『遺物』と願い その2
「私はな……以前ユミル達と、なぜ自分が狙われるんだ、という内容で話し合った事がある」
それはデイアートに帰って来たばかりの頃、森の中で神々の狙いを考えている時だった。
結果的に、ミレイユは炉の役割を持っていて、そこから得られる莫大なエネルギーを求めて狙われているのではないか、という仮説を立てるに至った。
結果として、それは全くの間違いという訳ではないにしろ、外れていた仮説でもあったのだが、言いたい事はそこではない。
それと同時にもう一つ、昇神させると得られる
俗な言い方をするのなら、権能ガチャとでも言い換えれば良い。
何かしら役立つ権能を欲していて、それで小神を複数作っているのではないか、などと思っていた訳だ。
八神はその様な意図で、小神を作っていなかったのは間違いない。
しかし、大神は違ったかもしれない。
「大神が欲していたのは、まさしくその権能だったんじゃないかと思えてしまう。『地均し』の機構に搭載する為、移住するに役立つ権能を求めて、小神を造ったんじゃないか。だから複数の神が造られたし、コピーが終われば用済みとなる。その用済みを聞いたからこそ、ラウアイクスは反旗を翻す事にしたんじゃないか」
「プライドの高い男だったが……、処分も時間の問題と分かれば……有り得ると思うか?」
「……思います。何故なら、ドラゴンの存在は明らかに、小神の処理役として置かれていました。用が済んだらどうなるか……、仮に捨て置いて行くつもりだったとしても、これでは反逆を企てても無理ないでしょう」
「ドラゴンは大神の護衛役って訳じゃないもんな……」
「最初から処理役として紹介していた訳ではありませんが、本当の役割を知る機会がどこかにあったら……」
ルヴァイルが苦い顔で言葉を零すのを見て、インギェムも苦い顔で小刻みに頷く。
そしてインギェムは苦い顔をさせたまま、眉間の皺を増やしながら尋ねる。
「確かにな……。想像できちまう部分もあるけど……でも、全部憶測だろ? 勿論、お前の事は信頼してる。けど、これは根拠や証拠も無い、今となっては確認しようもない話だ。ラウアイクスの奴に聞ければ、また違ったかもしれないけど、それすらもう叶わないしな……」
「そうだな……」
ミレイユもまた、それに首肯して同意を示し、そして続ける。
「確かに、妄想と言われても仕方ない。だが、今更ラウアイクスの動機についてはどうでも良いんだ。むしろ私が言いたい事は、昇神する際、そのとき権能を得られるという部分だ」
「それこそが狙い? 大神が多く小神を作っていたのは、成功例を作る為に失敗を繰り返していたんじゃなく、むしろ……」
「使い勝手の良い権能を得る為じゃないか。『地均し』はコピーした権能を使える機能は、正にその為だろう」
うぅむ、とインギェムは唸って腕を組み、ルヴァイルも難しい顔をして押し黙った。
「本来なら、そんなもの破壊してしまうに限るんだろうが……。出来ない事も手伝って、利用価値ありと見たからこそ、完全封印されなかったんじゃないか。私という『鍵』を奪取するのに、都合が良いから使ってたんだろう?」
「そこまで詳しい事情までは知らないけど、そうなんだろうな。『鍵』を追うには便利だったのは間違いないし……あぁ、そうだな。ラウアイクスは使えないと判断すれば執着しないし、傍に置くような事もしないしな」
そして事実、ラウアイクスはもうこれで十分と、自分達の為に役立ててから現世へ投げ捨てた。
ミレイユはその返答に頷くと、ユミルの方へと顔を移す。
「お前なら分かるだろう。新天地へ移るに辺り、あれらの権能が色々と役立んじゃないかと」
「あー、そうね……。『水源』は生きて行くに欠かせないし、『流動』で川を弄ってやれば、信仰心なんて湧いて出るでしょうよ。河川工事は大事業だし、それを神が行うと分かれば、それだけでお釣りが来そう」
「インギェムの双々と繋属も、孔を作って移動するには欠かせないし、まずこれがあったからこそ、移動を開始する目処を立てたんじゃないかと思う」
