奮戦 その3
目の前で次々と魔物の数は増えていくというのに、攻撃は『地均し』に向けるしかない、というのも大きなストレスだった。
攻撃する側にとって、何の効果も無いように見えるのに、それを続けなければならない事に不毛さも感じているだろう。
魔物が出現するのは目と鼻の先という程近くはないが、それでも安心できる距離ではない。
襲い掛かってくる事になれば、まず魔術を一つ制御完了するだけの余裕しかなかった。
このまま続けて大丈夫なのか、信じて『地均し』を攻撃し続けて大丈夫なのか、その不安が生まれるのは止めようがなかった。
そして、その懸念は正当なものでもある。
魔術士は『地均し』の鎧甲を剥がす為だけに用意したものだが、決して捨て駒のつもりはない。
剥がす事に成功すれば、後はどうなっても良い、などと割り切って使っている訳ではなかった。
それを考えれば、増え続ける魔物には今から対処せねばならないだろう。もう無理だ、と判断してから動くのでは遅すぎる。
――とはいえ……。
ミレイユは忌々しく顔を歪めながら、周囲を睥睨するかのように顔を動かした。
今のミレイユ達に、使える戦力は少ない。
それこそが問題だった。
隊士達はこの大戦に際し総動員されている筈だし、既に一戦を退いて長い老兵までもが参戦している。使える戦力は底の底まで攫って使っている状態だろう。
これ以上、神宮勢力からの増援は期待できなかった。
かといって、エルフ達に更なる助力を頼むべきか迷う。
テオは力を貸すと言っていたが、あちらも地震の被害で猫の手も借りたい状況だろう。
用意されたエルフも攻勢魔術士に偏っていたのは、まさにその余力が足りなかったからだ。
支援にしろ治癒にしろ、被災した現場と状況では重宝される。
それを自分たちが大変だから人員を回せ、と頼む事は、あちらの世界を蔑ろにする、傲慢な要求としか思えなかった。
ミレイユは苦渋に歪んだ顔で息を吐き、オミカゲ様へ一縷の希望を込めた視線を向けると、丁度そちらからも目線だけ向けられたところだった。
「あの魔物ども……、放置するには数が増えすぎてる。そちらで、どうにか出来ないか?」
「……同じ事をな、そなたに頼もうと思っていたところよ。そなたらが出現した時に出来た孔、それが今も維持されている事を思えば、増員の予定が全くない訳でもないのであろう?」
「……確かに、その予定が皆無とは言わないが……」
『地均し』が出現した時に通って来た巨大な孔は、既に縮小し切って消えてしまっている。
だが、その後追いの様に生まれた、エルフ達を通した孔は未だ健在で、その呼び声を待っているかのように維持されている。
「でも、やはり躊躇う。あちらは地震に見舞われて、方々で手が足りない状況なんだ。恩があるから手を貸すと言ってくれたが、捻出できるものなら、最初から用意してくれていたろうしな」
「……あの、五百人の様にか」
「対応状況、進捗次第で、余力は生まれるという話だったが……すぐではないな」
「あの五百人でも、十分助けになっておるのは確か。これ以上、我儘は言えぬ……か」
重苦しく頷いて、今は遊軍となっているアヴェリンとアキラへ視線を移した。
「ならば、手勢でどうにかするしかない。――アヴェリン、頼めるか」
「頼めるか、などと聞く必要はありません。そうする必要があるのなら、そうせよ、とお命じ下さい。――ただし、御身をお守りする盾は必要です」
「アキラは残せと言いたいのか? しかし、お前一人で……」
危険は大きく、単独では行かせたくない、と言うつもりでアヴェリンを見ると、意志の籠もった瞳で見返された。
アヴェリンは間違いなくミレイユの知る中で最高の戦士だが、数を頼みにぶつかってくる相手では、対処に遅れが出るだろう。
どれほど強くても、一度に相手出来る数には限りがある。
全方位を囲まれている状態で、背中を守る誰かがいるかどうかは、その戦力に圧倒的な隔たりも生まれるものだ。
それをアヴェリンが分からぬ筈もない。
だが、アヴェリンは敢えてそれを命じろ、と言っているのだ。
ミレイユの盾を失くす位なら、自らの被害を飲み込むという覚悟を見せている。
それを命じなくてはならない事を苦々しく思いつつ、ミレイユはそれを表に出さないよう、意志の力を動員して口を開いた。
