誠実の恩返し その2

 城から飛び出して街の様子を確認しながら、アキラは東区画へ向かってひた走る。

 城内の様子から、外は大きく混乱しているかと思いきや、実際はそうでもなかった。

 倒壊した建物自体も多くなく、想像していた悲観さはない。

 しかし罅など入っている建物は多かった。


 そのまま使い続けるのは怖いから外へ非難している人は多いし、道の端で力なく項垂れる者も目に付いたが、誰も彼もが力なく項垂れている訳ではない。

 瓦礫の撤去などしている姿も散見されて、多くは兵士達が主導で動いているが、獣人族や鬼族の姿も多く見られた。


 特に体格に優れた鬼族は瓦礫撤去などに対して非常に心強い存在だろうし、協力して助け合う姿は、こんな時だというのに眩しく映った。

 誰かを探して彷徨う者、家族ごとに身を寄せ合っている者など、普段なら目にしない悲惨な光景があるのは確かだ。

 しかし、復興に向けて努力し奮起する、力強い光景も存在している。


 悲惨な目に遭って、なお立ち上がれる者は少ない。

 だが、項垂れる者ばかりではなく、立ち上がれる者もまたいるのだと、教えてくれる光景だった。


 場所によっては、既に炊き出しも始まっているらしく、東区画へ近付くほどに良い香りが漂って来ていた。

 それに釣られて、足を踏み出す者も多いようだ。

 遠目にその横を通り過ぎて行くと、そこではやはり獣人族を中心として、大鍋で食材を煮込んでいた。


 近くには仮設テントらしきものもあり、怪我人の治療などが行われている。

 テオ達が指揮を取り、そして多くの人が忙しく駆け回っていた成果は、こういう所で表れているのだろう。

 そう思うと、彼らの努力に畏敬の念が浮かんでくる。


 アキラとしても何か手伝いたい気持ちはあるが、今は優先事項を間違えられない。

 東区画へ踏み込むと、そこでは救助活動と並行して、復興作業までもが既に始められていた。


 傷つき倒れた者の姿は殆ど見えず、職人同士が怒鳴り合ったり、駆けずり回っている風景はいつもと変わらない。

 傷ついた建物などが無ければ、アキラはきっと何事もなかったと錯覚したに違いない。


 余裕がある様に見えるのは、単純に目で見える範囲に限った話で、決して余力がある訳ではないのだろう。

 そこから人員を引き抜こうというのは、申し訳なさと後ろめたさがある。


 被災で破損し、損壊して使えなくなったものも多数あるだろうし、そして破損については、都市部全体の方が当然多い。

 復興が始まっているというより、まずこのギルド区画を復興させなければ、他の場所へ復興資材を回す事も出来ないのだ。

 新しく支柱が欲しくても、木工ギルドが機能していなければ用意できない、という理屈だろう。


 だから、ギルドの面々は救助に割ける人員を最低限にして、自分たちの仕事をいち早く再開できるようにしているのかもしれない。

 ――だったら、冒険者ギルドの皆は、全て出払っているのかも……。


 その懸念が浮かび上がる。

 だが、まさかここまで来て確認せず帰る訳にもいかない。

 他の区画より乱雑に物が散らばる道を走り、アキラは一路冒険者ギルドへと急いだ。


 見慣れた建物が視界に入ると、アキラは更に速度を上げた。

 気が逸って速度を出しすぎてしまい、止まれなくなって入り口の柱を掴んで急停止する。


「――おっと!?」


 丁度ギルドから出て行こうとした人と鉢合わせになり、名前までは知らない冒険者に簡単な謝罪をしてギルドへ入った。

 そして、予感が的中している事を知る。


 予想はしていたが、顔が歪んでしまうのを抑えられない。

 恐らく救助作業などに人を取られているのだろう。

 商人から高値で引き抜かれた、という話も聞いていた。


 ――やっぱりか……!

 ギルドホールの中はカウンターに受付嬢の姿すらなく、ほんの一人か二人が残っているだけだった。

 いつもの賑わいを知っているだけに、そのガランとした空気に気持ちまで重くなる。

 依頼票を睨んではあれこれと相談し合う姿もなく、だから当然喧噪も、鎧同士がぶつかる音もしない。


 隣接している酒場に誰かいるだろうか、と一瞬考えたが、確認するだけ無駄だと分かった。

 こんな時に酒盛りなどしている筈もないし、仮にしているなら無音である筈がない。


 あるいは、階上の会議室には誰かいたりするのだろうか。

 ギルド長などを始めとした幹部はいそうだったが、引き抜ける人員がいるとは思えないし、何よりアキラの事情を知れば阻止されるかもしれない。


 それならいっそ、知らせないまま誘致した方が……と、暗い感情を湧き上がらせた時、その階上から降りて来る足音が聞こえてきた。

 荒々しく踏み鳴らす音は、急ぎというより怒りを顕にしているようであり、そしてそれは事実だとすぐに分かった。


「何が正式な依頼だから受けろだ! 救助は一段落したから余力を回せだ!? だったら商業区画より、優先するところなんざ幾らでもあるだろ! 高級武具や装飾品を引き上げて、それで誰を助けられる!?」

