誠実の恩返し その6
戦線は、本当にギリギリの所で持ち堪えていたらしい。
アキラも急いだつもりだったが、何もかも上手く事が運んでいた訳ではない。焦れる思いも多くさせられた。
しかし、間に合った。間に合わせる事が出来た。
それがアキラの心を、熱く燃え上がらせる。
それが刀を振るう力、魔物を押し返す力に変えた。
魔力の制御にも影響を与え、常より鋭い練度を見せる。体捌き、体重移動にも俊敏さが加わり、魔物の攻撃を寄せ付けない。
返す刀で魔物を斬り伏せ、次々と目標を変えては屠ってゆく。
魔物は多いが、強くはない。弱敵ばかりという意味でもなかったが、アキラの刃が通らない程、手に負えない敵はいなかった。
だがそれは、今はまだ、という段階でしかない。
孔同士は繋げる事が出来るし、孔が大きくなればそれだけ巨体の敵も出現する様になる。
そうなった時、果たしてここに居る者達で対処できるかどうか――。
アキラはちら、と視界の端に映る超大な人型に目を向ける。
仮に刃が通る相手であろうと、単に巨体だという理由で武器は通用しないだろう。
しかも、敵は明らかに人工的で、生命ですらない。
痛みがあるなら、蟻の一噛みだろうとそこから打ち崩す事も出来るだろうが、全く頓着しない相手に、針先で突くような攻撃が通用するとは思えなかった。
――だから、何とか出来る状態の内に、決着を付けるしかない。
アキラは目の前の敵に集中すべく、視線を戻した。
これは総力戦だ。
日本の隊士と、デイアートの戦士が合わさった戦力は、これ以上なく頼もしく感じるが、同時にこれ以上の援軍は期待できない。
見て見れば、戦闘に参加しているのは人間だけでなく、巨大な獣の姿も見える。炎を身体に纏い、全身全てを武器にしている神狼だった。
そのすぐ傍では、いつかミレイユが見せてくれた犬型の精霊も見える。
八房様やフラットロという精霊の助力を受けている現状、何とか今は押し返す事が出来ている。
孔はこれ以上増えないと思いたいが、そんな保障はどこにもない。
だが、今はとにかく、目の前の敵を打ち倒す事に専念するしかなかった。
戦力差が翻った事で、魔物が増える速度と処理速度も逆転した。
だが、隊士達には疲れが見える。
当然だろう。これまで凌ぎ続けて来た事こそ奇跡だ。
彼らの意地、退魔鎮守、そして護国堅持の精神が、これまで魔物の暴挙を許さなかった。
結界が破れた事で、なお必死になっていた面もあるだろう。
精神だけは負けるつもりがなくとも、体力まで同じ様にはいかない。
アキラ達は外へ漏れ出ようとした魔物達を討ち倒し終わると、前線へ合流した。
近付けば近付くほど群れの圧力は増していき、先程までと同様に次々と斬り伏せるとは行かなくなった。
しかし、合流した事により、隊士達の負担は軽くなった筈だ。
その中にあって、無限の体力と対応力を見せるアヴェリンとユミルは、流石と言わざるを得なかった。
頼もしいと思いつつ、呆れるような気持ちも沸き起こる中、一人の隊士がアキラの目に付く。
――それは、アキラが良く知る人物だ。
側面の魔物を斬り付け、突き刺さった刀を抜こうとした隙を、別の魔物に狙われている。
「阿由葉さんッ!」
その隙は決定的なものに見えた。
刀を抜こうと、抜かずに避けようと、躱し切れない攻撃に見えた。
獣型の魔物は、その大きく開けた牙で噛みつこうとしている。
「――させるかッ!!」
アキラはこれまでに類を見えない集中力を見せ、全くの無駄なく完璧な魔力制御をし、爆発的な瞬発力で接近した。
その接近する勢いそのままに、魔物を斬り付け突き飛ばす。
それで空中で分断されながら吹き飛んで行き、後には呆然と見える七生が顔を向けていた。
彼女としても、躱せないと覚悟を決めた直後の事だったからだろう。
最初は理解が追い付いていなかったようだが、アキラの顔を認めるにつれ、その顔が綻んでいく。
「アキラくん……!」
「平気?」
問いながらも、接近して来た別の魔物を斬り倒す。
七生は今度こそ顔に笑みを浮かべ、それから力強く頷いた。
「えぇ! ありがとう、助かったわ」
「阿由葉さんがピンチの時、今度は僕が助けるって約束したからね」
そう言って、顔を向けつつ小さく笑う。
アキラにとって、神宮での乱戦は既に遠い過去の事だが、あの時、七生が助けてくれた恩は忘れていない。
そして、そのとき自分が何を言ったかも、同様に忘れていなかった。
「う……っ!」
七生が見つめる目が潤む。
赤面し始めた顔を見て、我ながらキザな事を言ったな、と自分まで恥ずかしくなった。
そうして、そんな事を言い合ってる場合じゃないな、と意識を切り替えようとした時、死角から魔物が襲い掛かってきた。
