誠実の恩返し その4

「ドメニも、ありがとう。助かった」

「まだ助けてねぇだろが。感謝は後に取っとけや」


 ぶっきらぼうに顔を逸らすが、その表情は緩みそうになるのを必死に押さえて、ムニムニと不格好に揺れている。

 気付かれたくも、指摘されたくもないだろうとも主ので、今は気付かない振りをして、出口の方へと顔を向けた。


 待つ事しか出来ないが、今はそれを時間の浪費とは思わない。

 焦る気持ちはあるものの、アキラが飛び出して解決する問題でもないのだ。

 呼びつけた側が、あっちへこっちへと移動していては、集まるものも集まらない。


 それで仕方なくホール内を左右へ動いていたのだが、幾らもせずに地を蹴りつける音が聞こえてきた。

 呼びに行ったにしては早すぎるので、誰か別の目的で来た人だろう、と思いつつ顔を向ける。

 そうして見ていると、額に汗を浮かせた冒険者が、滑り込む様に入ってきた。


「――おう! アキラが呼んでるって!?」

「えぇ!? もう来たの!?」

「……事情、知ってんのかねぇ?」


 疑問に思うのも当然で、イデモイが飛び出してから、まだ一分程度しか経っていない。

 それにアキラ自身、自分が求心力を持っているなど思っておらず、助けを呼んだからと直ぐに手が伸ばされるとは、全く予想していなかった。


 だから、スメラータやイルヴィも首を傾げた事も不思議に思っていないし、彼女が言ったとおり、事情を知らないどころか盛大な勘違いをして来たのだろう、と思っていた。


 目的の人達が来るまでにはまだ掛かるだろうし、説明する時間は十分ありそうだ、と暇つぶしのつもりで口を開こうとした時、そこへまた別の冒険者が走り込んで来た。


「アキラが助け欲しいって、本当か!?」

「えっ、今度は本当に? 早すぎない……!?」

「助けはともかく、どういう内容かまで知らないんじゃないかねぇ。……いや、そういやあたし達も知らなかったか」


 そう言って、イルヴィはあっけからかんと笑う。

 とはいえ彼女達の場合、アキラの為なら一肌脱ぐ事に躊躇いはないから良いとして、他の人達まで何も知らないのは問題だった。


 助けて欲しい内容が、魔物討伐なのだ。

 冒険者は大抵魔物討伐などお手の物だが、この救助活動で刻印を使い切っている場合、手助けどころか命を捨てるだけになり兼ねない。


 しかし、どう説明すれば良いか考えている間に、次々と冒険者がホールに入り込んでくる。


「アキラが呼んでるって本当か!」

「おい、アキラが困ってるって!?」

「――助けを欲しがってると聞いて!」

「アキラが助けてと泣いてる!?」

「――アキラが泣くほど酷い怪我だって!?」

「おら、奇跡だ! 治癒刻印残ってる奴つれてきたぞ!」


 あれよあれよと言う間に人が増え、十人程度、あっという間に集まった。

 しかも、どこかで伝言がねじくれて伝わったらしく、いつの間にやらアキラが重体で助けを呼んでいる、という事になってしまっている。


「皆……、どうして……!」

「どうしてもこうしてもあるか。助けがいるんだろ?」

「――なんだ、怪我してないじゃないか」

「別にいいだろ、無事だったんだから」

「まぁ、そうだな。無事で良かった! ……じゃあ、これはどういう集まりだ?」


 自分は案外、大事に思われていたんだな、と目頭が熱くなり始めたところで、ハタと思い至る。

 流石に事態を収拾しないと拙いし、具体的にどうして欲しいかの説明も必要だ。

 集まってくれた面々には、真摯に内容を伝えて、魔物討伐の助けを欲していると伝えた。


 しかも、単に一体倒せば終わりではなく、次々と湧き出る魔物と戦い続ける必要がある。

 この世界の基準で見ても、相当な異常事態だった。


 別世界で戦って貰う事は説明してないが、詳しく説明しても理解は得られなそうだから、そこは割愛しても良いだろう。

