そして、決戦の舞台へ その3

 ミレイユが号令を下すと、それぞれが眼下へ――王城の噴水が見える中庭へと、視点を合わせた。

 そこが丁度、現在地の直下であり、そして降下するのに適した場所だった。


 他にも広い敷地はあるのだが、大抵は野戦病院の様な使い方をされている。

 怪我人が多くいる場所に、空から落ちて来ては驚かせるだろうし、怪我を増やしてしまう可能性もあっては、そんな所を選べない。

 ミレイユは飛び降りようと身を屈めて、それから改めて最後にドーワへ顔を向けた。


「世話になった。仲間のドラゴンについても……、色々と」

「世界の礎となったなら、奴らも本望だろうさ。とはいえ、後悔もある。……外から見ているだけじゃ、本当は何をしたかったのか分かりゃしないって事かもしれないが……。大神の行動には謎が多い」

「お前の目には、世界の維持や後継を望むように見えていたんだったか……」

「説明された訳じゃないからね。見えたものを、自分の都合よく見ていただけ。そうかもしれないが……、裏切られた気持ちにはなる」


 そう言って、ドーワは重たい息を吐いた。喉奥に燃える炎が、吐息に紛れて小さく漏れ出る。

 彼女の気持ちも良く分かった。

 八神から本来の姿を奪われていた時も、大神の復活を待っていたからこそ耐えられた、という部分もあっただろう。


 しかし、大神にそのつもりが最初からなかったというなら、裏切られたと思えても当然だ。

 ドラゴンに寿命があるのか知らないが、だからといって待ち望んだ数千年が、全くの徒労と分かれば、暗澹たる気持ちになるというものだろう。


「もしも、あちらに大神がいたら、何か言ってやりたい事はあるか?」

「勝手をするのは造物主の特権、そんな風にも思ってしまうからねぇ……。残念とは思っても、無念とは思わない。……それに、わたしにとっては優しい主人だった」

「そういえば、そんな風に言っていた事もあったか……」


 彼女らドラゴンの役目を考えれば、辛く当たる必要もなく、そして事実ペット扱いでしかなかったのかもしれない。

 大神が最終的に見据えていた目的は、決して良いものではなかったろう、というのがミレイユの考えだ。


 しかし、傍で見ているだけだったドラゴンからすると、優しいばかりの主人は、善なる目的の為に動く存在と見えたのだろう。

 何しろ、創造神を名乗る神々である。

 その行いに悪しきものがあるとは、考えないのが普通だ。


「これからどうする。……竜の谷に帰るか?」

「二柱の監視役は必要だろうさ。いざとなれば、噛み付く事のできる脅し役がね。あんたの意志を無視して締め出すつもりなら、その命が対価だと教えてやんなきゃならんだろう」

