そして、決戦の舞台へ その1
ドーワの背に乗って、オズロワーナの上空まで到達した時、石造りの町並みには破損や倒壊が多く見られていた。
大地が端から崩れ落ちる様な事態だ。
震動も相応にあった筈で、そして地震に対して警戒した家造りなどしていない街は、その被害を大きく被っていたとしても不思議ではない。
『遺物』はその万能性を持って大地を復活させ、海を作り直し、惑星としての姿を取り戻させたが、家々の破壊まではフォローの対象外だったようだ。
瓦礫を退かし、互いが手を取り合って協力している姿が、空からでも窺う事が出来る。
そこには人やエルフ、鬼や獣人達も関係なく、救える命を救う為、必死の救助作業が行われていた。
また、獣人達と一緒に、冒険者らしき者達が駆けずり回っている姿も見える。
この火急の時にあって、日頃の恨み辛みなど関係ない、という事らしい。
融和と共生を説いた森の民、その第一歩がここだとするなら、地震による被害も悪い事ばかりでもなかったのかもしれない。
怪我の功名と言えるかもしれないし、これもまた、
どこか広い場所を探して降りようとしていたが、そういった場所は怪我人を治療する場所として使われているようだ。
ドーワの様な巨体が降りられる場所はない。
冒険者らしき者達が、指差しては警戒を呼び掛けているし、無理に降下するのは、彼らを刺激する事にしかならないだろう。
ただでさえ、被災して心身ともに余裕のない時だ。
ここに来て魔物の襲来だと勘違いして、先制攻撃しようとする彼らは責められない。
こちらとしては着陸場所を探して旋回しているだけだが、城下に居る者からすると、まるで獲物を探しているようにも見えるだろう。
「これでは、いらん刺激をするだけだな……。ドーワ、ありがとう。ここまででいい。後は自力で行く」
「人間ってのは、高所から落ちただけで死ぬと思ったが……。まぁ、お前さん達なら平気かね」
「いや、落ちて死ぬのは変わらないが、死なないように手を尽くすだけだ」
「……まぁ、なるほど。神ってヤツは、全員どこか頭おかしいってのは間違いないらしい」
ドーワは楽しそうに笑って、翼を大きく広げ、空を叩く。
それで一度大きく上昇すると、降りやすいように身体を斜めに傾けてくれた。
「降りる場所は王城って話だったね。中央のデカい建物で良いのかい?」
「あぁ、そこで良い。……世話になった」
「それはこっちの台詞さね。世界を救ってくれた、礼の一言では足りない。それに、まだ世話するつもりだよ、こっちは」
「なに……?」
ミレイユが訝しげに顔を上げると、鎌首をもたげたドーワは、やはり楽しそうな表情で言った。
「帰って来るんだろう? 新たな創造神、新たな大神……、その後継者だって認めてるのは変わってないんだ。是非とも、この世を安寧に導いて欲しいんだがね」
「……それは、何とも答え辛い質問だな」
「これまでの世界を見ているとね、あんたみたいな神がいなけりゃ、今後が不安で仕方ない。此度の戦乱で、八神は小神を招集する余裕がなかった。……あったかもしれないし、事実したかもしれないが、それより前に決着が付いた」
小神と言えども、その戦力は馬鹿にしたものではない。
カリューシーの様に、戦闘に全く寄与しない権能を持つ神も珍しいが、何かしら転用できるものは多い。
そして、八神によって精神調整された素体を元にしているからには、その命令にも服従してしまう筈だった。
ラウアイクスと対峙した時、一応、という形でミレイユも命令を下された。
本来なら、それで問題なく好きにする事が出来るのだろう。そういった傲慢さは、その時の行動にも表れていた。
ならば、神々が襲撃に遭った状況で、戦力を欲して招集しないとは思えなかった。
「あぁ……。姿が見えないのは、少々不審に思っていた。確かに、大瀑布はそこを登るだけでも結構な時間を食らうしな……。あるいは、竜が退治したのかと思ったりもしたが……」
「戦場の全てを把握していた訳じゃないから、そういう奴も、あるいはいたかもしれない。けど、全てじゃない。それは断言できる」
「室内に居た私達には、その言葉を信じるしかないが……」
「あぁ……だから、未だに残った小神、そしてそこにいる二柱、そいつらに世界を任せるのは……不安としか言いようがないんだよ」
誰も彼もが、ミレイユに期待する。
それだけの事をした、それだけの事が出来ると示した……そう取る事も出来るが、素直に応じるには心構えが足りていない。
ミレイユはドーワから顔を逸しながら答える。
「私は未だ、神という訳じゃないぞ。素体のままだし、神人でしかない。神でも人でもない奴に、寄せる期待としては重すぎないか」
「遅いか早いかの違いだろう? 今ここで神だと宣言したとして、誰がそれを否定するもんかい」
そうかもしれないが、そういう問題でもなかった。
ちらりと視線を向けてみれば、アヴェリン達は勿論、ルヴァイル達もまた、ごく当然という風に頷いている。
