最終章

奮戦 その1

 ミレイユもまた、オミカゲ様に同意しながら『地均し』を睨み付ける。

 そこへ、オミカゲ様が訝し気に穴を見つめながら、言葉を零した。


「そなた先程……、がある、と申したか? 『地均し』には孔を作る装置が備わっている、という意味か?」

「いや、そういう意味じゃなく、権能そのものを使う装置だ。あちらの世界で神を名乗っていた奴ら、その権能を、どうやらそのまま使って来るようだ」

「よう、とはまた……。不確かな事を申すものよ。確度の高い情報か?」

「高いと思っていたし、きっとそうだろう、という推論を立てていた。そして、今しがた見せられたものから、その推論が確信に変わったようなものだ。全く……ッ!」


 悪態と共に吐き捨てて言ったミレイユだったが、事情を飲み込めていないオミカゲ様は更に表情を険しくさせる。

 また一つ、新たに魔術を撃ち込み、近付きながら尋ねて来た。


「だが、ゴーレムに権能が使えるとは思えぬ。魔術秘具で魔術を再現できるからと、権能まで再現できるとは思わぬ事だ。やろうとしている事は似てようと、原理は全く別物であるのだぞ」

「あぁ、つまり『地均し』を作り、装置を作ったのが大神だから、可能となった事なんだろうさ。八神の権能をコピーするなんて、そもそも大神でなくば不可能だろうし、中に大神が居るからこそ使用出来てる、という気もするしな」

「何……、大神が? それに、八神……? 何がどう違う?」


 そこからか、とミレイユは思わず顔を顰めた。

 オミカゲ様にとって大神とは、十二柱の事を指すのだろうし、八という数字に耳馴染みがないのは仕方ない。


 しかし、細かいところまで説明すると時間が掛かり過ぎるし、そんな事をしている余裕はなかった。

 その上、細かい部分は戦闘に関係ない部分でもある。


「とにかく、あの『地均し』には神々の権能を利用できる機能が備わっている。いつだったか、孔が継続して作られているのは自動的だからこそ、という話をしていたろう。――どうやら、がやっていた事らしい」

「にわかには信じがたいが……、今は目の前の事実を受け止めるしかあるまいな。では、使える権能とは、その孔を生成する事のみ、と考えて良いのか? ――いや、八神……つまり、その数に見合うだけの権能があると想定すべきか」


 長く生きるだけあって、それ相応に思慮深くあるのは頼もしい。

 詳しい説明の必要なく、即座に理解して貰えるのは有り難かった。


「そして、神は世界を越えられない、という理の抜け道を作って、この世界へやって来た神がいる。――つまりそれが、あの中で隠れているんじゃないか、と私は疑っている」

「それがお前の言う大神か。……しかし、可能なのか、そんな事が……? 前提を覆す抜け道など、早々……」


 オミカゲ様の瞳は、懐疑的に『地均し』へと向いている。

 実際、それは口で言うほど簡単な事ではないだろうし、可能だからと実行できる事でもないのだろう。


「肉体を捨てる事が前提だから、だろうな。本来なら魂だけになっても、『遺物』が強制的に収奪する筈だが……大神が造ったものなら、例外を設ける事も可能だったのかも……」

「仮にそうだとして、本当に出来るなら、話はもっと簡単だったろう。何故ミレイユを取り戻すのに、あんなまどろっこしい真似を……」

「目的を全く異にしているから、だろうな。あの中に隠れている神は、ミレイユ奪還に全く価値を感じていない。あの中に隠れている神にとって、デイアートは終わった世界だ。端から見捨てるつもりだったから、その計画には関与してない」


 ミレイユは憎々しく『地均し』を睨み付ける。

 己の命と安全を少しでも長く維持する為、神人計画に邁進した八神も憎らしいが、大神はそれ以上に憎らしい。

 全ての元凶と言ってよく、そしてその姿を見定めたと思った時には、とうに逃げられた後だった。


 そして逃げた先で破壊と混乱を撒き散らす、悪魔の様な存在として好き勝手する癖に、その後には創造神を名乗って降臨するつもりでいるのだ。

 その唾棄すべき計画には腸が煮えくり返る思いだし、絶対に阻止してやる、という気持ちが心の奥から湧き上がってくる。


 それは決して、ユミルに刻まれた命令だけが理由ではない。

 ミレイユがそれを絶対許せない、という思いから生まれる決意だった。

 オミカゲ様はミレイユからの返答を聞いて、更に険しく顔を顰める。


「それが事実なら、孔を作る事に協力的だった理由は? お前の言う隠れた神――大神というのは、八神の小間使いなのか?」

「いいや、あの中に隠れているのは、本当の意味での大神だ……と言っても伝わらないだろうが。ともかく、あの中に隠れていたから手出し出来なかったんだと思うし、勝手に動こうとしていた『地均し』を封じてもいた」


