真の敵 その2

 既に『地均し』は防御姿勢を取り、崩す気配も見せないというのに、オミカゲ様の攻撃は続いていた。

 衝撃に備えているといっても、その上に乗るミレイユへは大きな衝撃として伝わる。

 移動するにも難儀する事になり、いい加減やめてくれと叫びたい気分だった。


 ――無駄と分かって続ける意味はあるのか。

 そう思ったものの、直後、目的は別にあるのだと理解した。

 オミカゲ様はミレイユが妨害されないよう、意識を逸らす為に攻撃しているのだ。


 有効でないのも、それで傷付かないのも百も承知で、敢えて目立つ攻撃を続ける事で、攻撃の矛先を自分に向けようとしている。


 それが分かって、ミレイユは素早くレンズへ移動しようと、更に歩を速めた。

 だが、表面は突起物が極端に少なく、足を滑らせやすい。

 材質としては岩の様な鉱物だと分かるのだが、激しく揺れる上での歩行は氷の上を歩く以上に不安定だった。


 いつもの念動力を使った補助も、掴める場所があってこそ意味がある。

 肩の接合部など、関節のある場所ならその限りではないだろうが、ミレイユの今いる場所で使っても余り効果的ではない。


 ミレイユは左手に斧を召喚し、それで登山ピッケル代わりの補助道具にして疾走する。

 時に斧を使って、振り落とされそうになる震動を突き刺し耐えて、時に剣を使って方向転換しながら、レンズ部分に向かってひた走った。


 そうして到着した時、オミカゲ様は宙を舞い『地均し』を挑発する様に、視界の外へ外へと移動しながら、魔術を放っている所が目に入った。

 その反面、『地均し』の良い様にやられていて、攻撃手段は多くないのか、オミカゲ様を捉える事が出来ていないように見える。


 腕を振り回したくとも、その距離には寄ろうとしないし、何より衝撃に特化させた攻撃は近付く事も許してくれない。

 だからレンズを向けて光線を放とうとするのだが、常に背中と肩の中間地点を位置取るという、絶妙に攻撃し辛い地点を保持していた。


 『地均し』の光線は自在に曲がると思っていたが、大きく湾曲させてオミカゲ様の背中を狙う攻撃は、躱されてしまうと自傷攻撃にしかならない。

 それを理解しているから、迂闊な攻撃を避けているのだろう。


 ――攻撃しあぐねているなら、今がチャンスだ。

 ミレイユは衝撃の間隙、『地均し』の動きの隙を突いて、地肌を蹴りつけ一足飛びにレンズ外縁部へ取り付く。


 その歯車の様なデザインをした部分に、斧の刃元部分で上手く引っ掛け、そこから身体を持ち上げレンズの頭頂部へと到達した。


 『地均し』は既に立ち上がった状態と言っても過言ではなく、見下ろす地面は遥かに遠い。

 視線を前方に向けてみれば、これに類する高さの物は一つとして見えなかった。


 ミレイユの視力ですら薄っすらとしか見えない遠い場所に、高層ビルが建っているのが見えたが、話に聞いていたとおり、小高い山の上に建つ神宮より背の高い建物は一切ないようだ。


