真の敵 その10

 うむ、と大義そうにオミカゲ様は頷いた。

 しかし、全面的に納得はしかねるようで、小さく首を傾ける。


「『地均し』の身体も鎧甲が無ければ、やはり物理的攻撃は有効だったから、それ対策と見ても良いが……」

「あの巨体に剣の一撃が有効とは言えない。そもそも、鎧甲を突破される前提を考えなければ、そこまで用意周到に対策しないだろう。では、何が目的だったか、という事になるんだが……」


 最初から苦戦を見越していたとは思えない……それが、ミレイユの見解だった。

 大神はマナの無い世界を選んだ上で移動して来た、という推論が正しいなら、そもそも汎ゆる攻撃は意に介さない前提だ。


 どれほど鋭い一撃だろうと、マナの含有していない物質はダメージが通らない。

 魔法攻撃を所持していたとしても、やはり鎧甲によって吸収されてしまう。

 そういう鉄壁の守りを得た上で、世界を渡ったつもりだろう。


 魔物達は尖兵として使うに都合が良かったにしろ、一掃するなら光線でも良かった筈だ。

 あれだけ連発していたのは、最も燃費が良く、使い勝手も良いという理由があったからだろう。


 ――だが、同時に誤算も多かった。

 まずオミカゲ様がいて、その光線を受け止めた。


 隊士達も一人の力で張る力は微々たるものだったが、複数人が重ね掛けする事で、何とか防ぐものを作れていた。

 即座に対応されてしまい、有効な一撃とは言えなくなっていた。


 簡単に一掃できると思っていた大神からすれば、これらの戦力は全くの想定外だった筈だ。

 最初は多く見せていた極太の光線も、オミカゲ様が完封してからは見ていない。


 それが通じないだけの強大な神だ、という認識が、既に生まれていたのだろう。

 そして、マナがあり、理術士がおり、隊士という前衛を預かる戦士達がいた。


 その手には例外なく付与された武器さえ握られていたのだ。

 迎撃態勢が整っていた事、それが何より意外だったに違いない。


「大神にとっても、多くの例外……予想外の事態だった。だから、もしもを考えずにはいられなくなったんだ」

「一つの手を打つにも臆病になり、慎重を期さずにはいられなくなった、のであろうか……」

「一太刀交えて分かった事として、奴らは戦闘下手だ」

「うむ……。その場しのぎ、場当たり的対処……。先程、そなたを投げ付けた時の対応を見ても、その予想は妥当であろうな」

「では、あの孔や魔物にしても、場当たりに対処した結果、と見るのが妥当なのか?」


 うむ、とオミカゲ様はやはり大儀そうに頷き、ふと思い付いて視線を上げた。


「孔が必要と最初から考えていたなら、奴が出て来たものが既にあった。なのに、新たに孔を作り、増やしていっておった」

「『地均し』の出現と共に、孔が閉じ始めたのは確認してる。用済みとして、制御を手放したな……。だが、改めて必要だと思った時には遅かった。だから、改めて孔を作り直す必要に迫られた」

「孔の作成に、どれほど消費するか分からぬが、その時点では供給される目論見もあった。実に大盤振る舞いであったな」


 ミレイユも頷いて、足元の奮戦にちらりとだけ視線を向けた。

 今は攻守が逆転し、出現する魔物を一方的に打ち倒す展開になっている。


 孔からは常に雪崩のように魔物が溢れる訳ではないので、対処できるだけの布陣を構築できた時点で、今では余裕をもって処理できている有様だった。


「――しかし、追加で孔を作った時もあったというのに、デイアートからの援軍があった時にはしなかった。その時点で、孔の数を増やさねば逆転されると分かっていただろうに……」

「その時は見えておらんでも、今なお封殺されてる現状は見えておろう。孔を増やさば話になるまい。……が、してこんかった訳だ。隊士達を縫い付けてる現状で満足しておるのか? ……それもまた、有り得る話ではある」


