誠実の恩返し その3

 ドメニは殊更分かり易いように嘲笑う顔を見せつつ、首に手を当てて骨を鳴らした。

 そこにイルヴィが不快そうに眉を寄せて、虫を払う様に手を揺らす。


「悪いけどね、ドメニ。こっちはあんたに構うほど暇じゃないんだ。どうせお前も、お高い報奨金に釣られて稼ぐクチだろ? だったら、さっさと行けばいい」

「いや、そういう訳にゃいかねぇ。何やら、アキラから聞き捨てならねぇ台詞が聞こえたからな」


 そう言ってニヤリと笑って首から手を離すと、後ろに立っていた小男、イデモイまでもがニヤリと笑う。

 彼も冒険者ではあったが小物らしく爪弾き者で、どこのパーティに居ても長続きしない男と聞いた覚えがあった。


 稼ぐ能力がないなら向いていないという事なので、それなら素直に辞めるしかないのだが、境遇を憐れに思ったのか、ドメニが拾った形だ。


 かつて苦境に立たされたドメニが、底辺の苦難を知った事で、共感めいたり同情心が湧き上がったのではないかと予想している。

 とにかく、ドメニは小男の世話をする事になり、そして今になってもその関係は継続していたらしい。


 唯我独尊の利己主義だったドメニが、太鼓持ちにしかならない男でも気に掛ける事が出来るようになったのは、ある種の成長であるかもしれない。

 能力だけを見ず為人ひととなりで判断するのも、チームに組み込む大事な要素だが、小男の場合はどちらも眉を顰めるものだ。


 だが、本人同士が満足しているなら、そこに口を挟む事ではないのだろう。

 当時から小男からは粘ついた嫉妬の視線を感じたが、今は優越的なものも含まれている。


 何か憂さ晴らしついでの、良い口実を見つけたかのような視線だった。

 ドメニは一歩近付くと、挑発的な笑みを浮かべてアキラに問う。


「なぁ、今ちょいと聞こえて来たんだがよ? ……あぁ、勿論俺の聞き間違いなら、素直にそう言ってくれや。二人を何処ぞへ連れてくって?」

「……そうだよ。連れてくつもり」

「街の惨状を知って、手助けが欲しい奴らが待ってるの知っててか? 冒険者は力自慢が売りだ、きっと役に立つだろうにな?」

「……それでも、僕の勝手、僕の我儘で連れて行く。……助けが、必要なんだ」

「ほっほぉ……!」


 ドメニは実に面白い事を聞いたと分かるように、わざとらしく目を開き、眉を上げて腕を組む。

 スメラータが眉を顰め、威嚇するように睨み付けてながら、二人の間に割って入った。


「あんたにゃ関係ないじゃん! これはチームの問題だし、既に話はついてるんだ! どうしようと勝手だろ!」

「だぁってろ、スメラータ! 今は男同士で話してんだ!」


 ドメニも負けじと威嚇して、凶相に睨みを利かせて顔を戻す。

 イデモイも調子に乗って下品な笑みを浮かべた。


「そうだそうだ、黙ってろ。今はうちのドメニさんが話してんだろうが!」

「おめぇもだ、黙ってろ! 俺がアキラと話してんだろが!」

「ぇ、はい……すんません……」


 イデモイにしっかりと脅しを付ける当たり、余人を交えたくない、というつもりで言った事は間違いないようだ。

 時間がないのに、と焦る気持ちを押さえながら、アキラは早くドメニをあしらってしまいたい気持ちで口を開く。