寿命の問題がある以上、遅いか早いかの違いでしかないのは事実だ。
だが、どちらの世界に根付くか、と言われたら、ミレイユとしては生まれ故郷を選びたい気持ちが強い。
ドーワの言う創造神、という言葉は荷が重いだけでなく、全くの別問題だと思っていた。
ミレイユは『遺物』を使っただけで、『遺物』を造り出した訳でも、『遺物』と同じだけの能力を持っている訳でもない。
電子レンジのスイッチを押すと、温かく美味しい料理が出来るからと言って、スイッチを押した人が偉いとはならない。
レンジを作った人、そして温める料理を作った人こそが偉人だ。
誰もがスイッチを押せる訳ではないし、高い位置にあるスイッチを押せるのはミレイユだけかもしれないが、だからと祭り上げられるのは、非常に居心地が悪かった。
ミレイユは、この戦いが終わるまで昇神するつもりがないし、その時になってから改めて、じっく
りと考えるつもりでいた。
――考える余裕を、与えてくれるならば。
これは二者択一の問題で、神は一度世界に根付くと、もう移動する事が出来ない。
だから、その場限りの勢いで決める訳にはいかないのだが――。
抜け道を作り、世界を越えた神もいる。
とはいえ、それは今のところ、タチの悪い推論に過ぎない。
それが間違いない事実なのか、それは確かめてみなければ分からない事だった。
仮に取り越し苦労で、実は大神が既に死んでいたのだとしても、単なる『地均し』を破壊する事にも十分意味がある。
そして、その為にエルフの助力は必須だった。
戦闘前には互いに成功した場合、王城で落ち合う約束もしていた。しかし、この混乱では果たして一箇所に集まれるものだろうか。
治療をするのに、治癒術を使えるエルフは各所に分散しているだろうし、集めるのにも苦労を伴う。
まさか傷の治療を中断しろ、助けを待つ重傷者を置いて来いとは言えない。
そうした懸念でミレイユが眼下を見下ろしていると、横合いからユミルが声を掛けて来た。
「……ちょっとは真剣に考えて良いんじゃない?」
「昇神についてか? まだ、いいだろう」
「そう簡単に考えられるコトじゃないし、先送りにしたい気持ちも分かるけどさ……。エルフを連れて行くって時点で、考えないワケにはいかないでしょ」
「……昇神を? 必要数には達しないんじゃないか?」
厳密な数字はオミカゲ様も知らない、と言っていたが、当時昇神に至った際には三千人程度の願力が向けられた状態だと言っていた。
幾らか前後するのは当然だし、願う力というのは筋力と同じで個人に差が出る。
それ次第で変動する事を考えると、安全と思っていた人数も絶対とは言えない。
テオによる洗脳で想いを封じ込めている事を考えると、いざそれが開放された時、思いの丈をぶつけるように、本来より強い願力が生まれる可能性はあった。
だとしても、二倍、三倍まで膨れ上がるかは疑問だ。
それこそ個々の資質に寄るところだろうし、深く考えても無意味のように思う。
だが、ここで予想を言い合うより、よほど詳しそうな者達がここに居る。
ミレイユはルヴァイルへと目を向け、実際にどうなるか訊いてみた。
「素体が願力を受け取って、それで昇神するには三千人程度が目安と聞いていた。それは事実か?」
「そうですね。凡その目安として、間違っていないでしょう。……それが?」
「エルフが私に信仰や信奉めいた気持ちを向けたとして、それで昇神すると思うか?」
ルヴァイルは暫しの間、考え込む仕草を見せ、それから同じく眼下へ目を向けてから答えた。
「……なかろうと思います。エルフの数は、そうならいよう間引きされていた筈。貴女が帰還するまでの間に、安全と思える人数まで削っていた訳なので、個人の願力が多少増えたところで、やはり安全と考えた範囲を超えないでしょう」
「そうか……、それを聞いて安心した」
「これまで森の中で見せた貴女の行動で信仰心を強めたとしても、二倍までは届かない。それならば、差し引き千人分程度、足りない計算となるでしょう」
ミレイユは安心して頷き、それからユミルにも安心させようと顔を向けたところで、大きく顔を歪めている事に気付いた。
大きな懸念、そして不都合な事実に思い立ったような顔をして、ミレイユを見返している。
何を思い付いたのか聞こうとしたが、問い掛けるより早くユミルの方が先に口を開いた。
「千人
「それを言われると……、確かに」ミレイユは苦い顔で頷く。「信仰心というなら、エルフよりも強いかもしれない。それだけの下地を、オミカゲが作っていた。こちらの一人分と換算するのも難しいかも……」
「でしょう? あちらへ行くコト、エルフを連れて行くコト、……それは昇神も前提に考えなければいけないんだわ」
胸の奥で堪えていた溜め息は、その指摘で押し出されるように、ミレイユの肺から盛大に漏れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます