奮戦 その5

 威力を底上げする事、そして魔術を撃ち込む事ばかり考えていて、爆発規模については完全に失念していた。

 今更ながらその重大さに気付き、己の迂闊さを呪う。

 蓄積した魔力が開放された時、それがどういった規模で、どういった内容で発揮するかまで、ミレイユは想定していなかった。


 いや、説明自体は受けている。

 刻印を宿してからも、カタログを読んでいたルチアとユミルの両方から、具体的な内容の聞き取りもしていた。

 しかし、それは常識的な運用をした場合の説明であって、規格外の刻印による、規格外の魔力を詰め込んだ場合の説明ではなかった。


 それを今更ながらに思い至った。

 その上、使う相手も規格外に巨大という、どこまでも例外を積み重ねた状況だ。


 その上で常識的な反応が起きると、考える方が異常だ。

 想定を超えた結果が起きて当然なのに、それを考えていなかった自分を、今更ながらに殴り付けたい衝動に駆られる。


 威力が二倍になるという説明に間違いはないが、蓄えた魔力を開放するに辺り、それぞれ使った魔術が単に二倍威力で再発動されるとは思えなかった。

 もしも、解放されるエネルギーが爆発となって起きた時、それがどれ程の規模になるものか――。


 ミレイユは視界が真っ白に染まる中で、アキラが密着するほど近くで、盾となるよう身構えるのを感じた。

 次いで来るであろう爆発と衝撃波に備えて、アキラ共々身を守る為、防護壁を展開する。


 他の者は大丈夫なのか、その思いが脳裏をよぎった。

 連れて来たエルフ達に防護壁を張れる者が多いとは思えず、このままでは巻き込まれて全滅だ。


 そうは思っても、このタイミングでは何をするにも遅すぎる。

 それどころか、自分の身の安全すら保障できていなかった。


 彼らの身を案じたところで、自分の身すら守れない。

 果たして今の自分に耐えられるのか、耐えたとして他の者達をどうやって救うか、悔やみながら爆発を待っていたのだが――。


 いつまで経っても、その衝撃波はやって来なかった。

 爆発音すら聞こえてこず、どうした事かと思っていると、次第に視界も慣れ始め、目の前の状況に理解が追い付いてくる。


 それは、魔力と爆光の連鎖だった。

 それまで撃ち込まれ続けて来た、幾百、幾千という魔力が、形成されていた光の膜内で炸裂していた。


 爆発の指向性を完全に膜の内側へ閉じ込め、破壊力を集中させている。

 『地均し』へ全方位から加え続けられる魔力攻撃は、次々と爆光を変色させながら、その鎧甲に圧力を掛けていた。


 始めは吸収していたように思える鎧甲も、時間と共に吸収が追い付かず飽和していく様が、すぐに分かった。

 その全身は焦茶色で覆われていたが、そこに赤色の斑点模様が生まれるようになり、それが次々と増殖、拡大していく。


 そしてそれが遂に全体まで行き渡ると、赤熱したかのように変色し始めた。

 その赤いものが白にまで色が変化すると、卵の割れるような音がして、胸の中心に罅が入る。


 一つの罅が入れば、後は一瞬だった。

 縦に割るかの様に大きな罅が入ると、それを中心として全体に行き渡り、遂には全身の鎧甲が砕けると、今も続く魔術の放射に弾かれ、また別の魔術に飲み込まれて消えていく。


 その様子を固唾を飲んで見守っていたエルフと隊士達は、遂に喝采を上げた。


「うぉぉぉおおおお!!」

「うわぁぁぁああああ!!」


 今までの苦労が報われた瞬間だった。

 彼らはこの瞬間の為に、いつ終わるとも知れない魔術を制御していたのだ。


 その喜びに感情を爆発させるのも当然で、一部の隣り合って立つエルフと隊士は、握手を交わす者までいる。

 だが、それでも、まだ爆発は終わっていない。


 蓄積された魔力全てを吐き出すまで、この『求血』は効果を止めないのだ。鎧甲の下から現れた黄土色の肌へと、変わらぬ攻撃を続けていく。

 そして不気味な事に、その間も『地均し』は身動ぎ一つしていなかった。


 鎧甲があった時は、どうせ吸収すると高を括っていたのだろう。

 だから、待ちの姿勢で耐えていたのも分かるが、それが引き剥がされた今、守る物は何もない。


 防護壁を張るなり、何かしらの対処があって当然だろうに、それでも不動を貫く様は異常だった。

 しかし、疑問に思っても今は見守り続けるしかない。

 その間にも魔力攻撃は、止めどなく『地均し』を攻撃し続けた。


 鎧甲が砕けてから一分間は優に続いた攻撃は、始まった時と同様、唐突に終わりを告げた。

 『地均し』を覆っていた膜が弾けるように消え去ると、それまで激しく飛び交っていた爆光も一緒に消え去った。


 後には、静寂のみが残された。

 そして、鎧甲全てが消し飛んでも、なお身動き一つ見せない『地均し』が残される。


 今も四つん這いから腹を抑えるようなポーズで固まり、その背中を結界へ押し付けたままで、やはり動きを見せない。

 何の反応もないものだから、更に追撃するべきか迷った。


 既に全エネルギーを使い切ったから、その機能を停止しただけ……。そういう事であるなら、今は放置して魔物の対処に注力すべきだ。

 再起動しても、また動き出す危険を考慮するなら、あるいは先じて破壊してしまった方が良いとも思う。


 懸念を抱えて、いつまでも注意がそちらに移ってしまうというなら、その方が良い。

 だが、そうして迷っている間に、『地均し』の頭が落ちた。


