生死急転 その8

「き、貴様……ッ。何故……!?」

「見たいものだけ見たいのは、神であろうと同じだからよ、この間抜け! ――今よ!」


 ユミルと視線がかち合って、ミレイユは震える腕を持ち上げ掌を向ける。

 何をするつもりか、何が起こるか、ラウアイクスもそれで瞬時に悟った。

 防ごうと身体を捻ったが、ユミルが剣を動かし肉を抉る。


「か……、ぐッ……! ま、待……! 大神の真実――」

「起爆!」


 ミレイユが拳を握り込むのと同時、僅かな魔力が導火線の様に、ユミルの持つ召喚剣へと繋がった。

 その中に封入された『爆炎』の魔術が解き放たれ、ラウアイクスの内側から大爆発を起こす。


「――ァアア!?」

「う、ぐぅ……!?」


 効果を知っていて、心構えが出来ていた筈のユミルでさえ、その爆発を至近で受けて吹き飛ばされた。

 ミレイユもまた、爆発の余波で吹き飛ばされ、倒れていたルチアにぶつかり、互いに折り重なる形で倒れ伏す。


 爆炎は一瞬で収まり、煙すらろくに発生させずに消えたお陰で、ラウアイクスの姿が良く見える。

 その身体は腹から下半身を残して消えており、上半身は爆散してしまって原型を留めていない。

 力を失って崩れ落ちるより早く、遺体や血液が中心近くに凝縮し、それらが光球へと姿を変えた。


 そして、他の神同様、天井を突き破って何処かへと飛んで行ってしまった。

 その余波で瓦礫が落ちて、部屋の中に幾つも衝撃が走る。

 音と衝撃で気が付いたルチアが、自分の上に力なく乗っているミレイユを、困惑した眼差しで見つめていた。


「う、ぅぅ……! 一体、何が……。ミレイさん……?」

「あぁ……、よか……た。ぶじ……」


 血が流れすぎて意識は朦朧としているし、視界が暗い。

 それでも、重なり合う体温の温かさから、互いに命を繋ぎ止めているのだと分かった。

 ルチアもまた傷は多く、出血おびただしいが、ミレイユは今やろくに魔力を扱えないので、彼女に頼るしかない。


「酷い傷……! すぐに治療します。でも、ちょっと……退いてと言っても無理ですね。誰か、手を貸して下さい!」

「ほら、これで良い?」


 ユミルがすぐ傍に立って、切り落とされたミレイユの腕を差し出した。

 ルチアはそれを受け取らずに、自身に覆い被さったミレイユを、どうにか刺激を与えず動かせないかと四苦八苦していた。


「そっちの手じゃないんですよ! 遊んでないで、早く助けて下さいよ!?」

「分かってるけどやっておかないと、と思って」


 ユミルは相変わらず片腕を差し出して来るだけなので、ルチアは受け取るだけ受け取って、大仰に顔を顰めた。

 それから威嚇するように睨み付ける。


「見て分からないんですか、酷い傷なんです! 一刻も早く治療しないと!」

「だからやってるでしょ?」


 言いながらも、手に持っている水薬をミレイユの身体に掛けていた。

 水薬は治癒術より治りは遅いし、効果も低いが、持続して効果が出続ける事、そして魔力の必要が無いところが優れている。


 ただ重傷者相手に使う事は推奨されておらず、下手に使うと傷が変な形で塞がってしまう事もある。

 この状況ならば、今すぐ必要なのは治癒術なのだが、ミレイユ程の瀕死であれば、むしろ一命を取り留めるのに有効な手段でもあった。


「他の奴らも治療済みよ。……見てご覧なさいな」


 言われるままに、ミレイユも辛うじて動かせる視線だけ移すと、死霊が手に幾つも水薬を持って、アキラやアヴェリンへと頭から注ぎ落としている。

 水薬は飲めば効果が高いが、気絶している様な相手には、肌に当てるだけでも効果がある。


 ただ、それだと皮膚や筋肉といった、表面的な傷ばかりが塞がり、損傷した内蔵が傷付いたまま、という事もあった。