「償いは受けるって言ったろ。その言葉を今更、反故にするつもりなんて無いんだがねぇ……」


 ドーワの挑発するような視線に、インギェムが顰めっ面で返した。

 ミレイユとしても、その言葉に嘘はないだろうと思っている。

 ここまで上手く事が運ぶと思っていなかったろうが、実際にこういう状況になって、今更命を惜しむとは思えない。


 彼女らの行動には、信頼できるだけの誠実さが見えた。

 締め出してしまえば自分の安全は確保できる、と安易な行動に走るとは思えなかった。


 だが、どちらにせよ、手放しの信頼をする事は難しい。

 そこで睨みを利かせてくれる天敵ドラゴンがいるなら、孔の維持は保障されると見る事も出来た。

 ドーワはその挑発的な笑みを、悪戯っぽく歪めてミレイユを見つめる。


「新しい創造神が帰って来るのを、首を長くして待ってるよ。なに……数千年ぐらいは、慣れたものさ」

「何とも、応えづらいな……」

「好きにすれば良いさ。神っていうのは、そういうもんだ」

「私は神じゃないけどな……」

「だったら、尚のこと好きにしな」


 困り顔で頷いて、ミレイユはアヴェリンへ降下するよう、ハンドサインを送る。

 アヴェリンが飛び降りれば、それに続いてユミルが、その後にアキラとルチアが続いた。

 ミレイユが最後に手を振ってドーワから飛び降り、『落葉の陣』を行使する。


 最早アキラまでもが慣れたもので、中庭に問題なく着地している姿が見えた。

 最後にミレイユが中庭に降り立つと、その背を追ってルヴァイル達もやって来た。


 彼女たちは普通に飛べるので、陣の作用を受けていない。陣の周りを旋回するようにして、ミレイユの後ろに着地した。

 ミレイユはそれらを見渡し、問題ない事を確認して王城へ顔を向ける。


「テオかヴァレネオは、あの中にいると見て良いのかな……。周りの様子から森軍が勝ったものだと考えていたが、もしかすると決着の前に被災して、一時休戦しているだけかもしれない……」