 とはいえ、実際に頭といえる部分がない身体なので、より正確に言うなら人間でいう肩部分から落ちた、と表現する方が正しいのだろう。

 とにかく『地均し』は反応を示さぬままに、力尽き倒れたかのように見えた。


 結界と接触していた為、背中部分に残っていた鎧甲も、今の衝撃で崩れ去り、そのまま地面へボロボロと落ちていく。

 大きな地響きを鳴らして突っ伏した『地均し』を見て、隊士たちは再び喝采に沸いた。


『ウォォオオオオ!!』


 先程とは段違いの更に大きな喝采に、誰もが腕を空へ突き上げ、あるいは涙して喜び合っている。

 今だけは、異世界人と知った間柄だろうと、共に戦った友として、互いに健闘を称賛し合っていた。


 未だに魔物は残っているし、増え続けている。

 それを思えば即座に対処へ移るべきだ。しかし、一時の勝利を讃えるのに、相応しい戦果を上げたのも事実だった。

 勝利と勝鬨は切っても切れず、そして、それは一種の儀式でもある。


 仲間の士気高揚にもなるし、一時で済むならやらせるべきだった。

 しかし、彼らの喜びをよそに、ミレイユは険しい顔を崩さない。


 今も動かなくなった『地均し』を睨みながら、やめ時を失って継続させていた防護壁を、今更ながらに解除する。

 そうしてミレイユは、小さな呟きをポツリと落とした。


「……簡単すぎる」

「そなたもそう思うか?」

「あぁ、あれで倒したとは思えない。鎧甲が剥がれてからも魔力攻撃は続いていた。ダメージは相応に入ったかもしれない。……だが、それなら何故、『地均し』は五体満足なんだ?」


 ミレイユが警戒を緩められない理由は、そこにあった。

 鎧を剥がされ素肌を晒したゴーレムだが、焦げ跡や一部の欠損は見られても、それはあくまで表面的な傷に過ぎなかった。

 人間で言うなら、表皮一枚に傷が付いた程度で、筋肉まで到達した損傷は無い、という状態だ。


 頭から落ちた様な動き、それは動作の停止を意味する、そう考える事は出来る。

 その身に晒された攻撃も、十分以上に苛烈なものだった。


 それらを理由に、勝利に縋りたくなる。

 だが、動きを見せない事が、即ち『地均し』の死とはならない。

 相手はゴーレムなのだ。


 機械的動きは、これまで幾つも散見された。

 それならば、単に今、少しばかり動きを見せないだけで、機能が完全停止したと見られる筈がない。

 それに、と視線をずらし、別の懸念を口に出そうとしたところで、同じ考えをしていたオミカゲ様が言葉を落とした。


「完全に機能停止しているなら、孔もそろそろ消え始める筈であろう。他神の権能が使えていたのは装置のお陰……。それが事実であるなら、連動して孔も閉じて良さそうなものだ」

「即座に閉じるものではない、と考えられるにしろ、今まさに目の前で閉じていくなら、安心材料も増えるんだが……。しかし、消えないな」


 ミレイユは険しい顔のまま、孔と『地均し』へ交互に視線を移す。

 相変わらず動きは見せないが、腕の位置は相変わらず腹を庇うように置かれていて、それは体勢を崩してからも変わらない。


 あの位置に権能を使う装置があるからこそ――露出させた場面を見せたくないからこそ、腕を使って隠す必要があったと見ているが、未だ肝心な部分は見えていないのだ。

 安易に結論は下せない。


 近付いて腕を攻撃、切断。あるいは破壊すれば、その判断も確定させられるだろうが、死んだ振りをしているのなら、迂闊な接近も躊躇われる。


「だが、いつまでも様子見、という訳にはいかないな。残敵掃討は必要だし、その手が足りてないなら……手を貸してやらねば」

「そこで自ら動こうとするのが、如何にも人使いを知らぬ者の考えよな。我らが自ら動くより、後方で構えている方が安心させてやれる。最低限の安全だけ確保して、他を動かせ」

「だが……、私達が動けば、それだけ早く済むだろう」

「攻勢魔術士という余力が出来たのだ。陣形や態勢の変更は必要になるが、それさえ済めば、あれらを使って対処できる。我らが必須でないなら、動くべきではない」

「しかし……」

「少しは自分を労われ。そして、誰かに任せる事を覚えよ。その方が他も安心するし、任せられた方も喜ぶ」


 そうまで強く言われては、ミレイユも反論の言葉を失くした。

 何しろミレイユ達は神だ。そういう事になっている。


 オミカゲ様は事実として神だし、本来は動くべきでない存在でもあった。

 これは単に軍の最高司令官が、前線で武器を取る事以上にインパクトが大きい。


 人の世であれば、一番偉い事が即ち一番強いとはならないから、前線に出す意義は士気高揚を狙うぐらいしかない。

 だが、オミカゲ様ならば両立する。

 前線に押し出す意義が大きいからこうして出張っているが、実際は高みから奮戦を見守るぐらいが、隊士達からしても安心出来るの事態なのだ。


 そしてオミカゲ様の御子神と知られるミレイユも、同様に後方で待機していて欲しい、と思う気持ちも理解できる。

 戦場に立たせる事、武器を持たせる事などあってはならないと考えるのが、彼ら隊士たちだ。


 ――だが。

 ミレイユは視線を魔物共の更に後方、孔が五つ並ぶ場所へ視線を向け、更に険しく眉根を寄せた。

 そこでは更に一つ、また一つと、孔の数を増やしていく光景が見える。

 ミレイユはそれらを忸怩たる思いで、また忌々しく睨みつけた。

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