しばしの別れ その3

 アヴェリンは一瞬の速度で肉薄し、メイスを力の限り振り下ろす。

 それまでの速度とは一線を画す疾さで、今までの動きに対応出来ていたからこそ、これにはグヴォーリも数瞬、反応が遅れた。


「ハァァッ!!」

「――ぐっ、この……!」


 例え分析が得意であろうと、対応できない疾さというものはある。目で見て反応して、それからの対応では遅い。

 一流の戦士と呼べる者には、経験と勝負勘から対応できるものだ。


 幾千の戦闘を潜り抜け、そして幾万の手合わせがあるからこそ、身体と勘がどういう攻撃をしてくるか教えてくれる。

 考えるよりも早く身体が動く、という現象は、その積み重ねがあればこそ出来る事だ。


 そして、それはアヴェリンの動きを分析したとしても、技の引き出しが多ければ多い程、その対応に追われている内は反撃に移れない事を意味する。


 アヴェリンも舐めていた訳ではないが、対応力の高さに度肝を抜かれたのは確かだ。

 一つの動きから他の動きを類推する事も出来るらしく、初見の動きでも対応を見せる事もあった。

 だから何をすれば良いのか、どうすれば出し抜いてやれるのか迷い、その結果……葛藤が生まれた。


 だが、アヴェリン達はチームだ。

 自分の力で押し切れるならそれが最も理想的だが、それに耽溺たんできする必要はない。

 そして、ユミルの言う通り、下手な拘りを貫くだけで勝てる相手でもないのだ。捨て身の覚悟を持ってさえ、倒せる事を保障するものではない。


 ――だが。

 それでも思うのだ。自分が捨て身の攻撃を繰り出し、敵の隙を生み出す事が出来たなら、絶対に他の二人がそのチャンスを逃さないだろう。


 そして、その二人が更に隙を広げてくれたなら、アヴェリンもそこへ全力を打ち込んでやれる。

 防御を考えない、捨て身の攻撃であればこそ、神でも無事では済まない一撃を与えてやれる。


 アヴェリンは二人を信頼して、ただ武器を振るう。

 最初は疾さについて行けず、必至の形相だったグヴォーリも、三手も見せれば対応の兆しを見せた。

 六手も見せれば、次の対応、反撃まで見せ始め、表情から余裕が生まれた。

 アヴェリンの口から、思わず苦悶の声が漏れる。


「……ぐっ!」

「底が見えてきたな」


 グヴォーリからは余裕だけでなく、楽観の感情さえ浮かんでいた。

 この程度で一体何を理解したつもりだ、と怒りと共に疾さを上げて、下から武器を振り上げる。

 しかし、それまで躱すか逸らすしか出来ていなかった攻撃を、このとき初めて受け止められた。


 接近している都合上、武器を受けきった事で互いの顔面が近くなる。

 何度も打ち据えた事に加え、雷撃もあったからこそ、アヴェリンの眼には多くの傷が映った。

 口の端から血も流れていたが、出血は既に止まり痛みも感じていないように思える。


 メイスの槌頭を握ったグヴォーリは、そのまま柄へと手を滑らせ、武器を奪おうとした。

 本来なら、そこで突き飛ばすなり、奪われまいと武器を庇おうとするのだろうが、アヴェリンはそれ幸いと手放す。


「ハン……!」


 グヴォーリから勝ち誇った様な声が漏れる。

 武器を奪った優越、武器を見捨てた戦士を侮る視線だった。

 しかし、生憎とアヴェリンの武器は特別性だ。


 単なるメイスに見えようとも、その質量は巨岩のそれと変わらない。

 アヴェリンが持っている限りにおいて、まるで重さを感じない武器だが、一度手放せば本来の重みが復活する。


「ん、ガ……ッ!?」


 メイスの重さなど高が知れてる。軽々と振るうところを見ても、現実的な範疇に収まると思っていた事だろう。

 だが、あまりの重さに持っている事すら出来ず、ずるりとメイスが床に落ちて大きくヒビ割れを起こした。


 落とす瞬間には、腕を強制的に持っていかれた所為で体勢も崩れている。