 オミカゲ様の指摘は、正鵠を射ている様に感じた。

 その場に縫い止め、自分に攻撃を向けさせない。それで目的を果たしているとしたら――。

 大神は武器を恐れている。


「自らに届く、届き得る武器を、傍に寄せたくない。その為に、隊士達を圧殺しようとした」

「光線は防がれておったからな。初手をしくじり、小回りの利く光線も、複数の術士によって届かぬ攻撃となっておった。やりようは他にもあったろうが……別段、魔物を呼び込むのは悪手でもなかったのは事実」

「実際、援軍が無ければ押し切られていたかもしれない。我ら二人が孔の対処に加わってしまえば、『地均し』を自由にさせてしまうから、やはり取れない選択だったしな」

「自らの弱点を自覚するからこそ、先を見越しつつ取った手段だったろうが……。戦術眼のつたなさを露呈させただけであったな」


 ミレイユは盛大に嘲笑して口元を歪める。

 そうしながら、細く息を吐いて胸を押さえた。


 まだ大丈夫、と自分に言い聞かせる。

 もう少し、あと一歩のところまで来ているのだ。

 大神は今なお静観している。


 大神が大胆な動きを見せないのは、追いかけようとしても、オミカゲ様に追いつけないと分かったからだ。

 そして、遠距離の攻撃手段を持たないから、ミレイユ達に悠長な話し合いを許す事にもなっている。


 忸怩たる思いをしているのは、お互い様だ。

 そして行き着いた結論として、武器攻撃が有効というところまで予想を付けたが、その武器がミレイユの手元にはない。


 魔力そのもので攻撃したと言って良い、ミレイユの召喚剣で効果がなかったのなら、属性付与をした武器ではむしろ効果が低いだろう。


 ならば普通に召喚した剣を使えば良い、という話になるのだが、一般的に召喚できる剣は弱く脆いのだ。

 鋼より頑丈なのだが、鋼より優れた鉱石というものは溢れているので、どうしても弱い武器という認識を拭えない。


 元々ミレイユが半召喚などとして使っているのも、自身の魔力を薄く変性させた方が剛性、柔性ともに優れていたからだ。

 あの円盤が属性を伴わない武器攻撃に弱いとして、ミレイユが単純に召喚した剣では役不足だろうと予想は付く。


「……だが、試してみないと分からないか」

「召喚剣を使うくらいなら、我の武器を与えよう」


 何、と顔を向けると同時、オミカゲ様の手には、個人空間から取り出したと見られる刀が握られていた。

 白鞘に入れられたもので、飾りなどもないごくシンプルな造りをしている。


 しかし、当然柄まで白木で出来ているので、滑りやすく実戦向きにはなっていない。

 そもそも白鞘自体、保存用として刀を収めるものなので、本気で戦うには向かない形態だ。


 これを使うのか、という視線を向けると、返答代わりに鞘から抜いて刀を投げてくる。

 それを片手で受け取って、刀身にさっと目を通した。


 オミカゲ様が所持する刀だけあって、その出来栄えに文句はない。

 刀の反りや刃先、波紋一つに至るまで、ミレイユをして素晴らしい逸品と分かるが、大事なのは何が付与されているかだ。


 直接手に取れば、それにどういう内容か分かるから確認してみたところ、単に鋭さを上げるだけのものらしい。

 属性が付与されていないなら、確かにこの場では有効そうな武器だった。

 武器攻撃が有効か、それを確認するには十分な代物だろう。


「……とりあえずやるが、突っ込む役は、私なのか?」

「そも前提として、掴む役がおらねば、そなたは空を動けぬのだから、役割分担としては妥当であろう」

「そうだとしても――」


 言い訳とも愚痴ともつかない呟きは、移動の開始と共に無視された。

 先程よりも尚速く接近し、円盤の光球の明滅と共に横へ避ける。


 ミレイユは成すがまま連れ動かされるしかなく、ただ激流に身を任せるよう、体勢を維持する事だけ考えた。