「悪いけど、時間が無いのは本当なんだ。冒険者に人がいないなら、せめて二人だけでも救援に連れて行かないといけない。話してる時間が惜しいんだよ……!」

「そう、つれないこと言うなや。……。俺にゃあさっき、そう言ってた様に聞こえたんだが……?」

「なに言ってんのさ! あんたなんか、どうせ付いて来る気もない癖に! 変な質問でこっちの時間奪わないでよ!」

「だぁら、うるせぇって言ってんだろ! お前ぇにゃ聞いてねぇ!」


 再びいがみ合いが始まりそうになり、そこへイルヴィが二人の前に手を出して、強制的に中断させた。

 実力は既に抜かれていても、スメラータには常に強気のドメニも、イルヴィ相手では下手に出ざるを得ない。

 イルヴィは眼光鋭く、ドメニに問うた。


「なぁ、ドメニ。こっちゃ急いでるって、もう聞いたろ? 構って欲しいって言うんなら、ここで一発その顎にくれてやっても良いんだがねぇ?」

「いやいや、ちょっと待ってくれ、イルヴィ。話があるんだ、大事な話だ。――頼む。男同士、ここは話させちゃくれねぇか」


 額に汗を浮かべつつ、肩を狭めて説得する姿は、単にその場の言い逃れをしている様には見えなかった。

 それを見て、イルヴィは訝し気に眉を顰めたが、即座に沈黙させるつもりはなくしたらしい。

 持ち上げていた拳を降ろして、話してみろ、と促すように顎を動かす。


 それがどういう意味か、十分ドメニにも分かった事だろう。

 単に足止めをしたいだけで絡むなら、即座にイルヴィの拳が飛ぶ。


 イチャモンを付けたいだけなら、まったく成果が見合っていない。

 イルヴィは納得した訳でないものの、とにかく早く済ませろ、と脅し付けて元の位置に戻って行った。


 ドメニは顎まで滴った汗を拭い、改めてアキラへ向き直る。


「全くよ……。余計な茶々入れられちゃ、話も出来ずに困るわなぁ、アキラ?」

「へへっ、女にばかり言い訳させて、恥ずかしくねぇのかよ」

「お前もうるせぇんだ、バカ!」


 遂にイデモイの頭に拳が落ち、鈍い音を立てて転がった。

 そのまま頭を抱えて小さな呻きを上げている。

 恨みがましい目を向けたが、ドメニの凶相に睨まれ返され、腕で顔を隠して背けた。


 いい加減、アキラも焦れ始めて苛立ちが募り始めた頃、ドメニが表情を改め、真面目な顔付きで見つめて来る。

 何かと突っ掛かられる事が多いアキラだが、この様な表情は初めて見た。


「……なぁ、アキラ。そんなにヤベェのか? 助けが必要か?」

「うん、必要だ。本当なら、ここで十人くらい見繕えないかと期待してた。でも、こんな状況だ。ちょっと無理らしい」

「十人……、十人か……」


 ドメニが顔を顰めて腕を組み直し、鼻に皺を寄せて考え込み始めた。

 スメラータが業を煮やして突き飛ばそうと動き、しかし、それより前にアキラが止める。

 視線だけで待てと言って首を振ると、不満そうな顔をしつつも素直に引き下がった。


「街の状況分かってんだよな? 別に嫌味を言いたい訳じゃねぇ、どこも手一杯だ。さっきまではよ、ちょいと手隙になったって言うんで、結構な人数いたんだぜ? だがよ……、知ってるだろ?」

