真の敵 その3

 その召喚剣の中には、魔術が封入されていると分かる魔力の揺らぎが見える。

 しかし、先程の作戦では、外縁部の縁に差し込むという話だった筈だ。


 だが、刺さった剣は全く違う方向にあって、何をしたいのか、何をさせたいのか見失い、それで更に首を捻る事になった。

 足の痛みは既に引いていたが、今度は逆に胸の痛みが増し始めた。

 そんな中で難しい事を考えるのは相当なストレスで、声を荒らげて問い質したくなる。


 事前に綿密な打ち合わせが出来る状況で無かったとしても、どうして欲しいか、何が狙いか分かり易くやってくれ、と八つ当たりしたい気持ちが沸き上がった。

 とはいえ、ここで直接訊いてやろうとしても、声はそもそも聞こえないだろう。

 幾分残った冷静な部分でその様に考えていると、オミカゲ様の二本目が傍に突き刺さった。


 それは更に外縁部から遠かったが、ミレイユからは近い。

 ――狙いが外れているだけか?


 ふと、そんな事を思ってしまう。

 オミカゲ様は今も光線の猛攻を凌いで、上下左右と移動が忙しい。

 回避するのに急制動をかけつつ、全方位からやってくる攻撃には防壁で防ぎながら、それでも遠くへ逃げて距離を取ろうとしない。


 ――自ら、囮役を買って出ているのか。

 そう気付いて見てみると、オミカゲ様の動きは、より派手に動いて敵の注意をミレイユから逸しているように感じられた。


 時折、隙を突いて召喚剣を投げ飛ばしてくるが、余裕のある体勢で投げられていないのが原因だろう。

 狙いが大きく逸れてしまうのも当然といえる。

 そして、囮役だけでなく剣の召喚役も兼ねているのは、ミレイユの身体を気遣ってのものか。


 そう思っている間に、三本目の剣が突き刺さって、疑念が確信に変わった。

 ならば、ミレイユのやる事は一つだ。


 一度大きく息を吸って呼吸を整えると、鋭く息を吐いて壁を蹴る。

 握っていた剣の柄を支点に身体を持ち上げ、柄の上に足を乗せると、それを踏み台にして跳んだ。


 オミカゲ様の投げた剣を掴み、回収がてら次の剣へ更に跳ぶ。

 そうして両手に剣を握ってレンズの外縁部に到着すると、地肌との境い目に剣を突き刺した。


 しかし、突き刺しただけでは十分と言えない事は、既に承知している。

 封入された魔術を最大限発揮するには、深く刺し込んでやらねばならなかった。

 アヴェリンがやったように強く叩き付ける事も一つの方法だが、ミレイユに同じ真似は出来ない。


 どうするべきか、と悩んでいる間に、オミカゲ様の召喚剣が飛んで来た。

 狙いが大きく逸れようとしているので、念動力を使って空中で掴み取り、それを手元に引き寄せる。


 いったい何本、投げ付けて来るつもりか知らないが、目標の数にはまだまだ足りないだろう。

 封入剣の威力がどうであれ、レンズのサイズに対して剣が小さすぎる。バスケットボールに対する爪楊枝みたいなものだ。


 仮に同時爆破させても、レンズに直接傷を付ける事は出来ないだろう。

 しかし、このレンズが機械的な役割を持っているからには、エネルギーを伝達させる管の様なものがあっても可笑しくない。

 それを破壊できても無力化は叶うだろうし、仮にそこまでは無理でも、地肌を削り、中を露出させられれば破壊の目も見えてくる。


 そして、その為に何がしたいか――。

 オミカゲ様は自分自身だ。その思考回路は良く似ている。だから、何をしたいか――するつもりか、すぐに見当が付いた。


 封入された魔術で指向性のある爆轟を起こし、爆切するつもりなのだ。