 アヴェリンは抉るように足を伸ばし、その鳩尾へ爪先を突き刺すように蹴り飛ばした。


「グホ……ッ!」


 アヴェリンに限った話ではないが、ミレイユが用意してくれた防具もまた、特別性だ。

 ブーツもそれに含まれ、爪先部分を覆うように補強されているから、そこで蹴りつけるだけでも下手な武器より強度で勝る。


 グヴォーリは防具も付けず、腹さえ露出させていたので、突き刺さった爪先には確かな手応えがあった。

 くの字に身体を折れ曲がって吹き飛ぶグヴォーリを見定めながら、アヴェリンは武器を拾い上げる。


 そうして、隙を見逃さない二人は、吹き飛んでいる最中のグヴォーリに、落下よりも早く魔術を放った。

 ルチアが『黒き冬への誘い』を放つと、部屋の中で暴風雪が吹き荒れる。本来なら大規模魔術として使われる魔術だから、室内で使用される事を想定されていない。


 敵どころか味方までも巻き込む魔術だが、ルチアが使える魔術で、抜群の高威力である事も知っている。

 捨て身というなら、味方を巻き込む魔術を使うのも許容すべきだろう。


「とはいえ、これでは……!」


 しかし、この魔術は雪と嵐で目を開けていられないというだけでなく、極小の結晶が眼球を傷付けてくるから、『黒き冬』と呼ばれるのだ。

 本質的に失明を狙う魔術だから、それを知っていると尚更目を開けていたくない。

 これでは味方の攻撃以上のものを妨害してしまう事になるので、上手い方法とは思えなかった。


 普段はフォローに回る事の多いルチアだから、攻撃だけに振り切った場合の対処を誤ったのか。

 らしくない失態だ、と思いながら魔術に耐えていると、アヴェリンの身体に防護術が掛かって、すぐに暴風雪の圧力から解放された。


 ――仲間のフォローはしない、という話にしてあった筈だろうに。

 ルチアの優しさが出てしまった感じか、と思ったが、同時に違うと思い直す。

 グヴォーリが魔術に対して強い耐性を持つのは、先のユミルがやって見せた事からも分かっていた事実だ。

 対個人で使うなら最も強力、と言っていたのは嘘ではない、と分かる威力を持つ魔術だった。


 それでも、グヴォーリに対して有効とはいかなかった。

 ルチアが使った魔術も強力であるのは確かだが、範囲攻撃だけあって、先の魔術より威力に於いて勝るとは言い難い。

 それでも敢えて使ったのは、目眩ましとして使う意図が強かったからだろう。


 上級魔術には違いないので、これを捨て身の攻撃と、グヴォーリも見たかもしれない。

 しかし、それを隠れ蓑にして、ルチアはアヴェリンの強化をするつもりでいるらしい。


 ユミルが敵へわざと作戦内容を聞かせた事を、逆手に取ろうというのだろう。

 魔術が途切れた時、その欺瞞工作が成っていれば、グヴォーリに手酷い反撃を与えてやれる。


 結局のところ、魔術に対して強い耐性を持つのなら、最初からルチアとユミルは有効打を与えられない、という事にもなるのだ。

 ダメージを全く与えられない訳でないにしろ、鍵を握るのはアヴェリンだと認めていた、という事になる。

 その為の魔術として、今の二つを使ったのだ。


 二人の間に、それを話し合う時間などなかった。

 素振りすら見せていなかったので、グヴォーリも得意の分析で予想し対応するのは不可能だろう。

 何かと二人で強力し合う機会の多い二人だからこそ、可能にさせる阿吽の呼吸だった。


 一縷の希望を見出して、アヴェリンはメイスの柄を強く握る。

 ルチアの『黒き冬の誘い』が終わるまで待つべきか、それとも強引にでも殴り付けに行くべきか。一瞬の迷いをしてる間に、グヴォーリから叫び声が上がった。


「アァァァアアアアッ!」


 強い絶叫だった。

 ユミルもまた、この白い暗闇に乗じて、何か仕掛けた、という事らしい。

 バチバチと放電音が聞こえてきたので、何らかの雷系魔術を使った事だけは分かったが、目を開けられる様になっても、詳細までは判別できない。