しまった、と思う暇も無い。
咄嗟に刻印を発動させても間に合わない。刻印は確かに短時間で魔術を行使してくれるが、その発動には僅かな時間が必要だ。
せめて致命傷だけは、と身を翻すと同時、横合いから突き出された槍に貫かれ、魔物は吹き飛んでいく。
まるで、さっき自分がした事の焼き直しだ。
苦い思いをしていると、やおら側面から声が掛かった。
「誰かを助けるつもりで、自分が助けられちゃ世話ないね」
誰からの声か、武器を見た瞬間から気付いている。
苦い顔をさせながら顔を向けると、そこにはやはり、イルヴィが突き出した槍を懐に戻している最中だった。
「……全くだ。すまない、イルヴィ」
「良いって事さ。互いに庇い合うのがチームなんだ。だから、あんまり一人で突出すんじゃないよ」
「そうそう!」
苦言を呈されている間に、もう一人のチームメンバー、スメラータも追い付いたようだ。
困った顔をしつつも笑みを隠しきれず、手に持った大剣を周囲にチラつかせながら言う。
「アキラは人が
「……どちら様?」
七生から信じられないほど低い声が聞こえた。
先程までの潤んだ瞳はどこへやら、底冷えするような視線がイルヴィ達に向いている。
その視線を悠然と受け止めて、イルヴィは胸を張りながら答えた。
「アキラを婿にする女だ」
「――はぁ!?」
驚愕の声はアキラと七生、双方から上がり、そこへスメラータが冷めた視線を向けつつ言い添える。
「いや、それアンタが勝手に言ってるだけじゃん。単なるチームの一員でしかないし」
「今だけの話だろ。アキラは一生に一度の男だ。他を考えてないんだから、婿になるのは決定みたいなもんだ」
「んな訳ないじゃん、――ねッ!」
呆れた視線を向けつつも、魔物についてはしっかり把握していたスメラータが、大剣を振り回して一刀両断に斬り裂いた。
吹き出す血を避ける為に、死体を剣の腹でぞんざいに突き飛ばし、次なる敵に備える。
悠長に歓談している暇はなく、まず魔物に対するのが急務だった。
それは七生も良く理解しているので、刀を手にして魔物へ体ごと向ける。
そうして殺気を漲らせて睨む様は、まるで百年込めた恨みを向けるかのようだった。
背中をゾクリを震わせていると、辺りに一際大きな声が響いた。
顔を向けると、七生の姉にして隊士達の指揮官、結希乃が重なり合って倒れた魔物の上に立ち、刀を掲げている。
「戦力に余裕の出来た、今がチャンスだ! この間に体勢を立て直し、鬼どもに対処できる強固な陣を形成する! 援軍部隊、前に出て圧力を掛けろ! 隊士達は入れ替わり、後方の壁となれ!」
イルヴィが興味深そうに結希乃へ顔を向け、それからアキラとスメラータへ向き直る。
顎をシャクって指示通りに前へ出ようと示した。
孔から出てくる魔物は、流水の様に一定の量で出て来る訳ではない。
そこには必ず波があり、侵出の間があった。
魔物の数は未だ溢れる数がいて、襲い掛かって来ている敵もいる。
だが立て直すには、この隙を利用する他ないと、アキラでさえ判断できた。
援軍組と隊士組は連携が取れていると言えないし、下手をすると獣人族は敵とも受け取られかねないが、聡明な結希乃なら見誤らないし上手くやってくれると思った。
アキラはイルヴィとスメラータへ目配せして、口に出して鼓舞する。
「後方からの魔術攻撃が出来るなら、上手く分断して孔の魔物を封殺できるかもしれない! ここが踏ん張りどころだ!」
「ま、確かにそれ以外、勝ち筋が見えなさそうだ。それに、あの湧き出る変なヤツは何なんだ。あれ壊すのが先じゃないのかい」
「壊せないから困ってるんだ。あの巨体がやってるから、そっちを倒さないとどうにも……!」
「あれか……」
結希乃の指示通り、隊士達と入れ替わって前面に出ながら、イルヴィは吐き捨てる様に言った。
目に付かない筈のない、巨大な人型兵器。
武器の一つ、魔術の一つでどうにかなる存在ではないと、視界に入った瞬間、彼女にも分かった筈だ。
そして、それは事実でもある。
あれに対処できる存在がいるとしたら、それは神様以外有り得ない。
しかし、問題はない。神であるオミカゲ様とミレイユ、この二人が対処に動いているのだ。
ならば、二人に任せておけば万事問題ないという事だ。
魔物を相手にしながらも、視界の端では壮絶な戦いが繰り広げられている。
一つの人影が飛び回り、もう一つの影も人形兵器の周囲を飛び回っては攪乱し、攻撃を繰り返していた。
「あれの相手は、凄く頼りになる方々がやってくれてる。だから、僕たちは僕たちに出来る事をしよう!」
「それがつまり、場当たり的に魔物を削り続けるって事かい! こっちの精神まで削れるね、そりゃ……!」
