真の敵 その9
「まったく……ッ!」
オミカゲ様が、ミレイユに――そして敵に対し、何をしようとしたかは明らかだ。
あの状態で、敵がどういう攻防をするか、見極めようとした。
どの光球が権能を使用するか。使用するとして、同時に使えるものなのか。
どういう手段を取って迎撃するのか、台座や円盤の防御性能は――。
それらを一挙に見極めるつもりで、ミレイユを投げ飛ばしたのだ。
有効な手段だったかもしれないが、危機一髪でもあった。
もう少し労れ、と思うのと同時、ミレイユもオミカゲ様に対しては労る気持ちなど全くないので、お互い様であるかもしれない。
利用できると思えば――最善の行動と思えば、容赦なく使う。
これが他人であれば絶対やらないと思うが、自分自身に対して行う事なのだ。
だから互いに対する遠慮など、遥か雲の彼方まで探しても見つからない。
それに、ミレイユは自由に空中を駆ける事は出来ず、全くのお荷物だ。
直上に射出する事は出来ても、自由な移動は出来ない。
念動力の魔術でどこかを掴まえて、そこから引き寄せる反動で移動は可能だが、掴む物が何もない空中ではそれも難しい。
今こうして浮いていられるのも、あくまでオミカゲ様から念動力で掴まえられているからだ。
またいつ投げられるかと思えば落ち着かないが、抱き上げられているより気分的には良い。
だからこの状態に不満はなかった。
それで、とミレイユはオミカゲ様に問う。
「……何か分かったか。こっちは召喚剣で、一切の傷を付けられないと判明したぐらいだ。魔術的アプローチは避けるべきだな」
「そうだろうと思っておった。こちらで分かったのは、担当する権能が違うという事。あるいは、一つの光球が使用できる権能は、同時に一つまで……といったところか」
根拠は、と言いたかったが、それは多くが見えていなかったミレイユにも想像が付く。
権能を複数使ったにしては、どうにも行動に粗があった。
動きを強制的に止められる『不動』の権能、それを防ぐ手段が、こちらにないと分かっていた筈だ。
そうであるなら、攻撃するのに間を置き過ぎている。
拘束と同時、あるいは瞬く程度の間を置いて、次の攻撃をして来て良い筈だった。
「あまりに連携が拙い。もっと言うと、下手くそだ。戦闘慣れしていない所為か? 遊びという前提なら分かるが、本気であるなら目を覆いたくなるものだ。……それともまだ、遊びの最中だと思うか?」
「あり得まい。堂々たる処刑宣言をした後で、尚も遊ぶのか?」
感情は伺えないが、自尊心と傲慢さについて、比類ない存在という事は話していて分かった。
それならば、死ねと言っておいて、猶予を持たせる意味はないだろう。
「目標が我とそなた、二つに分かれた後の対応も下手だ。まず、そなたである意味がないのだ。今までそなたが見せて来た攻撃手段を鑑みれば、その攻撃を無力化できるなど、分かっていて然るべき事。円盤に魔術は通じぬのだからな。ならば、権能を持つ我を――何の権能を持つか分からぬ我をこそ、先に仕留めるべきであった」
「それなのに、目先の脅威――武器を持った私を拘束した。あぁ、確かに下手だな」
悠長に睨み合いを続けている、今にしてもそうだ。
ミレイユとオミカゲ様が相談事をしていると分かっていて、行動を起こして来ない。
使える権能、有利に状況を動かせる権能を、大神は持っている筈なのに……。
そして、相談しているミレイユ達を再び拘束しようともして来ない。
これを余裕と見る事は出来なかった。
依然と沈黙を保つ大神だが、一つ一つの指摘を些事と切り捨てているだけだろうか。
油断を誘う為、誤解をさせる為、そして誤解を膨らませる為、その為の沈黙というなら理解できる。
――だが、それは違うと、ミレイユの勘は言っていた。
「権能で同時に止められる対象も、一つと考えるべきだろうな。今この瞬間、たかが距離を離した程度で再拘束して来ないのも、それが理由か。片方を自由にする事を恐れている」
