『遺物』と願い その4
「ミレイさんの故郷……! もっといえば、オミカゲ様がやっていた事ですね!」
「――そう。霊脈を抑え、マナを生み出し、魔力を循環させて、上手く運用していたわ。これってさぁ……、つまり世界を作り変えていた、ってコトじゃない?」
「知らない内に、大神と似た事をやっていた……。そして、ミレイさんは大神と変わらぬ能力を持つべく、作られた素体でしたね」
「えぇ。そして、昇神した先で……実際大神として、相応しいだけの実績を作り上げていたわね」
ユミルがしたり顔で言うと、それと入れ替わるように、アヴェリンが熱に浮かされた様な顔で語気を荒らげた。
「そう、日本は実に素晴らしい世界だと……! 畏れからではなく、思慕から信仰し、それを喜びとする信徒を、羨ましいと思ったものだ……!」
「日本人は、その誰もがオミカゲ様を神として相応しく、頭上に戴くに相応しい存在として認め、そして崇めていたわ。――そうよね、アキラ?」
突如水を向けられたものの、話の内容がオミカゲ様となれば、俄然アキラも熱がこもる。
「えぇ、勿論です! オミカゲ様は単にいて下さるだけでも素晴らしい神様ですが、怪我や病気を癒やして下さいますし、見守って下さると分かるから、心を寄せて自らもお助けしたいと思えるんです。比喩ではなく、オミカゲ様の為なら死ねます!」
「――ね? コイツが、割と熱狂的な信徒の姿とは認めるわ。普遍的な信者よりは強い信仰心ではあるかもね。でもコイツは、狂信者ってほど強すぎる信仰を向けているワケじゃないからね」
ルヴァイルとインギェムへ顔を向けると、二柱からは奇異なものを見つめるような視線が飛んだ。
熱に浮かされる様にミレイユへ向ける視線に、空恐ろしいものを感じているようだ。
「こんなのが何万人もいるのか、普通に?」
「いやいや、何万とかじゃないわよ、何千万とか普通にいるんじゃない?」
「な、ん、ぜん……!?」
ルヴァイルとインギェムが向ける目は、既に奇異というより、畏怖の視線に変わっていた。
「だから、あちらは石や木からマナは生まれない癖に、霊地では非常に安定した供給がされていた。そうよね、ルチア?」
「ですね。孔と魔物の対策に多くを割いていたからこそ、それに特化した作りでしたし、それ故にデイアートより歪に見えましたけど……。そのつもりがあるなら、この世界と変わらぬ形に出来るんじゃないでしょうか」
「……ね? 出来るかどうか分からない、っていう話は通じないのよ。アンタは出来る。――間違いなく、それが可能な下地がある」
ユミルがしたり顔のままそう結ぶと、ルチアも力強く頷き、アヴェリンはそれより一層力強く頷いた。
ミレイユが苦虫を噛み潰す様な顔をして、その小憎たらしいニヤケ面から目を逸らす。
出来ると言われても、やはり困るとしか言えない。
むしろ、出来るから何だ、と言いたい気分だった。
「誰かを助けるだけの力があって、それを使わないでいるのは不実、と言いたい気持ちは分かる。持てる者は、より多くの義務を負う……それもまた事実だろう。だがな、表面的な部分しか見てないぞ。オミカゲは千年しか生きていない。その先に歪の皺寄せがあったとしても、分かり様がない」
「それはそうでしょうねぇ……。でも、それはつまり、千年の維持と安寧を約束するものでもあるじゃない? 何もね、未来永劫、変わらぬ繁栄を享受させろ、と言いたいんじゃないの。……正直、アンタならそれに近いコト出来るんじゃないか、って思ったりするけど、それはまぁ置いときましょ」
ユミルは一度言葉を切って、自身の興奮も抑える様に息を吐く。
ミレイユは変わらず視線を合わせぬようにしているが、逃げ場もない現状、聞くことからは逃げられない。
「別に千と一年で破綻が来たからって、それを責めるコトなんか出来ないわ。努力を怠ったり、そこに住む民を裏切って起きたコトじゃないと信じられるから。それで結局、実は裏で蝕みが進行していたんだとしても、それが世界の寿命ってモンでしょ」
「ですね……。永遠は無い。それが真理であるなら、世界だっていずれ滅ぶ事は避けられないんです。余りに早すぎるとガッカリするのは止められないでしょうけど、理には反せませんからね」
ユミルに続きルチアが沿える様な言葉を発し、困り顔で笑った。
それでも、ミレイユの顔色は芳しくない。
未だ推測の域を出ない現状、という理由もある。
出来るのならばやるべきだ、と言いたい気持ちも理解できる。
だが、その必要もないのに、言質を取られるような真似はしたくなかった。
顔を反らしたまま、返答らしい返答をしないミレイユに業を煮やしたのか、インギェムが歯に衣着せぬ物言いでユミルに問う。
「お前、ミレイユを眷属にしてるんだろ? 命令すれば、素直に言うこと聞くんじゃないのか?」
「やらないわよ。アタシはあの子と友人でいたいの。対等でいたいのよ。命の危機が迫っているならまだしも、利己的な願いで命じたくないわ。一度でもそれをすれば、二度と友とは呼べなくなる」
「分からん理屈じゃないが……」
「だったら黙ってなさい。アタシ達には、アタシ達に相応しい関係というのがある。場合によっては、世界よりも大事なものよ。だから、本当に嫌だというなら尊重するわ」
「世界と天秤に掛けて選ぶ友情か……。ま、確かに分かる」
そう言って、インギェムはルヴァイルを見て小さく笑った。
インギェムもまた、彼女の意志に賛同し、その命を共に賭けようとしている。
