生死急転 その2
接近戦なら分があると思ったのは間違いではなかったが、そう簡単に有利を取らせてくれる程、易しい相手でもなかった。
ミレイユが剣を振るう度、水流を生み出して妨害して来て、それが一々凍り付いてしまい、即興の盾として機能してしまっている。
実に忌々しい事だが、ミレイユの魔術が敵に利用される形となっていた。
しかし、『破滅の氷晶』を解いてしまえば、ラウアイクスの独壇場を許す事になってしまう。
権能を自由に使われる脅威は、さきほど存分に味わったばかりだ。
同じ轍を踏む訳にはいかない。
――とはいえ、やり難いッ!
ミレイユは胸中で歯噛みする。
水の形は変幻自在だ。時に盾として、時に槍として生み出し、凍り付く事まで活用して攻撃して来る。初めての事態でもあるだろうに、柔軟な対応を見せて来るのは実に厄介だった。
だが所詮、どれも単に凍っただけの水だから、防御力も攻撃力も皆無に等しい。
だが、妨害するだけに徹したやり方は、ミレイユとアキラの行動を阻害するのに十分役に立っている。
一度に生み出す水量も自由自在だから、時に全くの巨壁として使われる事もあり、上手く攻め立てる事が出来ない。
相手が逃げに徹している事を加味しても、ミレイユの猛攻を涼しい顔で凌いでくるのは、実に癪だった。
そしてミレイユからしても、左手を『破滅の氷晶』の維持に割いているので、新たに別の魔術を使う事が出来ないでいる。
放棄するか、本来の用途である爆散させるかすれば、もっと多岐に渡る攻撃方法を取れるのだが、それは相手にしても同じ事。
ミレイユの使った魔術が有利にも、不利にもなっているのは、ラウアイクスの戦闘運びが上手いからだ。
――だが、ミレイユには仲間がいる。
何も時間に追われて倒す事などせずとも、アヴェリン達が勝利して合流すれば、現在の拮抗も崩れるだろう。
ミレイユとしては、手傷を負う事なく現状を維持するだけでも勝利に近付くのだ。
ならば、とミレイユは方針を切り替えた。
どうせなら時間稼ぎに集中した方が、勝機が見えるかもしれない。
ミレイユはアキラへ目配せして、ハンドサインで後ろへ下がるように指示する。
アキラが素直に従うのを見届けると、ミレイユも大きく後へ跳躍して距離を離した。
だが、アキラは盾としての役目があるので、下がれという指示があっても、すぐに傍へとやって来る。
警戒を滲ませながら、刀の切っ先はラウアイクスから逸らさずに構えた。
いつでも迎え撃つ準備はしつつ、ここで初めて攻め込む姿勢を崩したミレイユに、ラウアイクスも興味深そうな視線を向けて来た。
「ほぅ……、対話する姿勢などあったのか。お前は一言たりとも、私に喋らせる気がないと思っていたのだがね……。『武器を下ろして投降しろ』……あぁ、やはり駄目か」
「その口振りからすると、無意味とも理解していたようだな」
「一言でも口にさせれば負けると察知してるからこそ、あの猛攻だろうと思っていたのも事実だが……。でもまぁ、これでルヴァイルは虚実入り交えて報告していた、という確証は得られたか」
「今更知ったところで、もう遅い」
その会話の節々から、余裕を感じ取れる事に違和感を持ちながらも、話を引き延ばそうと続けていた。
ミレイユに時間稼ぎをする利があるように、ラウアイクスも同様にあるのなら、その様子にも納得がいってしまうのだ。
そして、それはきっと、事実でもあるのだろう。
外に飛び出した他の二柱の神々、それらがドラゴンを仕留めて帰って来る事を期待してない筈がない。
ドラゴンは小神の処理役との話だったが、それだって願力を集めて強化される前だからこそ、天敵足り得たのではないか、と今更ながらに思う。
ドーワが請け負ってくれたとおり、他の二柱を仕留める可能性は、勿論残されている。
だが、現在の力関係がどうなっているかまで、ミレイユに推し測れるものではなかった。
ただ思う事は、かつての様に、ドラゴン絶対有利の状況でないのは確かだろう。
ではやはり、これは賭けだ。
アヴェリン達が先に援軍として駆け付けるか、それとも……。
ミレイユが問題とするべきは、まず目の前のラウアイクスだ。
互いに決め手が欠ける状況、そしてラウアイクスが逃げに徹する状況では、どうにも責めきれない実情がある。
だから結局、ミレイユはこちらの腹を探られない範囲で、時間稼ぎを試みる事は間違いではない。
――それもまた、見抜かれていそうではあるのだが。
