真の敵 その4
「く、ぐぅぅ……ッ!?」
光線を撃つ度、レンズが跳ねて目標を定められていない。
固定されていた外縁部をごっそり無くした為、出力の高い攻撃に『地均し』自身が耐えられないのだ。
顔は上空に向けられていた為、大幅に光線がズレたとしても、その被害に遭う人や建物が無かった事だけは幸いだった。
しかし、それならばと小さく細い光線を、小刻みに撃ち込んでくる。
ミレイユよりもオミカゲ様を狙い撃ちにした攻撃を、何とか守れないかと手を伸ばしす。
しかし、防壁を作ろうにも距離があり過ぎ、その光線がオミカゲ様を貫く方が速かった。
直前になって動けるようになったオミカゲ様だったが、回避しようとしても時すでに遅く、そのうち数本の光線に貫かれてしまう。
「オミカゲッ!!」
叫んだものの、伸ばす手は絶望的に遠く、念動力も届かない。
血を流しながら落ちていくオミカゲ様を見ているしかなく、何も出来なかった事を悔やんだ。
だが、直前に躱そうとしていたのは見えた。それぐらいの身動きが取れたなら、致命傷ぐらいは避けられただろう。
神とは頑丈なものだし、治癒術も使えるから、そう簡単に死にはしない。
とはいえ、安穏と構えている訳にはいかなかった。
『地均し』は追撃として、力なく落ちていくオミカゲ様へ光線を放った後、レンズの向きをミレイユへと変えている。
威力の低い光線が放たれ、使う度に微細な震動でレンズが跳ねた。
その所為で正確な狙いは付けられていないのだが、曲線を描いて追尾してくる光線だから、距離があれば命中させようと迫って来る。
「躱したいが――ッ!」
飛べないミレイユが出来る抵抗といえば、防御壁を展開するくらいしかない。
それぞれが違う軌道で迫り来る光線は、まるで泡立て器の形状に良く似ていた。
元より躱せる手段など多くないが、その全てを受け切るとなれば、魔力の消費も馬鹿にならない。
「地面の上なら、まだしも方法はあったが……!」
落下中の身だからこそ、躱せる手段が極めて限定される。
一つ光線が迫り、それを受け止め弾いてやれば、その威力で身体が横に跳ねた。
更に一つ、また一つと攻撃を受け止める度、ミレイユの身体が乱回転する。
天地も左右分からぬ有様で、これ以上馬鹿正直に攻撃を受けていたら、間違いなく対応出来なくなるだろう。
その前に、光線の包囲網から抜け出す必要があった。
――直上に飛ぶしか無いか。
空中で軌道を変えられる手段といえば、ミレイユにはその飛行術しかない。
今や直上がどこかも分からないから、使う事で状況を整理できるという目論見もあった。
ただし問題もあって、地上から更に遠退いてしまえば、対抗する手段も遠退いてしまう。
アウトレンジで一方的に攻撃されては、ミレイユには反撃も出来ない。
身動きの取れない空中というのが如何にも拙く、防戦一方にさせられてしまうのだ。
躱す事が結果として不利になるなら、取るべき選択ではなかった。
ミレイユの中に生まれた一瞬の逡巡――。
その隙を掻い潜るようにして、複数の光線がミレイユの直上から迫って来た。
「――しまった!!」
湾曲して来る攻撃だから、死角を突いてくる事は想定済みの筈だった。
だが、慣れない空中戦、乱回転する身体、威力のある光線に対抗する為、一方向に作った防壁――。
それらが悪く噛み合い、ミレイユの対応が一瞬遅れた。
「ぐ、ぐぁ……!」
一発は肩の表面を抉り、もう一発は腹部を掠めた。
更なる追撃を受ける前に防壁の向きを変え、光線を受け止める。
だが、その威力は強く、一発で防壁に罅が入った。これまでの光線とは威力が違う。
「拙い……ッ!」
ミレイユも魔力を振り絞って防御力を高めた時、横から迫る光線が見えて、顔を顰めて奥歯を強く噛んだ。
――どちらか一方は躱せない。
――ならば!
