奮戦 その2

 『地均し』が権能を利用し、孔を作って魔物を呼び込んで来る事は、相当厄介な問題だった。

 敷地を無断で踏み荒らされている、という不快感は勿論だが、未知の敵と戦う事そのものが、対応を厄介にさせる。

 それに比べれば、暫しの間、光線攻撃が止む程度、何の慰めにもならなかった。


 ミノタウロスやトロールといった、見慣れた――そのうえ弱い――敵がいるのなら、他の見覚えない敵も、同程度の実力と見ても良いと思える。

 とはいえ、実力的に劣る魔物でも、中にはその不利を補う為に、毒などを隠し持っている事も多々あるものだ。

 爪に持っているとか、尻尾に針を隠していたりとかで、立ち回り方も変わって来るだろうし、慎重な対応では幾らでも魔物の数を増やさせてしまう。


 増える以上に倒していかねば、対応できる許容量を超えてしまうし、越えた状態でようやく対応できる様になってからでは遅すぎる。

 どう戦うべきか、難しい判断をさせねばならないが、それより気に掛かる事が一つあった。


 あれほど無造作、無差別に魔物を呼んだところで、果たして戦力になるのか、という問題だ。

 同じ世界の魔物の中にもヒエラルキーは存在しているし、天敵と呼べる相手もいる。

 実力の高い方が捕食者として襲い掛かるものだし、逆に非捕食者は逃げ出そうとするだろう。


 一つの世界ですらそれなのに、他の世界から呼び出して、一つの軍団として運用できるとは思えなかった。

 先程、作成された孔の数は、五つ。

 あれから数は増えていないが、消えてもいない。


 孔が残されているのは、維持を続けて更なる魔物を呼び込むつもりだからに違いない。

 それ自体は理屈として理解できるが、何を目的としているのかまで、理解できなかった。


 あれを軍団として運用するのは無理だ。

 無秩序に暴れるしか出来ない筈で、だから目眩まし程度にしか利用できない。

 むしろ、それを目的としているならば、裏に潜む真意は何を考えているのか。


 ミレイユが考え込んでいる間にも、オミカゲ様は気遣いをやめようとせず、魔力制御をどうにか止めようとしていた。

 腕に当てていた手から、ミレイユの制御を奪おうとするのだが、それより前に腕を振り払って逃れる。


「下手な気遣いはやめろ。そんな事をしている暇があったら、『地均し』の鎧甲を引き剥がせ。一発でも多く魔術を撃ち込めば、それだけ後が楽になる」

「それで? その後はどうする。引き剥がして終わりなら、それも一つの手ではあろうさ。躍起になって達成するだけの価値がある。だが、今も増えている魔物の対処は? 『地均し』その物の撃破は? ……何をそんなに焦っておる」


 焦りもするさ、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。

 確かにオミカゲ様の言うとおり、これは短期決戦で終わる戦いではない。


 むしろ、引き剥がしてからが長いだろうと予想できるだけに、ここで全てを出し切る訳にはいかなかった。

 それもまた理解できる。

 ミレイユに残された時間は少ないが、それに追われる余り、躍起となり過ぎていた過ちは認めなければならなかった。

 だから、息を吐いて肩から力を抜き、そうして小さく謝罪した。


「……あぁ、悪かった。確かに焦りすぎていた……」

「やけに素直なのは気に掛かるが、まぁ良い……。魔力が回復すれば、今よりずっと楽に、マシになるだろう。今の異常から回復したなら止めはせぬ。しかし、そなたには無尽蔵とは言わぬまでも、それに近い魔力生成がある筈だろうに……」


 詰問のようなオミカゲ様の問いに、ミレイユは何も答えず視線をも合わせない。

 そんなミレイユを見て、ルチアやユミルに視線を移したが、彼女ら二人も気不味そうに目を逸らすだけで、その質問には答えなかった。


 オミカゲ様の目が鋭く狭まり、更なる追及の手が伸びようとしたところで、それより早くミレイユが口を開く。

 目の前の魔物という、喫緊の問題の前にはオミカゲ様も乗るしかないだろう、という目論見だった。


「奴め、どういうつもりだと思う? 自分の光線が通じないから、別の手段を用いたという所は理解できる。例えば腕を振り回したくとも、奴自体は結界があって自由に動けないからな……」

