真の敵 その1

 アキラの一念発起とした提案を受け入れ、送り出した直後の事――。

 オミカゲ様に脇の下から持ち上げられながら、ミレイユは『地均し』へと突貫していた。

 そんな事をされずとも自分の足で行ける、と思いつつも、今は速さが大事だった。


 『地均し』は今まさに立ち上がろうとしているが、それを許せば神宮から出て行く事も考えられる。

 まずミレイユ達を攻撃しようとしても、攻撃を躱せば市街地にも被害が出るだろう。


 結界に再び押し込める必要を考えれば、まだ不安定な体勢の内に転倒させてしまいたい。

 立ち上がらせる事は、こちらの不利にしかならないので、断固阻止するべきだった。


 しかし、問題もある。

 まず、『地均し』に生半可な魔術を使っても、さしたる傷を付けられないだろう事。

 そして、ミレイユには何度も大魔術は使えないだろう事。

 更に言うなら、寿命の残りが少ない事などが挙げられる。


 ミレイユに残された命の蝋燭は、もう残り少ない。

 尽きてしまうより前に、決着を付けてしまわなければならなかった。


「……オミカゲ。奴の体勢を崩すなり、いっそ転倒させるなり、何か上手い方法はあるか?」

「まぁ、一足飛びにやるのは難しかろうな。威力の高すぎる魔術は、周囲への影響も強かろう。上手く加減せねばならぬだろうに、それでは奴に通用せぬ」

「つまり、言ってる場合じゃないって事だな。周囲への被害が最小限なら、それで良しとすべきだ」

「……そうなろうな」


 達観するような息を吐き、オミカゲ様も頷く。

 そして、その達観する視線を一瞬だけミレイユに向け、すぐに『地均し』へと戻す。


「そなた……相当、酷い事になっておるな。戦いの影響か」

「その様なものだ。――だから、悠長に戦略を練る時間はない。出来るなら、お前が都合よく奴を壊せる魔術でも使って終わらせて欲しいくらいだ」

「無論だが、そんな都合の良いものは存在しない」


 だろうな、と口の中で呟いて、目前へと迫った『地均し』を睨む。

 ミレイユが知る中でも、その様な魔術は存在しない。

 それでも、ミレイユより長く生きたオミカゲ様なら、何かあっても良いだろう、という期待はあった。


 いや、と心の中で頭を振る。

 ミレイユとオミカゲ様は同質の存在だが、決定的に違う部分もある。

 オミカゲ様には、ミレイユが持たない、しかしオミカゲ様しか持ち得ないものがある筈だ。


「なぁ、お前の権能は何なんだ。願力が必要で、祈りがなければ回復しないとも聞いているが、お前なら使い放題みたいなものだろう」

「間違いではないが、戦闘で有利になるものなら、既に使って圧倒しておる。そこから察して欲しいものだが……」

「頭の端では考えていたがな……、やはりか……」


 何しろ出し惜しみする場面ではない。

 使うべきと考えた時点で、使っていて当然だろう。

 ルヴァイルやインギェムと違って、オミカゲ様ならば好きに使えるポテンシャルがあるだろうし、何より信徒は日本中にいる。


 一声上げるまでもなく、常に供給され続けているようなものだ。

 今日も神宮には多くの参拝者が詰め掛けていた。時間を問わず、全国の神社で――規模の大小はあっても――似たような光景が見られる事だろう。


「因みに、何の権能だ?」

「集約と守護である。マナを一箇所の土地に集めたり、箱詰めの様に固めたり、とまぁ……色々だが。守護は……、言わずとも分かろうよ」

「鬼の被害から守る為か……」

「それを動機として発現したものであろう。我が呼び込むようなものだから、護ってやらねばならぬ故な。全国に拡げている故、一人の効果が微弱になってしまっているものの……、戦闘中であるなら、こちら一つに注力してやれる」


