 だが、待ちの姿勢なのは確かなのだ。


 権能を一つが空いている状態で、未だそれを見せていない。

 それは確かだ。孔に一つ、摩滅に一つ、不動に一つ。

 では、残り一つの権能を、一体何に使っているのだろう。


 ミレイユは、今となっては単なる木偶の坊になっている、『地均し』へと目を向けた。

 あれは大神にとって、乗り物であり、兵器であり、そして鎧でもあった。


 そこから抜け出し、表へ出る事にしたのは、手を振り回した程度では、もう攻撃が当たらないと理解しているからだ。

 だが、無意味というなら、今の状態も無意味には違いない。


 どのみち攻撃が通じる範囲は狭く、そして、今のところ命中もなかった。

 感情を伺えないせいで、そこに焦りがあるかも確認出来ないのがもどかしい。

 現在の状況が、不本意なのかどうかも気配で察せない、というのは中々に厄介だった。


「戦闘下手だったとしても、相手も馬鹿じゃない。あの程度ではないだろう、という意見には賛成する。……他に狙いがある事も、また同様に。じゃあ、何か……と考えた時、私はアレが怪しく思えるんだがな」

「あれ……?」

「奴らが脱ぎ捨てた『地均し』だ。武装を落とされた今、私達には有効的じゃない、という理由で使わないだけかもしれないが……」

「加えて、頑丈でもない。巨体である故に、解体するのは非常に面倒だが、地肌は柔らかい。円盤を相手にするより、遥かに楽であろうな」

「――つまり、それを嫌がったとは思えないか」


 ふむ、とオミカゲ様は眉根を寄せ、『地均し』へと目を向けた。

 円盤を挟み、その奥に見える『地均し』は、否が応でも視界に入ってくる。


 巨体過ぎてその全貌は視界に収まらないが、オミカゲ様が回り込もうと動けば、それに合わせて円盤も動く。

 今まで意に介していなかったが、円盤は必ず、ミレイユ達と『地均し』の間を位置取って、それを維持している様だった。


「……なるほど、嫌がる……。確かに、攻撃を自分に向けさせているように見えよう。敢えて挑発的な台詞も……更に言えば、姿を見せた事自体、撒き餌のつもりであったのか?」

「疑念を確信に変える、一つ手っ取り早い方法があるんだが」

「――やってみようぞ」


 言うや否や、オミカゲ様は右手で上級魔術を制御し始めた。

 瞬きの間に『爆炎球』を手の中に作ると、円盤を避けて、背後の『地均し』へと撃ち出す。


 すると、円盤が俊敏に動いて、摩滅の『手』で爆炎を受け止めた。

 それは身を挺して『地均し』を庇ったようにしか見えず、オミカゲ様が次々と魔術を別方向へ放っても、円盤がその体で魔術を受け止め、あるいは権能の『手』で無力化した。


 それだけ見せられれば、ミレイユの推測も現実味を帯びて来る。

 迂闊な行動だったとは思うが、易々と攻撃させられない事情があったのなら、隠すよりも庇う事を選んだという事なのだろう。


「……フン、なるほど。一杯食わされておったという事か。あれ程の過剰な防衛……、我らを滅した後、使う予定であるから守っただけとは思えぬ」

「むしろ、あの中に本体が居ると考えられないか? それらしい発言と、光球の明滅で権能が使われているから、大神はあの円盤にいると勘違いしていたが……」

「大胆に姿を見せたのも頷ける。文字通りの撒き餌であったのだ。そして、まんまと釣られたという事らしい」


 しかしまだ、それが真実かどうかまで分からない。

 あの円盤があくまで『権能装置』であり、本体の大神はそこにおらず、頑丈だから囮に使える、という理屈で表に出して来た……。


 そう理屈の上では合うのだが、単に頑丈であるというだけで、安心して敵の前に姿を晒せるものだろうか。

 何しろ、あの装置は奴らの肝だ。


 戦闘手段であり、防衛手段であり、そして新世界創造に欠かせない手段でもある。

 破壊されるリスクを天秤に掛けられるか、という問題があった。

 しかし、自信に裏打ちされる理由が奴らにあるのなら、やるかもしれないとも思う。


 それに、本体そのものを表に出すよりは、囮とするに躊躇はないとも思えるのだ。

 『地均し』の腹に穴が空き、そこから姿を見せたと同時に濃密な気配が溢れ出した事、それが更なる勘違いを誘発させたのも原因だろう。


 そして、ミレイユ達は円盤から声がしたという理由だけで、本体と思い込み攻撃を加え続けていた。

 考える程に、円盤こそ囮である理由が増えていくかのようだ。


「まぁ、実に私達は、滑稽な姿に映った事だろうな。コケにしてくれた借りは返してやるが……、権能が一つ隠されている危険は変わりない」

「うむ、それこそ本体を守る為に使用されているやもしれぬが。いずれにしても、やる事は変わらぬ。――さて、少々乱暴になろうぞ、そなたも気を付けよ」

「乱暴じゃない扱いが、これまで一度でもあったか?」


 ミレイユが眉根に皺を寄せて言うと、小さく笑みを浮かべてオミカゲ様が飛び出し、それに引っ張られてミレイユも飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る