 オミカゲ様は顰めた顔のまま、また一つの魔術を『地均し』へ、一つを孔から出てきた魔物へ放ちながら頷く。

 一度ではなく、幾度も頷く、細かい首肯だった。


「なるほど、読めてきた。前提として、『地均し』は逃げ出そうとして、孔を作っていたのではあるまいか。ミレイユを連れ戻すには孔が必要、しかし必ず我が潰す故、自動的な孔作りを欲していた。そこに利用価値があったから乗っただけで、孔を開く理由は別にあったか……」

「あぁ、そこまでは考えていなかったが、言われてみると納得する。どのみち八神にとっては厄介で厄物には違いないから、私さえ取り戻せれば『地均し』の行方など、どうなろうと構わないんだろう。どうしたって、私を通す為の巨大孔は必要なんだから、その為に利用しようと……」

「ふむ、兵器としても有用であるのも事実であろうしな。ミレイユを半死の状態にでも持っていければ、回収も容易い……。だがそうなると、隠れていた神は、こうなる未来を予期していた、という事になるのだろうか?」

「さて、そこまでは分からないが……」


 思うに、兵器としての価値を見出され、どこかで運用されるのを待っていただけではないか、とミレイユは予想していた。

 封印されたままで忸怩たる思いはしていても、肉体を手放し、死すらも遠い存在となった神には、待っているだけで目的が叶うと考えただろう。


 どこかのタイミングで利用できると封印を解けば、そのまま孔を開いて逃げてしまえば良く、封印を解かれなくとも世界が滅ぶついでに開放される。

 あるいは、その滅びを招く為、瘴気とは用意されたものだったかもしれない。


 世界の滅びと、神々の消滅は本来、不可分だ。

 しかし、『地均し』が持つ鎧甲ならば耐えられる、という計算の上に成り立つのなら、十分考えられる事だ。


 ミレイユは世界が滅びかけている最中の時を思い出す。

 それは緩やかな消滅だった。世界の端からヤスリを掛けられているかの様な、徐々に訪れる消滅だ。

 最後の一欠片まで消滅するより早く、オスボリックは封印の維持を放棄するだろうし、そうであれば、やはり逃げ出す時間くらいは出来ただろう。


 そして瘴気の存在は、それをより早めるだけでなく、我が身可愛さで真っ先に逃げ出す機会すら生む筈だ。

 実際には上手く封じ込められてしまい、その狙いは御破算となったが、手っ取り早い手段が潰えただけで、世界の破滅は免れなかった。


 リスクが全くないとは思わないし、随分辛抱強い作戦とも思うが、最後に勝つのは自分だと思っているからこそ、堪え忍べた作戦だろう。

 ミレイユは湧き上がるドス黒い気持ちを抑え込まず、それを魔力に込めて『地均し』へと撃ち出す。


 相変わらず魔力は吸収されるばかりで、爆発の兆しは見せない。

 光球一つ一つが更に大きくなったものの、どこまで打ち込めば『求血』の容量に限界が来るのか、それも未だに分からなかった。

 どちらにしても、とミレイユはオミカゲ様へ、視線を移して言う。


「どの様な理由があろうと、何があろうと関係ない。敵である事だけは確実、ならば叩き潰すだけだ」

「然に有ろう。あの『地均し』……、ゴーレム故の自動行動、防衛反応という理由であろうと、破壊は免れぬ。中に何かが隠れているなら、やはりその行動で、敵と判断しなくてはならぬ」


