真の敵 その8
「良くも大口叩けたものだな。大体、自害だと? ……余裕のつもりか? おめおめと姿を見せて、言う事がそれか」
「姿……まぁ、姿を見せたからには、降参のつもりではなかったか? 自害するというなら好きにせよ。それぐらいは待つのも吝かではない」
ミレイユもオミカゲ様も、呆れ切った口調で煽るように言う。
ドーワの話では、大神は感情を持たないという話だった。
挑発で何かしら引き出せるものはないかと思っての事だったが、返って来た答えに感情はなく、また気分を害した様子も感じられなかった。
「姿を見せたのは、我らなりの誠意だ。良くやったと、褒め言葉ぐらい与えてやらねば余りに無体」
「気遣いと言い換えても良いでしょう。幾度も表面を開いたり閉じたりと、忙しなく観察する目を向けるぐらいならば、こうして姿を晒した方が早い」
では、幾度も腹を覆うように動かしていたのは、こちらの姿を直接目にしたかったから、という子供じみた理由からだったらしい。
レンズを通して姿は映っていた筈だが、それだけでは不十分だったのだろうか。
カメラ越しより直接見たい、という気持ちを否定する訳ではないが、どうにも片手落ちという気がする。
「勝利の確信を得て、こうして姿を見せたと? 逆じゃないのか。お前たちの攻撃手段を――少なくとも、その一つを奪ったばかりだぞ」
「勝利を前に舌舐めずりか? 神というのは、とんとそういう事が好きらしい」
オミカゲ様の一言で、ミレイユはふと違和感を覚えて表情を怪訝に顰める。
ラウアイクス達の奸計では、その舌舐めずりも一つの謀略として機能していた。驕りの演出であると同時に、真の狙いを逸らす為という理由もあった。
神らしい神と認めるラウアイクスがやっていた事なら、ここにいる大神とて単なる驕りを見せる為にやった事とは思えない。
そこには裏の理屈があるのではないか、という疑念が拭えなかった。
「攻撃手段……あれ一つ失ったところで何程の事があろうか。我らがどれだけ権能を有しておるか、理解してない筈もなかろうて」
「あれは、あそびどうぐなのよ。つゆはらいにつかうだけ。ほんきになれば、そんなのかんけいないもの」
忌々しい、と胸中で毒付きながら円盤を見つめた。
それぞれの球体は、それぞれが話す時に明滅するので、一応個別の意識は持っている様だ。
それぞれに上下の関係はなく、同列の存在らしいが、権能を使う役目を持つなど、分担などを設けているのかもしれない。
潰すにしても、優先順位を決めたい。
一柱が担当してるのか、そもそも分担しているのか。しているとしたら、誰がどの権能を動かすのか、それが分かってから攻撃するのが理想だ。
オミカゲ様から、逸るなよ、という小さな呟きが聞こえる。
攻撃したい気持ちは、ミレイユよりもオミカゲ様の方が断然強い筈だ。
不意打ちで一撃加える事は可能だろうし、それで一つを落とせたからといって、他も都合よく攻撃できるとは思えない。
可能というなら、権能の担当、あるいは防御担当を崩した時だ。
そして、今までの会話において、それを特定できる内容は見つからなかった。
ここまで余裕を見せるのは、単に攻撃を受けて呆気なく撃沈するとは思っていないからだろう。
傲慢ではなく、そう考えるだけの根拠があるのだ。
権能を使った防御を既に展開しているとか、既に対策はしてある筈で、それは生半な手段では突破できない。
これまで見せたミレイユ達の攻撃手段で、突破は不可能と見たから、こうして姿を見せている。
だが、それが本当に驕りでないか否かは、攻撃してみるまで分からない。
傲慢を見せている現在は、情報を得るチャンスだ。
だから歯痒い思いをしつつ、そうと知られないよう気を遣いながら、ミレイユは言葉を重ねる。
「神として、未練や後悔はない訳か。かつて創造した世界、そして
「永遠は無い……、それが真理であるからな。星の生命にも終わりがある、それに付き合うしかないというなら……正しく抗うべきだろう」
「しかし、我々は有限の先を行く手段を手に入れたかもしれない。永遠への到達は不可能でも、途絶える事なく、永遠を追いかけ続けられるなら、それは永遠である事にも等しい。可能というなら、試すべきではありませんか」
