しばしの別れ その2

「――ユミル。何だったんだ、アレは」

「見た通りよ、一発かましてやっただけ。『大電刃』って魔術で、掛けた対象に継続した雷撃を与えるんだけど……、一つ特徴があってね。術の効果中に与えた攻撃によって、威力も性質も変化する。雷耐性を低減する効果もあるから、続けて高威力の魔術をぶつけるのも効果的なんだけど……」


 そこまで説明して、ユミルはおどけるように両手を上げてから、ニヤついた笑みを浮かべる。


「アンタみたいな馬鹿力で殴り付けるのも、また効果的なのよね」

「それが私を吹き飛ばした原因か。魔術の失敗かと思ったが……」

「アタシが幻術使いなの忘れてない? 格上を相手にした戦いで、本当のコト、有益になるコト、口にすると思う?」

「それで、私を利用した騙し討ちか」

「別に死にやしないでしょ、アンタなら」


 アヴェリンは不満も顕に言葉を投げたが、ユミルは頓着した素振りすら見せなかった。

 そして死にはせず、大した傷を受けなかったのが事実だとしても、仲間から背を刺されたような気がして気分は悪い。


 ユミルの行いは、信頼というには粗暴すぎ、期待というには手荒すぎた。

 ミレイユがこの場にいたならば、仲間を道具の様に利用する戦い方は、決してさせなかっただろう。


 アヴェリンは目元を更に険しくさせて睨み付けたが、いつまでも不毛な事はしていられない、とすぐにグヴォーリへと視線を移す。

 今も電撃が弾け、衝撃を伴って打ち据えている最中であり、その度に身体が左右に揺れていた。

 内側から発生する雷撃が、防御も許さず殴り飛ばしていて、為す術なく振り舞わされているように見える。


「今の内に追撃すべきか?」

「巻き込まれるから、アンタは止めときなさい。ルチア、やるわよ」

「ええ。でも、それより一言くらい、謝罪があって良いんじゃないですかね?」


 ルチアが困ったように笑いながら制御を開始し、そしてユミルも既に始めていた制御を完了させる。そのユミルは肩を竦めるだけで、何を言うつもりもないようだ。


 手を出すな、という忠告まで無視するつもりはないので、アヴェリンは鼻だけ鳴らして盾を持ち上げる。

 脇を締め、顎先を盾の端に乗せるような構えで深く腰を落とし、いつでも仕掛けられる準備だけはしておいた。


 そうして、制御を完了した順に、グヴォーリへと魔術を放つ。

 未だ、自分の意志とは関係なしに雷撃で殴られる身体を持て余し、対応できないところへ、次々と新たな雷撃や氷刃がぶつけられた。


 激しい氷と電気の接触が、更なる火花を誘発し、激しい明滅と衝撃が巻き起こる。

 爆発の様な激しさはないが、代わりに起こる超電導がスパークを起こして、更に接近を難しくさせた。


「あああああぁァァァ、ァ……!」


 そうして、遂に事切れた様にグヴォーリが崩れ落ちる。

 ブスブスと、体表面のみならず、口からも煙を吐き出し倒れる様は、呆気ない決着を思わせた。が……相手は神だ。

 人間なら死んでいる攻撃だろうと、それを持って勝利を確信する訳にはいかない。


 油断せず観察していたが、倒れ伏してからはピクリとも動きが無かった。

 しかし確認もせず、ただ待っていても埒が明かない。

 アヴェリンはメイスを握り締め、慎重に接近する。

 僅かな動きも見逃さないつもりで警戒し、更に近付いたところで、ユミルから静止の声が届いた。