 その為には連鎖的爆発が必要で、たかだか数本の召喚剣では全く足りない。


 更に敵の光線を避けながらの投擲だ。数を揃える事も簡単では無いとすぐに分かる。

 ミレイユもまた、剣の作成に協力する必要があるだろう。

 胸を押さえながら苦い表情で顔を歪ませていると、そこへ更なる剣が投げ飛ばされて来た。


 今度は一本ではなく、三本、五本、と急激に数を増やして地肌に突き刺さる。

 とはいえ、やはりその場所はレンズ外縁部から大きくズレていた。


「こっちの考えも、お見通しか……!」


 ミレイユに読めるなら、オミカゲ様からも読めるのは道理だった。

 直接ミレイユに触れて、魔力の乱れ、制御状態を察していたオミカゲ様なら、ミレイユがどれだけ無理を許されるかも理解していただろう。


 念動力、剣の召喚程度の低級魔術なら負担は少ない。

 しかし、封入となると高等技術だ。そこに込める魔術も問題になる。

 だから、数を揃える役目は任せろ、と表明したのが、つまり先程の連続投擲なのだろう。


 そうとなれば、まずは手元の封入剣を、奥まで押し込んでやらねばならない。

 ――力業では無理というなら、小手先の技術でどうにかするか。


 いつもやって来た事、そして、得意でやって来た事だ。

 ミレイユは剣の柄を念動力で掴み、手指を鉤爪の様に大きく開く。そして掌を向けて、時計回りに捻り込むように回転させた。


 別にそうする必要は無いのだが、思い浮かんだイメージを形にするには、実際に動かしてみる方が実現させ易い。

 そしてイメージと動作に念動力も連動するように回転し、ミレイユが更に捻り込むようにして手を突き出すと、やはり念動力も同じ――そしてより激しい動きを見せた。


 封入剣は高速回転しながら地肌の中へ潜り込み、目に見えない奥深くまで埋没していく。

 予想通りの結果に満足して、左手に持っていた剣を少し離れた場所に突き刺す。


「魔力の消費は最小限、これなら何とかなりそうだ……」


 口に出して言ったのは、自分に言い聞かせる為だ。

 消費は確かに少ないが、それだけでも幾らか、息の乱れが出て来ている。


 概算として、最低でも五十本は埋め込まねばならないだろうし、『地均し』がオミカゲ様を追いかけて動く所為で揺れもする。

 時折、光線も打ち出されるので、その間近にいる身としては、その衝撃と光量で動きが止まってしまう。


 その間は、しがみ付いている事しか出来ない。

 ミレイユのやってる事を知られると、先程の様に張り手を見舞われるだろう。

 それを思えば悠長にやっている暇は無いのだが、こういう場合、楽観的になるのが成功の秘訣だ。


「……やってやるさ」


 今度は口の中で転がすような、小さな声で発する。

 ミレイユも大変だが、それより更に大変なのは、間違いなくオミカゲ様だ。


 敵の注意を一身に受け止めながら、召喚剣を射出する事は、決して誰もが出来る事ではない。

 そのような時に、泣き言を垂れる様な真似は許されなかった。


 ミレイユは二本目も手早く終わらせると、程よく離れた場所にある封入剣を念動力で回収していく。

 そうして移動と回収を繰り返しながら、剣の埋め込み作業を続けていった。


 回数をこなせば最適化も進むもので、三十を超える辺りではすっかり手慣れた。

 その埋め込む手付きはまるで、職人のようだった。

 そうして、埋め込み数が六十を数えた時、ようやくレンズの外周を一回りし終わった。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