「一応、訊いておきたい。……お前が全ての首謀者、という事で良いのか……?」
「何を持って首謀者と呼ぶのか、という話になるが、大抵のことには関わりがある。音頭を取っていたのも私だな。纏まりに欠ける連中だからね」
「私を拉致したのも……?」
「別にお前を狙い撃ちにした事実はないが……。まぁ、そうなる」
ラウアイクスから、嘘を言っている気配は窺えなかった。
そもそも、嘘を言うつもりなど無いのだろう。隠す必要は無いと思っていて、今更知られたところで意味もない、と思っているから言えるのだ。
それが意味するところは明らかだった。
ラウアイクスは、ここが決着の場だと思っていて、そしてミレイユ達の敗北は当然と思っている。
圧倒的不利な立場にいるなど、まるで思っていない口振りだった。
何か起死回生の手段を持っているのか、あるとしてどういう方法を用いて来るのか、それはミレイユにも分からない。
おそらく、ルヴァイル達も知らないだろう。知っているなら、事前に説明ぐらいは出来たはずだ。
ミレイユは、より警戒を強めて会話を続けた。
「では、お前だけは絶対に見逃せなくなったな」
「元より神ならば、誰であろうと見逃すつもりもなかった癖に、良くも言う。……とはいえ、こちらからも一応訊いておこう。今から恭順を示し、私の為に働く気はないか? 我が片腕として、迎え入れてやっても良い」
アキラが息を呑んで不快感を示し、そして窺う様にミレイユを見てきた。
その様な目をせずとも、最初から受け入れるつもりはない。仮にミレイユが圧倒的不利な場面であったとしても、やはり頷いたりはしなかったろう。
「……馬鹿にしているのか? 今更そんな勧誘に乗るほど、耄碌しちゃいない」
「勿論、思っていないよ。だから一応、と言っただろう。――だが、そうすると、少々面倒な事になるね……。洗脳の類も無理そうだ。大事なものと秤に掛けてやれば、揺らぐだろうかね……うん? どうなんだ?」
「無駄だ。今更、安い脅しに屈するような、生温い覚悟でやって来てると思うのか……!」
これにはラウアイクスも表情を崩し、虚を突かれたような顔をした。
ほんの一時、考え込む仕草を見せて同意を示す。
「そうだった。……手引があったにしろ、神域まで踏み入ろうとするのは、並大抵の覚悟で出来る事ではない。お前は穏便に済ませるつもりなどなかったのだろうが、お前一人が最初から恭順を示していれば、こんな面倒にはなっていなかったんだがね……」
「その穏便とは、お前たち神にとって都合が良いというだけの理由だろう。全て自分たちの為だ。自分以外は、全て食い物にしか見てない奴の発言だ」
「そうだな。だが、それの何が悪いかね?」
ラウアイクスは悪びれる様子もなく、自明の理を解くように両手を広げた。
「誰だって、自分の利を第一に動くものじゃないか。後に返って来ると分かっていれば、事前の不利益にも目を瞑るが、損ばかりを受け入れる奴は愚か者と呼ぶのだよ。そして弱者はいつだって、損を被る側だ。私は違う、強者の頂点に立つ者……利のみが齎されるべき存在なのだ」
「だから後ろを顧みず、全てを奪って良いと言うのか。大神から地位を奪い、人民の命と権利を奪い、地球に危機を持ち込み、自分の世界すら削ってでも生きる。それが正しいと――それがお前の、神としての在り方か!」
「私もそこまで強欲ではなかったが……、結果としてそうなった。済まないとは思っているが……、大神の求めに応じた結果が、アレではね……」
そう言って、肩を竦めて広げていた手を戻した。
言う事から動作まで、何から何まで癪に障る奴だ、と唾吐く思いで睨み付ける。
「もう用済みと断じられ、破棄される者の気持ちも汲んで欲しいものだ。唯々諾々と死を受け入れるか、それとも反抗するか、あれはそういう選択だった」
「その部分だけ聞けば、同情の余地は十分あるがな」
ミレイユとしても、似た理由で反抗を決意したようなものだ。
だから、その気持ちは理解できる。ならば、自分たちも同じように反抗される、と考えなかったのがラウアイクスの傲慢さだ。
――いや、とミレイユは思い直す。
それを理解しているからこそ、素体には安全装置として、精神調整を施し、肉体には短命という寿命を科した。
自分たちと同じ様に反抗できないよう、予め手は打っていた。
詰めが甘いとは言うまいが、それをミレイユが悉く脱して来たのは想定外であったろう。
