幕間 その1

 テオは今、ヴァレネオやフレンを中心とする精鋭部隊の中心に立っていた。

 王城の最奥、玉座の間でデルン王を引き摺り下ろされる瞬間を、緊張と興奮が入り混じりつつ見つめている。


 オズロワーナの城攻めは、呆気ないほど上手くいった。

 事前にユミルが城門の落とし格子と、その巻き上げ機に細工を施してくれたお陰でもある。


 無力化された落とし格子は、デルン側からしても為す術なく、テオ達は簡単に入城できた。

 格子が無意味なら身体で止めるしかないのだが、ミレイユによって実力を底上げされた戦士達は、刻印をものともしない精強振りで圧し通ったのだ。


 刻印は一般人と魔術士の垣根を取り払い、軽々と魔術を行使できる画期的技術だ。

 何より容易に数を揃えられるのが強みで、以前までなら鍛えていた筈の森の民でさえ、容易に突破できない筈のものだった。


 しかしそれでも、今となっては無理に押し通れるだけの実力差が生まれていた。

 無論、そこを無傷で突破できたわけではない。


 致命傷を負い、戦線を離脱した戦士は数多い。

 しかし、圧倒的に数で劣る森軍が、常に先手を取り、そして突破できたのは正しい制御力を身に着けた恩恵によるものだ。


 少数の兵を運用する事は、それだけ小回りが利く事を意味する。

 迎え撃つ為の防衛準備が整っていたなら、例え精鋭部隊であっても突破は不可能だったろう。

 大人数での運用ならば、纏まった数を指揮せねばならず、当然大通りを使わなければ王城へ到達できない。


 だが、少数であれば裏道を通り、細道を通り、敵の裏を搔いて移動が出来る。

 とはいえ基本的に、防衛側となる城側は有利な立場だ。

 まず神が定めたルールとして、宣戦布告なしに攻める事は出来ないし、宣戦同時攻撃を仕掛けようにも軍隊の存在はとにかく目立つ。


 近くに隠そうとしても、全てを隠し切れるものではないし、食事の準備など火を焚く必要があれば、その人数分を賄う煙は隠しようがない。

 行軍を誤魔化す為に距離を離し隠れていたとして、全くの隠蔽を成功させる事は非常に難しい。


 だから、突撃されるより前に城側は城門を閉めてしまえるし、その間に防備を整える事が出来た。

 そして準備を整えさせてしまえば、これを攻略するのは至難を極める。

 長い年月と共に増改築を繰り返されてきた城郭都市は、容易な攻略を許してくれない。


 苦戦は必至で、被害も甚大になると予想できるから、現体制に不満があっても軍を興そうと安易に思えない仕組みにもなっている。


 だが、森軍は例外だった。

 そもそもとして、オズロワーナから一日の距離にある森を所在地としているし、少数故に隠れて移動する事も得意としている。


 デイアート大陸で、唯一不意を打てる勢力でありつつ、相対的戦力の低下により、城攻めが不可能な勢力でもあった。

 魔族どもが城攻めなど、その戦力的に実質不可能、と高を括っていたのは過去の事だ。

 二万の軍勢を打ち破った事実は記憶に新しい。


 だから、入念な準備をして迎え撃つ構えは出来ていたのだ。

 だがそれは、城門や落とし格子が万全に機能する事を、前提とした作戦でもあった。

 大通りを使い、王城へ攻め入るルートを使うという前提の元に作られた防御機能あってのものでもある。


 格子自体も魔術付与された一品だから、魔術が得意なエルフでも攻勢魔術の飽和攻撃であろうと、突破できないと予測されていた。

 そして、しっかりと機能していれば、それは事実となっていただろう。


 だが、行軍速度の違い、城内に入ってからは、獣人の俊敏性をこれでもかと活かした縦横無尽な機動、それら全てがデルン軍の想定を上回った。

