奮戦 その6

「権能装置は止まっていない。それどころか、呼び込む魔物の数を増やすつもりだ」

「自ら動けないからこそ、か……? 光線も有効でないと知ったから、数による圧殺が最も有効だと判断した、と見るべきか……」

「鎧甲が剥がれた以上、魔力の吸収は不可能、補給も出来ないと悟った筈だ。孔の数を増やそうと、やはり消費はする筈だ。得策じゃないと思うんだがな……」

「しかし、手が届く範囲には誰も近寄らず、そして光線も有効でないのなら、打つ手も限られて来るであろうよ」

「他の権能を使えば良いだけ――いや、燃費の問題、か……?」


 どの権能を使おうと変わらぬ消費をするのだと仮定しても、継続的に魔物を呼び込めるのは魅力的だ。

 今は無駄に思えても、最終的に地に溢れさせれば勝てると思っているのかもしれない。

 ミレイユは只でさえ険しい顔を歪め、眉間に深い皺を作って唸る。


「孔を増やせば、それだけ多くの魔物を呼び込める。孔同士が繋がって、より強力、より巨大な魔物も呼べるだろう。それらに頼る方が、現状ならまだ有益、かもしれない……」

「とはいえ、本体が無防備というのはどういう事か。攻撃を受ける危険を考慮しておらん。それも魔物を、壁として使う事で解決するというには、少し考えが足りないと思うが……?」

「だが、こちらの手が足りない事もまた、見抜かれてるだろう。攻撃させない事こそ、防御になると考えているのかもしれない。……どちらにしろ、これは傍観を決め込むには早過ぎるな」


 攻勢魔術士を投入せねば決壊すると思わせ、戦力移動を強要するつもりの一手なのかもしれない。

 実際、魔物の波に呑まれるぐらいなら、そちらへ注力する事は余儀なくされるだろう。


 忌々しい事だが、それは実際有効と認めない訳にはいかなかった。

 そうして『地均し』の……というより、その全体像――鎧甲の剥がれた黄土色の身体を見る。


「魔力攻撃が鎧の下には、それほど有効でなかったのも、一つの理由かもな。表面が焦げた程度、少し欠けた程度じゃ、ダメージを与えたとは言えない。術の数こそ多く、二倍の威力になっていても、鎧の下にダメージを与える程じゃなかった」

「ではあの部分は、魔力に対する耐性を持つ、と見るべきか。鎧甲の許容量を飽和させるだけなら、多量の魔力さえあれば良く、威力は二の次でも良かったが……」


 オミカゲ様の意見に、ミレイユは重々しく頷いて同意する。

 元より戦場慣れしているエルフであろうと、戦場で上級魔術を使うものではない。

 一つのミスが味方にも被害を与えると知っているからこそ、順当に使える中級以下に絞って使っていた。


 それは戦術として真っ当で、そして二倍の威力になる、という前提から問題なしと思っていた戦法でもあった。

 鎧甲を剥がす事を第一と考えていたのだし、実際にそれは成功して実を結んだ。


「だが、蓋を開けてみると、その下にあった地肌に傷こそ付いても、全てを吹き飛ばせなかった。中級魔術を二倍威力にした程度では、奴の持つ質量的にも不可能だったんだな……」

「焦げたり、欠損した部分は少ないものの、確かにある。有効には違いなかろうし、多くの魔術は鎧甲排除に使われた所為でもあろうが……さりとて、本体へはあの程度よ」


 あるいは、むしろ物理攻撃の方が有効かもしれない。

 だが、そう思ったところで、あの巨体が壁となる。


 魔術で攻撃するべきだろうが、中級魔術では、どこを攻撃しても蟻の一噛みにしかならない。

 一人で攻撃する事に意味がないなら、やはり多数で攻撃するべきだ。

 しかし、それも今や魔物の対処に縛り付けられてしまっている。


 今度は逆に、攻勢魔術士を魔物の群れへと向けなければ全滅だが、このような乱戦において、壁のない状態で魔術の行使は出来ない。


 支援術士による防護壁、それが無理なら内向術士による物理的な壁、どちらがなくては集中して魔術を使えない。

 八房などの戦力も十分助けになっているが、先程より増えた魔物の対処には、全兵力を注力しなければ決壊は免れないだろう。


 だが、まだ絶望するほど酷い状況ではない。

 不利ではある。魔物の飽和攻撃は厄介だ。

 しかし、未だ力の底を見せていないのは、お互い様だった。


 ミレイユは不快げに鼻を鳴らして、『地均し』の背後にいるだろう大神を睨む。

 『求血』を用いた魔術飽和攻撃は、脅威と映った筈だ。

 鎧甲を剥がされた事は、意外だったに違いない。


 しかし、その下を傷付けられるものではなかった、と見切りを付けたのだとしたら、あまりにも浅慮だと思い知らせてやらねばならなかった。


 ミレイユも、そしてオミカゲ様も、まだ全力の魔力攻撃を仕掛けていない。

 それに、召喚剣で接近して攻撃するという手段もある。


 エルクセスより巨大な敵だが、立ち上がっていない今なら顔面付近への攻撃も、腹への一撃も比較的容易だ。

 それこそ、エルクセスと同じように、内側へ埋め込んだ召喚剣を起爆した時、有効かどうかを試してやりたい。


 それには腕による妨害をどう避けるか、破壊して取り除けるのか、その部分は試してみないと分からないが……万策尽きたと諦めるには早い状況だった。


 ミレイユは自分の胸に当てていた手を握り締め、痛みを抑えようと試みる。

 痛みには波があって、常に激痛を呼び起こす訳ではなく、しかし早く治まれという願掛けのつもりで、今の動作を行う事が多い。

 拳を握ること、胸を抑えることで和らぐものでもないと経験から知っていても、それが今では癖の様なものになっている。


「……オミカゲ。一応聞くが、何か秘策は?」

「その様な都合の良いもの、あるなら既に使っておる」

「……うん、そうだろうな。じゃあ、状況を打破できそうな何かは?」

「……何もかもが手探りな状況故、『地均し』をどう攻撃すべきか迷っておるでな。魔力に対して完全耐性を持っていないのは、欠けた表面からも分かる事よ。……が、どの程度の威力から有効と言えるものか分からぬし、あるいは殴った方が早いかろうか、と思っておった」