「待ちなさい。……可笑しいわ」

「可笑しかろうと、頭を潰してしまえば勝利は決定的になる。ミレイ様は既に決着して、次なる神へ挑んでいる最中かもしれない。早く合流せねば」

「お馬鹿。こんな簡単に神を弑せるなら、苦労しないわよ。――曲がりなりにも神よ。アンタだって、その一端を知ったばかりでしょ? 慎重さが必要だわ」

「……分からん話ではないが」


 しかし、決定的なチャンスである事には変わりない。

 無防備な姿を晒しているように見えるし、それは間違いではないだろう。

 そして、今こうしている間にも、実は虫の息は見せ掛けに過ぎず、回復に専念しているかもしれないのだ。


 動きを見せないのは正にその為だとすれば、ユミルの言う慎重さの所為で、みすみす止めの機会を逃す事になる。

 それを認める訳にはいかなかった。


 アヴェリンはユミルの静止を無視し、足を強く踏み込み、一足飛びに接近した。

 メイスを持ち上げ、速度と体重移動を合わせた渾身の一撃を加えようとした時、その動きが強制的に止められた。

 まるで巨大な手で身体を包まれているように感じ、次の瞬間には、吹き飛ばされるように後ろへ引き戻される。


「あぁ、くそ……っ!」


 やったのはルチアだと分かったが、悪態は彼女に対するものではなかった。

 アヴェリンの進行上、その頭部を目掛けた延長線上に岩の槍が突き出ている。

 足元からの死角に加え、タイミング的にも躱しようがなく、下手をすれば即死だった。


 ルチアに謝意を示す目礼だけして、アヴェリンは元の位置に立ってグヴォーリを睨む。

 今し方、床から突き出たばかりの岩槍は、制御の終了と共に塵となって消えていくところだった。

 グヴォーリは大儀そうに身を起こしながら、やれやれと息を吐く。


「全く……、もう少しのところだったのに。お前の呼吸と力量は、完全に分析できていたと思ってたけど……横から掻っ攫わられるとはね」

「……神ともあろう者が、姑息な手を……!」

「数の利ってやつは、そう馬鹿にしたものじゃないから。プライドよりも、実利を取ったまでだよ。……が、それも上手く回避されてしまった訳だけど」


 肩を回しながら愉快そうな笑みを浮かべる顔には、既に余裕がありありと浮かんでいる。

 肌の焼け爛れ、焦げ痕なども見えるが、痛みを感じているようには見えない。


 可笑しいと言ったユミルの観察眼は正しく、そしてグヴォーリはやられた振り、死んだ振りをしていたに過ぎなかったのだ。

 神を冠する者がプライドを取らない、というのは敗北を認めるようなものだ。

 ミレイユならば、決してやらない戦法だろう。


 ここでまた、一つミレイユへの尊敬と、神への侮蔑を増やしたところで、アヴェリンはメイスを握り直す。

 今まで防戦一方だったグヴォーリが、とうとう攻撃に転じて来た。


 これからは、その頻度も増していく事だろう。

 アヴェリンは視線をグヴォーリに固定させたまま、難しい顔をさせているユミルへ声を放つ。


「おい、作戦担当。どうすべきだ? どうして欲しいか、簡潔に言え」

「どうしたものかと、困ってるトコロよ。分析が非常にお得意の様だから、同じ手を使うコトは勿論、新手だって見せたくないのよね。だからこそ、初手で倒し切るのが理想だと思ってたし、そうするつもりだったんだけど……」

