そして、決戦の舞台へ その8

「……お前が前線に出てきてどうする。全体の指揮を取るんだろう?」

「それは阿由葉に任せた。今なにより欲するのは、魔力を敵にぶつける事であろう。玉体守護などと後方へ追いやられては、出来る事も限られる」


 確かに今は、どのような手であろうと借りたい場面だった。

 護られる立場であるのも確かだが、現状、オミカゲ様より頼れる味方も存在しないのだ。


 それに、護られねば戦えない程、か弱い存在でもない。

 今はその提案に有り難く頷いていると、オミカゲ様は『地均し』を見据えつつ、揶揄する様に言って来る。


「それにしても、らしくないではないか。重い攻撃であるのは事実だったが、そこまで押される程か?」

「……こっちは神々の頭を、潰して回って来た直後なもんでね……。疲れも相応にある」

「休んで来れば良かったろう。時間的制約は、この場合関係しないであろうに」

「そうも言ってられない事情が、こっちにもある」


 ふむ、とオミカゲ様は思案顔で息を吐いたが、それ以上詳しく追求しようとはしなかった。

 チラリと視線を向けた先では、アヴェリンが何か言いたげにしていて、その表情を見るなり淡く笑む。

 その笑みに誘われるようにして、アヴェリンが戦闘態勢を崩さぬままに頭を下げた。


「お久しぶりです、オミカゲ様。ご無事で何よりでした……!」

「我にとっては瞬きの間だったが……、そうか。久しぶりと言える時間を、あちらで過ごしたか」

「――まぁね、話してやりたいコトも色々あるんだけど、まずはアッチでしょ」


 ユミルが横から口を挟み、笑みを向けながら制御し終えた魔術を放った。

 幾条も連なる紫電が『地均し』へ突き刺さり、そして、その全てが『求血』によって生み出された光の膜に吸収されていく。


 確かに今は歓談するより、攻撃をぶつけ、反撃に対応する事の方が優先だった。

 アヴェリンは現状、ミレイユの壁役として備えて構える事しか出来ない。しかし、だからと会話を弾ませる訳にもいかなかった。


 『地均し』の攻撃も、単に力押しの光線ばかりでない事は学習済みだ。

 その巨体故、満足に立ち上がる事も出来ず、今は四つん這いの格好だが、その背は結界に触れて今にも飛び出してしまいそうな不安感がある。


 背の形に沿って結界がたわんでしまっており、それでも維持できているのは、今も結界術士が必死の思いで留めているからだ。

 だが、その努力も、いつまで保つか分からない。


 『地均し』の鎧甲を剥ぎ取る事は、最低限の勝利条件でしかないのだ。

 それで結界への負担が減るとは限らないが、結界術士たちが耐えきれなくなる前に、倒してしまうのが最善だった。


 今のミレイユには防護壁を展開するだけでもそれなりに負担で、両手で別々の魔術を使う余裕などない。

 とにかく魔力の巡りが悪く、まるで重しを付けたかのように制御が上手くいかなかった。

 それでも、今だけは攻撃に参加したものかどうか迷う。


 アヴェリンは物理的な盾と考えると非常に頼りになるが、魔術に対しても同様に頼る事は出来ない。

 全く無力ではないし、下手な盾より頑丈な役目を果たしてくれるだろうが、正しく守ってくれるだけだ。


 その損耗を取り戻せる余裕はなく、使い潰しの様な形になるだろう。

 アヴェリンをその様な形で失うのは避けたかった。


 今まではミレイユ自身と、ルチアの魔術もあるから今まで気にしてなかったが、現状は防御の数が足りていない。

 忸怩たる思いで『地均し』を睨む。


 だがそこに、駆け足で背後が迫って来る気配があった。

 誰だと思っている間に、ミレイユの傍までやって来て、『地均し』とミレイユの間、射線を切るように身体を滑り込ませながら謝罪の言葉が飛んで来た。


「申し訳ありません、遅れました!」


 それはアキラだった。

 刀を構えて『年輪』を発動させつつ、オミカゲ様にも敬意の籠もった礼をした。


 戦闘中である事も加味して略式だが、そこに向ける信仰の厚さは相変わらずのようだ。