 では、この理解を越えた人型ゴーレムは、その周辺全ての目に映ってしまっているという事になる。

 今更隠せるものではないが、早期の決着は付けてしまいたい。


 この高さだから詳しい事までは分からないが、市街は相当な混乱振りを見せているようだ。

 念の為と思って避難勧告はさせていたが、元より神宮か本庁が率先して発令させていた筈だし、ミレイユが御子神としての立場を利用して、無理やり命令を最優先とさせた筈だ。


 畑違いなところから伝わった命令だろうから、伝達までに時間が掛かるのも理解出来るが、今の状況を思うと、実に歯痒い。

 元より一切の犠牲なし、という夢物語を考えていた訳ではなかったが、これで建物ばかりでなく、市民への被害まで視野に入れなければならなくなった。


「最大限、防いでやるつもりだが……ッ!」


 自分を鼓舞するつもりで声を出し、ミレイユは鈍い身体で力一杯、剣を振り下ろす。

 しかし、どういう材質であるものか、レンズへ加えた一撃は、硬質な音を立てて弾かれてしまった。


「何だこれは……、クソッ!」


 見た目はガラス製の様に見えるのに、その手応えは、まるでドラゴンの骨を斬り付けたかの様だ。

 ドラゴンの鱗や骨などは、鋼鉄より余程強固で、生半な武器では刃すら立たない。

 そういう物体が存在するので、弾かれた事を不遜とは思わないが、未知の材質に困惑だけはしてしまう。


 デイアート世界でそれなりに長く生活して来たものだが、ミレイユの召喚剣を真っ向から弾いた物質は初めての事だ。

 余りに硬すぎる物質でも、僅かな傷くらいは付くものだった。

 しかし、これにはそれすらもない。


 レンズには髪の毛より細い傷すら付かず、全く損傷を受けていない様に見える。

 体全体を覆っていた鎧甲とはまた別に、魔力に対して強い耐性を持つ物質なのだろう。

 それならば、ミレイユの召喚剣を弾いた理由も理解できる。


 元より半召喚した物体を、ミレイユの魔力を変性させてコーティングしたという、特殊な武器だ。

 召喚した剣自体に殺傷力は微塵もないが、実体を持たない故に、どのような物体も透過する。


 突き刺した後にコーティングすれば、どのような堅固な物体であれ、物体同士の繋ぎを破壊できるという武器でもあるのだ。

 単に斬り付けるだけでは無理であれば、そうやって破壊してやるつもりだった。

 そうしてコーティングを外した召喚剣を突き刺し、次に魔力を流して顔が歪んだ。


「――馬鹿な!?」


 ミレイユの思惑は通じなかった。

 コーティングを解いた召喚剣は問題なく貫通した。

 だが、そこから魔力を変性させようとした瞬間、まるでゴムで押し出されるように弾かれた。


「何で出来てるんだ。初めてだぞ、こんな物……」


 思わず呻く様に零した時、『地均し』の片手が持ち上げられており、ミレイユを叩き潰そうと迫っているところだった。

 唐突に日差しを遮る影が出来て、そちらの視線を向けると巨大な手が視界を覆っている。


 その手、その指は余りに巨大過ぎ、ミレイユ一人を潰すには全く向いていなかったが、大質量が迫って来る光景は単純に恐怖だ。

 指を綺麗に揃えているつもりでも、指と指の間には隙間がある。


 そこに潜り込んで凌ぎ、逃れようとした手が、もう一度同じ場所を叩いて大きく揺れる。

 人間でもまま見る行動で、丁度虫を払うつもりで叩く動作と良く似ていた。


 二回目の攻撃も隙間を上手く利用して回避したが、動作はそれで終わりではなかった。

 そのまま横へスライドし、外へ弾こうとする。


 叩き潰せれば良し、無理でもその動作で削ぎ落とされるだろう、と思っての事だろう。

 ミレイユの居る場所なら擦り潰される事もないが、そのまま外へ放り出されるのは、如何にも拙かった。


「ぐ、くそ……ッ!?」


 しかし指の側面に張り付く事になってしまい、抜け出そうとしつつも、振り払う動作に伴い重力が掛かり、ミレイユを自由にさせてくれない。

 結局、逃れる事なく手を振るう動作で指の間から射出される形になり、飛べないミレイユはそのまま吹き飛ばされた。

 何とか逃れようと、腕を振り回してみても全くの無力で、成す術なく高速で突き放されていく。


 ――どこまで飛ばされる!?

 せめて地面方向に射出されていれば、戻る時に苦労も少ないだろうに。

 方向のズレた悪態をついていると、その直後にミレイユの身体が、衝撃と共に空中で静止する。


 急制動で止められて、頭がフラ付く思いをしたが、見ればオミカゲ様が傍に居る。

 飛ばされたミレイユを察知して、咄嗟に追い付き……あるいは、事前に察知して受け止めた、という事らしい。

 それに感謝してから、改めて『地均し』を睨み付ける。


「悪かった、助かる。――今、あのレンズを攻撃してみたが、物理的にも、魔術的にも効果がなかった。破壊は諦めた方が良さそうだ」

「ふむ……? そなたの剣でも無理というなら、正攻法での破壊は無理と判断すべきであろうな」

「そういう言い方をするからには、何か他に手があるのか?」


 ミレイユは『地均し』を見ながら問うと、視界の端で頷く動作が見えた。


「邪法という程ではないが。精々、小手先と言えるぐらいであろう手段だ。――レンズが駄目というなら、外堀から攻めるのよ」

「それは分かるが……。しかし、外堀……?」

「文字通り、レンズの外縁部、その付け根を狙うのだ。魔術を封入した召喚剣でな……」

「確かに、切り裂く事は難しくなかった。埋め込む事も難しくないだろう」


 ミレイユは眉根に深い皺を刻んで首を振る。


「だが、深く差し込まなくては、起爆しても効果は薄いだろう……。まさかアヴェリンを呼んで、柄先を叩きつけて貰う訳にもいかない。大体、一つや二つ起爆させたところで、それが何だと――」