 ミレイユはオミカゲ様の声に頷いた。

 元より大神の目的は、移住した世界の片隅で、ひっそりと暮らす事ではない。

 破壊と蹂躙の果てに、綺麗に地均しされた世界で、また一から自分に都合の良い世界を作り直す事だ。


 ――神とは利己的なもの。

 デイアートの住人は、誰もがそれと認識していたし、誰もが顔を俯けて受け入れていた事でもあった。


 だが、世界の存亡を前にして、それを受け入れる者はいない。

 まして、それが故郷の蹂躙であり、ループが作られる元凶となれば、抵抗しない訳がなかった。


 ミレイユは憎悪に似た思いと、抗いの精神を持って、決死の魔力を練り上げた。

 だが、思いとは裏腹に、身体の方は正直だった。

 本日、何発目か分からない上級魔術の使用に、既に音を上げ始めている。


「まったく……ッ、ポンコツが……!」


 分かってはいた事だが、悪態を吐いても、身体は調子を取り戻してくれない。

 呼吸は荒くなり、額からは汗が滲み出る。

 胸痛が激しくなり始め、湧き上がる様な頭痛は、警笛を鳴らしているかの様だった。


 その様な異常な反応を見せれば、オミカゲ様もすぐに気付く。

 魔術を一つ放ちながらも、傍らに寄って気遣う様に手を伸ばした。


「そなた……、どうした。酷く顔色が悪いぞ。それ程までに過酷な戦いだったのか……? いや……」


 言い差して、オミカゲ様はルチアとユミルの顔色を見て、首を横に振る。

 神々との戦いが壮絶なものだったとして、それならこの二人も、ミレイユと同じく疲弊していなければ可笑しい、と気付いたようだ。


 そして、腕に触れるや否や愕然とする。

 戦闘中でなければ――他に意識を逸らされる要因がなければ、きっとより早い段階で気付けただろう。

 普段から観察していたなら、その違いが歴然として分かった筈だ。


 それ程、今のミレイユがしている魔力制御は酷いものだった。

 真っ直ぐ進めば良いだけの道を、無駄に右往左往して進むような……あるいは千鳥足の覚束ない足取りで進むような、安定感に欠ける進み方をしている。


 その上、遅々として進まないものを、無理に押し込んで進ませるようなものだから、更に安定感を失っていた。

 オミカゲ様は愕然とした表情のまま、敵への対処も忘れ、掠れた声で尋ねる。


「何だ、これは……。何があれば、こんな事になる……? そなた、一体向こうでなにをして来た……!」

「……うるさい。私を気遣う暇があるなら、敵に一発でも魔術をぶつけてやれ……ッ。構うな!」

「馬鹿な事を……! 自分がどういう状況か分かってないのか!? 立っているだけで奇跡だ! ――魔力制御を今すぐやめよ、死にたいのか!?」

「死ぬつもりがあって、こんな事が……! ハァ……ッ、――出来るかっ!」

「言っても聞かぬか、愚か者め! ――誰ぞおる!」


 オミカゲ様は周囲へ顔を巡らせたが、ここは最前線だ。

 誰も彼もが魔術や理術を『地均し』に放っているし、敵からの反撃を受け止める隊士達に余力はない。

 その上、孔から出現した新たな魔物に対処する為、内向術士達も壁になるように展開されていた。


 オミカゲ様の一言に反応しても、誰もが自分の役割に手一杯で、応じられる者はいなかった。

 それを怠慢とは思わない。誰もが必死で、目の前の対処に懸命なだけだった。


 だからミレイユも、鎧甲を引き剥がす為に全力を傾ける。

 あれがなくなれば、アヴェリンの攻撃だって届く様になる筈だ。


 そして、結界の破綻も間近、という問題もある。

 辛いから、苦しいから、と膝を屈して、後を任せる訳にはいかなかった。

 だからミレイユは、やめろと言われて、制御を止めるつもりも、目の前の敵から逃げるつもりもない。


 オミカゲ様の呼び声に誰も反応を示さない――示せないまま、それを当然と受け止め、ミレイユが制御に集中しようとすると、横合いから返事と共に駆けてくる何者かがいる。


 思わずつられてそちらを見ると、そこには先程もオミカゲ様の傍にいた咲桜が、不躾にならない距離を置いて膝を付いていた。


「遅参いたしまして、申し訳ありません! 御用を承ります!」

「箱詰め理力を持って参れ。結界術士に使う分であろうとも、それが例え最後の一つであろうとも、此度は優先して貰わねばならぬ。――急ぎ蔵から用意せよ!」

「は……、ハハッ!」


 咲桜は一礼した後、即座に踵を返して走り去っていく。

 魔力が回復すれば、この状態もマシになると思っての事だろう。

 しかし、それでどうにかなると、ミレイユには思えなかった。


 楽にはなるかもしれないが、同時に解決もしない。

 今のミレイユにとって、魔力を使う事は、命の蝋燭を燃やす事に等しい。

 免れるには昇神するしか手はないと知りつつ、同時に取れない手段でもあった。


 この世界に根差す事に踏ん切りが付かないから、ではない。

 エルフという別世界に根差した信仰により、この世界から弾かれてしまう事に懸念している訳でもない。

 そもそもの前提として、この場に三千名もの人間がいない事こそ問題だった。


 もしも居たなら、流石のミレイユも形振り構っていられなかった。

 しかし、無い袖は振れないとも言う。それは一つの真理だ。

 ミレイユは歯噛みしながら、長い時間を掛けてようやく完成した中級魔術を――今はそれが限界の中級魔術を、『地均し』に向かって撃ち込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る