 推奨されないやり方だが、すぐに治癒術士からの治療が受けられる場合なら、止血するにも有効な手段だ。


「死霊に治療されるなんて、笑い話にもなりませんよ。いいから早く……」

「――ミレイ様!」


 ルチアが何かを言うより早く、血相を変えたアヴェリンが肩を抑えながらやって来た。

 水薬は傷の治りが遅い。だから未だに穴が空いたままだが、そんな事は彼女にとって些事に過ぎなかったらしい。


「お役に立てず、御身の危険に盾にもなれず、不甲斐ない所をお見せしました……! どうか、お許しを……!」

「謝罪の前に、早く退かして下さいよ。こんな体勢じゃ治癒なんて出来ないんですよ……!」

「あ、あぁ、すまない……! ミレイ様、申し訳ありません! すぐに――もうしばらく、ご辛抱を……!」


 言うや否や、丁寧な手付きでミレイユを持ち上げ、ルチアの近くにそっと下ろす。

 水浸しの床に寝かせる事に障りはあるが、少しの辛抱でもあるので、手早く治癒をルチアに頼んだ。

 そのルチアも、口に水薬を含みながら治癒術を行使する。


 まずは切り落とされた腕が最優先で、渡された腕を丁寧に切断面へと近付けながら、魔術の白い燐光を当てる。

 刃以上に綺麗な切断面である事、切断されて時間の経過もない事が幸いして、一分と経たずに再生できた。


「相変わらず、大した腕だ……」

「それ、どっちの意味――いえ、不謹慎でした。忘れて下さい。……それより、今は無理して喋らない方が良いです。傷や体力だけでなく、身体の方も辛いでしょう?」

「……そうだな、……っ!」


 傷の治療は、ルチアに任せておけば問題ない。

 体力も水薬で回復できる。だが、素体に設けられた寿命の方までは、どうにもならなかった。


 魔力を使う程に、この身体はマナの生成を行おうとする。

 戦闘となれば、その消費も大きい。今回やった二柱の戦いで、果たしてどれほど寿命を擦り減らした事だろう。

 それはミレイユにも見えない事だが、そうするだけの価値はあった。


 後どれくらい、寿命が残っているか分からない。

 だが、全ての決着を終えるまで、この命を終わらせるつもりもなかった。


 ルチアの尽力によって傷もすっかり塞がったので、自分の手で水薬を口の中に流し込む。

 そうしていながら、次に傷の深いアヴェリンの治癒に取り掛かる様子を眺めていた。


 アヴェリンはミレイユを護れなかった事を深く悔やんでいたが、格上の相手である事に加え、相性の良い相手でもなかった。

 これまでの経験を踏まえても、アヴェリンは常にミレイユを護るべく奮戦していた事を知っている。

 今回、少し結果が伴わなかったからといって、ミレイユのアヴェリンに対する信頼は些かも衰えない。


 その事を口にしたのだが、アヴェリンの気は晴れないようだった。

 ミレイユにどう思われるかより、自分が何も出来なかった事こそが許せないのだろう。


 その気持ちは分かるので、今はそれ以上、何も声を掛けない事にした。

 それより、とアキラを起こして連れて来たユミルを見る。

 何食わぬ顔をして近付いて来たユミルに、ミレイユは皮肉げな笑みを向けながら言った。


「さっきまで死んでた奴は、私に何か言う事があるんじゃないのか」

「えぇ……? 幻術士が自分の死すら利用するなんて、そんなの分かり切った事でしょ? 騙されたんだとしたら、それは掛かる方こそ、ざまぁみろって感じよね。実際、ルチアは気付いてたし」

「――そうなのか?」


 ミレイユがルチアに顔を向けて尋ねると、気不味そうにしながらも首肯する。


「えぇ……、私も最初死んだと思いましたけど、乱れた髪を整えようとした時、魔力が変わらず流れていたのに気付いたので……。幻術を駆使して上手く偽装してましたが、直接触れば、分かってしまうものですから」