「露骨な話題逸しだが……良い、乗ってやる。……見た限りでは、その考えは十分、有り得る話であろうな。先程までの焼き直し……大量の敵で埋め尽くし、蹂躙するつもりなのであろうよ」

「だが、それは余り有効でない、と先の戦いは証明したようなものじゃないか。……いや、もう一度同じ猛攻は耐えきれないだろう、という考えも……まぁ、間違いではないか」


 オミカゲ様はそれに無言で同意し、顔を顰めて鼻を鳴らした。


「ならば、『地均し』を叩かない限り、何度でもこれが繰り返される、と考えるべきか……」

「そう……かもしれないが、権能の使用はあくまで装置を使って動かしている筈だ。装置である以上エネルギーが必要だろうし、無限にというのは考え辛い」

「装置で……。相違ないか?」

「あぁ。特にいま使ってる権能は、インギェムのものだ。奴は間違いなく、あの中にいない。ならば装置が、それを実現させているんだろう」


 ふむ、とオミカゲ様は頷いて、次いで『地均し』へと視線を移す。


「しかし、装置か……。権能再現装置? あるいは……もっと違う原理かもしれぬが、そんな事が本当に可能であろうか?」

「目の前の『地均し』や『遺物』を作った奴らだ。権能をコピーして再現する装置ぐらい、出来ても不思議じゃないと思う」

「そう聞くと確かに……、『遺物』を作れた者どもなら、それぐらいは何ともない……。うむ、確かに……」


 同意しつつも顔を歪ませて頷き、オミカゲ様はそこから更なる疑義を投じた。


「しかし、エネルギー問題があるというなら、それ程多く呼び出せないと考えて良いと思うか……?」

「事前に蓄えられていた量次第だろうな。本来の想定では、撃ち込まれた魔術を吸収し、エネルギーとして転用するつもりだった。それがないのに、権能装置の使用に踏み切った」

「あの光線とて、そのエネルギーを消費して使っていたであろうにな。エネルギー残量が分かるなら、増えてもいないのに消費ばかりしている現状、そう大胆に使えないように思うが……」