「今まで耐え続けてくれた人がいるんだ! 僕らだって同じ事やれないと申し訳が立たないよ!」
「それもまたどうだかね……! 消極的すぎないか、――っと!」
また一匹、魔物を槍で突き刺し、イルヴィは不満げな声を上げた。
攻撃的な彼女には、そもそも防衛戦自体が向いていないのかもしれないが、あの巨体に対し、ひと一人が何か出来るとは思えない。
出来るとするなら、それはミレイユを始めとして、アヴェリンなどの超越者しか無理なのではないか、と思える。
それは決して卑屈ではなく、純然たる事実を基にした推論だ。
そして本来なら、有象無象の雑魚を相手にさせるより、強敵に充てるのが正しい運用だとも思うのだ。
何事にも、適材適所というものがある。
数は力と言うが、やはり例外はある。真に強大な相手には、同様に強大な者しか相対できない。
――その直後、アキラの考えが事実であると分かった。
突然、巨大な爆発と衝撃がアキラ達を襲い、思わず転びそうになって踏ん張った。
「な、なん、だ……ッ!?」
到底、力加減一つで留まれる規模ではなく、その熱波と衝撃波は、咄嗟に刻印を使わせる程のものだった。
イルヴィとスメラータを近くに引き寄せ、二人の盾となる。
爆光も激しく目を開けていられない程で、腕を庇代わりに庇いながら様子を窺う。
そして遠くでは、隊士や魔術士が一丸となって、防御膜を構築しているところだった。
上空で発生した巨大な爆発は、まるで小さな太陽のようでもあり、その衝撃力は何十トンもの爆薬を起爆させたものより大きく思えた。
ここから薄っすら見える限りでは、その衝撃力を上空へ逃している様だが、つまり余波だけでそれだけの威力なのに、踏ん張るだけで精一杯という有様だ。
到底、市街地上空で発生させて良い爆発ではなく、現代の基準でも小型核を起爆させたかのような衝撃だった。
どういう判断で使用したのか、アキラには分からない。
だが、そこまでしなくては倒せないと思ったからこそ、使用に踏み切ったのだろう。
何しろ、オミカゲ様が人的被害を考慮せず、そんな攻撃を許可したと思えないのだ。
周辺の建物の被害は甚大だろうと思うが、あれを自由にさせた方が被害は大きい。
それを思えば、英断だったと言う気がする。
そうして次第に光が収まるにつれ、その思いは確信へと変わった。
巨大な人型をしていた兵器は、鳩尾辺りから上が、スプーンで切り取られたかのように、すっぱりと無くなっている。
巨大な両腕も肘から上が消滅していて、重量に従って落下し、地を震わせる震動と共に倒れていった。
これで光線を出していたレンズ部分、そして抵抗する為の腕部分が失くなった。
勝利も近い、という確信が強まる。
これで孔も消失するかもしれない。
胸の奥にじわじわと希望が湧いて来る。
だが、生まれたばかりの希望すら打ち砕く、衝撃の光景が目の前に飛び込んできた。
「――ミレイユ様ッ!?」
傷だらけ、火傷だらけのミレイユが、凄まじい勢いで落下して来る。
力なく四肢を伸ばし、頭からそのまま地面にぶつかると、衝撃と共に土煙を巻き上げた。
受け身も何も、取る余裕がなかったように思える。
大丈夫なのか、無事なのか、心配して駆け寄りたいが、目の前の魔物がそれを許してくれない。
今のアキラは軍として動いているのだ。
勝手な行動は許されないし、何よりアヴェリンこそ一番に駆け寄りたいと思っているだろうに、自分の役割に専念している。
それなのに、彼女を差し置いてアキラが勝手をする訳にはいかなかった。
歯噛みして目の前の魔物に対処していると、そこへ更なる衝撃が目の前に飛び込んで来る。
ミレイユの時と似ているが、落下する時の勢いは随分と緩やかだ。
しかし、オミカゲ様も力なく四肢を放り出して、落下している部分は共通している。
「……オミカゲ様!!」
その声を上げたのは、一体誰だったのか。
隊士の一人が上げた声は、隊士達をオミカゲ様に視線を集中させる事になり、そして後方の動きが止まる。
衝撃的な光景に、誰も理解を拒絶させた。
そこに鋭い女性の声が響く。それがユミルの声だったと、数秒後に理解できた。
「テオ! アンタこの時の為に来たんでしょ! さっさとやりなさい!」
「分かってる! もうやった!」
声は分かっても、内容はアキラに理解できない。
だが、何らかの秘策を用意してあって、それを実行したのだと言う事だけは分かった。
とはいえ、それがこの局面でどう作用するか不明だ。
ただ、アキラはミレイユに駆け寄りたい衝動を、必死に目の間の魔物にぶつけるしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます