そして、決戦の舞台へ その2
「あちらに行くというなら、昇神は免れないか……」
「というより……エルフを連れて行くなら、まず免れない、と見るべきね。あちらの結界内にいる人間は少なかった筈で、その多くの信仰はオミカゲ様に向かってたと思う。……単に、その場に立っていた御子神というだけじゃ、昇神するほど強い信仰を向けられていなかったかもしれない。でも、この先その保障は無いわよ」
それも結局、確かな事は何一つ言えない部分だろう。
だが、現世で十分な信仰を向けられていたとしたら、既にミレイユは昇神していた筈だった。
そして、あの決戦の地で百鬼夜行を退け、エルクセスという強大な災害すら退ける瞬間を目撃された時、オミカゲ様の元に戻った時には歓呼を持って迎えられていた。
それでも尚、ミレイユは昇神していない。
あの場にいた人間の願力だけでは不十分だった、という証明ともいえる。
だが、そこにエルフが加わるなら、その限りではないだろう。
あの場へ舞い戻り、そして十分以上の戦力として活躍した時、更に信仰心を強める可能性はある。
流石オミカゲ様の御子だ、と思いを新たにする者もいるかもしれない。
その時、果たして昇神せずにいられるか、となると……可能性は低いと考えざるを得なかった。
「……人数を絞って連れて行くしかないか」
「それは最低限の措置でしょうね。眼下を見てると、治療が出来る魔術士は連れて行くコトは難しいでしょうし、他にも必要とされる場面は多い筈……。当初の予定より人員が少なくなるのは間違いないと思うけど、それで回避できるとは思わないコトよ」
「世界を渡って戦う事は、こちらの世界を捨てる事と同じか……」
昇神を回避できないというなら、そういう事になってしまう。
だが、どちらにせよ見捨てるつもりはないし、そしてアヴェリン達だけで行けと言うつもりもなかった。
それで仮に『地均し』を破壊できたとて、誰か一人でも欠けて帰還したら、ミレイユはきっと後悔するし、いつまでも引き摺る事になるだろう。
無事を祈って心にストレスを溜めながら待つくらいなら、皆と一緒に戦いたい。
それは結果として、この世界を見捨てる事にもなるのだが……、それでも思ってしまうのだ。
――この世界に対し、もう十分貢献したではないか。
世界は姿を取り戻した。
そのままで滅ぶ未来は回避できたし、神々による不当な支配からも開放した。
義理以上の貢献は果たしている。これ以上が必要なのか――。
ミレイユが居る事で、防げる紛争、解決する問題は多いかもしれない。
全くのゼロには出来ないが、減らす事は出来る、という指摘は真っ当だと思う。
蔑ろにしたい訳ではないが、そこまで責任を負う必要があるのか、と思わずにいられないのだ。
自分の一生を左右する重要な分岐だと分かるから、安易には決められない。
ミレイユは、その場から身動き出来なくなった。
今は王城上空付近を飛んでいるし、降りやすいよう、ドーワも気を使って旋回を続けてくれている。
だが、降りれば作戦を開始しなくてはならない。
既に幾らの猶予もなく、行くかどうかを今すぐ決定しなくてはならなかった。
そして、進むというなら、この世界を置いて行く事になる。
愛着で言うなら、現世の方が余程強い。
そもそも、あの世界に帰りたくて始まった事でもある。
だが同時に、捨てたいと思う程、この世界を無頓着に思ってもいないのだ。
固まってしまったミレイユを、ユミルは心配そうに見つめ、その後ろでアヴェリンも同様に視線を向けて来る。
見えていないだけで、きっとルチアやアキラも同じように見ているだろう。
その時、その場にそぐわない明るい声音で、インギェムがのほほんと言い出した。
「でもさ、昇神するとしたら、どっちの神になるんだ?」
「どう言う意味です、インギェム。あちらに行けば、あちらの神で固定される。だから、彼女は悩んでいるのではないですか?」
「いや、だってエルフ連れて行くんだろ? その願力で神に至るんだろ? だったら、こっちの世界の願力だ。こっちに引っ張られるんじゃないのか?」
インギェムは素朴な疑問を、ただ思い付くまま口に出しただけのようだ。
何か深い思慮や根拠があって言った訳ではないだろう。それは理解る。
しかし、どうにも聞き逃がせない気がして、ミレイユはルヴァイルへ顔を向けて詰問した。
「あいつが言ったのは、どういう意味だ? 信仰心……願力という一種のエネルギーが、素体を神という存在に押し上げるんじゃないのか?」
「そうですね……、妾も思ってもいなかったのですが……。でも、考えてみると、確かにインギェムが言う事にも一理あるのかな、と……。人の心が願力を生む。そして、その人が果たして何処にいるのか……」
「この場合……当然、日本という事になるんじゃないのか?」
そもそも、そういう話をしていた筈だ。
世界を渡り、その世界で願うなら、エルフかどうか――異世界の住人であるかどうかは関係ないだろう。
信仰心という願いのエネルギーに、貴賤があるとも思えなかった。
そう指摘しようとしたのだが、それより前にルヴァイルが小さく頭を下げて訂正してきた。
「えぇ、すみません。より正確に言うと、どちらの世界の住人か、という事です。神が押し上げられるのは、その世界の人間の願いによってです。デイアート世界を根とする人間の願い。それが世界を越えて願った時、果たしてどちらに根付く事になるのか……? それは妾にも分からない」
