『遺物』と願い その8
アキラにそう指摘されても、ミレイユには何が問題となるのか、即座に理解できなかった。
むしろ、生態系に大きな影響は及ばないだろう、という結論が出かかって安堵したくらいだ。
勿論、これが百年、二百年と経った時にどういう変化が起きるかは分からない。
その懸念は確かにある。
だがそれは、魔力やマナがあろうとも、常に付き纏う不安だ。
強大な魔物に踏み潰されて、村一つが滅びる事は決して珍しい事ではない。
それを防ぐ為に冒険者達が活躍しているし、それをさせない為に、危険な魔物が集落近くに巣を作れば、討伐依頼が出る様な仕組みになっている。
「では、何が問題だ? 将来的な人類の魔力衰退は、起き得る問題かもしれないが……」
「いえ、そうではないんです。
元より幾度か見た光景を、改めて見る必要もないと思うものの、逼迫した顔つきで言われたら、とりあえず見てみようという気になる。
そうして眼下に広がる光景は、航空機の上に乗って見下ろせば、こういう風に見えるかもしれない、という世界が広がっていた。
大陸の形や、そこにある山々の連なり、樹々の植生について地球と大きく違いがある。
遠く水平線の向こうには、別大陸の切れ端が見えていて、この世界が惑星としての形を取り戻したのだと、よく分かる光景が広がっていた。
「これがどうした……?」
「見て欲しいのはデイアート大陸です。その大陸の端っこ……大瀑布があった方向なんですけど」
「……まるで、線を引いたように植生が違っているな。雑草らしきものの色合いもそうだし、土からして違っている気がする」
実際の形など覚えていないが、それより少し大きくなっている様な気はした。
ミレイユ達が『遺物』を使おうと突き進んでいる間、瘴気がそこまで到達していたのだろう。
そして、削られて消えた部分が、願いによって復活した――そういう事の様に思えた。
これがもし、単に復活しただけでなく、土地が広がったのだとしたら、それはそれで問題だ。
誰も手付かずの土地など実際は有り得ないが、唐突に増えたとなれば、新たな線引は必要になる。
大陸の端にあった土地だし、貴重な資源が眠っていたとは思えないが、何も資源だけが理由で領土問題は起こらない。
この領土問題が新たな火種になる、という懸念を持ってアキラが見ていたのなら、それは確かに的を射ているかもしれなかった。
「新たに別の紛争理由を作ってしまった。……そう言いたいのか?」
「はい、ですけど僕が言いたいのは、むしろ資源の問題です。あの土地には資源がありません」
「ない……か、どうか何故わかる……? そして、無いというなら、誰も欲しがったりしないだろう。海の傍だし、放牧に適した草なんかも無さそうだ」
そう口に出しながら眼下を見下ろし、そして陸と海の境界を視線でなぞっていくと、自分の記憶と随分大陸の形に違いがあると気が付いた。
『遺物』があるべき姿を、どう捉えていたのかは分からない。
だが、それによって復元された大陸は、
「……おい、まさか」
そうして、唐突に気が付く。
「あの新しく生まれた土地……それだけじゃない。遠くに見える別大陸には、一切のマナが含有されていない」
「はい、そういう話になりませんか? 新たに生まれた大陸に無いのはともかく、オズロワーナを中心として多くの部分では、まだマナはあるとして……。でも、復活した端部分には、きっとマナが無いんじゃないかと……」
「そうだな……。だから
ミレイユは思わず、額に手を当てて呻いた。
そして、植物はともかく石を始めとした無機物は、限り有るものなのだ。
適当な植物でも植えて増やせば良いだろう、という手法が通じるかどうか……。
そして植物が広がった時ですら、マナの含有量という格差によって価値が生じる。
大陸の中央と端とで、唐突に生まれた格差は、必ず諍いの原因となるだろう。
資源を理由にした紛争など、現世では余りにありふれた戦争原因だった。
更に――。
ミレイユは遠くに見える、別大陸の切れ端を見つめた。
復活を遂げたばかりの大地だ。動植物がいるかも不明で、人間程の高度な生命が居るかどうかも分からない。