 思い返してみると、隊士達は強さの割に妙にしぶといと思った事がある。

 アキラが特別頑丈なだけかと思ったし、アヴェリンの教えが良かったからかだろう、と思っていた。

 無傷ではないし、重傷を負うことも珍しくないが、致命傷であっても命は繋いでいたように思う。


 御由緒家の若い連中が、四腕鬼サイクロプスと遭遇した時もそうだ。

 彼らは自力で助かっても不思議ではないが、それらと共に戦っていた隊士達の中でも、戦死者は出ていなかったと記憶している。


 誰か一人を守護する為に使っていないからこそ、その効果が分散して、ミレイユの目からしても何かの力が働いているように見えなかった。

 しかし、その守護の効果が、首の皮一枚繋がる役目を果たしていたのだろう。


 妙に納得した気持ちになったが、それならやはり、この局面で『地均し』を便利に転がす事は出来なさそうだ。

 せめてもう少し攻撃的な権能であれば、無制限とも思える願力を使って、有利に立ち回る事も出来ただろうに、と詮無き事を考えてしまう。


「弱気な事を……」


 余りに他人任せな考えをしてしまい、乾いた笑みが漏れる。

 オミカゲ様は自分自身だから、という甘えが原因だろうか。あるいは、この身体で全力を出す怖さが、無意識に誰かを頼ろうと思わせたのかもしれない。


 ミレイユは意識を切り替え、『地均し』を真下に見る。

 その動きは緩慢としたものだが、既にその姿勢は中腰まで起き上がろうとしており、完全に身体を起こすまで幾らも猶予がないように見えた。


「もはや小突くだけの攻撃では止まらぬだろうが、揺さぶりのつもりで撃ってみるか……。手を離すが、良いか?」

「……ぶっつけ本番、やってみるさ。いいぞ、離せ」


 ミレイユが返答するのと同時、脇の下に通されていた腕が離れ、ミレイユも落下を始める。

 オミカゲ様が頭上で制御を始めるのを感じながら、ミレイユは『地均し』の肩へ着地した。


 まだ直立する前の段階なので、肩というより肩甲骨の位置に近いが、ゴーレムの身体に骨のような分かり易い突起はない。

 どこまでものっぺりとした表面で、見渡す限り身を隠せる様な場所もなかった。


 悠長なことをしていると、オミカゲ様から攻撃が来る。

 だが、体勢を崩す事を第一に考えているなら、側面から衝撃を加えようとするだろう。

 身体上の構造から、直上から押されても踏ん張りやすいが、横からは弱い。


 人と良く似た構造をしている『地均し』だから、似た反応が期待できるだろう。

 だから、ミレイユの直上から魔術を放とうとはしないだろうが、衝撃で飛ばされないよう対策しておかねば、結局は同じ事だ。


 ミレイユは『念動力』で何処かに掴まろうかとしたが、どこものっぺりとした体表面では、それも無理だと思い直した。

 右手で剣を召喚して手に持つと、切断できるかどうか試すつもりで、切っ先を軽く斬り付ける。


 すると、意外なほどアッサリ剣先が表面に沈み、そのまま力を籠めれば、訳なく根本まで突き刺った。

 そこから上空にいる筈のオミカゲ様へと目を向けると、ミレイユの予想通り、『地均し』の側面へ回っていく途中だ。


 ――やはり、互いの考え方は良く似ているものらしい。

 ミレイユがどうやってしがみ付くつもりかも、向こうには察しが付いているようだ。

 安全や準備を促す掛け声もなく、オミカゲ様は制御していた魔術を解き放った。


「――くっ!!」


 行使した魔術は二つ。

 『爆炎球』と、もう一つの何かまでは分からなかったが、爆発の衝撃を最大化させる為に使ったものらしい。

 まずは転倒させる事を考えてのものなので、威力より衝撃力を優先したのだと察知できた。


 しかし、振り落とされないよう、しがみ付くのは実に大変な作業だった。

 なにしろ、オミカゲ様に容赦はなく、立て続けに魔術を撃ち込んでくる。一発で無理なら何発でも、という発想だろう。

 使った魔術の衝撃力は確かに強かったが、それでも『地均し』が倒れる気配は一向に訪れない。


「……駄目か!」


 衝撃力が足りないのではない。

 『地均し』は衝撃に対し既に身体を傾け、その体勢を防御に適したものへ変えてしまっている。

 腕を持ち上げ脇を締め、肩を突き出す前傾姿勢を取られては、もはや転倒は無理だと考えるしかない。


 元より駄目で元々のつもりでやった事だ。

 それならば、別の手段を講じるまでだった。


 『地均し』の体表面は魔術に強くはあっても、無効化できない事は確認できた。

 オミカゲ様の爆炎球で表面に小さな穴を穿ち、欠片が舞っているから、魔術耐性を持っていても堅固でないのも間違いないようだ。


 小さいとはいっても、『地均し』の体面積から見れば小さい穴というだけで、実際の大きさは馬鹿に出来たものではない。

 ミレイユの召喚剣が難なく突き刺さった事を考えても、攻撃自体は有効だが、効果的とは言い難い。


 同様に、手に持った剣をどれだけ深く突き刺そうと、敵にとっては全く取るに足らない傷だろう。

 ミレイユが苛立ちと共に剣を振り抜き、縦一直線の傷を付ける。


 試しに何度か斬り付け、傷を抉ってみたが、他と変わらぬ黄土色の穴が出来たに過ぎなかった。

 例えば筋肉や骨のようなものが表出してくれたら、またやり方は変わって来るのだが、どこまで深く抉れば表出するかも分からない。


 そして、それに意味があるかどうかも分からなかった。

 人が作ったゴーレムでさえ、土や石から出来ているのだ。


 神が造ったものでも、やはり同じと言われても驚かない。

 だが、単なるゴーレムと違う部分は確かにある。それが前面部、鎖骨の間に設けられた、巨大なレンズだ。


 頭部がなく――あるいは頭部を胸部に埋め込んだかのように見えるデザインは異質で、そして首がないからこそ、光線の発射に対しても反動が少ない構造になっている。


 そこを破壊できれば、明確な攻撃手段を一つ奪ってやれる事になるだろう。

 もし、あのレンズが攻撃だけでなく、見た目どおりカメラの役割を果たしているなら、その視界を奪う事も出来る。


 攻撃目標として、まず目指すべき場所だった。

 あるいは脇付近も有効かもしれない。光線をしばらく撃った後、排熱の為に表面部がスライドして蒸気らしきものを出していた。


 それが出来なくなれば、実質的に光線は封じたようなものだろう。

 ただしその場合、その排熱機構にまで攻撃を届かせる事が出来るか、という問題はあった。


「私だけが考える事でもないか……!」


 何しろ自分ミレイユは、もう一人いる。

 それも千年生きた、経験豊富な自分だ。逆に、あれこれと考えずとも、有力なアドバイスをしてくれそうだった。

 ――それに。


 今のミレイユの身体状況を考えると、間違いなく頼りに出来るのはオミカゲ様の方だ。

 魔力を練り込む事に、歯噛みする思いで必死にやってるぐらいだから、元より危うかった制御能力にも難が出て来ている。


「叩いたら直らないか、このポンコツ……!」


 ミレイユは空いた左手で胸元を叩き、そしてその痛みで顔を顰めながら、レンズに向かって地を蹴った。

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