真の敵 その6

 ミレイユが神宮に戻った時、社殿や参道はおろか、どこにも人は残っていなかった。

 流石にそこは、よくよく言い含める事が出来ていたらしく、巫女などの神職以外の姿は見かけない。


 無人の参道を一直線に走り抜け、神宮の塀を飛び越える。

 そこでは結希乃が指揮する元、隊士やエルフ、冒険者などを規律よく運用して、魔物の封じ込めを完成させていた。


 今では隊士達より魔物の数の方が少ないぐらいで、出現と同時に攻撃を仕掛け討伐しているようだ。

 後衛がまず魔術で法撃し、そこに前衛が突撃する。撃滅すると左右へ散開して帰投し、治癒や支援を受けているようだが、注目するのは前衛の厚さで、三段構えになっている。


 一列目が攻撃に向かっている時、二列目が後衛を守る役目を担っており、三列目は身体を休めるというローテーションが組まれていた。

 それは後衛にも同じ事が言え、必ず同じ者が毎回法撃している訳ではないようだ。

 防壁を築いて敵を逃さないだけでなく、拡がって攻撃できないよう、攻め口も作って窄めている。

 上手く陣形を組めているようだった。


 とはいえ、怪我の頻度や重軽傷によっても違いは出るようで、それを結希乃が上手く指示を出して、破綻なく運用しているらしい。

 そして、攻めきれなくなれば、アヴェリンやユミルという強力な札で穴埋めし、その間に回復期間を多く持つようにしている。


 よくもまぁ、と舌を巻く思いで、その運用を通り過ぎざま感心しながら見ていた。

 即興で種類も性格も違う部隊を、一つに纏めるだけでなく、運用までさせてみた手腕には、素直に称賛する気持ちが湧き上がる。


 だがそれも、オミカゲ様が事前に作っていた翻訳魔術があってこそだろう。

 そうでなければ、どれだけ有能な指示も、異世界人には伝わる事はなかった。

 烏合の衆とまで言わないが、相当な苦労が今も続いていただろう事は、想像に難くない。


 それを考えると、思わぬところでオミカゲ様のファインプレーに助けられた、と言ったところだろう。

 結希乃に伝える機会があれば、いつか必ず称えようと思いつつ、オミカゲ様本人からの言葉の方が喜びそうだ、と苦笑する。


 アヴェリン達には労いの視線を向けて、更に奥へと走り続けた。

 そして、そこでは今更確認するまでもなく、オミカゲ様と『地均し』が空中戦を行っていた。


 オミカゲ様もやられるばかりでなく、反撃も十分に行っていたらしく、斜視の様に傾いていただけのレンズが、今は突出して零れ落ちようとしている。


 もはや狙いを付けて光線を撃つ事も出来ず、反撃で放たれる光線も、大きく外曲がりで飛んで来るものだから、回避に十分な時間をもって対応できていた。

 その隙を突いて、更に一撃加えようとしているのだから、オミカゲ様有利に動いているように思える。


 だが、レンズは未だに健在だし、レンズと繋がっているケーブルらしきものは破壊できず仕舞いでもある。分かり易い弱点があって、オミカゲ様が見逃す筈もない。

 当然、攻撃を加えただろうに今も健在という事なら、……つまり、そういう事なのだろう。


 ミレイユは、自分がどう動くべきか、接近しながら考える。

 あのレンズと繋がる管を切断できるなら、それは確かに有効だ。


 攻撃手段を一つ奪う事になるし、あれで敵を捕捉するような動きも見せていた。

 ならば、その目を奪う事は、間違いなく有効な筈なのだ。


 だが、それを自分に出来るのか、とも考えてしまう。

 オミカゲ様が出来なかった事だ。万全な状態だったならまだしも、と弱気な気持ちが去来する。

 ――だが、考えるよりまずやってみろの精神か……!