 やってる事はオミカゲ様と比べ物にならないとはいえ、それでも負担は激しい。

 振り落とされないよう、ピッケルの役割で残す召喚剣は必要だから、それを維持しておかねばならないのも、また大きな負担だった。


「ともあれ……、はぁッ……、準備は、整った……!」


 オミカゲ様へと目を向けると、こちらの様子は逐一確認していたらしく、よくやったとでも言うように手を挙げた。

 その間にも攻撃を避け続けていたが、しかし決して余裕があるようには見えない。


 攻撃を受けた神御衣は裾が破れて焼けているし、穴が空いている場所も多い。

 躱し切れない攻撃は防御壁で守っていた筈だが、それでも手傷は負っていた。

 オミカゲ様もさっさと逃げ出したいところだろうが、ミレイユの脱出という問題も残っている。


 だが、光線を掻い潜って回収しに来いとは言えないし、単に離脱するだけなら落下した方が早い。

 とはいえ、敵の足元に着地するのは、ふとした拍子に踏まれようものなら、逃げ出せるかどうか分からない。

 なるべくなら、取りたくない手段だった。


 ――とすれば。

 ミレイユは上空を見上げる。下が嫌なら上しかない。

 幸いと言って良いのか、上空に射出される魔術なら持っている。その後の回収はオミカゲ様任せとなるし、ならなかったとしても、風に流されてどこかに落着するだけだ。


 どちらにしても、そう酷い事にはならない。

 ミレイユは一応、何をするつもりかオミカゲ様に知らせようと、指を一本立てて上を示す。


 オミカゲ様は攻撃を避けながら時折こちらを見ていたが、それだけで果たして伝わったかどうか……。

 だが、とりあえず目視はされたと思うので、魔術を行使して直上へと飛び上がった。


「――ぐぅッ!?」


 一度体験した事と言えど、前回とでは身体への負担が大きく違う。

 射出速度は凄まじく、掛かる重力もそれだけ大きい。疲弊して、ボロボロの身体には相当堪えた。

 使う事そのものともかく、使った後の負担まで考えられなかったのは、完全な失敗だった。


 だが、その場から逃れたミレイユを見て、準備が終了した事、起爆体勢が整った事は伝わったようだ。

 それまで挑発するかの様な小刻みな回避は止め、大きく旋回する様に逃げていく。

 螺旋を描くように上昇しつつ、オミカゲ様が掌を『地均し』に向けたのが視界に入った。


 そして一瞬あとに握り込み、次いでレンズ外縁部から連鎖爆発が巻き起こる。

 それは閃光を伴う派手な爆発ではなかったが、しかし内部で起こった爆轟は、間違いなく『地均し』を内側からの破壊を起こした。


 反時計回りで順次に、そして五秒と経たずに全てが起爆すると、『地均し』は胸を抱えるように腕を回して動きを止める。

 レンズ周辺からごっそりと地肌を奪われた『地均し』は、その爆発の衝撃で倒れるかに思えた。


「ざまぁみろ……!」


 しかし、傾き始めた『地均し』は、不自然なまでに動きを止める。

 まるで宙から一本、糸でも引いて、持ち上げられているかのようだ。


 倒れてしまえば神宮や奥宮の建物にも被害は免れないから、誰か何かをしたのだろうか。

 そうは思ったが、オミカゲ様でさえあの大質量を受け止めるのは不可能だ。


 では、誰が――。

 では、どうやって――。


 そう考えて、直後に閃くものがある。

 『地均し』が使える権能は、他にも様々ある筈なのだ。

 そして、八神の中には『不動』の権能を持つ者がいた。


 そうであるなら、納得するしかない。

 権能であれば、むしろ納得できるというものだ。

 直前の、胸を覆うかのような腕の動きも、つまりそういう事だろう。


 ミレイユの直上射出も、それを見守っている内に終わりを告げ、重力に捕まり落下を始めようとしていた。

 オミカゲ様も追い付こうと飛んで来ていたが、ミレイユが落下し始めたのを見て、待ち構える事にしたようだ。


 そう思った直後、オミカゲ様の顔が驚愕に染まったのを見て、違うと悟った。

 『地均し』へ目を向ければ、その上半身がしっかりとこちらに向けられている。


 ただし地肌を大幅に削られた『地均し』は、レンズの位置がズレてしまい、視線が外側を向く斜視の様な形になっている。

 見つめる先はオミカゲ様で、手を伸ばそうとした体勢のまま、今はピクリとも動かない。

 単に待ち構えていると見るには不自然な格好をしていて、それで驚愕した表情の、本当の意味を知った。


「お前も、権能で……!」


 『不動』を掛けられ、動けなくさせられているのだ。

 オミカゲ様は逃げる事も出来ず、ミレイユも落下する事しか出来ず、『地均し』が悠長に体勢を立て直すのを見守る事しか出来ない。


 そしてついに、『地均し』から光線が解き放たれる。

 無防備な二人に対して複数の光線が交差する様に飛んで来た。

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