事が成せれば、その命で償う、というルヴァイルに付き合うつもりだ。
インギェムにもそれほど大事な友がいるから、ユミルに強く言う事が出来ないのだろう。
美しい友情と言えるかもしれないが、今のミレイユには、その美談に付き合ってやる余裕がなかった。
そこへユミルが、更に言葉を重ねようと口を開く。
それはまるで、子供を諭すような口調だった。
「別にさ、アンタがどうしても嫌だって言うなら、それを強制したりしない。それに一人で全てやれ、と言うつもりはないもの」
「そうです、このアヴェリンがおります! 身命を賭し、必ずや御身をお支えすると誓います!」
「それを疑っている訳じゃないが……。お前たちがいると心強いしな。ただ……」
「心許ないって言うなら、そこに在任期間だけはご立派な神もいるわよ。好きに使えば?」
ユミルがそちらには顔を向けないまま指だけ向けると、向けられた当神たちは困惑した顔を晒した。
「妾たち、ですか……? やれと言うなら否やはありませんが……許せない、と言われたばかりだったのでは……?」
「そうね。そして、それで命を奪ってやれば、さぞ溜飲が下がるでしょうよ。――でもさ、後はよろしく自分は死にます、っていうのも、すんごい癪に障ると思わない?」
「そうですねぇ……。それなら、これから多くの苦労や責務を負うミレイさんの、手となり足となって働けって思えちゃいますね。神の苦労を支えられるのも、同じ神だけという気がしますし……」
ルチアはユミルに顔を向けたまま、皮肉げに笑う。
将来の展望を勝手に押し広げているのは結構だが、ミレイユ一人を置いて未来の話に花を咲かせるのも如何なものか。
最も大事な部分を隅に追いやり、話し合う事ではないだろう。
「既に決定事項、みたいな話をするな。やらなくて良い、と言った傍からそれか」
「いやいや、やらなくて良いっていうのは本音よ。アンタが頷くまで、同じ話題を繰り返すつもりも無いしね。ただ、思うのよ。――いい? これは真面目な話よ」
ユミルの口調と表情が引き締まり、雰囲気が変わった事でミレイユも顔を戻す。
真剣な双眸は、ミレイユに対する真摯な憂慮が浮かんでいた。
「アンタの体調、今どうなってる? 八神との戦いで、どれだけ寿命が削られた? 具体的な数字が分からないのは当然でしょうけど……、どちらにしても、死期が速まったのは事実でしょうよ。このままじゃ、……本当に死ぬわよ」
「それで昇神か……」
「手っ取り早く開放される方法だわ。そして、その手段も目の前にある。今やアンタを利用しようって奴もいないし、ループの脱却だって八割以上成功した様なもんよ。我が身可愛さで昇神しようと、それの何が悪いのよ?」
「悪いとは思ってない」
それこそ、全ての命は自己の終焉に抵抗する、というものだろう。
ミレイユとて、自分の命は惜しい。
天寿を全うする位は生きたいと思っていたし、平凡だが幸せな家庭、というものに憧れてもいた。
――今となっては、想定していたものと大分、違う形でしか実現できないだろうが……。
どちらにしても、平凡な幸せを求める気持ちは最初から一貫して変わらない。
しかし、例え手段があろうと昇神する訳にはいかなかった。
「いま溜め込んでいるエネルギーは、まず世界を救うのに使う」
「分かってるわ。もしも余れば使えばいいし、余らないなら補充してから使うなり、テオに洗脳させて昇神しちゃえばいいの」
「だが、それをしてしまっては、私は現世を救いに世界を超えられなくなる。ここで脱落する訳にはいかない。それとも、全てをお前達に任せ、ただ待っていろとでも言うつもりか?」
「そう言うつもりだけど。だから一言、頼むと告げれば良いのよ。それで問題なくアタシ達は動くわ。――でしょ、アヴェリン?」
唐突に振られた話でも、アヴェリンは淀みなく頷く。
その顔には決然とした表情が浮かんでいた。
「勿論だ。――ミレイ様、そうせよ、とお命じ下さい。必ずや、吉報を持って帰参いたします!」
「アキラだって生まれ故郷のコトだし、命じなくても行くでしょうよ。ルチアだって、アタシと同じ。頼まれたら散歩気分で出立するわよね?」
「いやいや、戦場に向けて散歩気分で行ける程、エルフやめてないですから。……でも勿論、ミレイさんの頼みというなら、喜んで引き受けますよ」
ルチアは胸を叩き、安心させるように笑顔を返したが、ミレイユの心は平穏でいられない。
友を死地に追いやって、自分だけ安全地帯で待つのに耐えられない、という気持ちもある。
だが何より、間違いなく八神と戦った時と同等以上の苦戦をすると分かって、送り出す事は出来なかった。
戦うというのなら、そこにミレイユがいるかどうかは、勝率に大きな変動がある筈だ。
自分だけが安全な場所で待つだけ、というのは性に合わないだけでなく、その窮地があると分かって助けられない事が我慢できない。
我が身は誰だって可愛いものだが、その為に友を犠牲にするのは、どうしても受け入れられなかった。
「駄目だ。行かせるというなら、私も行く。これは
「アンタを死なせたくないからよ!」
ミレイユの説得めいた言葉を遮り、ユミルが放った言葉には、強い決意が伴っていた。
敢えてミレイユが目を逸らしていた部分……。それを、その言葉は的確に貫いていた。
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