「誰も一つや二つとは言うておらぬだろう。足りぬというなら、更に増やせば良い話……。レンズ全周を囲い起爆させれば、それなりに効果は見込めると睨んでおるが……。そなたは、どう思う」

「行ける……だろうな。あぁ、確かに行けるかもしれない。試してみる価値もあるだろうが、それ何本の剣が必要になるんだ。言っとくがな、私は――」


 大量に作り出すのは無理だ、と言おうとした時、『地均し』の手が動いた。

 それまで手を払った動作で視界を遮られていた事もあり、隠れた向こうの動きが見えていなかった。

 しかし、その腕が鈍重な動きで外側にズレて行くに連れ、身体がこちらへ向いている事に気付く。


 レンズの中央には光が集中していて、今にもそれを解き放たんと輝きを増していた。

 オミカゲ様が焦ったような声を出す。


「拙いッ!」


 咄嗟に回避行動を取って横へ逸れ、その直後に光線が飛んでくる。

 その後は空を切り裂き飛び上がり、左右へ身体を揺らしながら、『地均し』の身体を中心に旋回して行く。


 体験した事はないものの、それはまるで戦闘機に乗っているかのようだった。

 高速の空中機動は重力や物理法則を無視したものでなく、空気力学に沿った動きで躱しているように見える。


 しかし、光線は追尾を止めず、どこまでもオミカゲ様を執拗に追いかけて来た。

 ミレイユを抱えている所為か、光線の方が足は速い。


 だが、オミカゲ様も然るものだった。

 時に上下が反転するように回転し、時に直角に近い急旋回をしながら、オミカゲ様は上手く光線を回避していく。

 そして、躱し切れないものには防壁を張って防ぎ……と、目まぐるしい空中戦が繰り広げられた。


 最早ミレイユには、その速度について行けるだけの反応速度で魔術を制御できない。

 見ている事しか出来ない歯痒さを感じながら、何か出来る事はないかと探していると、旋回した時の遠心力を利用して投げ捨てられた。


「――行け!」


 それ一言で全てを理解できる筈もない。だが、やる事は既に決まっている。

 空中を横向きに飛びながら、ミレイユは周囲の状況を観察した。


 ミレイユが投げ捨てられた方向は『地均し』に対してであり、そしてレンズ付近を目掛けた事である事も分かる。

 その射出速度は人を殺せるだけのものだが、ミレイユならこの程度、どうとでも対処するという、ある種の信頼感からやった事だろう。


 いや、と思い直す。

 ミレイユがレンズ付近に直撃して、その考えを改めた。

 速度に違わぬ衝撃が地肌に走り、ミレイユが蹴り付けた部分を中心として、小さなクレーターが出来上がる。


「ばっ、……か、野郎……ッ! 私を使って物理耐性を計るな……!」


 足の底から膝、そして背骨に掛けて、痺れや痛みと共に寒気に似た怖気が走る。

 衝撃を完全に殺し切れず、ダメージがミレイユの身体にも返って来たのだ。


 ミレイユの制御技術に難あり、と分かっていたオミカゲ様なら、その程度の事は理解できても良かっただろうに。

 痛みとオミカゲ様の所業に悪態を吐きながら、突き刺さった地面から足を抜く。

 地というより壁なので、剣を突き刺し直して滑落するのを防いだ。


 あの状況では、投げて着地させるのが一番効率の良い方法だったのだろうが、もう少し労われ、と思わずにはいられない。

 だが、それより問題なのは、ここからどうするか、という事だった。


 何しろ、今のミレイユには一本や二本しか召喚剣を作り出せない。

 それでどうやって有効打に変えるか、と頭を捻る。

 その時、ミレイユを呼ぶ声と共に剣が飛んで来て、程近い場所にそれが突き刺さる。

 視線を移して確認すると、それはオミカゲ様が作った召喚剣に違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る