 重要な点は、遠く離れた場所にて、死を厭わず戦って貰う必要がある、という部分だった。


「なるほど、事情は分かった! 大変な事が起きてるらしいな! だったらそれは、まさしく冒険者の役目って訳だ!」

「ミノタウロスとか易しい部類の魔物もいるけど……」

「おい、聞いたな! 二級冒険者以上のみ参加だ! それ以外は持ち場に戻れ!」

「大丈夫だ、アキラの助けって時点で半端者は尻込みしてらぁ!」


 そこで一頻り笑いが起こり、次いで真面目な声がホールに響く。


「とはいえだ、だったら数は必要だ。三級以下の奴は、今もどこかで救助や復旧作業してる奴と変わってこい。もしくは、もっと広い範囲で仲間を集めろ。話を聞く限りじゃ、これじゃ全然足りねぇよ!」

「おっし、じゃあ俺行ってくる。刻印が空じゃ、役に立つのも難しいだろ」

「――だな。刻印の使用回数が怪しい奴も、今は遠慮しとく方が良さそうだぞ! 魔物が湧いて止まらねぇんだと!」


 今し方、来たばかりの冒険者にも分かるように声を張り、それから戦闘に参加する者、あるいは補助に回る者、仕事を変わって別の誰かを呼び出す者と振り分けて行く。


「えっと、でも本当に良いの? 危険だけど……」

「危険が怖くて冒険者がやれるか! そんなの今更だろうが! いいんだよ、お前には世話になってんだ!」

「そうだ! いつ借りを返せるのか、こっちはずっと探してたんだぞ!」

「皆……!」


 目頭が更に熱くなって来たところで、大事な事を言い忘れていたと、アキラもまた声を張る。


「今回、依頼を途中で破棄した人は、こっちで違約金持ちますので! 遠慮なく声かけて下さい!」

「いらねぇよ、馬鹿! なんの為に借り返すと思ってんだ! お前はもちっと、その辺の機微ってもん勉強しろよな!」


 そうだそうだ、と笑いが起きた。

 そして、アキラの肩を鼓舞するように叩く者が現れる。

 そうすると一人、また一人とアキラの肩や背を叩き始め、アキラは張り手の嵐に見舞われる事になった。


 その仕草は荒っぽいが、実に冒険者らしいもので、誰もが純粋に労ってくれていると分かる。

 集まった人数は既に三十人を優に超える上に、受ける衝撃も三十人分では利かない。

 それでも、アキラはその衝撃を笑顔と共に受け取った。


 全員の意志は確認できたし、納得も得られたとなれば、後は移動するだけだ。

 しかし、何処か別の場所とは知っていても、詳しい場所までは誰も知らない。

 それでドメニが代表して問いかけて来た。


「――で? 俺達ゃ、何処に行けば良いんだ? 遠い場所なら食料の調達やら何やら必要なんだが、今の都市にそんな余裕あるのか? おう、誰か分かるか?」

「露店にあるのは全滅だ。この騒動で駄目になったヤツも多いし、そうじゃなきゃ買い占められてたりするからな」

「遠征できるだけの量は、ちょっと無理だろ」


 それぞれが調達に際して意見を述べ合ったり、人数が膨れ上がっているから旅団を結成すべき、など様々な意見が飛び出して、アキラは慌てて手を振り声を張り上げた。


「あぁ、……っと! 大丈夫、目的地へは転移して行きます! 城の中にありますので、食料の調達や移動時間については問題ありません!」

「おぉ、何だよ。そうなのか。……しかし、城の中だぁ? 今あそこん中は、魔族たちが支配してんだろ? 行って大丈夫なのか?」

「いや、魔族じゃないから。エルフだから。それを言ったら獣人族だって魔族だし、あの人達は街の人、見捨たりとかしなかったじゃん」


 スメラータがドメニの怪訝とした表情に注意して、その様に釈明すると、口々に同意する声が上がる。


「そうだよな……。まぁ、敗戦直後に兵達が動けたかって言われたら、命令系統の問題もあって難しかったろうと思うけど……。でも、獣人なんかの初動は早かったし、活発だったな。助けられた奴も多いだろ」