「分かった……、お前に任せる。苦労を掛けるが、やって貰うしかない。――頼むぞ、アヴェリン」
「ハッ! 戦士の本懐、安心してお任せ下さい! 必ずや、お望みの結果をお見せいたします!」
言うや否や、アヴェリンは一礼して踵を返す。
武器を振り上げ盾を構え、今も数を増やしている敵団の中へ突進して行く。
それを見送るしかない自分に不甲斐なく思っていると、同じ様な気持ちで視線を向けているアキラに気が付いた。
心配そうでもあり、同時に羨ましそうでもある。
頼りを一心に受けるアヴェリンを、羨望と共に憂慮するかの様に見えた。
いつか自分もその信頼を向けられたい、と思っているのかもしれないが、今は盾として役割を全うして貰わなければならない。
『地均し』にしても、今は権能の制御に行動を割いているのだろうが、いつそれを止めて攻撃してくるか不明な状態だ。
鎧甲を剥がし落とす事が叶ったならば、きっと戦況も一変する。
その時、全員の役割が変わって来るだろう。
そこに意識が向いていないというなら、戒めてやらねばならなかった。
「アキラ、今が暇だからと気を抜くな。アヴェリンはあぁ言ったが、場合によってはお前にも言ってもらう。あの数は……、流石にアヴェリン一人では手に余る」
「えっ、でも……! 御身の守りも大事です……!」
「だとしても、命令には従え」
納得し難い表情をしていたが、それでもアキラは頷いて恭順を示した。
命令で押さえつけるだけでは納得しないと見え、補足するように言葉を続ける。
「いいか。アヴェリンだけが、覚悟を持って挑んでるんじゃない。ここで死ぬかもしれない、と誰もが納得してここに来た。私も例外じゃない」
「でも……、しかし、ミレイユ様は特別です!」
「命の価値は平等ではない、それも当然だ。だが、守りが必要だとしても、それに固執して負けたら意味がない。守りを捨てて攻撃に移らねばならないなら、躊躇うつもりはないからな」
「分かります。分かりますが……」
納得を口にしつつ、その表情は到底受け入れられないと言っていた。
アキラからすると、現世の破滅は許せないとしても、ミレイユの死も同等以上に許せない事らしい。
ミレイユが即ちオミカゲ様だと、知っているからこその気遣いかもしれないが、護られるだけの立場に甘んじるつもりはなかった。
それは、体調の不良を差し引いても受け入れられない事柄だ。
戦う為にやってきた。
大神に抗い、その意志を挫く為にやって来たのだ。後方で護られ、戦況を見守る為にやって来たのではない。
「いいから、お前も前を向け。今は大人しくしていてやるから、お前も今は自分の役目をしっかり果たせ」
「はい、分かりました……」
アキラを強制的に黙らせ、ミレイユは魔物の群れに飛び込んだアヴェリンを眺めた。
大抵の敵にはまず打ち勝つと分かっているから安心して送り込んだが、やはり未知の魔物は恐ろしいものだ。
攻撃手段が分からない相手となると、まず警戒して手が出ない。
しかし、アヴェリンは考えるより行動する、を体現する様な戦士なので、目に付いたものからメイスを振り下ろして敵を粉砕していた。
死角から攻撃された触手の一撃も、野生じみた直感で避け、避けた勢いそのままに反転し、メイスを振り回して命を断つ。
敵としても悪夢の様な光景だろうが、その奮闘ぶりを間近で見せられたエルフや隊士達は、それで奮起したようだ。
不安そうな雰囲気は鳴りを潜め、今は自分の役目を果たそう、と思いを新たにしていた。
それだけでも、アヴェリンを送り込んだ意味があった。
だが、アヴェリンがどれほど強かろうと、打ち倒す数より、孔から増える数の方が多い。
三体、四体を同時に相手取り、そして勝利し確実に絶命させて行くのだが、その後ろで五体ずつ魔物が増えていくのだ。
どれほど手際良く倒していても、差し引き一匹は確実に増えていく計算だ。
そして、いつでも最速、最効率で敵を倒していける訳でもない。
手傷を負うことを避ける為、どうしても防御に専念する時間というのはあるし、そうした時は敵が増える一方となる。
それが分かっていても、彼女に任せる以外、選択肢がない。
だが、そこへ八房が横合いから殴り掛かり、魔物の群れへ牙を突き立て、尾を振り回し蹂躙し始めた。