「……その為に、全てを捨て石にするのか」
我知らず、低い声が漏れた。
神の傲慢というものを、改めて知った気がする。
傲慢というなら、小神もまたそうだった。ラウアイクスを始めとして、自己保存、自己存続という利己の為に、地上の命を蔑ろにしていた。
そしてこの大神は、その小神と世界を全て蔑ろにし、捨て去る事で次の世界へ旅立つ事にした。
己の命は己のもの、という理屈は間違いでない。
己の命より大事なものはない、と主張するのも、やはり間違いでない。
だがそれは、他に責任を持たない一個人が主張できるもので、創造した世界に対して責任を持つ神が言うべき台詞ではない。
ミレイユが憤然と気持ちを押し込めていると、老齢の声が泰然とした口調で言う。
「捨てる神あれば、拾う神ありとも言う。それで良いではないか」
「では、用済みとなった残りの小神が、その拾う神か? 馬鹿な事を……。瘴気を残しておいて、良くそんな事が言えたな。対応を誤れば、世界の終焉は程なく訪れていた。お前たちがした事は、井戸に毒を撒いたに等しい行為だ」
「うらぎったのだから、とうぜんでしょ。かみにはむかうことは、ゆるされないことなのよ」
「そもそも処分される身からすると、反撃しようとするのは当然だろうが」
ミレイユが吐き捨てるように言うと、若い男の声が否定の声を上げた。
「言ったばかりだろう。拾う神……、その為に残してやった者共だ。我らは去り、あれらが残る。元よりそういうつもりであった」
「では……、反逆なんてしなくても、命を奪われる事は無かったのか」
「然り。どうせ消え去る世界、捨て去る世界だ。準備が整ったとなれば、そこに残る悉くなど興味がない。大人しくしていれば、大人しく去っただけであろうにな」
ラウアイクスの早合点……あるいは、見切りが早すぎた、とでも言うべきか。
大神も理由を事細かに説明しなかったから起きた事かもしれないが、それが事態を複雑化させた原因とも言える。
しかし、今はもしも、を考えたところで始まらない。
事は既に起こり、そして全ての原因を作った元凶が、目の前にいる。
その事実は変わらない。
そして、大神がデイアートを捨て、地球へ侵略しに来た、という事実もまた――。
「……どうあれ、お前は別世界へとやって来た。満足か? 努力が実ったと、喜びでもしているか」
「感慨という感情があるのなら、感慨深いとでも言うべきなのだろうな。だが、違う。神として、為すべき事をするだけよ」
「何……?」
思わず聞き返してしまったが、何を言いたいつもりなのか、ミレイユには察しが付いていた。
そのおぞましい考えを口にするより早く、男の声がそれを言い放つ。
「この新しき世界、それを拾ってやると言うのだ。新しき神の降誕、新しき世界に、新しき論理が生まれるのだ。我らの為の、我らの為による世界がな。それには、古きものを一掃してやる必要があり……、お前達は邪魔だ」
「あぁ、そうか。御高説賜り光栄だな。――何が何でもお前らを滅してやる、という気持ちが湧き上がってきた。怒りは力になるのだと、お前たちに教えてやる」
ミレイユが怒気も顕に睨み付けると、オミカゲ様もまた同様に怒りを発する。
好きな様に喋らせ、情報を抜き取るつもりでいたが、吐き気を催す邪悪な神に、堪えられぬものが滲み出す。
姿を見せたのは余裕の表れで、何をしても無意味と思っているのは確かだろうが、本当に無意味か確かめてやらねばならなかった。
やってやるか、という視線をオミカゲ様に送ると、憎々しい表情をしつつも、その目の光はまだだ、と伝えていた。
悠長に事を構え過ぎると、対応が送れると思うのだが、オミカゲ様は間違いなくこの世に降臨した神でもある。
その彼女が堪えるつもりなら、ミレイユだけが突出して暴走する訳にもいかなかった。
そのオミカゲ様が、平静に――平静になろうと、努力を感じさせる声音で問う。
「つまりそれが、お前たちが使っている『地均し』なのか。それで我を滅し、文明を滅し、世界を滅し、新たに一から作り直そうと?」