「あぁ、高額で引き抜かれたって……」

「おう、そいつらが受ける前に来てりゃあな……。また違ったかもしれねぇが……」


 息を吐くと一時沈黙が降り、それから挑む目付きでアキラを射抜いてきた。


「なぁ、アキラ。おめぇ、俺が手伝うって言ったらどうする。受け入れるか? ……頭下げられるかよ、この俺に!」

「なぁに言ってんの、あんたなんか何の役にも立たない、口だけ大きい――!」


 スメラータが咄嗟に否定しようとしたのを、アキラは止めた。

 手を横に伸ばして詰め寄ろうとしたスメラータを止め、それから両手を太ももの横で揃えて頭を下げる。


「助けてくれるというなら、お願いしたい! 今の僕には、一人でも多く援軍を連れて行く役目がある! 僕の頭一つで済むなら……! ドメニ、どうか助けて欲しい!」

「……へっ!」


 鼻を鳴らして虚空を睨み、そうかと思えばイデモイに向けて手を向ける。

 掌を上にして指先を動かす様は、手招きしているようにも、何かを差し出せと言っているようにも見えた。


 しかし、イデモイは何を言いたいのか理解しておらず、目を白黒させるだけだ。

 それに業を煮やしたドメニが怒鳴りつけ、その声に驚いて、アキラも顔を上げた。


「さっさと依頼票ださねぇか! まだ未受領だろうが!」

「う……は、はいっ!」


 懐から慌てて取り出した紙片を、ドメニはたがつすがめつしてから破り捨てた。


「あっ!? ドメニさん、せっかく楽して金になるのに!」

「うるせぇってんだ! アキラが困ってんだろ!!」

「えぇ!? でもドメニさん、アキラ嫌いだったんじゃないんスか?!」

「嫌いに決まってんだろ!」


 ドメニはいっそ清々しいまでにハッキリ言い放ち、イデモイに睨み付ける圧を強める。


「だが、俺の認めた男だ! その男がだ、俺に頭下げたんだぞ! この俺に! それで応えねぇ奴ぁ、クズだ! 男が廃るってもんだろうが!」

「でも……!」

「うるせぇ! いいからおめぇは商業区画いった奴ら、連れ戻して来い! アキラが呼んでるって言って、誰彼構わず声かけろ!」

「いや、でもですね……」

「アキラの世話になった奴ぁ、一人や二人じゃ足りねぇ筈だ。お人好しだからよ、大抵の奴のケツ、一度くらいは拭いてる馬鹿だ!」


 確かに、そういう事は多数あった。

 スメラータにさえ、人が好すぎると呆れられたものだ。


 だが、困っている他人ならともかく、同じギルドメンバーでもある。

 ミレイユならば、きっと無視だけはしないと思っていると、その彼女の恥になるかもしれない事は出来なかったのだ。


 もしもミレイユの従者になれたなら、無碍にする者はきっと傍に置かないと思うからやった事でもある。

 打算と言えば打算だが、助かる人がいるならいいじゃないか、という心境だった。


 アキラが胸中で思い返している間にも、ドメニの怒声は更に声量を上げて続く。


「いいから、さっさと連れて来い! アキラが待ってる!」

「けど、違約金だって発生するんですよ! 嫌がる奴は絶対いますよ!」

「だったら払えば良いだけだろうが! 金で解決するってんなら、それですりゃいいんだよ! 商人なら金で満足しとけって言っとけ!」

「いや、言ってる事が無茶苦茶ですよ!」

「あーっはっはっは!」


 そこで軽快な笑い声がホールに響いた。

 声の主はイルヴィで、面食らって話を聞いている内に、状況を理解して笑いが止まらなくなったらしい。

 目尻についた涙を人差し指で拭いながら、茶目っ気たっぷりにアキラを見てくる。


「違約金の発生で難色示すってんなら、こっちで受け持てば文句も出ないだろうさ。――ほら、そう言ってやんな。アキラは金なんか、ロクに使ってなかったろ?」

「あ……あぁ、うん。確かに。違約金はこっちでも持つよ。全員分、こっちで持つ。だから、そう伝えてくれないか」

「本気かよ。どんだけ金持ってても、絶対足りやしねぇだろ……」


 イデモイは顔を顰めてボヤいたが、スメラータはそれに鼻で笑う。


「あんたみたいな小物には分からないだろうけど、厄介な魔物退治って高額報酬が約束されてるからね。その厄介な奴を、優先的に狩って来たのがアタイ達。報酬は三等分してたけど、そっから生活費以外、使ってなかったのがアキラだからね」

「別に武具には困ってなかったから……」


 ミレイユから贈られたもの以外使うつもりがなかった、というのも大きな理由の一つだが、自らの鍛錬以上に必要なものはなかった、という現実的な面もある。

 時に贅沢をしようと思っても、美味い食事というのがアキラにはなかったし、酒も飲まない。


 だから外から禁欲的に見えようと、アキラには十分満足だったのだ。

 それに、ミレイユの傍に戻れば通貨は使う機会がなくなる、と思っていた部分もあった。

 それをここで使えるというなら、これまで貯めて来た意味もあるというものだ。


「とにかく、費用は工面できると思うから、呼んでくれると嬉しい」

「オラ、アキラもそう言ってんだろうが! お前ぇはさっさと、あいつら呼んでくりゃいいんだよ!」


 再び頭を殴ろうと拳を挙げれば、流石にまた叩かれては溜まらないと、機敏な動作で駆けて行く。

 小男らしく機敏、という一言で片付かない速度を出していて、単に小間使いとして使いたくて命令した訳じゃないのだと、この時始めて理解した。


 ともかく、二人だけでも援軍を、と思っていたところで、思わぬ増員が見込る様になった。

 望外の展開に頬がほころび、安堵の息が漏れる。

 スメラータとイルヴィからも肩を叩かれて喜びを顕にすると、アキラも大きく顔を緩めて笑い合った。

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