 管を露出させる事までは出来たものの、まだ攻撃できていないだけの可能性はある。

 オミカゲ様が注意を率先して逸しているというのなら、その隙にミレイユが攻撃してみれば良いだろう。


 ミレイユは外回りに『地均し』へと近付き、方向を見定めながら『飛行術』を行使する。

 その直後、直上へと射出され、『地均し』の肩口近くまで到達した時点で、斧を召喚して地肌に突き刺した。


 使い慣れている剣より、この場合、刃を食い込ませて支点に動ける方が役に立つ。

 落下の勢いで肩の側面を縦に引き割いたが、その巨大さから比べると糸くずが付いた様なものだ。

 地肌を蹴りつけてそのまま肩に登ると、巨体を横断する様に走り続けて、レンズの直上へとやって来た。


 そこまで来れば、オミカゲ様にもミレイユの姿が発見される。

 安堵の息を吐いたようにも見え、そして更に注意を向けようと、縦横無尽に空を翔けた。


 レンズもその動きを追おうとするが、やはり管に繋がって落ちた状態では、その視点を上手く合わせる事が出来ないらしい。

 忙しなく動かしては、ろくに目標を定める事なく光線を放つ。


 湾曲し、追尾するからこそ出来る芸当だろうが、他に攻撃手段を持つなら、とっくにそれを使用している状況だろう。

 それでも頑なに使わないところを見ると、他の手段はないと見るべきか。


 そう考えつつ、やはり疑問には感じる。

 ――本当にそれだけか?


 あの光線に対しても、違和感は拭えない。

 ゴーレムに搭載された、単なる一機能――攻撃手段と考えていた。

 レンズから射出されている事からも、そう推察するのが当然だ。極太の光線を使った時には、排熱も行っていた。


 だから違和感は今までずっと、鳴りを潜めていたのだ。

 だが、管が露出したことで疑念は増した。管の線は細い。それこそ、眼球に対する視神経ほどの太さしかない。


 それだけではエネルギーの転送にも支障が出るのではないか……。

 そう思ってしまうが、魔術や魔力というエネルギーは、単に物理的側面からでは理解できないところがある。

 そこから思考を回し、疑念の一部が何らかの形を作ろうとしたのだが、結局上手く形にならぬまま、霧散して消えていく。


「考えるより、まず奪ってやる方が先決か……!」


 いよいよ考えるのが億劫になった、というのもある。

 光線はオミカゲ様を優先的に狙うし、これまで攻撃が市街地へ向かわなかったのは、その攻撃が向かないよう努力していたオミカゲ様のお陰でもある。


 時に躱せそうな攻撃でも、防壁を用いて防いでいたのは、単にそのまま避けると市街地への被害を免れなかったからだろう。

 そして、偶然が重なった結果でもある。だが、幸運はいつまでも続かない。外れた攻撃で、いつ被害が出てもおかしくない筈だ。


 それならば、とにかく攻撃してみる事が先決だった。

 切断できれば良し、出来なければ次を考える。


「まずは試すか……ッ!」


 ミレイユはレンズの直上から飛び降りながら、管を目掛けて斧を振り下ろした。

 しかし、硬質な音を立てて、斧は弾かれる。

 それに合わせ、レンズが裏返るようにしてギョロリと動いた。


 ――見つかった!