 本来なら王城に辿り着くまでに幾つもある城門は機能していないし、挟み込むように軍を展開しても、それを軽々と壁を駆け上がって迂回してしまう。


 鬼族の膂力は元より人間の比ではなかったが、刻印の登場で数人の兵を用意すれば拮抗できる程、その力量差は埋まった筈だった。

 しかし、それすらも押し留められず、更に十人も束になってやって来ると、防衛として用意した馬防柵さえ全くの無力だった。


 破城槌が、意思を持って動いているようなものだ。

 鬼族の十数からなる突撃は、柵を重ねてどうにかなるものではなかった。


 そうして辿り着いた王城にも、当然精兵が用意されていた。

 幾ら破竹の勢いでやって来るとはいえ、王城の防備を固める時間はある。


 だが、それまで温存されていたエルフの魔術は圧倒的で、特に氷雪を中心とした魔術は、あっという間に兵達を凍り付かせてしまった。


 誰もが意気込み、刻印を用意して、魔術合戦で決着を付けようとしていた。

 刻印はその構造上、まず先手が取れるようになっている。

 無詠唱で使える魔術というのは、それだけで圧倒的有利だ。


 しかし、先手で撃った魔術の効果が芳しくないだけでなく、後出しで使われた魔術の威力は圧倒的だった。

 複数人による重ね合わせられた魔術は、一切の抵抗を許さず兵達を圧倒した。


 後はもう、無人の荒野を行くが如しだった。

 玉座の間、その入口を任された騎士達、そして玉座に座る王を直接守護する騎士達は残っていた。

 だが、それらをフレン率いる獣人部隊が圧倒し、それでデルン王の首に剣を突きつけた。


 ――それが決着だった。

 通常なら最低でも数日、長くて十日は掛かると言われた攻城戦が、半日と経たずに決着したのだ。

 大剣を突き付けるフレン、そして魔術士部隊を統括していたヴァレネオは、その興奮にギラギラと目を輝かせている。


 テオは前に進み出て、王冠を被った壮年の男の前に立つ。

 着ている服も立派で、威厳のある髭を蓄えていたが、その目に生気は感じられなかった。

 そしてそれは、この敗戦による失意から、というだけではないように思える。


 この男からは、生きる気力を感じられない。

 言われるまま、命じられるままに生きて来たのなら、この様になるかもしれないと思える男だった。

 テオはデルン王の目をひたりと見据え、部屋中に響き渡るような声を上げる。


「決着だ! 異存あるまいな!」

「……あぁ、決着だ。デルンの終焉だな」

「この日を持って、デルンは滅びる。それを王の名を持って認めるか!」

「……認めよう。攻め、攻められは王都の定め。事ここに至って、無様は晒さぬ」


 テオはゆっくりと頷く。

 物分りが良すぎるように思えるが、言ってる事が本音なら、確かにこの状況を否定したところで何も事態は好転しないのだ。


 王が頑なに認めなくとも、護る兵もいない今、何を言っても負け犬の遠吠えにしかならない。

 仮に後詰めの兵が駆け付けたとしても、王の首を落とせば、有無を言わさぬ決着となる。


 玉座の間に駆け込み、仮に全てを蹴散らせる強者が来ようとも、それより早く首は落とせるだろう。

 ならば、やはり状況は覆らない。


 それが分かっているから、諾々と受け入れているようにも見えるが、それでも違和感は拭えない。

 取り乱す様子も、現状に落胆する様子も見せないのは、いかにも不自然なのだ。


 それは実際に対峙するフレンこそが顕著に感じ取れたらしく、疑念を何重にも貼り付けた表情で言った。


「こいつが本当に王なのか? こんな腑抜けに、これまで良い様にやられて来たって? デルンを率いる王が、これ程まで覇気に欠けるってのは信じ難い。……替え玉じゃないのか?」

