誠実の恩返し その5
旧デルン城へ辿り着くと、そこでは来た時と変わらぬ様相で、慌ただしく人が行き来していた。
アキラが冒険者を引き連れて入城すると、三十人を超える集団に誰もギョッとして道を譲った。
申し訳ない気持ちがありつつも、大所帯だとどうしてもそういう事になってしまう。
お上品とは掛け離れている冒険者だから、一列ないし二列で整然と行進、など望むべくもない。
思わず威圧する様になってしまったが、勿論アキラにそんなつもりはないので、道を譲ってくれた人にはペコペコと頭を下げて通り過ぎて行った。
だがここは、たった一度通っただけの場所で土地勘もなく、人が行く場所を追っているだけでは、テオ達の居る部屋に辿り着けなかった。
右往左往しつつ、何とか目的の部屋に入ると、そこにはアキラが連れて来た冒険者と、勝るとも劣らない数の獣人族が待ち構えていた。
冒険者の中には、癖なのかつい戦闘態勢を取ろうとした者もいたが、対して獣人族は冷静そのものだった。
特に中心にいた灰色の髪が獅子の
「へぇ、いいじゃないか。一人か二人しか連れて来ないって話だったが、いやはやどうして、居る所には居るもんだ。烏合の衆だろうと、盾代わりにはなるもんな」
「それはこっちの台詞でもあるんだがね。そいつら全員、戦場に向かうのかい? 一日中、寝る事もなく、駆けずり回っていた筈じゃないか。戦力になるのかね?」
売り言葉に買い言葉、イルヴィが尊大に言い返して、一瞬で緊迫した雰囲気が出来上がる。
獣人族の女戦士が、鼻で笑って背後へと横顔を向けた。
「あぁ、最高の状態さ。森の民は一日寝ないぐらいで、へこたれる程ヤワじゃない。街暮らしのお上品な奴らには、分からんだろうから無理もないがね」
「あぁ、土の上で寝てる奴は言う事が違うねぇ。気勢の張り方だけは立派なもんだ。森の――」
更に何か挑発めいたものを口にしようとしたイルヴィを、スメラータが肩を掴んで止めた。
「ちょっとちょっと、待って。――イルヴィ、あんた何言ってるの」
「落ち着け、フレン。喧嘩がしたいなら任を外す。向こうでは協力した戦闘が求められるのだぞ、そんな事でどうする」
同じく壮年のエルフが、獣人の女戦士――フレンを窘めていた。
両者ともに悔恨の表情が見えていたが、何やらシンパシーを感じて止められなかったらしい。
アキラの目から見ても似た者同士に思えるので、同族嫌悪の様なものを直感的に感じ、あぁした台詞が口から出たのかもしれない。
だがいずれにしても、エルフの言うとおりだった。
向こうに付けば、一致団結して挑んで貰わねばならない。
ここでいらぬ諍いをして貰う訳にはいかなかった。
アキラの方からも苦言を呈し、しっかりと言い含めると、これには素直に謝罪があった。
「あぁ、すまない……。どうにも……言い返してやらないと気が済まなくなって……」
「知り合い?」
「いや、知らん。見た事もないが、あれは戦士だ。……本物のね。それが気に食わなかったのかもしれない」
言われてアキラも探ってみると、そこには確かに洗練された魔力制御が見て取れた。
スメラータとの鍛錬で、他者の実力が見抜けるようになってきたアキラだから、フレンの実力も注力すれば表面的な部分は読み取れる。
確かに、フレンの実力は一級冒険者と遜色ないものだ。刻印を持たないだろう事を考えれば、イルヴィの言う本物の戦士という評価にも納得する。
だがそれに、頼もしく感じても疎ましく感じる事はない。
これからは味方なのだから、頼りがいのある味方が出来たと喜ぶべきだった。
アキラ達がイルヴィを宥め、窘めている間に、向こう側でも同じ事が起きていた。
「フレン、今の軽率な行動が向こう側でどういう不利をもたらすか、良く考えろ。向かう先では、ミレイユ様のお助けとなる戦力として求められる。諍いを生む輩が、それを十全にこなせるか、それを今一度考えろ」