「どこまで、そして何を考えているかによるな……。あの魔物どもを呼び込むだけで、全て解決すると考えてるとは、とても……」


 それだけ強力な魔物を用意するつもりなら、ミノタウロスなど喚ばないだろう。

 だが、隊士達や魔術を撃ち込む事に専念しているエルフなら、その戦力でも十分脅威となる。

 そして戦力の比率で見ると、あれら魔物に苦戦する人間の方が、この場には多い。


 現状のミレイユを見ても、魔力についてはボロボロで、身体についても同様だから、激しく動きを強要されると厳しい。

 あの程度の魔物でも、負けはしないが苦戦は免れなかった。


 だが、その為にアヴェリンとアキラがいるから、ミレイユは直接戦う事をしなくて済む。

 とはいえ、弱い部分を突くつもりの戦力投入なら、そう間違った対応ではないかもしれなかった。


 エルフ達や隊士達からしても、目に見えて増えていく魔物どもは視界に捉えている。

 脅威を感じない筈もなく、直前に猛攻を退けた隊士達からすると、またも同じ事を繰り返すのか、という不安は耐え難いものだろう。


 オミカゲ様が共にいるから、恐慌状態に陥ったりしていないが、下手をすると暴走する可能性はある。

 目の前の動かない巨大なゴーレムより、襲い掛かろうとして来る魔物に対処したい、と思う方が、戦術的にも妥当なのだ。


 実際、エルフ達にはまだ動揺は見られないが、隊士達の動きに不安が見え隠れしている。

 敵の数が更に増えれば、エルフ達も変わらぬ平常心ではいられまい。

 早期に鎧甲を攻略できないなら、目標の変更も必要となりそうだった。


 ミレイユは観察の目を味方から敵へと移し、そして目を鋭くさせて観察する。

 孔から出て来た魔物は、即座に動き出すかと思いきや、それも無い。

 勝手に動いて襲撃する素振りを見せないし、最も手近な敵を目視できている筈なのに動かなかった。


 それが何より疑問に感じる。

 目に付いたものを襲うのが魔物で、そして直ぐ側に見知らぬ――魔物ですらおぞましく見える生物がいて、攻撃せずにいられるものだろうか。


 襲い易くも遠方に獲物がおり、そして脅威に思える魔物が近辺にいて、思考停止で動きを止めるなど有り得ない。

 考えるより、まず襲おうと考えるのが、魔物というものだ。

 しかし、どちらの魔物も互いに認識していないかのように、争い始める事がない。


 始めから制御を諦めて喚び出していると思っていたのだが、あるいは洗脳が済んでいる魔物だけが呼び出されているのだろうか。

 あの大人しい様子を見ると、その考えも想定する必要がありそうだが――。

 ミレイユは傍に居るユミルへ――今も魔術を撃ち込んだユミルの背中へ声を掛ける。


「ユミル、呼び出された魔物が妙に大人しい。出現と共に襲って来ても当然というのに、それもない。見知らぬ魔物も含めて、これは全て調整された個体と見るべきか?」

「奴らの手口や手管まで、詳しく知らないけどね……」


 そう一言断って、また新たに魔術を制御しながら続ける。


「孔を繋げた先が何処か、分かり様がないから、確かにアンタの主張も有り得ると思うわ。いつから準備していたか、その準備する余裕があったのか……。でも、封印されていた間に出来たとは思えないから、やっぱり違う気はするけどね」

「では、妙に大人しいのはどうしてだと思う? 先程まで孔から出現した魔物は、視認するなり私達に、一目散と駆け出していただろう。……余りに大人し過ぎる。ならば、洗脳などの手段で、調整された個体と思えるんだが……」

「……それって、手間が掛かり過ぎるわ。だから多分、違うでしょうね」


 一瞬考え込んでから、ユミルは首を横に振って、また魔術を一つ撃ち放った。


「もっと単純に、権能を使ってるからでしょ。インギェムのを使って拉致同然で呼び込んだんなら、ブルーリアの権能を使って大人しくさせてる、と考えると筋が通るし」

「ブルーリア……? 何だったか……」


 ミレイユは、その神と対決もしていないので印象に薄い。

 ドラゴンの襲撃と同時に対応へ飛び出し、そして最後、アヴェリンとルチアの手に寄って瘴気の中へ叩き込まれた二柱のどちらか、とまでは分かる。

 その権能を使用された場面も見ていないので、名前だけでは全く連想できない。


「調和と衝突、それがヤツの権能。この衝突っていうのが、物理的にも精神的にも、作用するって話もしたじゃない」

「……そうだった気もするな」

「だから、あの魔物どもの姿を見ると、まさしく影響下って感じしない? 『地均し』が今もしてるポーズが権能を使っている間に見せるもの、って言うならさ。今も継続して使ってるって話になるんでしょうし」


 確かに、それなら今も大人しくしている事に説明がつく。

 そして、戦力の逐次投入は愚かだと知っているから、あぁして数が揃うまで待機させているのかもしれなかった。


 では何としても、『地均し』の想定する数が揃うまでに、鎧甲を剥がしてしまわねばならなかった。

 そして、オミカゲ様が言う通り――ミレイユも十分理解している通り、剥がして終わりという話にはならない。

 鎧甲を喪えば、『地均し』とて形振り構わなくなるだろう。


 魔物と『地均し』、二つの脅威を同時に相手取らねばならなかった。

 ――悠長にやってる暇は、一時たりとて無い。


 咲桜が帰って来れば、幾らか身体の状態もマシになるかもしれず、魔力が満ちれば、激痛は確かに和らぐ。

 だが、刻一刻と失われていくまでは、回復してくれないのだ。

 その焦りばかりが募り、制止されていたものを無視して、魔術を制御しようとする。


「――ぐっ!?」


 しかし、僅かな制御に激痛が走り、思わず胸を抑えて身体を屈める。

 これまで散々頼りにし、寄り掛かって使って来たこの身体だが、今は自由にならないこの身体が、酷く恨めしかった。

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