「『射術』と『自在』……それはあの攻撃で、イヤという程見せつけられたし、使う武器次第で幾らでも化ける権能だわ。他の『再生』や『持続』も使い所は多そうよね。『不動』や『磨滅』は、ちょっと何を目的にしたか分からないけど、まぁ何事も使いようよね」
元より、大神自身も、海や大地、空や生命といった権能を持っているのだ。
ミレイユとしては、世界渡りを実現させる、双々と繋属こそが、何よりの当たりだったのではないかと予想している。
他は全てオマケで、ユミルが言った様に使いようを求めて、とりあえず持っておく事にしたのだとしても、転移に類する権能だけは絶対に確保したかった筈だ。
「インギェム……お前、初めて会った時にも言ってたな? 最も若い神だって? つまり、最後に造られた神なんだろう?」
「……さっき、ルヴァイルもそう言ってたろ」
「つまり、お前は最後のアタリだ。そのアタリを引いた時点で、実際に移住を可能とする目処が立ったんじゃないか。だから、それ以上の神は創造されなかった」
インギェムは唸る様に声を出し、腕を組んで黙り込む。
ミレイユも思考に没頭し、自らの推論に肉付けしていると、ユミルが疑念というより確証に近い口調で言い放つ。
「私としてはね、むしろ小神に対する扱いによって、反旗を翻す決意をしたんじゃないかと思うのよ。考えてもご覧なさいな。小神は……というか、その神魂は、『遺物』を動かすのに使うエネルギーとして使用できるんでしょ? 大神が小神を作っている間、一度も使われなかったなんてあると思う?」
「……そうか。本当のハズレは、『遺物』のエネルギーとして再利用されていたのかもしれない。外から魂を引っ張って来るのに使ってたのか? ……まぁ、その用途は想像するしかないが、とにかくエネルギーの還元なり補充は出来る訳だ。そういう部分を、ラウアイクスは見た事があったのかも……」
「それなら、反旗を翻すには十分な理由だし、権能をコピーされた後なら、自分達も同じ目に遭うと考えても不思議じゃない。むしろ、積極的な理由になる」
ミレイユは腑に落ちた感じがして嘆息し、遣る瀬ない気持ちになった。
用済みとなった小神は、最後に『遺物』のエネルギーとして食われ、何かの願いに使われていたかもしれない。
それが何を目的としていたか、については選択肢が多すぎて想像すら出来ないが、立つ鳥跡を濁さずの、ろくでもない内容である気はした。
「……何よ。今更、神たちに同情した?」
「全くしない、と言ったら嘘にもなる。何より、そんな事も知らず、ラウアイクスに使われるだけで、何もして来なかった神がいる事に同情してるよ」
ミレイユが流し目を作って二柱を見ると、いかにも気不味そうな表情をして、顔を反らした。
今日はいつになく、顔を反らしてばかりの二柱は、やはり顔を向けないまま、言い訳がましい事を口にし始める。
「そうは言っても、誰も望んで神になりたいと言った訳ではないのですから……。訳も分からぬまま、巻き込まれたという様なもので……。その当初、やる気がなかったのは、仕方のない事ではありませんか」
「そうだ、己は有能だから神になったんじゃないんだよ。お前は有能であるべく造られたから、そんな風に思えるんだ。ラウアイクスみたく素で賢い訳でもなければ、グヴォーリみたいに賢くなれる権能があった訳でもない。賢い奴に言われるまま、従う事の何が悪いってんだ」
それは神の口から出る言い訳としては見苦しかったが、一人の拉致被害者として見た場合、それもまた仕方ない事かと思える。
既に多くの神を名乗る同輩がいて、リーダーの素質十分と認めた相手がいたのなら、全て任せてしまいたい、と考えてしまうのも仕方ないのかもしれない。
自分より安心して任せられる、と判断できる相手がいるのなら、それに従って生きる方が断然楽だ。
それは人であっても、神であっても変わらぬ真実なのだろう。
「だが結局のところ、同情できる部分があろうと、私と相容れぬ存在だったのは変わりない。大神の悪逆に反旗を翻したのだとして、やってる事がその大神と変わらないなら世話はない。同じく反逆されて文句言えるか」