 既に同じ事を考えていたので、ミレイユはそれにただ頷く。

 現段階での消耗も、相当大きい。


 魔力は魔術士にとって最大の生命線だ。

 戦闘中ならどの様な状況でも、空になるまで使う事は滅多にしないし、単に逃げ回るだけだろうと、魔力を残しておかねば出来ない事だ。


 今の余力がない状態で、無駄撃ちになるような使い方は避けたかった。

 それでも使うというなら、初手から最大魔術を使うべきだ。


 だが、それは本当に最後の切り札だ。

 それを切るしかないと判断する前に、物理攻撃を試してみたい。

 しかし、それには魔物の群れが邪魔をするのだ。


「アヴェリンを使うのが、この場合もっとも期待した結果を出してくれるであろうな。だがアレの場合、たかが一人戦力を借り受けるだけ、ともならないのが困ったところよ……。前線の者達からも恨まれよう」

「アヴェリン一人が引き抜かれる事は、十人足しても足りない戦力を奪われる事と同じだ。……そして今は、十人と言わず、むしろその三倍は追加で欲しい状況だろう」


 ミレイユが苦々しく言いながら、そこから更に増えた孔をツバ吐く思いで見つめた。

 追加された孔の数はこれで三個目。

 『地均し』をこれ以上好きにさせる事は、戦線の悪化だけでなく、最悪の場合……決壊も有り得る。


 更なる追加を、これ以上許す事は出来なかった。

 最早、ここで長々と議論している時間すら惜しい。


 惜しむというなら、魔力よりも時間こそ惜しむべきで、『地均し』を早期に黙らせてやれば、魔物の出現も停止するだろう。

 『地均し』を倒せても残敵の掃討は必要で、結界が破綻し外に溢れてしまえば、これまで留めていた苦労も水の泡になる。


 ――必要なのは、決断だった。

 神が武器を手に取って戦うべきではない、などという常識は捨て去るべきだし、魔術による二次被害も、このさい許容すべき段階に来ている。


「オミカゲが使う、威力が倍増された上級魔術でも、表面を焦がすだけ……。それなら、最大級の威力を持つ魔術を使うべき、という話になるんだろうが……」

「使えるものか。ここにいるもの、全ての命が吹き飛ぶ。我らも無事では済むまい」

「結界を一端解いて、『地均し』と魔物だけに出来ないか……?」

「それならば、隊士達を全員外に出す方が早い。それには統率ある撤退をせねば被害が甚大であるし、殿しんがりは死に役だ。必要と説けば志願する者もいようが、……認められぬ」

「気持ちは分かるが、決死の覚悟で来た奴らだろう。最小の被害で済ませられる、最後の機会だ。彼らも覚悟あってここにいるんだろうから――」

「そなた、同じ事をアヴェリンにもやれと言えるか?」


 厳しい視線で問われて、ミレイユは言葉に詰まる。

 確かに、他を逃がす為にお前一人残って戦え、と命じる事は抵抗があった。

 ミレイユが頼めば、アヴェリンは断らない。むしろ、喜んで頷くだろう。


 だが、その様な残酷な命令、この期に及んでも尚、ミレイユは口にしたくなかった。

 いや、この期に及ぶことが出来たからこそ、だろう。

 円満な解決を目前に控え、それを手放す決断は難しい。


 そしてまた、オミカゲ様が命じるとなれば、隊士の誰もが、アヴェリン同様応じる事は間違いない。


 だがやはり、ミレイユにアヴェリンを例に出して来た様に、オミカゲ様にとって、彼らを捨て駒にしたくない気持ちは高いのだ。

 最後の最後、苦渋の決断を下す時にならなければ、決してそれを口にしないだろう。


「……そうだな。彼らは私にとって一人の兵士に過ぎないが、お前にとっては大事に思う一人の人間か。無事に帰してやりたいと思うなら……じゃあ、私達が踏ん張るしかないだろう」

「然様……。まずは我らで『地均し』へ斬り込み、様子を見ようぞ。そなたとて、魔力が補充されて、少しはマシになったであろう?」

「……そうだな」


 実際は少しもマシになっていないし、体調は決して元に戻ってくれたりしない。

 痛みは決して消えてくれないし、泣き出したいくらいだった。


 もう嫌だ、もうやめたいと心の奥底でよぎっても、ユミルに刻まれた命令が背筋を伸ばしてくれる。

 泣き言も強制的に胸奥へと押し込まれ、やるしかないという気持ちが沸き上がって来た。


 互いが示し合わせて頷いた時、ガラスが割れた時のような、つんざく大きな罅割れの音が耳朶を打つ。

 嫌な予感がして顔を上げると、結界全体へ縦横無尽な罅が入り始めたのが見えた。

 まずい、と思った時にはもう遅い。


 次の瞬間、結界は音を立てて砕け散り、神宮を覆っていた壁が取り払われた。

 そうして、結界が作り出されたその瞬間――夜闇を切り取って固定されていた空が消え、ただ長閑に見える、雲がまばらにある綺麗な青空が露わになった。


 恐れていた瞬間が、遂に訪れた。

 ミレイユはオミカゲ様と共に、大きく顔を歪めて周囲を振り仰いだ。

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