『遺物』と願い その3

 ドーワから降り立ったミレイユ達は、遺跡の最奥を目指す。

 近道が出来る場所へ行ければ良かったのだが、上空からではどこも同じに見え、正門前に降りるしかなかった。


 面倒とはいえ、二百年前、既に一度通った道だ。

 魔物が棲息していない事は、やはり間違いないので、矢の様に走り抜け最奥の扉に辿り着く。


 そうして感慨すらなく扉を潜ると、それぞれが『遺物』の前に立ち並んだ。

 ミレイユは一応、その動作状況を確認しようと歩み寄った。


 既に多くの神魂を蓄えている『遺物』は、これまでと違って大きく輝いている様に見える。

 機械的フォルムの端々に、循環しているエネルギーが見える事こそが、その理由だろう。

 それ程までに莫大なエネルギーが、『遺物』に集束されているのだ。


 その循環する動きに合わせて明滅するので、まるで『遺物』が鼓動を刻んでいるようにも見える。

 ミレイユはその光景に圧倒されるものを感じつつ、一歩ずつ近付いていく。

 後ろには先ずアヴェリンが付き従い、その隣にアキラが、そして次にルチアとユミルが居て、最後尾にルヴァイル達が付いている。


 『遺物』の前に辿り着くと、一度大きく蒸気を噴き出した。

 それが晴れると、目の前の機構がパズルのように上下へスライドし、トレイのような受け皿が迫り出る。


 ミレイユは取り出した神器二つをそこに置くと、その置いた順に受け皿は元あった位置へと戻り、順次蒸気を噴き出しながら機構の中へと神器を仕舞い込んでいく。


 全ての神器をその中に取り込んだ『遺物』は、殊更大きな蒸気を噴き出した。

 次いで甲高い音立て、歯車が回る音を聞きいていると、その機構が左右に割れた。

 中から仄に光る、青い光球が出てきて、それが支えもなく空中に浮かんでいる。


 その球体はゆっくりと横回転しながら、こちらを伺うように明滅していた。

 取り込んだ力を今にも開放してしまいそうな、莫大な力を内包している事は肌で感じられる。

 その明滅する光に肌を照らされつつ、ミレイユは背後へ振り返った。


「……さて、いよいよだ」

「そうね、いよいよだわ。予定とは大分違ったけど、とにかく、これで世界を破滅から救う。……可能と思って良いのよね?」


 ユミルも背後にいるルヴァイル達へと振り向くと、難しい顔をさせつつ頷く二柱が見えた。


「そうだと思います。エネルギーは限界まで溜め込まれているように感じますし、これで駄目な願いなど、あり得ないと思える程です」

「……なるほど。その最大限のエネルギーを運用できるというなら、期待は持てそうだ」

「咄嗟に横取りしようとすんじゃないわよ」


 ユミルが二柱に釘を刺すように鋭い視線を向けると、インギェムは肩を竦めて鼻を鳴らした。


「神々は好き勝手に『遺物』を使えないんだよ。だから頼んでいたんじゃないか、忘れたのか」

「そういえば、そうだったわね。ごめんなさいね、最後の最後、実はこの時の為に、とか裏切り出すんじゃないかと思ったものだから」

「思うのは勝手だが、下手な疑惑を向けるぐらいなら、さっさと叶えちまってくれよ」


 インギェムから皮肉げな視線を向けられて、ミレイユは頷く。

 そうして『遺物』へ向き直ろうとしたところで、動きを止めて全員を見渡した。


「ところで相談だが、どういう願いを口にすれば良いと思う?」

「は……? そんなの今更聞くコト? とっくに考えついてたんじゃないの?」

「考えてはいたが、それが最善か自信を持てなかった。もしもそれで、八神の復活までされたら? 状況は混乱の坩堝になるぞ」

「願う内容次第では、という懸念は良く分かりますけど……」


 ルチアが眉間あたりを撫で付けながら、困った顔をして言う。


「八神の復活だけは無いんじゃないですかね? 肉体だけなら可能性はありますけど、魂をエネルギーとしているのに、それを消費した上で復活なんて、それじゃ永久機関が完成しちゃうじゃないですか」

