一つの決着 その4

 やる事は単純シンプルだが、必ず成功させようと考えた場合、簡単には行きそうもなかった。

 まず、孔へ落とすという作戦上、全てはインギェムの見極めるタイミングが鍵となる。


 全体を俯瞰でき、その上で見つからない場所を確保する事が好ましい。

 とはいえ、空中戦をしている彼らを見渡せる場所など存在しなかった。


 ドラゴン達は、とある一つの島に目をつけ、そこに攻撃を仕掛ける事にした。

 選んだ場所に意味はない。ミレイユ達が潜入するにあたり、邪魔にならなくて、かつ程々に離れている場所を攻撃しただけだ。


 既に島中は火の海で、足の踏み場もなかった。

 炎を無効化できる魔術はミレイユが扱えるから、それを隠れ蓑に使えるかもしれなかったが、炎と煙で見通しは最悪だ。


 地上には高台らしきものもないし、建物も多くは焼け落ちてしまっている。

 ならば空中でなくてはならないのだが、何しろ雲の上に位置する神域だ。身を隠せるものなど何もない。


 遠く離れすぎていては目算も誤るし、激しく動く戦闘中の動きに応じて、そこにピンポイントで孔を開く事も難しい。

 不意打ちをするのも簡単ではなく、その上で孔へ突き落としてやるのは、更に困難だった。


 最古の四竜が奮戦しているお陰もあって、ミレイユが来ている事は未だ気付かれてはいない様だ。

 しかし、接近すれば嫌でも気付かれる。

 今もミレイユ達は、乗っているドラゴンも含め、ユミルの幻術で姿を隠しているが、いつまで保つか分からない。


 距離を取るとはいっても、やはり限度があるだろう。

 だから接近する必要があった。

 そして、眼の前の敵に集中している間なら、その接近も容易いだろう。


 ――しかし、周囲には飛び回るドラゴン達がいる。

 数は既に二十未満まで減らしていたが、攻撃する機会を窺い、隙があれば喰らいつこうとしているし、ブレスも頻繁に吐く。


 これで神々が、周囲の警戒を怠らない訳がなかった。

 ドラゴン達が包囲網の様に取り囲んでいる距離より、少しでも内側に入れば勘付かれる、と見るべきだった。


 既に十分、空気の薄い上空だから、更なる上層へ飛び上がる事も出来ない。

 何もなく、どこまでも行けそうに思えるが、見た目以上に空は狭いのだ。

 死角となる更なる上空から、という手段も取る事は難しい。


「どうにも、八方塞がりって感じよね。もう少し、考える時間があれば違うのかもしれないけど……。瘴気アレが迫っている状況で、悠長に作戦会議は無理でしょ」

「全くな……。ロクな案もないが、じっくり練る時間もないから、余計に及び腰になる」


 風でなぶられる髪を押さえながら、ユミルは頭痛を堪える様な顔で言い、ミレイユもそれに同意する。

 ミレイユもまた、同じく堪える様な顔をしていたが、これは本当に頭痛が治まらないからだった。


 胸の痛みが収まっても、頭痛や胃痛など、身体の汎ゆる場所が痛み出す。

 一つ治まればまた別の場所が、と際限なく繰り返し痛みが襲って来るようだった。


 体調の明らかな悪化は、ミレイユの寿命が尽きかけている事を意味するのだろう。

 それでも、ミレイユはぐっと息を呑み込み、痛みで震えそうになる拳を力強く握って言った。


「発見が避けられないなら、それを前提にするしかない。こちらは一撃叩き込んでやれば勝てる。だが敵は、その勝利条件を知らない」

「それならば、と思えてしまいますが……。見て下さい」


 アヴェリンが指差した方向には、数多の傷と火傷を負った男神の姿があった。

 弓を持って戦っているところからして、タサギルティスで間違いないだろう。


 矢筒を背負っているが、矢は無限に湧き出て来るかの様で、間断なく射続けているというのに尽きる気配がない。


 そして、傷があっても重傷ではなさそうで、射掛ける勢いも衰えていなかった。

 だが、血だらけの身体は、それだけ多くの傷を負った証拠でもある。

 ミレイユは、アヴェリンが何を言いたいか察し、苦い顔で頷いた。


「今となっては、余裕を見せた態度も期待できない、か……。躱せそうだと思えば、素直に避ける。奴らは傲慢という話だったが、今は万が一を考えずにはいられない状況だ」

「左様です。見ていると、動きも回避に念を置いているように感じます。攻撃主体ではなく、回避の合間に攻撃している、という形です。ドラゴンの数も減り、勝利も見え始めた今、確実性を取ろうとしているのかもしれません」

「傲慢さを捨てた戦神か……、厄介だ。ならば古典的方法として、囮を使うという方法があるが……」

「それなら、僕が!」


 それまで会話に混ざれなかったアキラが、意を決して前に出てきた。

 単なる自己犠牲精神ではなく、それが最も効率的だと思っているから、提言したのだと分かった。


 神に一撃加える事は疎か、かりに直撃させても押し込む事は出来ないと、アキラは自分で理解している。

 だから、せめて役に立てる場面で立候補しようと声を上げた。

 その決意と献身は好ましく思う。しかし――。


「この場合、お前に囮としての価値がない。食い付く意味のある餌だと、相手に認識されなければならないからな」

「う……ッ! 僕は、僕じゃ確かに……、放置しても問題ないって思われてしまいますか……!」

「だから、私が出る」

「――そんな!」


 誰よりも早く、そして苛烈に声を出したのはアヴェリンだった。

 その表情は大きく歪んで、決してやらせる訳にはいかないと物語っていたが、何かを口にするより前に、ミレイユは首を振って口を開いた。


「誰が最も注目を浴びるか、と考えたら、それは私以外にあり得ない。他の神々が弑されたのは、神魂が飛び去った瞬間を目撃したなら、察知できてると思う。敵討ちのつもりで、怒りを向けるかもしれないな」