「あぁ、すまなかった……。奴の様な冒険者は、今までまず敵として戦う事が多かったからな……。つい戦意が漏れて、敵を相手する様な気持ちになっちまってた……」
「よく気をつけろ。ミレイユ様がお待ちだ。その助けとなるべく、お前たちを送り込むのだからな。今一度、その意義をよく胸に刻んでおけ」
「分かった、悪かった」
フレンが両手を上げた事で、話し合い――あるいは説教――が終わったようだった。
その会話の中断したところを目掛け、アキラは近寄って一礼する。
「うちの者が失礼しました。共に戦場に立てる事を光栄に思います」
「あぁ、こちらこそ、うちの者が大変な無礼を……。こんな事で、戦う前から仲違いなど、ミレイユ様に顔向けが出来ん」
「ですね。それにしても、良く……」
アキラは、三十人は下らない獣人族の戦士達を、一通り見回してから感嘆の息を吐いた。
「これ程の人数、集められましたね」
「それはこちらの台詞でもあるんだがね」
そう言って壮年のエルフは、にやりと笑った。
「援軍は多い方が好ましい。……互いに無茶をしたものだな?」
「いや、はは……」
何と返して良いか分からず、曖昧に笑って誤魔化していると、準備作業を終えたらしい獣人族が一方向へ身体の向きを変える。
そちらは孔が用意された部屋の方向であり、それで早速向かうつもりなのだと察しが付いた。
実際、要らぬ諍いで時間を浪費したのは事実なのだ。
いち早く助けに向かうべきなので、彼らの行動は当然に思えた。
しかしそこで、ふと場違いな存在がいる事に気が付く。
まだ十二、三歳程度の少年で、執務机で必死に書類を捌いていた者だった。
戦闘に長けているように見えないしが、しかしルチアという例もある。
単純な外見だけで戦力を見る訳にはいかないと分かっているが、とはいえ彼には、責務があるのではないだろうか。
多分、王として立っている筈で、その様な人が戦場に行くのは拙い気がする。
アキラは思わずその背とエルフを見比べて、大丈夫なのかと声を掛けたのだが、これには双方から肯定の頷きが返って来た。
「そういう話に決まったのでね。それに合理的でもある」
「そうなんですか……?」
「そうともよ。戦力としては無力だが……」テオは尊大に頷いて腕を組む。「抑え込んだものを、開放してやる必要があるかもしれない。今も割りとギリギリだから、状況によっては勝手に溢れるかもしれんが、確実性を取るなら俺が必要だ」
「はぁ……」
アキラには言ってる事が意味不明だが、エルフの方も力強く頷いているところを見るに、彼が重要な存在であるのは間違いないらしい。
尊大な態度を取れるだけの役目が、彼にはあるようだ。
そういう事であれば、アキラから言える事はない。
とはいえ、元より勝手に紛れ込んだ子供という訳でなければ、アキラに何かを言う資格はないのだが。
問題ないと言うなら、アキラ達も孔へ向かうべきだった。
イルヴィ達に顔を向けると、獣人達の後に付いていくよう指示する。
だが、共同戦線はともかく、後塵を拝する事は気に食わない者達がいた。
イルヴィを始めとした、血の気の多い輩が、我先へと向かって獣人達を追い抜こうとする。
イルヴィが我先に、となればドメニも黙っていられない性格だからその背を追い、またそれらを見過ごせない者達が更に追う。
そうとなればフレン達も黙っていられない訳で、整然として列を作っていた彼らもあっという間に隊列が崩れ、我先にと泳ぐように腕で掻き分けて進んで行った。
「何してんだよ、もう……!」
「プライドの問題、なのかなぁ……?」
アキラは思わず目に手を当てて嘆いたが、スメラータだけは傍に残って呆れた声で見送っていた。
しかし、こうなってはもう止まらないだろうし、止めようともない。
アキラは騒がせた事を詫びる意味でも、部屋の中にいる文官らしき者達にも丁寧に頭を下げ、それから彼らの後を追った。
入った部屋の中では、目を丸くさせたインギェムとルヴァイルがおり、人の群れに轢かれない様に部屋の端に寄っていた。
