真の敵 その7
ミレイユは視線鋭く、その腹部を睨み付けた。
オミカゲ様もそれに続いて、目を鋭く細める。
同じように睨む目付きであるものの、二人の視線に含まれた意味は異なった。
ミレイユは憎々しく睨み付けるものだが、オミカゲ様は品定め、見定めるかのような目付きだ。その違いは、事の真相に当たりが付いているかどうか、という視点の違いでもある。
ミレイユにとっても、オミカゲ様にとっても大神は憎むべき敵だった。
しかし、ミレイユにとっての大神とは最初の四柱を指し、オミカゲ様にとっては十二柱を指す言葉だろう。ごく簡単な説明をオミカゲ様にしたものの、それで全て理解できた筈もない。
今は一時の膠着状態、『地均し』も主に行っていた攻撃手段を失った事もあって、随分大人しい。
新たな攻撃手段を模索しているのか、あるいは準備している最中なのか不明だが、とりあえず動きは見せていなかった。
だからという理由もあって、相談するには好機と、オミカゲ様から訝しげな声で呟かれた。
「大神が、あの中におるという話は聞いておったが……具体的なところが分からぬ。敵であるのは、間違いないのであろうが」
「今はそれ以上、知る必要もないと思うがな。とはいえ、対話が出来る相手でもない。『地均し』という箱の中に引き籠もって、何をするつもりなのかなんて、今更知った事か」
「無論、これだけの事をして来た相手、敵と断じて間違いない。だが、殴り掛かられた身としては、殴られた理由ぐらいは知っておきたいものよ」
それもまた当然の欲求だろうが、大神に対話するつもりなど無いだろう。
肉体を失って魂だけの状態、という予測が正しいのなら、そもそも会話する口を持たない、という推測も出来る。
会話する気があろうとも出来ないだけ、と見る方が正しいのかもしれない。
だとすれば、やはり己の我を通すつもりなら、ミレイユやオミカゲ様を攻撃し、排除しようとする。
そう考えるからこそ、『地均し』の見せる沈黙が、また不気味だった。
「私が知った限り……そして、そこから推測する限り、大した理由じゃない。限りあるものを永遠に留める……。簡単に言えば、そういう事だろう」
「その言葉だけ聞くと、そう悪く思えぬものだが……。そこまでそなたが悪意滾らせるというのなら、ろくでもない考えであるようだな」
オミカゲ様はいっそ皮肉たらしく笑ったが、ミレイユは大真面目に頷く。
「つまり、神らしい神、という事なんだろうさ。まず己の確固たる存続、保持、それだけを求めてる。この世に永遠はなく、神でさえ、星でさえ、宇宙でさえも、永遠でない……その真理の外側を求めた結果が、今なんだろう」
「それがそなたの推測か? その外側に出た結果、こうして攻撃をしていると?」
「最も邪魔なのがお前――というか、先住神の存在なんだろうな。だから、優先的に攻撃していたんだと思う。新たな門出、再出発、再始動……言い方はどうでも良いが、新天地でまた神をやるつもりなんだ。だからまず、出現するや否や、お前が狙われていた」
その時の事を思い返してか、数秒の沈黙が降りた。
眉根を寄せ、鼻の頭に小さく皺を寄せて息を吐く。そこには納得とは程遠い、苦慮の顔があった。
「だが、それでは長く続いていた孔と、鬼の氾濫が繋がらぬ。そなたを回収するという、大目標が関係ない事になってしまう」
「そうだろうな。何故なら、私の回収とは関係ない。ループさせたい思惑とは別に、真の大神はデイアートの外側へ行く事こそを目的としていた」
「何故……」
「言ったろう。永遠に続く世界など無いからだ。終わろうとしていた世界を見限り、別世界へ飛ぶ。そしてまた新たに神として降臨し、ここからやり直す。
元より苦慮に歪んでいたオミカゲ様の表情が、更に歪む。
「では、最初から……。そなたと共にあってさえ、『地均し』の侵攻は防ぎ切れぬと諦め、逃がす事にしたが……。そも、アレに連れ戻す意志などなかったのか……」
「なかったろうが、残ったところで叩き潰される結末までは変わらなかったろうな。連れ戻したいと思っているのは、孔の向こう側にいた神々だ。『地均し』も孔の向こう側から来た存在には違いないが、目的は全く別だ」
「ならば何故、最後の局面で『地均し』を……」
オミカゲ様の中では未だに敵が十二柱で、そして統率の取れた集まりで、そして一つの目標に邁進していると思っているから、ミレイユの言葉一つで繋がらない。
ミレイユが当初、その様に勘違いしていたように、全てが纏まり計算づくで動いている訳ではないのだ。
計算……謀略だけは大したものだが、全てが掌の上、計画通りに運行していたものでもなかった。
特に『地均し』については、正確に望む結果を得られると考えていなかった筈だ。
「実際に送り込んだ神から聞いた話だが、『地均し』は言う事を聞かない兵器だったんだそうだ。勝手に動き出そうとする……だから、不動の権能を持つ神によって身動きを封じ、孔だけ作らせていたらしい。元より孔を繋げる神がいたから、そこを上手く利用するのは難しくなかった。そして、都合が良かったから続けさせていた事で、最終的には厄介払いのつもりで捨てたと聞いている」
「厄介払い……、言う事を聞かず……、孔だけ開く……。最初から『地均し』は、デイアートの外へ転移する事だけを考えていた……?」