ミレイユは防壁そのものを自ら蹴りつけ、真後ろへ跳んだ。
その方向が上なのか下なのか、それすら考える余裕はない。
自らの脚力で、防壁に入った罅が拡大し、砕ける様を見つめながら後方へ跳んだ。
そうして光線から逃げつつ、新たに防壁を展開しようと制御を始める。
ミレイユからすると遅すぎる制御の果て、ようやく前面に壁が生まれ、防御壁は僅差で二発の光線を防いだ。
今の攻撃は防げたが、先程受けた傷の箇所は燃えるように熱い。
そのうえ自分の立ち位置を未だ判断し切れておらず、ひどく混乱させられていた。
そして、痛みを痛いと認識するより早く、更なる光線の追撃がミレイユを襲う。
一条ずつではなく、追尾して来る事で束になろうとしている光線がミレイユの防壁へ迫り、到達する頃には今までよりも遥かに太い攻撃となって直撃した。
「ぐっ、お……重いッ!」
支え切れない――そう思った直後、光線は防壁を貫いた。
引き攣った顔をさせて、せめて直撃は避けようと防膜を前面に集中させる。
そして光線が身体に接触した瞬間、身体を大きく捻って躱そうと試みた。
ミレイユの魔力耐性なら、防膜を一極集中させる事で、一瞬の接触ならば耐えられる筈だ。
高速回転する事で、上手く弾かれ直撃を避ける――。
出来るかどうかは賭けだった。そもそも防膜で防ぎ切れず、貫かれてしまう可能性とてある。
ミレイユは致命の重傷を負うだろう。身体の半分、それで削られるかもしれない。
だが、やるしかなかった。
「ぐ、ぐぅぅぅ……ッ!」
防壁の一部を念動力で掴み、そこを起点に回転させる。
接触を感じるかどうか、その一瞬を狙っての高速回転だった。
バチィッ、と耳を弾く様な音が聞こえ、腹部がごっそりと消えた感触を覚える。
だが、ミレイユの狙い通り、光線で弾き飛ばされる事には成功した。
まるで弾丸の様に飛んだミレイユは、自分がどこに向かって飛んでいるかも分からぬまま、そっと下腹部へ目を向ける。
最悪の事態を想定したものの、赤く血に染まっていただけで、表皮を持っていかれるだけで済んでいた。
あの状況を考えれば、十分軽傷といえる損傷だった。
傷の具合が分かれば現金なもので、気分も軽くなって来る。
ミレイユが弾れた速度は凄まじいものらしく、光線すらも追って来れていない。キーンというジェット音が、ミレイユの耳にも聞こえていた。
空中を飛んでいる間は、ミレイユも待つ事しか出来ない。
せめて掴める場所でもなければ、速度を落とす手段すらないのだ。
それでミレイユは傷の治療をしようと腹部に手に当てていたのだが、ふと頭上に目を向けて、自分が市街地へ突貫する直前だと気付いた。
「拙い……ッ!」
一体どこに飛ばされていたものか、四十五度より浅い角度で落ちていたらしく、建物はすぐ目前までやって来ていた。
防壁を張ろうものなら、それに潰されて殺してしまう者も出て来るだろう。
ミレイユの出来る事は、なるべく直撃する面積を小さくして、ミレイユという弾丸に当たる者が出ないよう、祈るだけだった。
いや、神宮周辺は避難警報が出ている筈だ。人は居ないと期待しても良い筈……。
ともあれ、高い建物がないと言われていても、五階建てのビル程度はあるものだ。
ミレイユはそこへ頭から突っ込み、ガラスを割り、壁を砕き、部屋を突っ切り、またビルの外へ飛び出して行く。
オフィスビルとして使われていたらしいその部屋は、砲弾が通過したかのような無惨な破壊痕が残された。
散らばった書類、破壊されたパソコン、そして応接室の調度品やソファーなど、惨憺たる有様にさせてしまった。
それだけ色々巻き込んで通過したというのに、そのかいも無くミレイユの勢いは全く衰えていない。
そこから更に二つのビルを巻き込んで、その内一つに人がいるのを見つけ驚愕した。
――十割の避難は無理だと分かっているが……!