「それで一つ権能は消費してしまうより、二人重なっている状態が、再び来ないか狙っているのであろう。拘束と攻撃、一つの光球で一つの権能……。連携が取れない所を見ても、分担制であるのは間違いあるまいな」
「だが、それなら、まだ二つ残ってる。一つ一つの連携が甘くても、四つ同時ならもう少しマシになりそうなものだ」
「なっていない事実を考えれば、それは出来ない、と見るべきであろうよ」
その発言が切っ掛けになったかのようだった。
二つの光球が明滅し、不穏な気配が迫って来る。
それは無色透明の気配だったが、一度ならずそれを対峙した経験を持つミレイユからすると、『磨滅』の権能だと察しが付いた。
それが迫り、接触するよりも早く、オミカゲ様が空中を弾けるように飛び上がり、それにつられてミレイユも動く。
迫りくる気配は感じられたが、こちらの動きについて来られていないようだった。
それを見ても戦い方、権能の扱い方に、不慣れな事が窺える。
シオルアンなど、もっと巧みな運用を見せていたものだった。
他人からコピーしただけの能力だ。本人より上手く使える道理もないが、こうも下手だと欺瞞工作を疑いたくなってしまう。
例えば、釣り野伏のような。
油断を誘い、懐へ飛び込ませる事を理由でやっているのかもしれない。
そう思いたくなる程、大神が使う権能には問題しか感じられなかった。
大きく距離を離しつつ、周囲を遊会するように飛びながら、オミカゲ様はミレイユに語りかけてくる。
「さて、今ので分かった事だが、攻撃役は変わらず一つの光球であるようだ。明滅するのが攻撃の前兆なのか、それとも意識を強く動かした時の反応に過ぎぬのか……。それは分からぬが、権能にも担当というものがあるらしい」
「……なるほど? だが、残り二つはまだ沈黙している。迂闊に飛び込むのは止めた方がいいだろうな」
「いや、一つは既に使用中であるからな。残り一つにしても……、防御に回した権能がないとは思えぬ」
「あぁ……、余裕を見せて前に出て来れたのも、単に頑丈な素材だからという理由じゃなかったか。納得できる話だが……、一つは使用中?」
口に出して言ってから、即座に思い付く。
最初から、『地均し』の行動と共に孔が新たに開き始めたのだ。
それも当然、権能の使用であるので、孔を閉じない限り、常に同時使用は三つまでという事になる。
そして、一つは常に防御に回しているというのなら、同時使用は二つまでだ。
その使い方も下手に見せかけているだけでなければ、付け入る隙は多くある。
「うむ、孔の使用に割いておる。始めから権能の使用枠は、既に一つ埋まっていた」
「あぁ……」
ストンと腑に落ちて、ミレイユは首肯した。
確かにいち早く使われた権能であり、そして今も使われ続けている権能でもある。
「……しかし、今も孔を継続している理由は分かるか。本体が襲撃を受けているのなら、止めてしまって構わないだろう。当初はともかく、今は完全に封殺されている。続ける意味がない」
「本当に意味がないなら、止めておろうよ。――さっきと同じ理屈だ。続けているのが事実なら、続けるだけの理由があるのだ」
権能を使うのが下手、戦闘慣れしていない――。
それだけでも十分理由として挙げられると思うが、創造神でもある大神が、そこまで無能とは思いたくない。
そもそも、権能の扱いに対して、疑問に思う事はある。
それは単に戦術眼がない、という理由だけでは無く、もっと別の部分にある気がした。
大神は策略が出来ない訳でもなく、何なれば四柱で一つの神みたいなものだ。
相談している気配は先程もあった。三人寄れば……と言う様に、考える知恵はある筈なのだ。
それなのに、無能と断じて足元を掬われる様な真似などしたくなかった。