「私としても、殺傷力だけなら高い魔術を使ったつもりだったんですけどね」


 ユミルは眉間の皺を更に深くさせ、ルチアも困った顔を深刻なものに変える。

 戦闘が得意でないという神が、即ち戦闘で勝てない事はイコールでない。


 相手は神だ。

 人なら倒せる魔術であり、致命傷を約束するような攻撃でも、神にも同じ傷を与えられるとは限らない。


 その肉体的性能差が、互いにある実力差を埋めてしまう。

 アヴェリンの自慢の一撃でさえ、グヴォーリの骨を砕くまでには至らなかった。

 その上で、傷を癒やさないのは余裕のつもりか、それとも出来ないだけなのか。


 付け入る隙があるとすれば、そこしか無いように思えた。

 インギェムがミレイユを指して多芸で羨ましい、と言ったのは世辞ではなかった。ならば、グヴォーリに回復手段がないのだと、期待しても良いのかもしれない。


 全くの奇襲であった事、そして普段から荒事に関わらないところを考えても、水薬を持ち運んでいるとは思えない。

 長期戦は、普通ならアヴェリン達の有利に働く筈だが、ここではグヴォーリの権能が壁となる。


 分析と精査は、こちらの思考や動き、他様々なものを計算して答えを導くのに役立つ。

 アヴェリンの攻撃を次々と防ぎ、対応できるのもその為だ。


 グヴォーリは戦闘に不向きなのではなく、単に戦闘を好まないから戦わないだけなのだろう。

 権能から見ても、学者的な思考に没頭したり、そういう研究に勤しむ事を普段からしているのかもしれない。


 普段から剣を握り、槍を振るわなくとも、一度見たものになら同じことを出来てしまうから、必要ないのだと見る事も出来る。

 では、やはり長期戦は考えてはいけない。


 ユミルが言う通り、初手で倒し切る必要があった。

 しかし――。


 アヴェリンは、しきりに腕を動かして、調子を確かめているグヴォーリを観察する。

 電撃の麻痺が残っているのか、体調は万全でなさそうだった。

 さっきの死んだ振りも、その体調を回復させる為にやっていたのであれば、攻め立てる機会として、これ以上の好条件はもう望めないだろう。


 グヴォーリが武器を持って戦う事を得意としていないのは、打ち合った経験から分かる。

 肉体が持っている頑丈さ、器用さに任せた対応であって、武技を修得した動きではなかった。


 アヴェリンとて、自分の全てを晒して攻撃した訳ではない。

 これまで戦って来た敵の多くは、直線的攻撃で決着してしまうので、使う機会は確かに少なかった。

 必要としなかっただけで、多くの戦技を持っている。


 やり方次第でグヴォーリの防御と対応をすり抜け、攻撃する事は可能だろう。しかし、問題はその頑強さだ。

 これまで集めた願力を、全て自分の為に使えていなかったとはいえ、長年の間に蓄積されてきたもので強化されている。


 アヴェリンであっても、突き崩すのは容易でなかった。

 だから、作戦がいる。力任せで倒せないというなら、敵の裏をかく戦術が必要だ。


 そしてそれは、普段から他人の裏をかくのが好きなユミルならば、容易く思い付いてくれるだろう、という信頼がある。

 だから、どうして欲しいか、簡潔に言えと求めた。


 アヴェリンは、その期待を向けて返事を待つ。

 元より一人で倒せる相手ではないと理解していて、協調せねば倒せない敵とも理解している。

 相談もなく利用されたのは腹が立つが、それで倒せるというなら、今更文句を言うつもりもなかった。


 いつまでも言葉を返さないユミルに、我慢できず催促したい気持ちが湧き上がって来た。

 焦らせたところで、妙案が出る訳でもないだろう。しかし、グヴォーリが調子を確かめ終わるまで待ちたくもなかった。


 アヴェリンが口を開きかけたその時、ユミルから堅い口調で言葉が放られる。


「……聞きなさい。正攻法では勝てない。捨て身の覚悟が必要よ。――言うなれば、相打ちの覚悟が」

「必要か、そこまでの覚悟が」

「長期戦が無理となれば、破れかぶれと言わずとも、近いコトは必要になる。それだけの実力差があるって、まずそれを受け入れなさい」


 ユミルに言われて、はいそうですか、と言えないところではあった。

 しかし、勝つ為に必要というのなら、アヴェリンもそのつもりで武器を振るう。


「相手は神だ。ミレイ様抜きで勝つつもりなら、確かにそれぐらいの覚悟は必要だろう」

「ここにいる全員が、意識を共有しましょう。捨て身で行く、そして庇う事もしない。勝つ為には、それだけ攻撃に一極集中しなければ不可能よ」

「……分かりました。分析も、対応もさせる前に決着を、ですね。私も回復のフォローより、攻撃を優先させます」

「それで良いわ。アンタも、前に出たら攻撃を防ぐ癖があるかもしれないけど、今は忘れなさい。誰も庇う必要はないわよ」

「安心しろ。言われなくとも、お前は最初から庇わん」

「いいわね。アタシも心置きなく、アンタを見捨てられそうよ」


 表情は分からないが、いつもの嫌らしい笑みを浮かべているのだろうと思った。

 グヴォーリは小馬鹿にする様な表情を向け、肩の動きも止めている。


 大っぴらに聞かせる事か、と思っていそうな顔つきだ。

 だが、全力で猛攻を仕掛けるからこそ、分かっていてもその対応は簡単でないのだ。


 分かっていても、躱せぬ攻撃、防ぎ切れない攻撃というものはある。それを仕掛けてやるつもりなのだから、アヴェリンとしても知られていようが構わなかった。

 ユミルとしても、当然そういうつもりで聞かせたに違いない。


 警戒したところで無意味だ。

 それを分からせてやるつもりで、アヴェリンは大きく一歩踏み出し――そして、次の一歩で強く踏み抜き、一足飛びに駆け出した。

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