「それもそうだな……。元に戻せ、という類いの願いだと、対象を選ばず全てを元に戻すだろうから、八神も戻るのではないかと思ってしまった……」

「確かに、そういう願いだと有り得そうです。でも、やっぱり根本的復活は無いと思った方が良いです。そこは間違いないと思います」


 それについては、確かラウアイクスも似た様な事を言っていた。

 ルチアの推論からも、それの裏付けを取れたと考えれば、信用しても良いらしい。


 ルヴァイルとインギェムへ顔を向けると、二人は首を傾げていたものの、ルチアの意見に同意した。

 詳しく理屈や法則を理解していないまでも、理があるとは思ったようだ。


「大丈夫なんだな?」

「『遺物』について、詳しい知識を持ってませんので、多分そうだろう、としか言えません。ですが、非常に理屈に合うものです。間違いないでしょう」

「……お前達は、あれだな……。神としては長く生きて来たんだろうが、色々とものを知らないな……」

「ご期待に添えず申し訳ないね」


 インギェムは鼻に皺を寄せ、威嚇するように顔を突き出し睨んで来た。

 今更そんな顔をされても子供騙しにも感じないが、悪びれもしない神の開き直りは厄介だ。


 これまでラウアイクスが中心となり、グヴォーリがその補佐をする形で取り纏めていたというから、元より多くに興味を持っていなかったルヴァイル達は蚊帳の外だったのかもしれない。


 世界の裏側から支配する存在だろうに、大神の真実を知らなかった事が、それを裏付けているようでもある。


 ミレイユは息を一つ吐いて気を取り直し、二柱から視線を外す。

 今こうしている間にも、大地は端から崩れ始め、そして瘴気が空から襲い掛かって来ているかもしれないのだ。

 無駄にして良い時間はない。


「……さて、私はこの世界を元の形に戻してくれ、と願うつもりでいた。だが、少し抽象的過ぎるように思う。……それについては?」

「ある程度、補完して融通利かせてくれそうにも思うけど……。どうかしらね?」

「では、正しい姿に戻してくれ、と願うのはどうです?」

「悪くないと思う。……それなら、世界をあるべき姿に、と願おうか。瘴気はあるべきものではないだろうし、本来の世界は天体で、それが削られ無理して維持した結果が、今の形だろうから」

「……良いと思います。というか、何が正しいのかを考えていくと、これはキリが無いですよ。あれこれと細かく指定して行けば懸念は減らせるでしょうけど、それだってどこまで指定するのか、という問題になりますし……」


 ルチアが嗜めるように言うと、ユミルも頷き言葉を添える。


「これが対価を払って叶える契約、というコトなら、簡潔な方が好ましい筈よ。アタシの命令しかり、インギェムの契約しかりね。より短く簡潔な方が、より強い力を生む」

「一つ意見を許されるなら、言いたい事があります」


 ルヴァイルが声を上げて、不審に思いながらも続きを促す。


「今までは、大神が不在である故の無理な維持でした。そこを解決してくれなければ、結局同じ事の繰り返しです。長い時を経て、やはり世界は破綻していく……。神の居ない世界では、その兆候が見えた瞬間からは更に速いでしょう。単なる一時しのぎにして欲しくないのです」

「分かる話だがな……。しかし、それ自体はどうしようも……。永遠の存続など有り得ないのは、別にこの世界に限った話でもないだろう」


 極端な話、地球だってそうだ。

 数十億年後には、人類が住めない星になっている。


 デイアートはそれより遥かに速く星が滅ぶのかもしれないが、その行く末にまで責任を持てない。

 ミレイユは背後の明滅する機構へ、目を向けながら呟く様に言った。


「あるべき姿と願った時、『遺物』はどう判断するものか……。私はこの世界が大神によって作り変えられた、と仮説を立てたが、ならばそれより前の世界に戻るのか? それとも、魔力もマナも、あるべきものとして存続する事になるのか?」