「だったとしたら……、もっと早く来れたんじゃないのか。死に掛けた事の愚痴くらいは、言っても良いんだろうな?」


 言っている内容は辛辣のようでいて、お互いの顔は笑っている。

 この程度のやり取りはいつもの事だから、別に本気で責め立てるつもりはなかった。

 ミレイユが疲れた顔に笑みを深めて言うと、それにユミルは肩を竦めて返した。


「それは何処かのルチアさんに言って頂戴よ。厳重に魔術錠仕掛けられて、あれ解くのにもう相当、時間掛かったんだから。それがなかったら……いや、どうかしらね? チャンスを狙ってたら、やっぱりあのタイミングになった気がするし……ねぇ、そう思わない? 何でさっきからこっち見ないのよ、アンタ。友でしょ、アタシ達?」

「誰が友だ。貴様など知らん。ユミルなら、私の眼の前で息絶えた」

「あらヤダわ、すっかりヘソ曲げちゃって……。アンタだって分かってる筈でしょ、あんな奴相手に正攻法で挑むなんて、アタシじゃ荷が勝ちすぎるの。全員で相手しても似たようなものよ。だったら、背後から刺してやるのが、賢い選択ってものだわ」

「だから、仲間も騙すのか」

「必要とあらばね。そして実際、必要だった」


 どちらの言い分も、分かる内容だった。

 ユミルは神と自分たちの実力を正確に把握し、全力で挑んだところで勝てるか分からないと判断した。

 だから騙し討ちする事を考えたのだろう。


 そして、それは仲間に相談した時点で瓦解する。

 ラウアイクスは飛ばされた他の神々に動向を向けているかもしれず、そしてユミルが『覗き屋』と揶揄していたように、勝敗の結果や傷の具合を調べるかもしれないと考えた。

 見られているなら、騙せるかもしれないと、ユミルはそれに賭けてみたのだろう。


 だが、アヴェリンからすれば、神々へ挑まんとするに命を預け合った仲、という気持ちがある。

 口では何と言おうとミレイユを中心とした仲間であり、信頼し合える友の筈だった。

 それをミレイユさえ餌にして、そのトドメを奪ったように見えるから、納得いかなく感じるのだろう。


 これはアヴェリンの、戦士としての矜持が先にあるから起こるすれ違いなのだが、勝ちさえ拾えば過程はどうでも良い、というユミルとは絶対的に相容れない問題だった。

 そして今回に関しては、何にもまして勝利の方が大切だった。


 ミレイユとしては、ユミルに良くやったと言ってやりたいところだが、ここで軋轢を深める事もやりたくない。

 それで結局、言葉を濁して、アキラの方へ顔を向ける事にした。


「お前も、良くやってくれたな。絶望的な力の差を前にしても、引き下がらなかったのは見事だった」

「いえ、僕なんて! お役に立てたかどうか……!」

「それがあったから、ユミルも間に合った。私は良いトコなしで、不甲斐ないところを見せたがな……」

「そんな……そんな、まさか……! 神に言い放ったお言葉、胸に沁みました!」


 アキラは悲鳴を上げて顔を横に振ったが、今回ミレイユが出来た事は多くない。

 戦闘向きじゃないとしても、しっかり願力を溜め込んでいた神に、良いようにやられた、というのが実情だった。


 だが、八神のリーダーは倒せた。

 その結果が全てで、そしてその功績は凄まじく大きい。


 だから今は、一時の勝利の余韻を感じながら、皆に笑みを向けていた。

 そこにアキラが、おずおずとした態度で言って来る。


「とんでもない相手に挑むのは分かってましたけど、それでも意外でした。皆さんが苦戦するところなんて、僕は想像できませんでしたから」

「そうは言うが、私が戦って来た相手なら、辛勝した回数の方が多いくらいだ。今回の様な、首の皮一枚つながる勝利は、別に珍しくない」

「そうだったんですか……」

「……逃げたくなる気持ちも分かるだろう?」


 ミレイユとしては場を和ますジョークのつもりで言ったのだが、アキラは口の端を不器用に動かすだけで、何の返答もしてくれなかった。

 その時、部屋の入口付近に『孔』が出現し、そこからインギェムがまろび出て来る。


「大変だ、お前ら! 大変な事になった!」

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