「だが、勝手が過ぎるぞ。幾度となく小神を作っては、それを贄として来たから慣れたか? 汎ゆるものを犠牲にするのが当然となって、感覚が麻痺していたか? 恨みを買う行為は、いずれ必ず自分に返って来るものだぞ……!」
「あぁ、それを今更ながら実感しているところだ。想定外というものは、何処にでも転がっているものだ。ルヴァイルの裏切りも考えられない事じゃなかったが、まさかここまで段取りを付けて来るとは思っていなかったしね……」
忌々しいものを見るように、ラウアイクスは眉を顰め、そのまま鋭い視線を向けてくる。
「お前も余計な事をしてくれたものだ。お前のその抵抗が、どういう結果を招いたか、本当に分かっているのだろうかね? 素直に捕まっていれば、『地均し』を持ち出させる事態になどならなかったろうに。――分かるか、世界の破滅だぞ」
「お前が始めた事だろう。この世界を磨り潰し、歪な形で持ち堪えさせていたツケが、いま形となって襲い掛かって来たんだ。
「いいや、やはりお前は何も分かっていない。破滅というのは、こちらだけの話じゃない。お前の世界も同様だ」
その一言には虚を突かれて、思わず言葉に詰まった。
どういう事だと問い質す前に、ラウアイクスの方から説明して来た。
「お前は既にシオルアンを弑した。その神魂は『遺物』へ吸い込まれた。エネルギー源として取り込まれた以上、『遺物』に願って復活させる事も無理な話だ。これの意味するところが分かるか?」
「ギリギリで持ち堪えていた世界が、破滅に向かうと言うんだろう? だが、大神が復活すれば、全て解決してくれると聞いてるぞ。だが、それでどうして地球の話に……」
「そうか、それを知らなかったのだな……。孔は自動的であるものの、自動的足らしめん装置というものがある。これが中々クセモノでね……、言うことを聞いてくれぬのだ。上手く誘導する事で、とりあえず一つ所に集中する事にはなったのだが……」
そこで一度、皮肉げに口の端を持ち上げ、視線もほんの数瞬、横へ逸れる。
「……まぁ、それを言っても意味不明だろうな。とはいえ、忌まわしくも手を付けられず、そのうえ勝手に動こうとするから、身動きを封じておくしかなかった。破壊も出来ない素材だから、丁度良い機会と、異世界に逃げたお前を痛めつける事を期待して捨てた訳だが……。ご愁傷様だな」
言っている事の真意が掴めず、ミレイユは眉根に深い皴を刻んだまま困惑する。
大神と地球、孔の開閉を自動的に行っていたという装置……。その関連性が見えない。
「確かにあれは、巨大な兵器だった。あの時は逃げ出すしか無かったが、逃げて終わりにすると思ったか。あれは必ず破壊してやる」
「……あぁ、なるほど。知らん訳か。ならば、まぁ……」
納得と嘲笑、それをラウアイクスから浴びせられる事が我慢ならなかった。
ルヴァイル達が意図的に隠していたのか、とも思ったが、ルヴァイルとしてもループの間に知り得る情報は限られる。
特にループを維持する関係以上、自らの死や行動が著しく制限されるような言動は慎まなければならない。
ラウアイクスが隠しているような内容その全てまで、何もかもループの間に知り得る事にはならないのだ。
『地均し』には秘密がある。
単なる兵器として――ミレイユを追い込む最後の一手として利用した部分は、確かにあっただろう。痛めつけ、半死半生の状態に出来れば、拉致も容易いという想定もあったかもしれない。
だが、どうやらそういう事ばかりでもないらしい。
訊いてやりたいが、素直に答えてはくれないだろう。
だが、一つ分かった事はある。
既にルヴァイルの想定から離れたところに、事は運んでいるのだ。
全てを大神任せにする危険性は早くから気付いていたが、ルヴァイルがそれに賭けるしかないと判断したのなら、そこを信じるしか道はなかった。
そして同時に、こうしてラウアイクスと対面し、対話して分かった事がある。
ルヴァイルの計画に穴があったにしろ、ラウアイクスに世界を任せておけない。――おける筈がない。
「大神が復活したからと、全ての問題が解決する訳じゃないだろう。こちらが望む形と、多くが沿わない可能性も高い。……それでも、お前が世の上に立つよりマシだ」
「……ほぉ、下らん思い違いだ。そこからして間違っているのだな」
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