何故いるんだ、と理不尽な怒りが湧き上がってくる。
そして、一人見かけたとなれば、更なる人数がいるだろう、と予想しなければならなくなかった。
これまで通過したビルに、たまたま人が居なかっただけなのか、それとも多くの人が残っていて、偶然人がいないビルを通過しただけだったのか。
単なる偶然であるなら、悠長に止まるのを待っていられない。
ミレイユは何か掴めないかと片腕を広げたが、コンクリートを消し飛ばすだけで止まる助けにならなかった。
むしろ被害を拡大させるだけになっていて、申し訳なさの方が募る。
丁度また、ビルの側面を通過しようとしている、と気付いて手を伸ばす。
指を広げてビル壁を掴み、それで減速しようとしたのだが、四本分の爪痕を残しただけで、何の助けにもならない。
「コンクリートを脆いと思う日が来るとは……ッ!」
マナを伴わない物体に、マナを持つ者を害する事は出来ない。
だから、ミレイユもビルを何棟貫通していようと、痛みは全く感じていなかった。
しかし、害せない事はともかく、減速に対して全く効果的でないのは困りものだ。
これでは大量の破壊を残す、悪魔の砲弾のように見られてしまう。
結局、ミレイユは数々のビルと民家を貫通し、最後はアスファルトを削り噴煙を巻き上げながら、それでようやく動きを止めた。
大量の砂埃と瓦礫を巻き上げ、ミレイユはそれに咳き込みながら立ち上がろうとする。
「ごほっ、えほっ! ……まっ、たく……!」
だが、魔力を多大に使ったミレイユの身体は、余りに鈍重で自由に動いてはくれなかった。
膝が笑って転んでしまい、尻もちを付いて倒れる。辛うじて肘を立てての体勢を維持できたが、それだけでも相当な苦労を強いられる。
すぐにでも神宮に戻りたいし、『地均し』の対処も急がなければならないが、今は到底無理そうだ。
その上この身体は、失った魔力を生成しようと、更なる痛みも与えてくる。
実際の状態以上に、身体が与える痛みは大きい。
汗を垂らして息も荒く、顔を歪めて魔力の回復に専念していると、そこに足音が聞こえて来た。
もうもうと吹き上がっていた砂埃も風に攫われて消えていくと、足音の正体も見えてくる。
そこに居たのは、一般人の二人組に見えた。
今時風の若者で、姿形、立ち振舞いからしても戦闘経験があるとは思えない。
更に言うならこの二人は、戦闘には一切関りのない、単なるカップルの様にしか見えなかった。
この騒ぎを見て、何が落ちて来たのか確認しに来た野次馬みたいなものなのだろう。
だが、それでミレイユは理解した。
――避難勧告は、ろくに機能していない。
もしかすると、強制避難させるような強い勧告ではなく、あくまで警告程度のものしか発令されなかったのかもしれなかった。
「……何してるんだ、本庁は……! ゴホッ!」
「え、人……? 人がいるの?」
「巻き込まれたのか? 怪我……してる?」
二人は恐る恐る、という風に近付いてくる。
どこか面白がるような、警戒心も薄く、砂埃の中に隠れたものを探そうとしているだ。
何かが降ってくるにしろ、砲弾とか現実的なものを想像していただけに、その正体が人とは全く想像していなかったのだろう。
だがそれは、今は非常に煩わしい。
被害を出さないように戦っていようと、近くに人がいて被害を出さずにいられる筈がない。
怖いもの見たさで近付くより、砲弾が爆発するかも、ぐらいの警戒心で逃げていれば良いものを……。
ミレイユは、それでも近付いて来ようとする二人に、怒りにも似た表情で睨み付けた。
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