「まぁ、直談判なんて無意味だったね。正直ガッカリだよ。金に釣られた冒険者を、呼び戻してくれると思ったのにさ」


 聞き覚えのある声に、アキラの鼓動がドキリと跳ねた。

 そうして階段へ目を向けると、そこには予想どおり、イルヴィとスメラータが怒りと呆れを垂れ流して降りて来るところだった。


 二人の視線がアキラに留まり、一瞬の硬直の後、真顔になって勢いよく降りて来て、迫力そのままに詰め寄ってくる。

 肩を叩いたり腹に手を当てたりと、幻かどうか確認する動作で問い掛けて来た。


「どうしたのさ、アキラ! 生きてる!? ――無事だったんだ!」

「そりゃ、あたしが見込んだ男だ、そう簡単にくたばるか……! 五体満足で帰って来たのは喜ばしいが、どうしてこんな早く……? この地震で心配して帰って来たかい?」


 スメラータとイルヴィ、それぞれ順に抱き締められ、アキラもそれに順次抱き返してから離れた。

 そうして、左右から挟まれての問いに、アキラはどう返事して良いか困ってしまう。

 だがとりあえず、先に言うべき台詞として、アキラは困った顔のまま笑みを浮かべて言った。


「……ただいま」

「うん、お帰り! なんだよ、もぉ……! そっか、帰って来たんだ!」

「待ってたよ。いつもアキラの帰りと無事を祈ってた。……けど、随分と早いお帰りじゃないか」

「もう全部済んだの? アイツらはどうしたのさ。その顔見ると、どうもそんな感じじゃないんだけど?」

「あぁ、うん。そう、そうなんだ……」


 頷きながら二人から身を離し、三歩下がって頭を下げた。謝罪も含め、深々と頭を下げて二人に頼んだ。


「二人に力を貸して欲しい! 虫の良いこと言ってるのは分かってる。でも今、どうしても助けがいるんだ!」

「……はぁ?」

「何言ってんのさ、アキラ。あんたね――」

「まぁ、待ちな、スメラータ。まずは話を聞いてからだ」


 離れた分だけ詰め寄ろうと、スメラータが動こうとするのをイルヴィが腕を差し出し止めた。

 アキラは頭を下げたまま、声を張り上げて続ける。


「二人が納得できないのは良く分かる。勝手を言うな、って言う気持ちも良く分かる! でも、大変な事が起こってて……! それには、少しでも多くの助けが必要なんだ!」

「ふぅん……? どうにも腑に落ちないが……それは街の何処かで埋もれてる、その誰かを助けたいって意味じゃないんだろうね」

「うん、違う。全くの別の場所で……」

「そして、あたしらが出向くって言うなら、今この街が欲している手助けを奪う形になるって、分かってて言ってるんだね?」

「……うん、済まないと思う。でも、それでも僕は、助けを乞うしかないんだ……! 勝手にチームから離れたのに、すぐトンボ返りしてこんなこと言う資格はないと分かってる! でも――」

「違うだろ」


 イルヴィが深々と溜息を吐いて、ツカツカと歩み寄る。

 それに続いてスメラータも近付いて来て、下げていたアキラの頭を無理やり上げさせた。


「アキラは一時チームを抜けた。そうだよ、でも一時だ……そうでしょ? まだチームだし……そして、ずっとチームだった。だから、乞う必要なんてないんだよ」

「そうさ、あんたは思い違いをしているよ。スメラータが全部言っちまったが……」


 そう言って、イルヴィは白い歯を見せてニカリと笑った。


「あたしらの助けがいるなら、ついて来いって言えばいいのさ。アキラが現状の被害を知って尚、助けが欲しいって言うんだものね。あんたなら、こんな惨状、放っておいたりしない。真っ先に助けようとする筈だ。それでも、あたしらを他に引っ張って行きたいって言う訳だ」

「それって、相当な事だよ! だからアタイ達も、今更変に誤解したりしないよ。いい加減、長い付き合いなんだから。見下げ果てた願いなんて、アキラの口から出る筈ないもんね!」

「二人とも……!」


 アキラが感動で瞳を潤ませていると、憤懣ふんまんを露わに階上へ目を向けた。


「さっきだってさ、冒険者を上手く使えって直談判しに行ったところだったんだよ。経営がどうの、全体をどうのと言い訳ばっかりしてさ! 街の復興より、商人の依頼を優先なんかして! 全体がどうのって言うなら、魔族がいま何してるか良く見ろっての!」

「スメラータ、いま魔族って言うのは拙いよ。ちゃんと森の民とか、エルフとか、そういう風に言うべきだね」

「……あ! そうだね、ごめん。今やそのエルフの誰かが、我らの王様だった」


 後頭部を掻きつつ、スメラータは明るく笑う。

 とにかく、と悪びれた様子もなく言葉を続けた。


「何処に行けばいい? 元から準備は万端整ってるよ。すぐにでも動ける」

「うん、助かる。ほんと、助かるよ……!」


 スメラータの笑みにつられて、アキラも笑みを浮かべてその手を握って上下に振る。

 その時、傍らからヌゥ、と大きな影がアキラを覆った。


 覚えのある気配に顔を向けると、そこには予想どおり、ドメニが小男を一人引き連れ、こちらを愉快そうに見ているところだった。


「よぉ、アキラ。見てたぜぇ、オメェの滑稽な姿をよォ……?」

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