そこにも詫びの意味で頭を下げ、アキラも孔へと身を投じる。
既に一往復しているし、過去には一度通った事もあるので慣れたものだが、スメラータは手足をバタつかせてバランスを取ろうしていた。
そんな事をしなくても、身体はどこかへ飛ばされたりしないのだが、前方を見てみれば大概誰もが同じような反応をしている。
考えてみれば、手足が地面に付かない状態など経験ないだろうから、何か掴める物はないかと動かしてしまうのは当然なのかもしれない。
「大丈夫、すぐに着くから。流れに身を任せておくと良いよ」
「お、う、うん……! 確かに、何もしてない方が楽、かも……」
「到着と同時に戦闘開始だから、身構えておく必要はあるかもね」
そう言って、アキラは前方に見える集団へも声を張り上げて忠告する。
「多分、あと幾らもせずに到着する! 目の前にはすぐに魔物がいる筈だ! 後続の事も考えて、前進し続けるのを心がけて!」
返事と共に腕を振り上げ、了解を示すと同時に、武器を手に持つ者が増え始めた。
足踏みしたところで、踏み抜く床も大地もない。しかし、慣れた動作は例え音が鳴らずとも行ってしまうものらしかった。
腕を突き上げる度、彼らから戦意を漲らせる掛け声が上がる。
「ソール、ソール、ソール!」
「――ソール、ソール、ソール!」
魔物の群れに立ち向かうと理解していても、なお戦意を漲らせ、ぶつかりに行ける彼らの勇姿は頼もしい。
その背を見つめていると、アキラまで勇気付けられ声を張り上げたくなる。
すぐ後ろでスメラータもソールの掛け声を叫ぶと、アキラも自分の情動は止められなかった。
「ソール、ソール、ソール!」
アキラもスメラータも武器を抜き、高々と掲げて互いに笑みを交わす。
そうして再び声を張り上げようとした時、視界が一瞬で切り替わって、神宮の中に魔物の蔓延る姿が目に入った。
先に到着していたエルフ五百人、それから攻勢理術士の隊士達、それらが前線に援護射撃を行っていた。
打ち倒せる魔物も多数いるが、それ一発で倒せない敵もいる。
そうした魔物は攻撃に対して素直な反撃の姿勢を見せ、後方へ飛びかかろうとしていた。
元より群れているだけで、戦略的な攻防など考えていない魔物どもだ。
持ち場という概念もなく、ただ手近な相手に攻撃し、そして攻撃に対して反撃していただけだった。
しかし、同時に数は力だ。
前線だけでは押し留められず、魔術攻撃で堰き止めていた魔物の一部が、最後の一線を突破するのを許してしまった。
前線の隊士達が魔物共を追おうにも、他に相手すべき魔物は幾らでもいる。
悔しさに顔を歪め見送るしかないところで、その顔が驚愕に染まるのが見えた。
その視線を受け取る先には、アキラが――共に連れてきた冒険者と獣人族がいる。
「ソール、ソール、ソール!」
「――ソール、ソール、ソール!」
意味不明な掛け声と共にやって来た彼らは、異常に映っただろう。
だが、最後の一声と共に動きを止め、全員が武器を構えた所は、前線から漏れ出た魔物どもの正面だった。
偶然にも後方を守る壁として機能する事になり、何をすべきか、戦闘慣れした彼らは瞬時に悟って横に広がる。
自然とリーダー的立場に収まったイルヴィと、そもそもリーダーだったフレンが先頭に立ち、すぐ後ろに立つ味方へ声を張り上げた。
「敵だ! よりどりみどり、好きに狩れ!」
「未知の敵もいるよ! 一人で立ち向かうな、最低でも三人で挑むように心がけろ!」
「臆するな! 血が流れる奴なら必ず殺せる! ――侮られるな、目にもの見せてやれ!」
『ウォォォォオオオオ!!』
急造の戦士団が、一丸となって魔物に向かっていく。
アキラも先頭付近で武器を取り、迫りくる魔物に次々と刃を斬り付けて行った。
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