広大な土地であると同時に、マナもなければ魔力もない大陸だ。
そして見えない地表裏には、更に多くの土地が存在している事だろう。
そんな中デイアート大陸は、この惑星で唯一、魔力とマナがある土地……。
地球人類が長い年月を経て大陸の端々へと散って行ったように、この世界でも、やはり同じ様に人類は足を伸ばして行くだろう。
何百年という年月の果て、その人口も増やしていくに違いない。
だがその時には、魔力とマナを持つ聖地、というものがオズロワーナ周辺に出来上がっている事も、また予想できるのだ。
かつて、テオが所属していた魔力を扱える一族を、魔族と称して排斥した様な事が、またここでも起こるだろうか。
それとも、魔力と刻印という特権を利用して、世界に覇を唱えるのだろうか。
「いや、流石に考えすぎ、飛躍し過ぎだ……」
ミレイユは頭を振って、頭痛がし始めた頭を緩慢に止める。
この痛みはストレスから来るものか、それとも寿命が由来だろうか。
ミレイユ自身も見分けがつかず、盛大に顔を顰めながらアキラを見返す。
「そうだな……あるいは、火種が一つ出来てしまったかもしれない。マナのない土地を捨てろと言われて、素直に応じる筈もなし。仮に応じても、移ってくる者達を気に食わないと思う者もいるだろう。排斥しようとする者も出るかもしれない。芋づる式に問題は頻出するだろうが……」
「そうして、雪だるま式に問題は大きくなりそうよね」
ユミルが眼下を見下ろしながら皮肉げに笑い、ミレイユはそれに睨みつけてから、アキラへ視線を移した。
「指摘としては中々面白いし、思わず口にした気持ちも分からないではないが……。それをここで言ってどうする。私にどうにか救ってくれ、と言いたいのか?」
「いえ、そんな大それたこと言うつもりじゃ……。ただ、ミレイユ様なら、その火種を消す事も出来るんじゃないかと……そういう話をさっき聞きましたし」
「言ってるじゃないのよ」
ユミルがまたしても横から口を挟み、皮肉げな顔のまま笑う。
しかし、茶化すだけで、何かを主張するつもりはないようだった。
口角を上げ、二人の間に視線を行き来させるだけだ。その顛末がどうなるか、見届けたいだけらしい。
「私が大神の真似事をする事で、解決する問題ではあるかもな。ユミル達が言っていた様に、オミカゲが現世でやっていた事を、同じようにやれば良いかもしれない。あちらとは勝手も、そして状況も違うだろうが……。孔への対抗や対処もないし、問題はまだしも簡単かもな」
「ですか……!」
「何を喜んでいるんだ……。それじゃあ、私に神をやれと言ってるようなものじゃないか。……お前、本当は私の事キライだろ」
「いえ、いえいえいえ! まさか、そんな事!」
アキラは両手をブンブンと横に振り、必死の弁明を開始する。
「勿論、ミレイユ様がお決めになる事で、僕から何か言える事じゃないです! それは勿論です! でも、現世の歴史を知ってるなら、資源紛争の行き先が、ロクな事にならないって分かると言いますか……!」
苦し紛れの言い分の様であったものの、その言には一定の理があった。
ミレイユは勤勉な方でも、国際情勢に注目していた事もないから、ふんわりとした知識しか持っていない。
だが、大抵は泥沼の展開になり、そして下手をすると虐殺なども起きる根深い問題という認識だけはあった。
アキラにしてもニュースで知る程度の知識しかないと思うが、それでも持ち前の正義感が懸念を前に、陳情という形で出たのかもしれない。
ミレイユは今日、何度目か分からない溜め息を吐く。
「私が神になれば、何一つ問題が起こらない訳でも、これから起こり得る問題全てを解決してやれる訳でもないぞ。確かに、デイアート大陸で起こる資源紛争の一つは防げるかもな。だが、それだけだ。……その為に、身を捧げろと?」
「いえ、違うんです。そんなつもりで言った訳じゃ……!」
アキラはひたすら手を振り続けていたが、アキラの主張はそう言ったも同然だった。
神ならぬ身で解決できず、そしてミレイユならば未然に防げる。
だから、期待してしまったのだろう。
とはいえ、ミレイユからすると、そこまで期待されても困る、というのが正直な感想だった。