「だからと言って……!」

「それだけ視野狭窄に陥ってくれれば、不意打ちの成功も高まるだろう。単に背後から攻撃すれば成功する程、甘い相手じゃないのは分かってる筈だ」

「そうですが……!」


 アヴェリンは頑強に否定しようとしたが、説得の声は言葉になっていなかった。

 一理あるという事実、そして他に良い代案など浮かばない事が原因だった。

 それに、とミレイユは目を伏せて、震えの止まらない拳へ視線を移した。


「魔力の制御が狂っている。上手く魔力を練り込めない。戦力としては、あまり役に立てないだろう」

「そこまで……、そこまで悪化しているのですか!?」

「あまり大袈裟に考えるな。誰もが、今日の一戦の為に命を削る戦いをしているだろう。あるいは、ここを死地と考え、己を奮い立たせて戦っている筈だ。……そこに私も加わっている、それだけだ」

「そうかも……しれませんが」


 なおも表情を暗くさせているアヴェリンに、ミレイユは安心させるよう微笑みかける。


「考えようによっては、むしろ一番安全な位置かもしれないんだ。――何故なら、お前達は必ず成功させるだろう?」

「勿論です! 元より成功しか見ておりません!」

「だったら、安心だ。疲れた身体を休める為、楽なポジションで高みの見物をさせてくれ」

「そうまで仰られるのでしたら……分かりました、お任せ下さい! 何一つミレイ様へ攻撃を届かせないと、ここに誓います!」

「……頼むぞ」


 胸の前で拳を握って、力強く宣言したアヴェリンに、ミレイユは柔らかい笑みを浮かべた。

 ルチアやユミルに目配せすると、そちらからも同様の決然とした笑みが返って来る。


 すると、それまで黙って静観していたインギェムが、するりと空中を滑って近付いて、皮肉げな笑みで伺ってきた。


「さて、話も纏まって来たところで、ちょいと本格的な話をするって事でいいか?」

「そうだな。孔の展開とタイミングは、全てお前任せだから、負担も大きいが……」

「まぁ、そこは何とかするしかないだろうさ。それより、お前は空飛べないんだし、囮になるっていうなら、ドラゴンに乗って近くまで移動するんだろ? 他の奴らはどうする?」


 言われて確かに、と思い直す。

 まさか、敵視を浴びてるミレイユの後ろで、悠々と孔へ潜るアヴェリン達の姿を見せる訳にはいかない。

 ならばアヴェリン達をドラゴンに乗せよう、と考えてみても、ミレイユの移動が出来なくなる。


 飛行術を修得しているものの、あれは自在に空を飛べる術ではないし、制御の方にも不安があった。

 ドラゴンから降りて接近は、現実的と言えない。


 ならば、空を飛べるインギェム達に抱えて貰うか、と思いきや、彼女たちが目撃されるのも拙い。

 そこにいる事実が、多くの思考材料を与えてしまうからだ。


 特にインギェムの権能から、何をするつもりなのか類推されるのは避けたい。

 そこまで考え、それであれば、と二柱の神へ交互に視線を向けた。


「……お前達に運んで貰うか。ドラゴンを私が使うのなら、他に手も無い」

「己らに、荷運び人の真似事をしろと言うのか?」


 インギェムは大いに顔を顰めたが、ミレイユは気に留める事なく頷く。


「他に手がない。ドーワに話を通せば、ドラゴンの一匹ぐらい融通を利かせてくれそうだが、そんな事してる暇もないしな」

「……今は受け入れましょう」


 ルヴァイルがインギェムの肩に手を置いて諭す。


「この程度はサラリと流して受け入れるべきです。瘴気を目撃されたら、警戒しない訳がありませんし、そうなる前に落とせれば、それが一番最善なんですから」

「……仕方ないか」


 不承不承に頷いて、インギェムは続きを詳しく話せ、と顎を動かす。


「それぞれに、アヴェリンとルチアを連れて行って貰う。私の接近に気付いたところで、作戦開始だ」

「僕は……?」

「お前は最初から私の盾役だ。遠距離攻撃を持つタサギルティスは、視認と同時に、まず射掛けて来る可能性が高い。守護役は必要だ」

「は、はい! お任せ下さい!」

「……アタシは?」


 意気揚々と頷くアキラとは反対に、ユミルは不満を滲ませた口調で尋ねてくる。

 これまでも、せいぜい幻術で撹乱させるぐらいしか任せていなかったので、何か役目を欲しているようだ。


 やって欲しい時には動かないのに、やらなくて良い時には動きたがる。

 仕方のない奴だ、と首を振って、軽い調子で言い放った。


「何かちょっといい感じに、何とか上手くやってくれ」

「だから、アタシの指示はどうしてそうも、適当でいい加減なのよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る