「疑いたくなる気持ちは分かるが、本物だろう。目の色を見てみろ」

「はぁ……?」


 デルン王の目色は赤い。

 そして、ゲルミル一族による眷属化によって変色した色でもあった筈だ。


 眷属化による制約は、洗脳や催眠の様に、術者の死亡によって解除されない。

 下された命令を、自分が死ぬまで決して止めない、と聞かされていた。


 もし、攻め込まれ決着がついても、頑なに降伏を受け入れないなら、そう命令されている可能性があるとも聞いていた。

 そうなれば、首を落としてやる以外、決着を付ける方法がない。

 だからテオは、デルン王に問いかけた時、素直に応じた事に安堵していた。


 テオは森に所属していた時間が短いだけに、デルンに対する恨みも希薄だ。

 それどろか、スルーズの――ひいては神々の傀儡でしかなかったデルン王を、哀れんですらいる。


 もしも王が望んでいれば、早期の講和、あるいは何らかの条約締結で戦争を終わらせられただろう。

 だが、それをさせなかったのは神々の方だ。


 都合の良い存在として、代々のデルンが使われて来た事を思えば、彼個人に恨みを向ける事は難しい。

 平和を臨もうと、それを叶えさせまいとした神々をこそ、恨むべきだった。


 そして、その恨みは今、ミレイユ達が晴らそうとしてくれている。

 元より物理的にも、実力的にも手の届かない相手だ。

 精々、彼女らが上手くやる事を祈ろう。


 そう思っていると、やはり納得が行かない顔をしていたフレンが、ヴァレネオからも目色を根拠とした説得があると、それでようやく納得した。


「とにかくも……ヴァレネオ、王城の旗を変えさせてくれ。戦勝を民に知らせ、安心させてやらねば」

「そうですな。オズロワーナの民も、いつまで続くのかと気が気でないでしょうし……。今も森で不安に耐えている民にも、分かり易いよう魔術を打ち上げてやる必要があるでしょう」

「これほど早く決着するなんて、こっちも考えちゃいなかったしね。まだ城下じゃ戦ってる奴らもいる筈だ。下手な犠牲が出る前に、さっさと知らせてやらないと」


 うむ、とテオは大仰に頷き、デルン王へと手を差し出す。

 その動作で何を欲しているのか分かった王は、頭の上から王冠を外した。


 だがそれは、普段使いする為の王冠で、レプリカだという事は分かっている。

 本物は宝物庫など、どこかに安置されているだろうが、今はデルン敗北を知らせるには十分だった。


 苛烈な恨みを抱かれた王は、その首ごと晒される事も過去にあった筈なので、穏当に運んで良かったと思う。

 デルン王は王冠を名残惜しそうに一撫でし、それを片手で手渡しながら口を開く。


「王として、誰より命じ、そして誰より命じられて来た。良い様に使われる、王という名の小間使いよ。その終わりと思えば、そう悪いものでもない」

「お前も神々の被害者だったろうから……、穏当な処遇を約束しよう」

「実に優しい申し出だ。しかし、余は森とエルフを攻め立てるよう、頑強に主張せねばならない。そして、その為の段取りを組むよう、強く命令する主張を曲げない。それは王でなくなろうと変えられぬだろうから……、放置しておくと非常に目障りな存在となろう。殺しておくべきだな」

「そうすべきかどうか、決めるのは後でも良い」


 テオは両手で王冠を受け取りながら、それだけ言って踵を返した。

 玉座の間の側面にはテラスがあり、そこから王の言葉を姿と共に、直接民へ伝えられるようになっている。

 テオは王から離れて一直線へ向かい、未だ戦闘を繰り広げている兵達、戦士たちの前に姿を見せた。


「皆の者、聞けぃ!」


 戦闘中の怒号や金属同士が打ち合わさる音、それらが城下に満ちていても、テオの声はハッキリと彼らの耳に届いた。

 そして、デルン王ではない何者かが姿を見せ、その手に王冠が握られているとなれば、意味する事は一つだ。


 一人が動きを止め、二人が力なく剣を落とすと、さざ波の様に理解が広がっていく。

 膝から崩れ落ちる者もおり、誰かがその様な姿を見せると、敗北を悟った兵は次々と武器を投げ捨て、兜を脱ぎ捨てた。


「我ら森の民が! デルンを打ち破り、この手に王冠を握った! 森の民の勝利である! これにて戦争は終わり、完全に終結したと、ここに宣言する!」

『うぉぉぉぉおおおッ!!』

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