一つの決着 その2

「インギェム、私たちを残りの神々の所まで送れるか」

「ちょっと、お待ちなさいな。もしかして、このうえ更に神々と戦おうって言うの?」


 ミレイユの問いは、身体ごと前に出て来たユミルに遮られた。

 非常に業腹だし、避けられるものなら避けたいが、挑まねばならないだろう。

 ミレイユはそれに、渋々と頷いて見せる。


「私だって身体が悲鳴を上げてる。やりたくないが、神魂が足りるか分からないなら、やるしかない。やっぱり足りませんでした、でトンボ返りする時間が残されるかも分からないしな」

「それも分かるけどさ……。戦闘を不得意とする神でさえ、あの苦戦だったのよ。残った二柱を、万全でもないアタシ達で相手するのは、溶岩の中に身投げするようなもんよ。正気とは思えない」

「そう、だが……。とはいえ、な……」


 ミレイユは痛む胸を抑えながら立ち上がる。

 ゆっくりと呼吸をしてみると、意外に調子も戻って来ていた。

 身体中に魔力が満たされたからだろうが、消費すればまた同じ痛みを味わう事になる。


 それを思えば気持ちも萎え、逃げ出したい気持ちが去来する。

 だが、やらねならない、というのなら、やるしかないのだ。


「ドーワ達ドラゴンが、どれほど奮戦したかは分からないが、奴らとて無傷ではないだろう。付け入る隙ぐらい、きっとある」

「そりゃそうでしょうけど、タサギルティスの権能は、射術と自在よ。空飛ぶ相手に対しては、むしろ有利に戦える筈だわ。奮戦とは言うけど、既に壊滅してたっておかしくない」

「……そうだろうな。だとしたら、尚更助太刀しにいかねば勝機を逃すだろう。ルヴァイル達が言っていた毒というのも、何処まで迫っているのか不明だしな。それ次第では……」

「――それだわ」


 ユミルが指先を向けて来て、次いでインギェムへも指先を向ける。

 全員が訳もわからず指の動きを追う事になり、やはり意味不明で首を傾げる事になった。


「それ……?」

「だから、まともに戦うのが無謀なんだから、毒に蹴落としてやりましょうよ。神すら殺せる毒なんでしょ? 聞く限り、即死に近い感じじゃないの。勝てるかどうかも怪しい相手なら、寝首を掻くか、不意打ちで倒すのが常套手段ってもんでしょ」

「その理屈も良く分かるが……」


 ふと周りを見渡せば、渋い顔をして否定的なのはアヴェリンだけで、他の全員は賛同するように頷いている。

 アヴェリンにしても、敗北するのはもってのほかと理解していたところで、名誉なき戦いを忌避したい気持ちはあるらしい。


 しかし我儘を言う状況ではないとも理解しているので、否定の声は上げていなかった。

 ルヴァイルもまた、周りの同調に賛同し、至極真面目な顔つきで言う。


「誰一人失う事なく、三柱の神を破った……。これ以上は、望むべくもない展開です。むしろ、出来すぎなくらいでしょう。誰もが満身創痍で挑むなら、全滅も有り得る。……何を憂う必要がありますか?」

「別に手段を問題にしてるんじゃないんだ。私たちが望むのは、神魂を『遺物』必要としているだけで、神と戦う事じゃないからな」

「じゃあ、何が問題?」


 ユミルが首を傾げて問うて来て、ミレイユは肩を回して調子を確かめながら答えた。


「どうやって、空を飛べる神を毒に突き落とすんだ? 不意打ちは結構だが、殴り飛ばす程度でいけるとは思えない」

「アタシは元から、インギェムの権能頼りに考えていたんだけど……」


 そう言って、ユミルはチラリと視線を向けて話を続ける。


「孔に毒素までの直通回廊を作って貰うとか、そういうね。いきなり傍に開いた孔に入るほど間抜けじゃないだろうけど、押し込むくらいなら危険も少なく、成功率も高いと思うのよね」

「……確かに、可能そうに思えるな。インギェム、どうだ?」


 話を振ると、当のインギェムは腕を組んで難しい顔で、考え込み始めた。

 自分ひとりの考えでは自信がないのか、ルヴァイルへ目配せするように窺っている。

 そうすると、ルヴァイルも暫し考えてから頷いてきた。


「可能だと思います。タサギルティスの権能は、接近戦に向かない。毒素と逆方向へ殴り付ければ、危機感も薄く反撃を試みようとするでしょう。孔を出現させるタイミングは計る必要があるでしょうが、不意打ちに不意打ちを重ねられたなら、成功の公算も高いと思います」

「他にも、もう一柱いた筈だな。そちらは?」

「調和と衝突のブルーリア、この衝突の権能は精神的にも、物理的にも有効に働きます。ですから、殴り付けるような事をすると、無効化してくる可能性は高いかと……」


 衝突、と一言で言っても、その内容は様々だ。

 口論をぶつけ合う事も衝突というし、文字通り、勢いよくぶつかる事を衝突という。

 ブルーリアはそれを利用する事が出来るのだろう。


 扇動なども得意そうだが、今この状況だけに照らし合わせると、例えばアヴェリンに殴らせたところで微動だにしない、という事になりかねない。

 逆に殴った方が吹き飛ばされる事すら、あり得そうだった。


 そういった形で権能を使うなら、不意打ちにすら息吐くように対応してくるかもしれない。

 殴り付け、吹き飛ばして孔へ押し込む、というタサギルティスとは、別のアプローチが必要となるだろう。


 物理的な方法が駄目というなら、魔術的方法が求められるのだろうが、その妙案までは思い浮かばなかった。

 ミレイユは唸りながら、ルチアに意見を求める。


「衝突させずに吹き飛ばすか、押し込もうとするなら魔術の出番、という気がするんだが……何か案はないか?」

「そうですね……」


 アヴェリンの治療を終わらせたルチアは、今はもうすっかり塞がり分からなくなった傷口を、ペチリと叩いて顔を向けた。


「あくまで、ですけど……。運動している物体が、接触する事で発生する衝撃力、それを完璧に制御可能な権能……という事であるなら、接触それ事態は問題ないと思いますね。それなら多分、『念動力』で掴んで投げ飛ばす、そんな荒業でも大丈夫って思うんですけど」