ミレイユはうっそりと頷く。
ラウアイクスは間違いなく『地均し』を利用していたが、破壊出来ない事も良く心得ていた。そこに潜む者を察知しつつ、手を出す事が出来なかった。
権能を使って封じていたからには、常に願力をそちらに割かなくてはならない。
願力不足に頭を悩ませていた神々としては、無駄に監禁し続けるより、捨て去りたいと思うのは自然な事だったろう。
しかし、単に捨て去るよりも、使い潰してから捨てる事に決めた。
その結果が、自動的に孔を作らせる事であり、最終的にミレイユを追い詰める役目を負う兵器としての立場だった。
しかし大神は、幾ら時間が掛かろうと、外の世界に出られるなら構わなかった節がある。
大神もまた多くの画策をし、最終的には世界の外へ出られるだけの準備をしていた。
神の死骸などが、その最たるものだろう。
世界を汚染し破滅させる促進剤として、嫌がらせの様に残された。
大神としては悠々と、『地均し』という揺り籠の中で、新天地へ転移する予定だったに違いない。
「世界の存続より己の存在……。新天地でも同じ事を繰り返すというなら、やはり使い捨てて、また世界を渡るんだろう。八神も……人の命を塵程も考慮しない奴らばかりだったが、この大神はそれより遥かにタチが悪い」
「……なるほど、己を至上と考える傲慢な輩らしい考えよ。事実とあらば捨て置けぬ。そして
互いに目を合わさず頷き合った時、話し声が響いた。
男性でもあり、女性でもあり、老齢でもあり、幼齢でもあるようだった。それが周囲から、迫るように聞こえて来る。
内容自体は意味不明で、四人の声が同時に発せられている所為もあって、なおさら聞き取りづらい。
四つの声が同時に互いの意見をぶつけているだけで、議論という内容でもない気がした。
声の発生と同時に、吹き出す不快な気配がある。
それは口では言い表せない、かつて感じた事のない気配だった。それに顔を顰めていると、かつてインギェムが、一度知ったら決して忘れない気配、と言っていた事を思い出した。
この事を言っているのだとしたら、なるほど確かに忘れられそうもない。
それで互いに目を見合わせ、それからミレイユが左側上下、オミカゲ様が右側上下を警戒して視線を彷徨わせたが、何者の姿もない。
ならば、と見据えた先――『地均し』の腹部が、パズルを解すかの様に複雑な動きを見せて開いた。その動きは、『遺物』のトレイが出て来る動きに良く似ていて、それを見れば制作者が同じであると察せられる。
腹部が開いて出て来た物は、一見して用途不明の物体に見えた。
見たままを口にするなら、それは銀色の皿だった。そして球形の何かが四つ、その皿の上に乗っている。
白い半透明状の球は既視感があり、つい最近、目にしたものだと感じた。
そう思ってから、ハッとした。
これは神々が死亡した時、魂となって飛んで行ったものと良く似ているのだ。
では、この更に乗った球体が、大神の魂という事になるのだろう。良く見れば、球体は何かの台座の上に鎮座しているようにも見えた。
立派な刻み文様は目を奪われるものの、魔術的効果を発揮している様には見えず、単なる飾りであるのは明白だ。
あるいは、魔術的ではなく神力的効果なのかもしれないが、それはここからでは分からない。
だが魂の固定、あるいはそれに類似した効果が、台座にあると考えて良い気がする。
ミレイユの中でそう結論付けていると、球体の一つが明滅して声が響いた。
それは明朗な上に美声、思わず聞き惚れる音だったが、そこに感情の一切は汲み取れなかった。
「まず、見事なものだと褒め称えよう。全ての外に身を置きながら、よくぞそこまで理解した」
「そこまで考える頭があるなら、己等の無力も理解できましょう。抵抗には、如何ほど意味も有りはせぬ」
また別の球体が明滅し、今度は女性の声がする。
この声もまた透き通った美声で、まるでハープを奏でたかのように錯覚する程だったが、やはり感情は伺えない。
そこへ老齢の声と、幼齢の声、更に二つの声が加わって、ミレイユ達に投降を促す発言が下された。
「我らの存在、我らの意義を理解し、疾く道を開けるが良い。力量の差、よもや理解できぬ筈もあるまいて」
「じがいするなら、そのあいだ、まってあげてもいいわ。でも、そたいはよいできよ。すてるぐらいならほしいわ」
「新たな肉体は造らねばと思っていた。……ふむ、それならば当面の内、有効活用してやるのも悪くないか」
ミレイユの機嫌は急降下し、悪意と殺意が混ざって獣の様な目つきで睨み付ける事になった。
これが大神というのなら、心底からヘドが出そうになる。
どこまでも傲慢、何もかも下に見て、好き勝手が許されると思っている。
ドーワは自分にとっては優しい神だった、と言っていたし、ルヴァイルは信用できる神と思いたかったようだ。
しかし、ミレイユとしては、彼らの一言を聞いただけで既に滅する存在と決めた。
――あれは害にしかならない。
再びオミカゲ様と顔を見合わせると、そこには同じ事を思っていたと分かる顰めっ面が浮いていた。
容赦の必要なしという、無言の首肯が返って来て、ミレイユも心の中で大いに同意した。
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