「そうよねぇ、結局そういう話になるわよね。迷惑かけず、人を助け、慎ましく信仰を受ける身として生きてれば、こんな事にはなってないのよ」
「つまり、完全な自業自得ですよね。下界を食い物としか見てない時点で、救いようがないですよ。エルフにした事なんて、その最たるものじゃないですか」
その慎ましい信仰では、大神の居ない世界を維持する事が出来なかったから、手段を選ばず搾取する方法へと切り替えていったのだとは思う。
真相は闇の中だが、どちらにせよ下界で暮らす者に、恨みを抱かれる手段を採用した時点で、同情を買う資格は消えてしまう。
神々は常に搾取する側であるから、民の叫びも虫の羽音だと気にしていなかったのだろう。
その舵切りをしていたのは、きっとこの二柱ではないのだろうが、それでもルチアから向けられる視線は絶対零度の鋭いものだ。
ユミルにしてもエルフ族と似たようなもので、常に虐げられ、救われなかった一族だった。
その上で、虐殺される事を求められていたので、その恨みも更に深い。
ルヴァイル達は世界の破滅を見過ごせず、このまま朽ち果てるよりは、と行動を起こしたが、だからと許された訳ではなかった。
彼女らは八神が行う多くの事に加担していなかったが、同時に直前まで下界を気に掛ける事もなかった。
いわゆる事なかれ主義だったのだろうが、ミレイユからの反撃を受け、その挽回を図った結果、これまで見てなかったものを直視する結果になっただけだ。
その怠慢を罪とするなら、やはり許せるものではないだろう。
神とはいっても、全知全能でもないし、……何より創造された存在だ。
仮に有能であっても、全てを救える存在にはなれない。それもまた理解できる。
しかし、神という位に居たのは確かで、その上で何もして来なかったのは、やはり罪であったに違いなかった。
王族と似たようなものだ。
その位に位置する者は、その権威に相応しいだけの働きを求められる。
ミレイユとしては、同じ魂魄拉致被害者という共通点があるから、少し優しい目で見てしまう。
だが、この世界で暮らしていたルチア達を思うと、優しくなるばかりでもいられなかった。
ルヴァイルは肩を落として下を向き、殊勝な態度を見せたが、インギェムはその逆で、むしろ晴れ晴れとした笑みを見せる。
「まぁ、過ぎた事は仕方ない。己らだって反省してない訳じゃないんだ。今はそれで納得しろ」
「こんな時でも、そんな態度か」
「染み付いたものだ、そういう風に出来ちまってる。――それにしても、やっぱりミレイユに聞いて正解だったな。……なぁ、ルヴァイル?」
「今、そんな挑発と取られそうな発言をするのは、やめておいた方が良いのでは?」
「でも、事実は事実だろ。聞くだけ聞いてみるか、と思った『移住計画』だったけど、やっぱり正解を引き当てたみたいじゃないか。――ほらな? 全く、頼りになるよ」
そう言って、インギェムはルヴァイルの肩を叩いて再び笑った。
ミレイユは多いに顔を顰めてため息をつく。
「まだ確定じゃないぞ。可能性が高い、という話でしかない。実は本当に、既に死んでいるかもしれないんだ」
「だが、そうじゃないかもって、思ってもいる訳だ? 全く堪らないね。これからも、頼りにしてるよ」
「神が人間に頼るな。神ならもっと、頼りがいになる事をしろ」
突き放す様に言い放つと、インギェムは虚を突かれたような顔をして、キョトンと目を見張る。
「何でお前、人間側みたいな台詞吐いてんだ? どっちかっていうと、神側だろ? 神人ってのは、そういうもんの筈だしな。その上、実際に神たちを弑して回ってもいる。これってもう、殆ど神以上みたいなもんじゃないか」
「うるさい。そんな詭弁、聞きたくない。だいたい――」
更に言い募ろうとした時、頭上からドーワの声が聞こえて動きを止める。
「ほら、小難しい話は終わったかい。もう『遺物』に到着するよ。そろそろ、降りる準備をしておくんだね」
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