 斧を引き上げてみれば、そこには薄っすらと傷が入っている。傷というより線でしかない僅かなものだが、損傷が可能という事は分かった。


 頑丈だ。それは間違いない。

 非常に頑丈だが、それさえ分かれば、やりようはある。

 ミレイユは斧のコーティングを外し、半召喚された斧を管に突き刺す。


 そして透過した斧へ、再びその輪郭に這わせると、魔力に質量を与える変性を行う。

 それだけで、バキリという音と共にあっさりと割れた。

 同じ手順を三度も繰り返せば、管は綺麗に切断され、混乱を示すようにレンズは乱回転しながら落ちていく。


 管からは血にも似た、どろりとした液体が漏れると共に、火花が散って放電し始める。

 管そのものが上下に揺れて暴れるので、落下して逃げつつ地肌を蹴って距離を取った。

 落ちたレンズはやはり頑丈で、割れることなく地面に埋まり、それ以降はピクリとも動かない。


 空中を落下しながらオミカゲ様を空に探すと、すかさずミレイユの身体を受け止め、空中で制止し持ち上げてくれた。


「ようやってくれた」

「あぁ……。だが、どうして逃げ回っていた? 切断できるなら、やれていただろうに」

「やりたくとも、距離を縮められなんだ。召喚剣は投擲するだけでは、到底同じ事は出来ぬしな」

「……それもそうだ」


 一度手から離れた召喚剣のコーティングを、外す事は可能でも、逆は無理だ。

 半召喚された武器に手を添えて、自らの魔力を沿わせ纏わせる作業が必要になる。

 それを遠隔的に行うことは不可能で、そして近付けないから、あぁして接近できる機会を伺っていた、という事なのだろう。


 無理をすれば可能だった、という気もするが――。

 その疑問を口にする前に、オミカゲ様が口を開いた。


「あまり無理をするとな、金縛りが来るのでな。どうも、その金縛りと光線は同時に使えぬようであったが、あまり接近した状態で受けると光線を躱しきれぬ。防御も間に合わぬタイミングも、ままあったでな……。攻め倦ねて、ほとほと参っていたところよ」

「あぁ、なるほど……。そういう理由か。だが、良い囮役をしてくれたお陰で、こっちは難なく近付けた」


 横にある顔に頷きながら、ミレイユはまた思う。

 オミカゲ様の言う金縛りとは、権能が持つ不動の能力だろう。それが光線と同時に使われなかったのは、ミレイユもまた見ていた事だ。


 これが光線と同時に使用されなかった、というのはミレイユの違和感に拍車を掛けた。

 単なる装置の一部なら、あれは権能とは無関係だ。同時に使える方がむしろ道理だろう。


 しかし、使えないというのなら、逆説的にどちらも権能だった、という事にならないか。

 どちらも同じ権能だから、同時に使えなかっただけ、というなら辻褄が合う。

 だが、権能を使う時には、腹部の辺りを腕で隠す動作が事前にあった。


 排熱していた時のように、そこで何かが開いて権能装置みたいなものを露出していたのではないか、と予想していたのだが……違ったのだろうか。

 長く沈黙が続いたせいか、オミカゲ様から訝しげな視線が向けられる。


「どうした、何を考えておる」

「いや、権能は例のポーズが無ければ使えないと思っていた。色々と辻褄が合わなくて、困っていたところだ」

「それが分からぬ所で困った事にはならなかろうが、そもそも必要なく使っておったろう」

「なに……?」

「権能はあくまで、装置かそれに類似したもので利用されていたもの。……そうなのであろう?」


 言わんとする事が理解できず、それでもミレイユはとりあえず頷く。


「そうだ。そして、同時には使えない」

「それは可笑しい。ならば、孔はどう説明する。あれも権能で作られたものではないのか」


 そう指摘されて、ハッとする。

 ――そうだ。

 まず始めに、孔の作成があった。そして、その時点で腹部を覆う動きをしていない。


 だが、穴の数を増やしたり、不動を使った時は、その動きをしていた筈だ。

 その差異は、一体何だったのだろう。


「……だが、そう。あの光線も権能、そう考えた事もあったのではないか?」

「有り得ない話ではないと思っていた。……仮にそうなら、射術と自在の権能を、何度となく使っていた事になる……」

「であれば、同時に使える権能の数が限られている、と見るべきであろうな」

「じゃあ……、あのレンズは……射術の力を増幅する為、か……? 使う為に必須という訳でなく」

「実際に『眼』としての役割があったのも、間違いない部分であろうな。だが、そうであるなら、腹部を覆う動きは……、それとは関係のない別の何かだったと見るべき……か」


 それが事実なら、権能とは別の何かをする為に、とった行動と考えられるだろう。

 ――そうした時、脳裏に一つ、閃くものがあった。


 最初から睨んでいた事だ。

 『地均し』がゴーレムとして自律した考えを持っておらず、それを操作している奴がいるのなら――。


 権能の利用もまた、最初から中に居た者が行い、操作していたと考える事が出来る。

 ――ならば、そうであるなら。

 腹部を覆う、あの動作を見せたまさにその時、奴らがその姿を見せていたのかもしれない。


「大神が、あそこにいるのか……!」

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