「然様。新たな神が作る世界に、古きものは不要。適当に
「……さて、満足しましたか」
あまりにも傲慢な老齢の声がした後、女性の声が軽やかに語りかけて来た。
いずれの声も感情を感じさせないからこそ、傲慢さが輪を掛けて鼻に付く。
ミレイユは今にも殴り付けたい気持ちだったが、横で肩へ手を回すオミカゲ様が強く握ってきた。
自制を促したつもりなのか、単に力んでしまったのか、判別が付かない。
そこへ女性の声は続く。
「自害を促したのは、面倒を省く為です。惨たらしい死を与えないのは、我らの慈悲。奮戦と推論に対する、我らからの褒賞と言っても宜しいでしょう」
「勝手な事を、よくもそこまで傲慢に言えるもの。死と終焉に目を背けただけの神が、創造神気取りとは片腹痛い。己の終点を見定める事も、認める事も出来ない子供の稚気よ。己の歩みと意義を見定めれば、その死さえ迎え入れられるのだと、知らぬと見える」
「なるほど……」
どこまでも平坦な老齢の声が呟く。
「では、もう十分満足しただろう。己の歩みと意義とやらを見定めつつ、ここで死を迎えるが良い」
「せっかくきかいをあげたのに、ばかね。むごたらしく、――しんじゃえ」
その言葉が合図だった。
オミカゲ様が弾かれたように動き、円盤に向けてミレイユの身体を投げ飛ばす。
攻撃するなら機先を制す、それが戦術上の基本ではある。とはいえ、他にやり方は無かったのか、と胸中で悪態を吐いた。
事前動作すら殆ど感じさせない瞬速の投げ飛ばしは、大神にとっても十分不意打ちとなったようだ。
瞬きの間に接近した時、ミレイユの手の中には、既に召喚剣が握られていた。
それを光球に向かって振り抜き、台座に対しても攻撃してみた。
しかし、どちらに対しても同様に効果は見られない。
「――チィッ!」
再度、二度、三度と台座や円盤を斬り付けてみるが、やはり薄い傷すら付けられなかった。
レンズと繋がっていた管の様に、ただ頑丈なだけではないようだ。
やはり、わざわざ姿を見せたのは、迂闊な余裕というだけではないらしい。
だが、それは事前に予測できていた事、分かってやった事だ。
即座に離脱しようとしたのだが、そう思うのと裏腹に、身体が金縛りの様に動かない。
目も口も、指先一本すら自由にならず、何一つ自由にならない事で思い至る。
――『不動』の権能!
何一つ自由にならない今、どの神が権能を使ったのか、それを確認する
動きを強制的に止めたというのなら、次に来るのは攻撃だ。
ミレイユの動かせない視点では、どこから攻撃が来るかも分からない。
やるなら死角からだと思うし、どうやって攻撃するつもりかも不明だが、攻撃に使用できる権能は限られる。
とりわけ、その攻撃を受けた事のある身としては、『磨滅』は絶対に避けたかった。
あれは単に痛いとか
この肉体独自の欠陥から来る弱点とも言え、急激に失われた魔力を再生成しようとする反射行動が、激痛と共に命のロウソクを磨り減らす。
歯を食いしばる事すら出来ず、焦りばかりが募る中、攻撃を待ち構えるしかなかった。
すると、その直後、大きな掌で身体を包まれるような感覚がした。
――神の見えざる手!
シオルアンがどのように権能を使っていたかは、未だ鮮明に覚えている。
今にも襲い掛かる激痛に、覚悟を決めて待っていると、次の瞬間には大きく後ろへ持ち運ばれた。
いや、運ばれた、というのは適切でない。
無理やり後ろへ、強引に引っ張られた、とでもいうものだった。
固まった動きのまま、為すすべもなく事態を見守っていると、唐突に身体の自由が戻って息を吐く。
そして改めて首を動かすと、オミカゲ様が空中に浮いた状態で、掌をこちらに向けていた。
大きな掌、という感覚は間違いではなかった。
状況が状況だけに、まず悲観的な想像をしてしまったが、オミカゲ様が黙って見ている筈がない。
ミレイユもまた良く使う、念動力でその身柄を助けてくれたのだ、とそれでようやく理解した。
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