「つまり……、どういう事だ。エルフの願力で昇神すると、デイアートに引き戻される、という事か?」
そう考えてみても、やはり納得には程遠い。
何処の世界から来たかという事と、どの世界で願うのかは重要だろうか。
あくまで、昇神可能とする願力が、どこに向けられたか、の方を考えるべきではないのか。
しかし、ルヴァイルは思案顔で続ける。
「こちらの世界で生まれ育ち、こちらの世界に欲して願う力ですよ。根差すというのは、つまり世界に欲せられるという事で、その欲する願いはエルフから発せられるのですから……」
「いや、待て待て……。混乱して来た。私はあちらに行っても、エルフの願いで昇神したら、こっちに送還されてしまうのか? 根差すべきはデイアートだから?」
世界を越えたところで、エルフ達は地球にいるという認識など無いだろう。
突然、離れた所に転移した、と思うのが精々だ。
ましてや異世界などという考えなど、根底からして無いに違いない。
その上で、ミレイユを神に欲する、と願うなら、当然それは自分の世界に欲して願っているつもりだろう。
それが世界に根差す事を意味するなら、デイアートに根差す事を求められていると思うが、それは同時に地球で願われる事でもあるのだ。
ならばそれは、地球という世界に欲せられる、という形で実現するのではないだろうか。
あえて考えるなら、こちらの方が自然に思える。
そのつもりで聞いてみたが、ルヴァイルは不安な表情を滲ませて首を左右に振った。
「……分かりません。願力というものの原理を考えると、そうなるかもしれない、という話です。……当然ですが、この世界の住人を数多く別世界へ転移させた上で、その地で昇神させたケースなど無いもので……」
「そうかもしれないが、もっと単純に考える事も出来る訳だ。当初の想定通り、その場に集った願力で神となり、そのままその地である世界に根差す、と……」
「そうですね。その方が自然に思えますが……何しろ、前例がないもので。世界に根差すのは、その世界に住む者が、その世界に欲する願い、我が元へと欲する力そのものです。それを世界を渡ってまで行った事などありませんので、単純に渡った世界で根ざしてしまうのか、それとも欲した世界に引っ張られて根差すのか、答えを出せません」
ミレイユは思わず唸って、額に手を当てる。
オミカゲ様は世界を渡って昇神していたし、元は地球という世界の住人だし、それならば、ミレイユも当然オミカゲ様と同じ様になると思って疑わなかった。
だが、願う者のエネルギーこそが重要で、それが異世界人から向けられるとなれば、そう単純に考える事も出来ないようだ。
昇神へ至る為の願力が揃う事だけが重要ならば、こうまで悩む必要がなかった。
しかし願う者が、自分の世界に欲する力、という話なら、確かにインギェムの疑問も一考せねばならない。
世界を越えて自分の世界に欲する、など巫山戯た状況は、普通ならば有り得ない。
だから考える余地もなかったが、この特殊な局面が、状況をややこしくさせていた。
そこにユミルからの指摘も追撃してくる。
「願う者の欲する力っていうならさァ……、当然あっちも同じように願うワケじゃない。これって、どちらも欲しいと願って、綱引き状態になったりしない? この場合、より強い願力――欲する力に引っ張られるコトになるの?」
「さぁなぁ……? どちらにも求められる……けど、世界を越えられない原理ってモンがある訳だし。……じゃあ、デイアートに引っ張られつつ、留まる事になるのか? 常に身体を引き裂かれる思いをしそうだな……」
ミレイユは呻きだけでは足りず、盛大に声を漏らして目を固く瞑る。
何故こうも、事が単純に運ばないのか。
どちらか一方で不都合なら、どちらからも平等に根差す、などという都合の良い解決例を見せて欲しいものだ。
あるいは想いの強さで根差す世界が決まるというなら、下手をすると敵を撃破する目前に、デイアートへ戻される事にもなり兼ねない。
そんな事態になられても困るのだ。
前例がない故の勝手な予想だと分かっているが、最悪の状況を想定すると、インギェムの言った事も全くあり得ないとは判断できない。
「くそっ……!」
ミレイユは握り拳で額を数度叩き、自分に発破を掛けて目を開ける。
いま感じる頭痛も胃痛も、この時だけはストレス由来のものだと信じたい。
だが、オミカゲ様を救う、『地均し』を破壊する、と決めた以上、乗り込む以外の選択肢はなかった。
昇神するだけの願力が揃った時、その瞬間より強い願力を持つ世界の方へ引かれていくというのなら、強制的に敵前逃亡させられる可能性がある。
アヴェリン達だけで戦わせる事をしたくなくて、誰も失わずに勝利を掴みたいが為に乗り込むのに、肝心な場面で強制退場させられてしまう可能性が浮上した。
それを思うと頭が痛い。
しかし、可能性は可能性でしか無い筈だ。
可能性の話を持ち出すなら、日本――地球という世界で根差す可能性の方が、よほど高い筈だった。
ミレイユは一度、彼女達だけで行かせないと決めた。
共に行き、共に戦うと決意した。そしてミレイユは、やると決めたら必ずやる。
アヴェリン達は、心配そうにも、哀れみの様にも見える視線を向けていたが、それへ順に見返すと決意した事が分かる表情で頷いた。
「降下の準備をしろ。――『地均し』を破壊する。今はそれだけ考えよう」
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