「いえ、ミレイ様。王城頂上付近にある尖塔をご覧ください。森の民を示す旗が掲げられています。戦争には勝利したと見て良いでしょう」


 アヴェリンが指差すままに顔を上げると、確かに言ったとおり、デルン軍とは違う旗がはためいていた。

 デルン王国の旗は森攻め行軍の際に見ていたし、あの時と違う旗を掲げてあるというなら、戦勝したのは間違いないだろう。


「なるほど、確かにそうだ。じゃあ、勝利した後、この惨状に見舞われたか……。不運と一言で切り捨てるには、我々も無関係でないしな……」

「神を一柱でも失うと、そこから維持が困難になるコトも知ってたしね。……とはいえ、都市だけでこれなら、地方も結構被害出てそうね。森も厄介なコトになってるかも」


 責任の一端を、ミレイユに担わせるつもりで言った台詞ではないだろうが、直前に話していた事を思い出すと、どうにも素直に聞き流せない。

 思わず恨みがましい視線を送る事になり、ユミルは小さく笑って手を振った。


「いやね、何て顔してるのよ。ともかくも、まずはヴァレネオでしょ。あっちに連れて行くエルフ達を、選んで貰わなきゃ」

「……そうだな。自分で言ったばかりだ。何を決めるにしろ、まずは『地均し』が先決だ」


 一歩踏み出したところで、胸の奥に痛みが走った。

 ドーワの背に乗って移動している間に、十分な休息と魔力の回復はする事が出来ていた。

 だから、簡単な魔術を一つ使う程度は問題ないと思っていたのだが、どうやら、そう簡単に考えて良いものではないらしい。


 周りの皆――特にアヴェリンに気付かれないよう、口を固く絞って食いしばり、不自然に思われないよう歩み続ける。

 そうして、勝手に王城内へ踏み込むと、そこは戦場さながらの忙しさを見せていた。


 行き交う人々は誰も歩いていないし、近くの部屋へはひっきり無しに出入りしている。

 兵や文官らしき者も多いが、獣人の姿も、それに次いで多かった。

 書類を用意していたり、何かを報告する声が上がってたりと、見える範囲だけでも蜂の巣を突付いたような騒ぎになっている。


 それもこれも、被災へ対応する為に行われている事かもしれず、そこにズカズカと押し入り人員を割いてくれ、と勝手な要求するのは気が引けた。

 だがとにかく、あの部屋に指揮する誰かがいるのは間違い筈なので、気を重たくさせながら歩いて行く。


 入り口前に立つと、そこから一人の獣人が飛び出して来て、危うくぶつかるところだった。

 相手の方から回避してくれたので、掠りもしなかったが、驚いた顔でミレイユを見返している。


「これはミレイユ様! 来て下さったんですね!」

「あー……、いや……」

「テオもヴァレネオさんも、中にいますよ。――あ! すみません、急ぎますので失礼します!」

「あ、あぁ……」


 しっかりと頭を下げてから、丸めた書類を握って風の様に走り去っていく。

 獣人が持つ俊敏性の面目躍如といったところで、人波の間をすいすいとすり抜けては消えて行った。

 二人の居場所もハッキリしたところで、申し訳ないと思いつつ、部屋の中を窺いながら入室する。


 すると、部屋の中にはコの字型に形成された机と、その机に山と積まれた書類、その書類に向き合う文官が見えた。

 そしてその中心にいるのがテオとヴァレネオで、リレーの様にやって来る報告に対応しながら目を回している。


 寝ていない事がひと目で分かる充血した目と疲れた顔で、それでも次々とやってくる報告に目を通し、指示を出して対応していた。

 多くはヴァレネオの補助があって出来ている事だろうが、何しろ決裁印を押す役割をテオが担っている。

 報告内容を知らずに押印だけしている訳にもいかず、必死に内容を読み取ろうとしていた。


 かつて、森の屋敷で見た事のあるような光景だった。

 そして、だからこそヴァレネオの補助が良く活きているとも言える。彼からすると、慣れたもの、といったところだろう。


 だから、テオが必死に書類と格闘している間にも、ミレイユ達の入室には逸早く気付くことが出来たようだ。

 声を掛けて良いものか迷っていたところで、ヴァレネオは仕事を放り出して自ら歩み寄って来る。


「これはミレイユ様……! ご無事の帰還、何よりでございます!」

「あぁ、何やら大事になっているみたいだな……。状況としては良く分かるが、人間が手を貸してくれている事を、素直に驚いている」

「今だけは、という話でしょう。何しろ、被害に遭っているのは都市部の人間です。石造りの町並みその物が、被害を大きくしたようですな」

「という事は、森の方は……?」


 懸念としてあった森の被害を尋ねると、ヴァレネオは安心させるように微笑みを浮かべる。


「樹木の柔軟性が活きた様です。室内の水瓶など、割れて壊れた物は多数ありましたが、建物の倒壊などは殆ど見られません。それは既に、人をやって確認させています」

「そうか。それは良かった……、と言ってもよいものか」


 都市が大変な時なのに、他方の無事を手放しに喜ぶのは憚られる。

 特に被害が甚大である程、喜びを表に出すのは下品と映るだろう。

 アキラなどは、知人の無事を確認したいだろうし、実際気掛かりでもあるようだ。


 見てこいと言ってやりたいが、ミレイユにも

 或いは猶予、と言い換えても良かった。

 今でさえ、必死になって平静を装っているが、もしも休んでしまえば、再び立ち上がれるだけの自信がない。


 未だ緊張が続いているから、身体も限界を無視して繋ぎ止めているとも言えた。

 ルヴァイルの権能を用いるのだから、一日程度、世界転移を遅らせたとしても問題にならない。

 だが、一日の遅れは、ミレイユの身体にどのような悪影響を及ぼすか分からなかった。


 それを思えば、酷な事を言うようでも、都市への影響が出る事を踏まえて要求を伝えるしかない。

 ミレイユがまず謝罪を口にしようとしたところで、先にヴァレネオが小さく手を挙げ、首を振った。


「皆まで仰られますな。この様な不測の事態、予期せぬ出来事とあっても、準備だけは整えております。治癒術士についてはご配慮戴く事になりますが、他の魔術士については、いつでもミレイユ様と共に行けます」

「……そうなのか、すまないな」

「我々は既に多くの恩恵、多くの援助を頂いております。そういった言葉は、御無用に願います」

「……あぁ、そうか。……うん、ありがとう」

「勿体ないお言葉」


 ヴァレネオはその顔に笑みを浮かべて、慇懃に礼をした。

 完全に手が止まっている状態で、事情を知らない文官たちからは厳しい視線を向けられたが、ヴァレネオは全く気にしていない。


 上体を戻したヴァレネオが向ける手の方へ顔を向けると、隣の部屋には、やる気に満ちたエルフ達の姿が見え、いつでも戦闘可能という臨戦態勢で迎えていた。

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