 だが、丁度求めていた防御役が来てくれた事で、ミレイユも攻撃に参加できる目処が立った。


「アヴェリン、アキラを上手く使って守ってくれ。少し……攻撃に専念する」

「ハッ、お任せ下さい!」

「はいッ! その為の刻印です!」


 二人が同時に返事した事、それが引き金かの様だった。

 『地均し』のレンズが収縮と拡大を繰り返し、目標を見定め終わったかと思うと、今度は幾条にも枝分かれした光線を吐き出して来る。


 直前にレンズで見られていた事からも、目標はミレイユだと知れている。

 放物線を描いて迫る攻撃は、ルチアが展開する防御壁を回避しようとしているが、一度見た攻撃モノなら同じ手は通用しない。

 光線の動きは曲線だからこそ、どうしても速度は直線より遅くなる。


 極太の光線をそのまま細分化したようなものだから、細い分だけ数も多いが、二つの盾があって回避できない程ではなかった。

 アヴェリンの盾は魔術に対して効果的でないにしろ、無力でもない。


 そしてアキラが持つ不壊の付呪は、光線を受け止めるのにも役立っていた。

 アヴェリン程、技巧を駆使して防げる訳ではないが、その代わりに身体で受け止めるという無茶が出来る。

 結果としてミレイユには一つも直撃させず、そしてミレイユは魔術の制御に集中して練り込む事が出来ていた。


「防げん事はないが……!」

「ぐっ! ぐぎ!」


 『地均し』の光線は、使う規模によって、連射力も継続量も違ってくるらしい。

 極太の光線は短時間の放出で止めていたが、今度はいつまでも続くかのように細かい攻撃が続き、終わりが見えない。


 敵の攻撃も、専ら狙うのはミレイユかオミカゲ様で、他のエルフや隊士達へは目もくれない。

 その程度の攻撃は放って置いて問題ないという判断か、まず最も厄介な相手から始末するつもりなのか……。

 その両方、という気がした。


 オミカゲ様もあの時と違い、ミレイユを守り、そして送り出すという制約がない為、自由に空を飛び回避か防御をして凌ぐ事が出来ている。

 また、その手から撃ち込まれる魔術は、エルフたち五百人と比べても遜色ない規模だ。

 上級魔術を、初級魔術と同じような気軽さで扱っている。


 流石に『雷霆召喚』の様な大規模魔術を使う事はしていないが、十分強力な魔術を軽々と扱う様は、流石の一言に尽きた。

 かつて、ミレイユたち四人を相手取ってでも、強制送還してやると大口叩いていた事を思い出す。

 あれを見ると、今となっては全くの嘘という訳でもなかったな、と納得してしまった。


 攻撃の手はそれで良しとしても、敵の攻撃を防ぐ事に関しては、まだまだ不安が大きい。

 何とか防ぎ続けているものの、アキラから悲鳴の様な声が上がる。


「……全くキリがない!」

「泣き言を垂れるな! 一つでもミレイ様に届かせてみろ! 戦士の恥だぞ!」


 二人が身を挺して守ってくれているお陰で、ミレイユも攻撃に専念できている。

 今もまた上級魔術を撃ち込み、その魔力が『求血』が吸収していく様子を観察していた。


 『地均し』にしても魔術を撃ち込まれる事、それでダメージを負わない事は予想どおりだろうが、自身の動力へ転換されない事は不思議がっている頃だろう。

 敵にダメージを与えずとも、次々と打ち込まれ続けている魔術は、刻印効果で『求血』の方に吸収されている。

 その魔力は、その吸収量に応じて『地均し』を覆う膜――光球の数と大きさを増やしていた。


 最初は靄のように薄い膜に過ぎなかったが、吸収するにつれその靄一つ一つが点の大きさに肥大して、更に吸収を続ける事で、今では爪ほどの大きさまで成長していた。


 前に受けた説明では、蓄えられたエネルギーは光球に集まり、それが限界まで膨らんで破裂するものだと認識していた。

 だが対象が巨大すぎる余り、想定とは違う形で術が形成された結果、いま目の前で起きている現象となったらしい。


 蓄えた魔力を倍にした上で爆発するという効果を発揮する為に、今はあの光球一つ一つが蓄えている最中なのだろう。

 『地均し』を覆う光球は凄まじい数で、隙間なくびっしりと囲んでいる。