 ただ、放電が未だに聞こえているという事は、迂闊に飛び込むと巻き添えを喰らう可能性が強いという事だろう。

 せめて、その音が途切れるまでは、待った方が良い。


 アヴェリンはいつでも飛び込める姿勢で待機し、音を頼りに方向を定める。

 グヴォーリは倒れ、床を転がった様だが、未だ雷撃による攻撃は続いているようだ。

 しばらく待っても、放電音は止まないというのに、叫び声が聞こえなくなった。


 ――おかしい。

 アヴェリンは違和感に首を傾げる。まさか、その程度で仕留められた筈がない。

 先程、顔面を近付けて分かった範囲では、まだまだ余裕がありそうに思えた。

 虚勢で隠している訳でもなく、まだまだ体力も残っているように見えたし、ユミルがどういう魔術を使おうとも、それ一つで仕留められたとは思えない。


 では、またもブラフだろうか。

 同じ手を使う間抜けと思いたくないが、そう思わせて利用するつもりなら、確かに効果はありそうだ。

 グヴォーリもまた、視界が隠れている事を利用して、叫び声だけは盛大に聞かせてやった可能性もある。


 分析が得意というなら、そういった事にも知恵を働かせて来ても、不思議ではなかった。

 迷った末に、アヴェリンは突撃すると決めた。

 元より捨て身の作戦だった。

 放電に巻き込まれようとも、素直に攻撃しておけば良かったのだ。


「――フッ!」


 鋭く息を吐いて、アヴェリンは白い暗闇の中を突っ切る。

 音と気配を頼りに暴風雪を切り裂くように接近し、そして、グヴォーリがいるであろう場所へメイスを振り下ろした。


「なっ……!?」


 だが、それは硬い壁に阻まれ防がれた。ただ硬質な音が響き、それは掌に痺れる感触を返して来る。

 面前には岩のような壁があり――いや、のような、ではない。岩そのものが壁となって、グヴォーリとの間に立ち塞がっている。


 アヴェリンは思わず歯噛みして、岩の壁を再度殴り付けた。

 岩槍を伸ばして攻撃していたところから、石や土を使う何かを持つ、と予想して然るべきだった。

 接近戦を嫌がらず、魔術戦をしようとしなかった事から、魔術を多用しないタイプかと思ったが、そうではない。


 単に使い所を――上手い使い方を、考えていただけだったのだろう。

 そして見えない事を良い事に、一撃受けてからは壁の中に引き籠もっていた、という事らしい。

 もしもアヴェリンが、躊躇わず攻撃を仕掛けていたなら、こんな気休めを許す事もなかった。


「ルチア、止めろ! 意味がない!」


 雪と風の勢いで、声が届かないかと思いきや、あっさりと魔術が停止する。

 そして、僅かな間で雪まみれになった、岩壁だけが後に残った。

 アヴェリンが再度殴り付けると、大きく罅は入ったが、それを合図としたかのように壁から幾つもの槍が生えてくる。


「チィ……ッ!?」


 それを躱し、盾で防ぎながら後退すると、追い縋るように地面からも槍が突き出した。

 一本の槍が突き出せば、その穂先から更に槍が突き出て来る。


 一瞬、虚を突かれたが、それさえ盾を使い身体を捻って躱し、防ぎ切る。

 だがその代わり、岩壁から大きく距離を離す事になってしまった。


 槍が生えた場所は即席のバリケードとなり、接近するルートを絞られてしまう。

 そして、そのバリケードもまた、接近すれば蛇のように槍を伸ばして攻撃して来るだろう。

 それは予想に過ぎなかったが、接近を黙って見守る易しい相手でないのは間違いない。


 壁の中に引き籠もっているとはいえ、こちらの動きが察知できないと考えるのは危険だ。

 大きく後退したお陰でルチアの傍までやって来たアヴェリンは、顔を正面に向けたまま、何か的確な助言は貰えないか、と期待して声を掛けた。

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