「……なるほど。だが問題は、その程度の拘束、即座に抜け出すだろうって事だな。拘束用の魔術でもなし、本来は軽い物を動かす為だけの魔術だ。熟練の魔術士だって、自分の体重の半分も持ち上げられないのが普通の代物だ」


 ミレイユがそれを拘束に使ったり、アヴェリンを空中で掴んで補佐したり出来るのは、一重にその莫大な魔力で振り回すからだ。

 そして同時に、強い魔力があれば、それだけ簡単に抵抗できる。

 ギルドに所属する冒険者程度ならまだしも、戦闘向きの神相手に出来る事ではない。


「それならそれで、何らかの魔術で拘束してから投げ付けてしまいましょう。氷の中に閉じ込めてしまうとか」

「でもさ、それも結局、すぐに抜け出されると思うんだけど――あぁ、そういうコト?」


 口を挟んで来たユミルが、やおら納得して数度頷く。


「つまり、ものの数秒、拘束できればそれで目的は達成してると……。周囲を氷で閉ざすコト事態は、別に衝突でも何でも無いから。その氷を掴んで投げ飛ばそうとも、衝突を緩和したところで、あくまで内側の問題でしかないワケね」

「えぇ。私も全力で氷の凝固に魔力を割きますけど、甘く見積もって十秒といったところでしょう。仮に半分しか保たなかったとしても、孔へ投げ入れるには十分な時間だと思いませんか?」

「……イケるな、やれるぞ」


 ミレイユも自信を持って頷くと、ルチアも嬉しそうに微笑む。

 それに笑顔で返してやると、横合いからアキラが何とも言えない顔をして言葉を零した。


「それにしても、ラスボスというか四天王みたいな相手を、戦いを回避しながら勝ちと取る、というのは何とも……」

「気に食わないか?」

「いえ、別に! そういう事ではなく!」


 やはり武人として育てられたからには、アヴェリンよりの考えなのかと訊いてみたのだが、予想よりも大きな反応で首を振る。


「一大決戦みたいなつもりでいたので、さぞ壮絶な戦いが繰り広げられるんだろうなぁ、と思っていた訳でして……! もっとずっと大変な戦いが始まるぞ、と自分を奮い立たせていた手前、少し肩透かしを喰らってしまったというか……!」

「……気持ちは分かる」


 それこそ、アキラからすると、天界に来た時点で、ラストダンジョンに入り込んだような心持ちだったろう。

 自分では太刀打ちできない強敵、少しでもミレイユ達が有利になるよう、一秒の時間を稼ぐのに命を削るような……そういう、激しい戦闘を想定していた事は想像に難くない。


 より戦闘に長けた神との戦闘を前にして、今度こそ死を覚悟して挑むつもりだったのではないか。

 しかし、ユミルが提案し採用した作戦は、不意打ちからの毒殺みたいなものだ。

 ミレイユ達の治療が完了していくに連れ、その戦意や覚悟を高めていただろうに、そこへ水を差す様な対策が講じられてしまった。


 少々、肩透かしを喰らうのも当然というものかもしれない。

 そこへユミルが、誂う表情の中に、呆れを含ませた声音でアキラに言う。


「アンタは自分の仕事をやり切った上で死のうと、それはそれで満足なのかもしれないけど、こっちはそういうワケにはいかないの。先行きを諦めてない、っていう意味じゃないわよ? 八神を落とそうと、まだ戦闘は終わらないから温存した上で勝ちましょうって話をしてるの」

「まだ他に、敵が残ってるって意味ですか……?」


 アキラが不安そうな、また不審そうな視線をルヴァイル達へ向けたのを見て、ミレイユは苦笑しながら手を小さく振る。


「そっちじゃない。そして、未だ出会っていない小神の事でもないな。盛大にやってくれた置き土産を、どうにか対処してやらねばならないからだ」

「置き土産……?」


 アキラが首を捻って、ぽかんと口を開いた時、ルヴァイルが素早く視線を壁へと動かした。

 その形の良い柳眉が、きつく眉根に皺を寄せる。

 壁に何か異変があったからではない。その奥にある、外の光景を見たか察知したから見せた反応だった。


「お喋りはそこまでに。急ぐ必要があります」

「分かった。インギェム、まずは外に出してくれ」

「この神処の? 戦場じゃなくて良いのか?」

「どういう戦況も分からないで、その近くに出るのは危険だ。不意打ちの機会も失うかもしれない。まずは外に出て、待たせているドラゴンに乗って接近する。その方が、色々手立てを考え易い」


 それに、とユミルが悪戯めいた視線の中に、不審を混ぜた色を浮かべて、インギェムへ顔を向けた。


「毒とやらがどういうものか、どれ程の進行速度を持ってるか……それも確認しなくちゃね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る