「国取りしたんだから、当然だろ」

「当然だとして、終戦直後で大変な時だったろ。他の誰でも、同じ事が出来たかって言われたら、話はまた別だ」

「それに、二百年も続いてた戦争だぞ。森の民からしたら、助けたくない気持ちも、少なからずあった筈じゃないのか」


 恨み骨髄と感じるのはあくまで都市を支配するデルンだったとは思うが、その皺寄せとでも言うのか、一緒くたに敵意を向けてしまうのは仕方ない。

 それでも、勝者となり覇者となった森の民は、その覇者として相応しい対応を、その行動で示した。

 支配下にあるからには決して見捨てない、とその積極的な救助という活動で示したのだ。


「まぁ、だから行ったからって襲われるような事はないだろ。……ただ、邪魔しないかだけ心配だな」

「あぁ、相当忙しく人が出入りしてるって聞いたぜ。まぁ、当然だな……。街中で混乱してるのに、それを取り纏めたり対応したりで動いてるんだろ? それを俺たちが下手する訳にゃいかねぇよ」

「その辺りは大丈夫」


 アキラが胸を張って太鼓判を押した。


「この救援は、そのエルフ側からも協力を得られてます。森の民からも協力者が捻出できれば、協力して貰う事になってます」

「そうなのかよ。……にしても、城から転移するとして、そっから何処行くんだよ? ――というか、エルフも了承してる救援ってなんだ?」

「一言で説明すると難しいんだけど……。僕の故郷を救う、その手助けを……」

「お前の故郷!? なんだよ、お前。エルフが協力するほど仲が良かったのか?」


 ホールにざわめきが走り、どういう事かと勝手な憶測が走り始めた。

 色々と説明したいのは山々だが、今も決死の思いで隊士達が魔物を抑え込んでいるのだ。

 そこで時間を使うより、今はとにかく急ぎたかった。


 これまでの時間を浪費というつもりはないが、それでも多くを消費してしまった。

 動揺らしきものが拡がり始めた時、イルヴィが一喝して周りを黙らせる。


「アキラの故郷か! そりゃ救ってやらなきゃならないね! 生まれ故郷を守る! 必死になるには十分な理由じゃないか。――えぇ、お前たちはどうだ!?」

「おう、そりゃそうだ! 生まれた場所を守りたいのは当然だ!」

「いずれ骨を埋める場所だ! 守りたいに決まってる!」

「だったら行こう! 助けてやろうじゃないか! お前ら、アキラに借りを返すんだろ!?」

「おうとも、これで倍返しする事になるか!?」

「そりゃ戦働き次第だ!」


 そこで再び笑いが起きて、腕を振り上げ戦勝を願う掛け声が上がる。


「ソール、ソール、ソール!」

「……ソール、ソール、ソール!」


 掛け声のボルテージが高まると共に、そこへ足踏みも加わり、大音響でホールに響いた。

 イルヴィが槍を取り出し、その石突きで床を叩く。

 同じ様に柄の長い武器を持つ者はイルヴィに倣い、ない者は盾を叩いたりと、とにかく音に合わせて音を合わせる。


 声と足踏み、武具のかち合う音が重り、冒険者の戦意も増しに増した。

 高揚が頂点に達した時、イルヴィが殊更大きく音を立て、それで全員の声と音が止まる。


「――行くぞ! 魔物どもを蹴散らせ!」

「ッォォオオオオ!!!!」

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