 到底、目で数えられるものではないが、それらの大きさにはバラ付きがあった。


 それらが全て同じ大きさになるまで、続ける必要があるだろう。

 その上、光球の大きさは、まだ肥大化を続けそうでもある。一体どこまで溜め込めば良いのか、ミレイユにも全く想像がつかない。


 そして『地均し』を覆う変化、その異変はミレイユ達ならずとも、受けた『本人』にも当然察知できる頃だろう。

 先程からして来る攻撃は、機械的な動きと反応しか見せないが、『その中』に何かがいる筈だ、とミレイユは疑っている。

 想定とは違う事、思うように倒せない事、そろそろ業を煮やしていてもおかしくない。


 先程までのオミカゲ様は勝てない事を悟って、早々にミレイユを送還する事に決めた。

 一方的に通る攻撃は、なおさら『地均し』にとって楽勝のように見えていただろう。

 

 だが、勝利の筋道が見え始めた状態から、オミカゲ様も出来る限りの猛反撃へと切り替えている。

 作戦開始当初は、エルフを守る盾はルチアぐらい張れていなかったが、今では隊士達との連携も取れ始め、協力して光線を受け止めるようになっている。


 オミカゲ様から逸れたものだったり、ついでのつもりの攻撃だったりしたものでも、未だに光線による被害は出ていなかった。

 何一つ、『地均し』に対して事態が好転していない状況……、に何かがいるのなら、冷静さも失われる頃だ。


 何か新しい事を始める前に、押し切ってしまいたい、という気持ちが湧く。

 果たしてこのまま鎧甲を剥ぎ取れるかどうか――、そう思った矢先の事だった。


 『地均し』が地面に着けていた手を持ち上げ、腹の当たりを両手で抑える。

 見ようによっては腹痛を堪えているようだが、勿論そんな筈はない。

 何かを取り出す為か、あるいはそこにあるものを見せたくなくて、隠してやっている事だろう。


 『地均し』は鎧甲によって身を守っている為、排熱機関にも蓋をしてしまっている状態だ。

 だから脇の下という攻撃し辛い場所に、スライド開閉式の排熱機構を持っている。


 ならば、今している動作も、それに近い何かしらの行動であるのかもしれない。

 明確に弱点を晒す事になるのを嫌がって、あぁして隠していると考える事も出来た。


 問題は、仮に弱点だとしても魔術攻撃は『求血』効果によって吸収されてしまう事で、物理攻撃を仕掛けようにも距離があり過ぎて難しい、という事だった。


 巨大な掌に隠されている為、その中で何が行われているのかも分からない。

 魔術を放ちつつも警戒しながら身構えていると、『地均し』とミレイユ達の間、その中間地点に『孔』が出現した。


 それも一つではなく、二つ、三つと数を増やし、最終的に五つの孔が作られる。

 アヴェリンが訝しげながらも口を開いた。


「ここに来て、孔を再出現させる……?」

「『地均し』にはその装置があるから、使う事そのものは意外ではないが、この場面でか……?」


 必要というなら、奴が通って来た孔がある。

 とはいえ、それは通過と同時に消失していったので、一度消したからには再度使い直す必要があるのかもしれないが、どうにも段取りが悪い。


 もう必要なし、と判断したからこその消失だったのだろうし、それだけ『地均し』の性能に余裕や自信があったのだろう。

 だが、ミレイユ達が見せる猛反撃までは予想外だった……、そういう事かもしれない。


 再度開かれた孔は小さく、警戒する程の敵は出て来そうもなかった。

 だが、五つも孔があるだけに、出現しようとする数も多い。


 だが、その中にはミレイユにとって見慣れた敵もいれば、全く見たことがない魔物もいる。

 それどころか、生態系からして全く別の、触手を生やした宇宙生物の様な魔物までいた。


「ところ構わず、選ぶ先さえ考えず、手当たり次第に繋げたか」

「……何たる事か。あれは止めたかった」


 オミカゲ様の零した一言は、この場全員の総意に違いなかった。

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