一時の沈黙が流れると、それ以上会話が続きそうにないと見たユミルが、改めて口を挟んで来た。
「まぁ……、何をしろって、こっちから言うつもりもないけどさぁ……。これからの展望とか考えてるの?」
「全てが終わった後か?」
「そう、死なない為には昇神するしか無いから、終わった後は神になるワケでしょ。……そうした後よ」
「寿命云々は、『遺物』を使って解消できないか」
「世界の再創造に比べたら微々たる願いだし、きっと可能でしょ。使用する為にはエネルギー補充が必要だし、そこを先に解決しなきゃいけないけど。……で、それが望み?」
ミレイユは一時、考え込む。
神として生きる事は、変わらず分不相応という気持ちがあった。
その様な大それた存在にはなれないし、なったとして上手くやれる自信がない。
有り体に言うと、責任が重すぎるのだ。
例えば会社において、精々課長程度が身の丈に合っていると思っているのに、社長の椅子を用意されるよう気持ちだ。
今まで平社員だった人間に、突然務まる筈がないと思ってしまう。
自分の能力を越えた職務を与えられるのだから、困惑ばかりが先立つ。
そして会社を傾ければ、全社員を路頭に迷わせてしまうのだ。
ミレイユが間違える事なく、正しく会社を運営できるとは思えなかった。
だから、ミレイユが望む事と言えば、非常に素朴で他愛ないものだ。
「まぁ、望みというなら……。安楽椅子を揺らして座りながら、茶の一つでも飲みつつ本を読むとか……」
「その年で、隠居考えるには早すぎでしょ……」
ユミルが呆れた視線と蔑む視線を同時に向けて来て、ミレイユは居た堪れなくなって目を逸らした。
そこではルチアも似たような視線を向けていて、そちらからも顔を逸らすと、二柱の神までそれらと似た表情で見つめていた。
「な、なんだ……、いいだろ。望みを口にするくらい……!」
「そりゃ、こっちから聞いたんだし、口にするのは良いけどさ……。本気でそんなコト考えてるの? 枯れ過ぎじゃない……?」
「私も流石に、それはどうかと思いますよ。ちょっと骨休め程度ならまだしも……」
「己らが言う事じゃないかもしれないけど、それだけの能力をただ腐らせるのか? 有り得ないだろ……」
ついには神からも苦言を呈され、ミレイユはむっつりと口を閉じた。
これまでの苦労を思えば、それぐらいの報酬があっても良いだろう、と思うのだが、確かに枯れていると言われても仕方ない望みだった。
「うるさいな。いいだろ、先々を真剣に考えるには、まだ大きな問題が残ってるんだから」
「そうね、こっちの問題が片付いたからには、次はオミカゲ様の問題に取り掛かれるわ。アタシとしては、行かせたくないんだけどねぇ……」
「それはもう終わった話だ。ループからの脱却が叶って、オミカゲを救えたとしても、その時お前たちが傍に居ない未来なんてご免だからな」
「そう言ってくれるのは、素直に嬉しいんですけどね……」
ルチアが浮かべる笑みには、困ったものに照れたものも混ざり、言葉に嘘がないと分かる。
しかし歓迎できない、と思っている部分については、ユミルと同意見のようだった。
「いつも通りにやれば、上手くいく。これまでだっそうだったろう? 楽観的でいる方が、我らの流儀に沿う。それでいつも通り、勝利してやればいい」
「そうは言ってもね……」
「私の弱点は何だ? 何がある? ……強すぎる事か?」
「その謙虚すぎるところじゃない?」
ユミルが一欠片も笑わず、能面の様な顔で言って来たが、ミレイユはそれを無視して肩を叩く。
「調子が出てきたじゃないか。いつも通りだ。難しい事を考えるのは、それからで良い」
「少しは先のコト考えとけって言いたいけどね……。リスクも織り込んだ上で」
ユミルの苦言は無視して、ミレイユは頭上へと顔を向けた。
ずっと黙って見守っていたドーラの目にも、呆れた調子が浮かんでいたが、努めて無視して声を張り上げる。
「オズロワーナへ向かってくれ! そこで合流したい奴らがいる! 王城に居る筈だ!」
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