今まで何処に居たのか、と思っていたが、来た方向を思えば、どうやら結界術士達の守護に付いていたらしい。
彼女らの守護も重要事には違いないから、そこを今まで堅守していたのは当然だろうが、今となっては優先事項を変えた、という事だろう。
「……いいのか?」
「この際だ、仕方あるまい。結界術士達の盾は消えるが、あちらが立てばこちらが立たぬ」
「そうだな……」
そうとなれば、ミレイユもフラットロを召喚せねばならないだろう。
少ない魔力で召喚できるのは魅力だし、彼ら精霊に毒など効かない。
死ぬ事もないのだから、初見の敵に向かわせるのも有効なのだ。
少ない魔力であろうとも、今のミレイユには辛い制御だ。
苦労して何とか行使すると、既に心配そうな顔をしているフラットロが顔を覗き込んで来た。
「平気か……? すごい……なんかすごい変だぞ!」
「あぁ、分かってる。でも、お前に頼まなければならない。何して欲しいかは分かるだろう? 頼むぞ」
「分かるけど……。でも、分かった! 任せろ、任せて待ってろ!」
召喚主と精霊とは、意識の伝達が殊のほか強い。
思念を飛ばせば、口にしなくても何をして欲しいか、いま何を望むか理解してくれる。
フラットロはミレイユの期待に応えようと、いじらしく頷き、空を駆けた。
そうして八房と並び、アヴェリンをフォローするように攻撃を仕掛け、時に爆炎を巻き起こしながら敵を攻撃していく。
「とりあえずは、マシになったか。しかし……」
「うむ。我の内向術士を、同じく守りから外して共闘させるべきであろうな」
「それが良いかもな……。私の時より強い反発が生まれそうだが、……出来るのか?」
「いよいよとなるまで、我の傍を離れたがらないであろうが……。やって貰う他あるまいよ。光線があった時は彼らにも身を削って守る役目があったが、今は備えているだけだ。備えている事が仕事とも言えるが……」
「それこそ、お前から護りを外したいから、それを狙っての状況かもしれないしな。そして守りが外れれば、攻撃を光線に戻すかもしれない……」
ミレイユは自分から口にした指摘に、思わず唸り声を上げて胸を押さえる。
結局のところ、戦力不足が露呈した結果だった。
もっと十分な準備が出来れば、デイアートから戦力を多く持ってこれれば、地震による被害がなければ――。
多くの『たられば』を考えてしまうが、何より最も大きな問題はミレイユの寿命が近い事だ。
それを考えれば、結局入念な準備をする時間は許されなかった。
まだ動ける内に行動する必要があったし、一度寝てしまえば、次は起き上がれるか分からないという、漠然とした不安があった。
ミレイユは自分の胸に当てた手から、鼓動を感じ取ろうと強く押し付ける。
だが、鼓動を一つ鳴らす毎に――鼓動による動き一つに、身体が悲鳴を上げているかのようだった。
コメカミから汗を垂らしながら、ミレイユは歯を食いしばる。
オミカゲ様に察せられないよう、細く息を吐きながら、今も懸命に魔術を撃ち込む兵達へ目を向けた。
そこで奮闘する彼らの必死さは、ここからでも良く伝わってくる。
魔術の使用というのは、決して簡単な事ではない。常に失敗するリスクを背負いながら、必死の制御で完成させるものだ。
だから常に安全マージンを取って使用するし、自分が行使できる最大級の魔術など、こうした場面では使わない。
リスクは緊張を生み、緊張は失敗を招く。
魔術士はそれを良く理解しているから、無茶な運用はしないものだ。
だというのに、彼らがその安全マージンを取り払って魔術を放っている。
一向に破裂しない『求血』に焦れたのかもしれないし、増える魔物に危機感を持ったからかもしれない。
彼らは必死以上の決死を持って、魔術の行使に専念してくれている。
『地均し』を包む光球が、大きくなっていのは間違いない。
それは目で見て確認できる功績に違いなかったが、同時に、その功績がいつまで経っても実らない現実を、突き付けるものでもあった。
ミレイユはそれに歯噛みしながらも、魔術を放つオミカゲ様を横目でみながら、耐えて待つ。
今は、耐えて待つ事しか許されなかった。
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