「思うんだが……。何故やつら、『再生』の権能を使わなかった? 鎧甲を纏っている限り、奴らは無敵に近い存在だ。崩れた、突破されたというなら、再生すれば良い話だ。持久戦となれば、不利になるのはこちらだった」
「……が、してないというなら、つまりそういう事なのであろうよ。――出来ないのだ」
事実としてやっていないのだから、そう思うしかない。
ミレイユも同時にその事へ思い当たり、そして思い付く事がある。
かつて、ユミル達と共に、一つの推論を立てた。
『地均し』がゴーレムである以上、その動作にはエネルギーが必要なのは確かな事だろう。
それは光線にも同じ事が言え、そして権能を装置で実現させている以上、使用するにはエネルギーが必要になるという事だ。
そして、そのエネルギーは鎧甲による魔力の吸収に頼るつもりだった。
その時にも話したものだ。
あれだけの巨体、まずは魔術で攻撃して様子見をする筈だと。
そうして、様子見であるつもりがエネルギーの供給となり、敵の利となる事も知らず、吸収させ続ける事になるのだと。
では、あの『地均し』は今――。
「エネルギーが殆どない、そう見るべきなんだ。一切の吸収も出来ず、鎧甲を破壊されたのは予想外だったろう。権能がどれも一律で同じ消費とも思えないし……『再生』にはきっと、多大な消費を強いられるんだ」
「……で、あろうな。手詰まりになっているのは、むしろ大神の方だ。だから、余裕を見せ、慈悲を授けると言いつつ、自害を迫った。その様な危険な賭けに出なければならない程、奴らは追い詰められているのやもしれぬ」
大神が姿を見せる少し前、口論の様な話し声が聞こえていた。
それぞれが話し合うのではなく、同時に四人が言葉をぶつけ合う様な内容で、だから詳細までは分からなかった。
しかし、余裕があるのなら、もっと穏やかな話し合いで結論を出せただろう。
「今もこうして、積極的に攻勢に出ないのも、つまりそれだな。『不動』にしても、距離を離し途端に使用を止めていた。拘束し続ける事、距離の離れた対象を止める事は、消費が激しくなるんだろう。……近くにいる方がやり易い、とインギェムも言っていた。より効力と効率、消耗を考えると、距離を離した相手に使いたくないんだ」
「だから、我らがまた一つに重なるタイミングを狙うのであろうし、少ない消費で収めたいというなら、使う機会も慎重にならざるを得ないのであろうな」
何しろ、大神の狙いはミレイユやオミカゲ様を殺す事だけではない。
その後には、地面を均し、全てを洗い流して一から世界を作り直す、という大事業が待っている。
この戦闘で全てのエネルギーを使い果たす訳にはいかず、一定以上は絶対に残しておかねばならないのだ。
ミレイユ達を無視して神宮から離れないのも、孔の維持があるからだろう。
離れて使うと燃費が悪い。だから、まずはここを片付ける事を優先している。
「そして、孔を今も残しているのは……もしかすると、戦士達をその場に縫い留める為か。魔物を次から次へと呼び寄せるているのは、建物の破壊や、生命の間引き狙う尖兵的な役割も持っているからと思っていたが……」
「全く無しとはならずとも、副次的な効果と見るべきであろうな。むしろ戦士達を排除したいと思っているからこそ、孔は残しておるのだろう」
「根競べ、と言う訳か? 確かに、隊士達は戦い通しで疲労は激しい。あまり長くは
「孔を作るのはともかく、維持だけなら消耗は少なくとも済むのやもしれぬ。そして、消費具合から隊士達の方が崩れるのは早いと見ている……」
「つまり、私達を相手にしていようと、戦士達を攻めるのは止めたくないんだな。むしろ、積極的に排除したい、のか……?」
考える事をそのまま口に出して整理していて、途端に閃くものがあって声を張る。
「そうか。まず、武器を持って戦う者を潰したいのか!」
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