 大神もこちらの動く先を予想し、当たりを付け攻撃して来るので、避け方、逃げ方に急制動が掛かる。


 時にミレイユを投げ飛ばし、そして途中で掴み直しつつ、空中を縦横無尽に掛けて接近した。

 そうして、射程圏内に捉えた、とミレイユもまた確信に至った時、高速で投げ飛ばされる。


 円盤の直上を通る軌道で、通り過ぎざま刀を振るう。

 大きな抵抗を感じ、また刃先が通っていない事を実感しつつ、それでも刀を振り抜いた。


 硬質な音が響き、刀が真っ二つに折れる。

 折れた刀身は綺麗に回転しながら、円盤から遠く離れた場所へ落ちて行った。


 ミレイユも落下し始めそうになったところで、オミカゲ様が追い付き、再び念動力で掴まえられる。

 大神から大きく円を描きながら離れていくのを確認しながら、ミレイユは折れた刀身に目を這わせていた。


「……脆すぎるぞ。もっと頑丈に造れなかったのか」

「あんな使い方をすれば、折れてしまうのが道理であろうよ。そなたはもう少し、刀の扱いを知ってると思ったが」

「知ってはいるが、ボールの様に投げ付けられての振るい方など、経験した事なかったんでね。地に足を付けない状態で、というのは意外に難しいものだぞ」


 武器を振るうに辺り、全ての支点は足から始まる。

 力の加減も何もかも、地に足を付けてこそだ。


 空を飛ぶようになれば――そして、それに慣れるようになれば、また話は違うのかもしれないが、他人に投げ飛ばされて出来る事は限られる。


 内心の憤慨など露知らず、オミカゲ様は大神の周囲を飛びながら、そこへ冷静な声音を放った。


「刀は折れてしもうたが、傷は付いた。浅い傷だが、魔力を無効化するのと同じ様にはいかぬらしい」

「では、推論は正しかった? 傷はどれ程だ?」

「ごく浅く……表面を薄く傷付けたに過ぎぬ。……まぁ、頑丈であるな」

「お前の用意した武器も、粗末な物ではなかったが……」


 付与されていた内容も、武器としての鋭さを増すもので、それを持ってようやく傷を付けられたのだ。

 そうであれば、他の武器を用意したとて、どれほど意味があるものか分からない。


 大神としても、傷付けられる恐れはあった。

 だから警戒し、寄せ付けなくした。それは確かだろう。

 だがそれは、簡単に傷付く事を意味しない。


「どうしたものか……」

「まぁ、もう少し試してみるしかあるまいよ。一度で結論を出すには早すぎよう」


 そう言うと、新たに刀を取り出して投げ渡すと、またも速度を上げて大神へと接近を試みた。

 今度は単に距離やタイミングを計るだけでなく、魔術も同時に撃ち込んでいる。


 ミレイユの所感として、魔術は通じないと思っていたが、そこに間違いや、新たな気付きを得られる可能性もある。

 試すというなら、確かにやっておいて損は無かった。


 数々の、それぞれ性質の違う魔術を撃ち込んでやれば、嫌がる素振りを見せる事もあるかもしれない。

 問題があるとするなら、ミレイユと自分、双方の安全を確保しつつ、攻撃しなければならない事か。


 それも陽動も兼ねた動きをさせながら、ミレイユを念動力で動かし、魔術も放つという離れ業をやらねばならない。

 それらの制御も簡単ではなく、本来なら発狂するような曲芸をやっているのだが、オミカゲ様の顔には苦慮するものすら見当たらない。


 大したものだと思ったが、あれは長年の鉄面皮を無理やり被っているだけだろう。

 本当は相当に参っていると想像が付く。


 致命的なミスが出る前に、突破口を見つけてしまいたかった。

 縦横無尽に駆け回り、攻防の駆け引きを全て任せてしまっているミレイユとしては、すぐにでも見つけてやりたいと強く思う。


 そして、また一つ大神が決定的な隙を見せた時、ミレイユの身体は豪速となって飛び出した。

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