「そればっかりは……、願ってみるまで分からないわね」


 ユミルが苦い顔をして腕を組んだ。


「確かに、アンタが言っていたみたいに、マナは後付けで作り変えたものというなら、それは異質とも言えるわ。……でも、魔力とマナで成り立つ世界でもあるワケよ。それを取り上げられて、正常に世界が運用されると思う? 食物連鎖だって根本から変わるわよ。ドーワみたいな巨体な魔物なんて、魔力が消えた途端、その自重で死ぬんじゃない?」

「空を飛ぶなんて有り得ない骨格と体重をしてるしな。ドラゴンに限った話じゃなく、多くの生態系に変化がある。その余波は、汎ゆる所に波及するだろうな」

「それがあるべき姿というなら、受け入れるべき? 世界の破滅は免れても、今ある生態系と人類は死滅するかも」


 ユミルの指摘に、苦い沈黙が場を支配する。

 ルヴァイルにしても、絶望する様な暗い顔をしていた。

 足元を一点に見つめる目には力が籠もっておらず、顔は青く染まっている。


 彼女も決して、人類を至上の優先されるべき生命と見ている訳でないだろうが、信仰エネルギーという一点において、価値ある存在として見ていた筈だ。

 世界の維持には必要不可欠だから、それを生み出す人類は贔屓目にしている部分はあったろう。


 世界の破滅を救う事は、それらを救う事にも繋がると思っていたに違いない。

 そして元々を考えれば、大神が全て上手く取り計らってくれると信じていた。

 彼らの復活が世界の復活、引いては万全な条理を生み出すと信じていた。


 だが、事実は違い、今は『遺物』に頼るしか無くなっている。

 大神の生死は未だ不明で、『地均し』の中に潜み既に世界を渡った、という推論も仮説に過ぎない。

 願う内容次第では、瘴気が晴れた先で大神が復活する可能性も残っている。


 それならば、今度こそ世界は破滅から逃れられるのだろうか。

 大神について知ったつもりになっているが、実際は憶測ばかりが行き交っていた状況だった。


 本当は信頼に値する神であるかもしれないのだ。

 ドーワが思慕を抱いていたように、実際の大神を見れば考えが変わる可能性もある。


 詭弁だな、とミレイユは首を横に振る。

 可能性がある、のではない。


 そうである可能性に縋りたいのだ。

 それが事実なら、思い悩む必要もなくなる。

 全ては善良な神が、看過無く万事を、万全に執り行ってくれるだろう。


 だが、実際はそうならない、とミレイユは既に結論を下してしまっている。

 恐らくは、同じ事を繰り返して欲しくない、というルヴァイルの願いは叶えられないだろう。

 その様に考えていると、ユミルが腕組みを解いてミレイユを見てきた。


「何するつもりか、何を考えているか分からない神に、縋るのはやめましょうよ。私が縋り、頼みにするものがあるとしたら、それはアンタよ。……アンタだけが、他の誰より縋れる相手だわ」

「……縋られても困るぞ」

「困りはするけど、捨てたりしないのがアンタじゃないの。口では何と言おうとね、アンタはやり遂げて来たわ。だからアタシは、心から尊敬してるの」

「率直な言葉は嬉しく思うがな……」


 それとこれとは、と言おうとして、それより前に止められる。


「まぁ、聞きなさい。マナや魔力は正しく運用しなければ、世界を蝕み破滅させるのかもしれない。目に見えないところで、虫食いの様に蝕んでいくものなのかも」

「だったら尚更、そんな原理も良く理解していない事を、私が上手く出来るとは思わない」


 だから、とユミルは笑って指を一本立てて来た。


「まず、話を聞きなさいってば。……いいコト? でもね、アタシ達は一度、それを正しく運用されてる世界を見ているのよ」

……? お前が、ではなく?」

「そう。遥か昔、アタシが小娘だった時代の事を言いたいんじゃないの。もっと最近の話よ」


 ミレイユが怪訝に眉を潜めていると、その後ろから、あっというルチアの声が上がった。

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